第126話 おじさん、筆記試験を受ける
民族大移動ことクラス替えも終わりに近づいた頃。
一限目のチャイムが鳴ってテスト前の雰囲気となり、緊張からか、高校生級だった少女たちの身長や容姿は縮み、中等部一年生相応に戻っていた。
先生曰く、体格の変化はどうやら新機能『エクステンション』の影響。自信の度合いによって身長やバストサイズが増減するらしい。魔法少女って不思議だ。
で、次はクラスメイトの話。
私の前に座った二人の女の子は、笑顔で振り向いた。
「あんたはんが新しいクラスメイトやね。よろしゅうな夜見はん」
「よろしくね夜見」
「変わらないなぁ」
見慣れた容姿に戻った二人――いちごちゃんとおさげちゃんに向かって微笑む。
するともうひとりの見慣れた顔、サンデーちゃんも顔を寄せた。
「中間テストの点数を思い出して下さいまし。わたくしたちの誰かが他所のクラスに行くということは、カンニングを黙認するのと同じでしてよ?」
「まあたしかにそうですよね。成績上位五名ですし」
「あの、夜見さん」
「どうしました?」
「こ、これ」
最後の見慣れた顔ことミロちゃんは、秋桜のキーホルダーをプレゼントしてくれた。嬉しい。
「わあ、ありがとうございます」
「ええと、えへへ」
「ふふ」
お互いに柔らかな笑みを浮かべ合う。
相手がどういう心境なのかは分からないが、それを尋ねるのは野暮だ。
彼女なりに私との距離を縮めようと頑張っているのだろう。
とりあえず、プレゼントのお返しを考えないとなあ。
本命の物は後日にするとして、今。
安定は食べ物かな。好物を聞くか。
「ミロちゃん」
「はひゃい!?」
「好きな食べ物とかありますか?」
「あれ、あの、あれれひゅ」
「あられ?」
「ひゃうぃ! あれれ!」
……おそらく違うだろうけど、今日はお菓子の霰餅を送ろう。
私はお腹からペリリ、と剥がした熱々のカイロを、ギュッと握りしめる。
「はえ?」
「コーヒーブレイク」
ぽんっ、という音を立てて、カイロは作りたての霰餅に変わった。
白い紙の小袋に入ったほかほかの状態。魔法とは便利なものだ。
そのままミロちゃんに手渡しする。
「え、あ」
「今日の分のお返しです。これだけじゃ足りないと思いますので、後日改めてプレゼントを送らせて下さい」
「あ、あっあ」
「少しづつお互いのことを知り合っていきましょうね」
「し」
「し?」
「しゅき……」
彼女はそう呟くと、鼻血を垂らしながら静かになる。
興奮しすぎて気絶してしまったらしい。
参ったな、魔法少女試験の筆記テスト前なのに。
慣れた手付きでいちごちゃんが手を挙げる。
「せんせーミロちゃんが夜見ちゃんに悩殺されましたー」
「ぎゃあああ! テスト前なのに! もしもし医療チーム!」
長谷川先生も大慌てで医療チームを呼び出した。
彼らの適切な治療を受けるミロちゃんを見ながら、ダント氏はぼやく。
「夜見さんは距離の詰め方がバグってるモル」
「でも悔いはないですよ。ここしかないって感じましたので」
「もしかして、夜見さんってそういう好機とかチャンスを直感で察してるモル?」
「え? あーここ逃したら次はないな、って普通に感じませんか?」
「夜見さんの行動原理がやっと分かった気がするモル」
ダント氏はマジタブを取り出し、メモを取る。
私のエモーションセンスの感度を考察しているようだ。
結論としては「恐ろしく感度が高い」とまとまった。
「前まで良くないと思ってたんですか?」
「そうやって僕に面倒くさい彼女ムーブするのやめるモル……」
「ダントさんが始めた物語ですよね?」
「急に刺さないで欲しいモル……でもそうモルよ、僕が全部悪いモル」
「わあ、夜見ポイント一億点贈呈ですね。ダントさんのためにこの世全ての怪人組織をぶっ潰しますね……世界一の自由を手に入れましょう」
