第127話 おじさん、実技試験を受ける①
私が全ての問題を解き終わるまで三十分ほど。簡単だった。
答えの中にアナグラムや暗号が仕込まれているわけではなく、ただひとつだけ。
情報の答案用紙の裏に魔法陣が書かれていた。
ダント氏とコソコソ話をする。
「これヒントですよね」
「僕はもう分かったモル」
「やっぱりあれかー」
裏にまつわるものと言えば、州柿先輩に教わった裏チャンネルへの行き方。
右手の人差し指と親指で輪を作り、上品な形に。
そのまま中を覗くと、なんと長谷川先生は『会場に到着。+100pt』という立て看板を持っていた。面白いなあ。
するとテレパシーが飛んでくる。
『夜見さーん、長谷川先生です。よく気づけましたね。とっても偉いです。100pt加点! じゃあさっそくですけど実技試験を始めますので、まずは手を挙げて静かに退室してくださいねー。あ、クラスのみんなにはまだ内緒ですよー? 教えていいのは退出した人だけですからねー?』
はーい、と心の中で返答し、手を挙げる。
先生はただ一言「どうぞー」とだけ答え、退室させてくれた。
すると私の後に続く生徒が何人か現れ、教室の外で話しかけてくる。
「ねえねえ! あなたがプリティコスモスだよね!?」
「はい。私がプリティコスモスです」
「あの、握手して下さい!」
「いいですよー」
彼女たちはクラス替えでZ組に来た新しい子で、私のファンだったようだ。
ファンサービスをしながらわー、きゃーと言い合う。
ああ、これが純粋な好意か。中等部一年組特有のずっしりとした重さを感じない。
カラッとしていてフレンドリー。
「あ、あの! 最後なんですけど、一緒に写真を撮って下さい!」
「もちろんです。あ、オッケーポーズでいいですか?」
「オッケーポーズ?」
「こうやって、右手の人差し指と親指で――」
それと、ここまで一度も実技試験の話をされなかったので、もしかしたら私と話したいばかりに退室したのかもと不安になり、裏のチャンネルに向かう方法を教える。
やはり初めての経験だったようで、彼女たちは「目がジーンとするよぉ」「なにこれぇ」と戸惑っていた。
少しすると痛みが無くなったようで、私にも見えている黒い人影に目をパチクリさせていた。
「なにこれー? 変なのー」
「それが今回のヒントです。筆記試験のテスト用紙、ちゃんと裏まで見ましたか?」
「「「あっ!」」」
驚いて全員で目を見合わせる。
どうしよう見てないよー、と言い出したので、次のヒントは先生です、と教えてあげる。すると仲良く教室を覗き込んで……あ、気づいた。
先生からのテレパシーを受けたのか、彼女たちは口を塞いでクスクスと笑う。
「次からはちゃんと見ないとねー」
「「「ねー」」」
そしてまた、クスクスと笑う。可愛い。
私はこういう子たちともっと深く知り合いたい。
そのためには何をすべきなのだろう。
「ねえねえ、プリティコスモス」
「わ、どうしました?」
「どうしてマジスタで動画配信しないの?」
「あ、ええと、今準備中なんですよ」
「そうなんだー……でも、あのね? 早くした方がいいよ?」
「それはまた、どうして?」
「偽物のプリティコスモスの動画がね、マジスタにアップされてるから」
「に、偽物?」
「うん。これ」
彼女たちがマジタブで見せてくれたのは、C-D部隊駐屯地というバトルフィールドで屋形光子先輩とバチバチにやり合った日の動画らしきもの。
第三者目線で見た私、こんなに変な言動してたのか。うわあ。
最後のビーム受ける場面なんて完全に自殺未遂だ。うわー恥ずかしい。
「プリティコスモスはこんなことしないよね?」
「偽物のしわざだよね?」
「スゥー……」
と、純粋無垢な視線を向けられたので、深呼吸した。
当然のことながら答えはひとつ。
「もちろんです。プリティコスモスは負けないし、強いし、最後は必ず勝ちます」
「「「良かったぁ~」」」
安堵が広がる。やっぱり偽物だよね、と結論付けられた。
配信してないのにハードルだけが上がっていく。
うう、有名税。人気者は辛い。
「あのねあのね!」
「は、はい!?」
「動画配信の準備、がんばってね!」
「もちろんです! すぐに終わらせますね!」
「やったぁ! 動画見たらいっぱい応援するね!」
「ありがとうございます! あなたの応援で私は強くなる!」
「「「きゃ~!」」」
それでも私は配信するしかないらしい。
私の理想の魔法少女ムーブに、彼女たちの聖獣さんも無言で頭を下げてくれた。
どちらかというと正義の味方ロールプレイな気がするけど。
「カッコいいー!」
「ふふっ」
まあでも、彼女たちの応援で実感が湧いた。
世間が思う最高の魔法少女とは。
アイドルとヒーロー、両方の側面を高い水準で持たなければならない。
今までの私は等身大……つまり人間味がつよすぎた。
それじゃあファンに想いの全てを伝えきれないのも納得だ。
強くあらなければ。
「ねえねえ、実技試験ってまだかな?」
「あ、たしかに。先生からテレパシーが来ませんね。もしかして」
私はもう一度右手で輪を作って覗き込む。
州柿先輩直伝だが、アプリ「黄金都市ソレイユ」の起動、もしくは口寄せの技法を使わない限りは、裏チャンネルの様子を探るだけで済むのだ。
覗いた結果としては大当たり。校舎の出入り口に立て看板があった。
「……第一試験、的あて会場はこちら。なるほどなるほど」
「何が見えたの?」
「みんなも右手で輪っかを作って出入り口の方を覗いてみて下さい。実技試験はもう始まっているみたいですよ」
「ほんと? えーっと……わあ見えた!」
全員気づいたようだ。
彼女たちとともに第一試験の会場に向かう。
といっても、出てすぐの中庭だ。
事前説明会で見た、ヒットマーク付きの風船がいくつも浮かんでいる。
すると視界の端から一人の女学生が現れた。
「白衣を着ている」という情報だけでおわかりだろう。
「やあやあ。第一試験「的あて」へようこそ」
「屋形先輩……」
「今は試験監督と呼びたまえ。ま、雑談はさておき試験内容を説明しよう。君たちにはこの中庭に浮かんでいる風船を全て割ってもらう。風船は合計で20個。ひとつにつき5ptの点数が得られる。最高点の100ptを取れば第一試験クリアだ」
「分かりました」
「ああ、そうそう。シークレットな風船もあるかもね。ふふふ」
「はあー……」
まったくこの人は。
「先輩、大事な説明が抜けてますよ」
「なんだい?」
「一人づつ順番に受けるんですよね? 同時だと風船の数が足りません」
「そんなまさか。第一試験「的あて」は少ない風船を奪い合うゲームだ。高得点を取りたければ、見えている風船を全て割るしかないねえ。フフフ、意地悪ですまない」
「なるほど、よーく分かりました」
私は大きなため息をつきながら、マジカルステッキを抜いた。
そして後ろで少し怯えている少女たちに、笑顔を向ける。
「全員で100pt取りましょう! 試験監督の意地悪に負けないためにも!」
「で、でも、どうやって?」
「風船は二十個しかないよー? 足りないよー」
「ああ、みんなには見えないですよね。でも私にはお見通しなんです」
スッと空を指差す。
みんなには見えないけど、裏チャンネルを深く視認出来る私には、二十個をゆうに超える風船が浮かんでいる中庭が見えていた。
それらは青や緑の色違いだったり、激アツ、高得点、ハイパーボーナス、と書かれた赤い風船類。そして消えたり現れたりする「風船追加」と書かれた黒い風船。
「私がみんなを導きます。信じて下さい」
「「「うん!」」」
そう、これはただ奪い合うだけじゃない。
他人より優れている魔法少女が、その才を駆使して他の受験者にポイントを稼がせる試験でもある。なんだ思っているより奥が深いじゃないか魔法少女試験。
ワクワクと興奮を隠せない私は、手に持ったマジカルステッキを握りしめた。