「いつの間にサブカルに染まったモル?」
「休学中は暇だったので」
ダント氏の持っているマジタブを操作し、漫画アプリを開いた。
マジカルステッキの修理費を負担してもらうわけにはいかないが、いくつかの漫画作品を買うくらいなら、と遠井上家のクレジットカードを使ったのだ。
彼ははあ、とため息をつく。
「夜見さん」
「なんですか?」
「そのことモルけど、佐飛さんが僕に泣いてたモルよ。自立心の強い子だって」
「そうでしょう? えへん」
「だけどもっと頼って欲しい、遠井上家の凄さを知って欲しいと伝えられたモル」
「……でも、十億円もかかっちゃいます」
私は自分の手をぎゅっと握りしめた。
「大金です。あんまり甘えられないです」
「一千五百億ドルあるらしいモル」
「一千五百億ドル?」
「遠井上家の家長、願叶さんの年収」
「わあ」
ドル円相場が一ドル百円だと仮定したら、単純計算で毎年十五兆円稼いでいるということになる。金持ちだとかそういう次元の問題じゃない。
「どこにそんな大規模な経済市場があるんですか?」
「僕の国、ソレイユだモル。経済市場モルけど、単純なエモ力の売買だけでも五千兆ドル規模モル。他産業を総合すると垓とか穣とか、見たことのない単位になるモル」
「ソレイユって凄い国なんですね……」
「だから争奪戦で稼いだシャインジュエルは売らない方針で行きたいモル」
「あ、大事なのはそっち」
「金銭の問題でこれ以上揉めたくないモルから」
僕の方針に同意してくれるモル?と彼は真面目に尋ねる。
でも、そうなんだ。私を養子に迎えてくれた遠井上家って、凄いんだ。
聞いたことがない名字だったのも、まだまだ創業者としては若手だったからか。
自身の不勉強さを恥じておこう。
「分かりました。お金の問題はもっと親に頼ろうと思います」
「夜見さんには迷惑をかけるモル。はい、夜見さんのマジタブモル」
「わーい」
ダント氏から渡されたピンクのマジタブに、秋桜のキーホルダーを付ける。
見せびらかそうとするとサンデーちゃんが止めた。
「おやめなさい。ミロがまた倒れますわよ」
「えーみんなに新しいマジタブを見せたいのに」
「筆記試験が終わったらいくらでも見ますのっ」
「今はしょうがないかあ」
マジタブの電源を切り、またダント氏に渡す。
カンニング扱いされても困るし。
それから二回目のチャイムと同時に配られたのは一枚のスケジュール表だった。
筆記試験と実技試験の時間配分の内訳が書かれている。
筆記試験は七教科(国数英社理+公民と情報)。時間配分は三時間。
つまりはお昼休みまで。とても少ない。
午後の授業帯はすべて実技試験で埋まっている。
私やクラスのみんなが驚いていると、先生は咳払いして説明を始めた。
「えー、皆さん。筆記試験の時間配分の少なさに驚いたことでしょう。でも安心して下さい。期末テストを兼ねている筆記試験ですが、十二月下旬に再試験が行われます。今回のテストの点が良くなくても挽回できますよ」
「「「おお~」」」
クラスメイト全員から安堵の声が出る。
ですが、と先生は続けた。
「再試験があるのは筆記試験だけです。魔法少女試験の実技試験は学期末に一度、年三回しか行われません。ですので、頃合いを見てテストを止め、実技試験の会場へ向かって下さい」
『せんせー、会場はどこですかー?』
「自力で見つけるのも魔法少女試験の課題ですよ。では筆記試験を始めます」
先生は七教科分の問題付き答案用紙を、各生徒の机に魔法で飛ばしてくる。
それがデスクに積まれた仕事の書類に見え、少しクラクラさせられるも、ダント氏の「これを終わらせたら仕事終わりモルよ!」という声援で持ちこたえた。
一番上の用紙を手に取り、カチカチと芯を伸ばしたシャープペンシルで解答を記述していく。