第124話 中等部一年組、急成長を遂げる
中等部校舎辺りに来た時、新しいマジタブと現行のマジタブの同期設定を終えたダント氏が首を傾げた。
「……む、不思議モル」
「どうしました?」
「睡眠記録を自動で取ってくれるヘルスケアアプリを確認したら、今朝の僕たちが起きたのは朝の九時頃モルのに、マジタブに表示されている時刻は朝八時なんだモル。カレンダーの日付も十二月の……うわ、魔法少女試験の当日になってるモル」
「わあ、そうなんですか?」
「うーん、裏梢千代市に行ったからモル? そんな力は感じなかったモルのに……」
「不思議ですねえ」
マジタブが壊れたのだろうか。それとも別の問題か。
なんとなく立ち止まり、一緒に理由を考えてみる。
すると聞き覚えのある声がした。
「あ! 夜見おはよー!」
ああ、声の主はいちごちゃんだ。
足音は彼女を含めて四つ。中等部一年組が勢ぞろいしているのだろう。
返事をしようと振り向く。
友達と同じ顔の高校生くらいの子が四人立っていた。
「……みんな、ずいぶんと、背が伸びましたね?」
「そう? ふだん通りじゃない? ふふん」
原因は不明だが、昨日までは私の首元くらいだった中等部一年組の背丈が、私と肩を並べられるほどに急成長していたのだ。
その……バストなどの発育の良さも私に負けず劣らず。
赤い苺の髪留めを付けたいちごちゃんは、さらりと黒髪をなびかせる。
「なによ夜見。私に見惚れちゃった?」
「ええと」
「まあ当然よね。それより教室に行かない? こんなとこだと寒いでしょ?」
「ああ、そう……ですね。行きましょうか」
「夜見はん夜見はん」
「は、はい!?」
「おてて繋がへん? 手袋ないと寒いやろ? ほら」
「……あ、ああ、はい」
手袋を外したばかりのおさげちゃんの手は、とてもほんわりしていて温かかった。
どういうわけか、いちごちゃんも嫉妬心を剥き出しにしない。
二人とも性格が丸くなっている。
「け、喧嘩しないんですか?」
「うちらの足元見てみ」
「わあ……」
いちごちゃんとおさげちゃんはお互いの足を踏み合っていた。
相変わらずの仲の悪さには安心したけれど、まずい。状況が分からない。
ドキドキと高鳴る心臓の鼓動と興奮だけが高まっていく。
するとミロちゃんが私の耳元に顔を寄せてきた。
「……三年」
「は、はい?」
「もう三年、経ったんですよ。夜見さん」
「もう三年経った? ど、どういう?」
どういう意味だろう?
訳がわからない。妖艶な笑みを浮かべたミロちゃんは、例の口寄せポーズをする。
真似をすればいいのかと口元に手を近づけると、ため息をついたサンデーちゃんが優しく手首を握って止めてくれた。
「夜見さん。落ち着いて答えてくださいまし」
「ああ、はい」
「州柿先輩に裏のチャンネルに行く方法を教わったんですのよね?」
「は、はいそうです! 教わりました!」
「それと同時に、私たちも夜見さんとの縁を通じて裏のチャンネルに行ったんですの。体感時間で三年ほど睡眠学習させてもらったんですのよ」
「つまりどういうことです?」
「夜見はんの継承の儀に相乗りさせてもらったってことや」
「ん……?」
よく分からない。継承の儀? 相乗りが成長する理由になる?
そこでダント氏が私の肩を叩いた。
「夜見さん、これを見るモル」
「なんです?」
マジタブには魔法少女ランキング。
専門用語「継承」についての解説ページが表示されていた。
「継承……十二歳から十八歳の七年間しか活動できない魔法少女が、年々力を強める怪人組織に対抗できた理由のひとつ。魔法少女は先輩との「恋」を通じて「想い」を受け取り、自らの「力」にする。その「想い」は仲間にも受け継がれる……」
なるほどだいたい分かった。
恋はおそらく「恋愛・交流」という意味。
この、「想い」は先輩たちの信念や戦うための指針。
そして感情の力、エモーショナルエネルギーそのもの。
つまり私は最低でも二人――赤城先輩と州柿先輩に想いを託されたのだろう。
中等部一年組は私との縁を通じて、夢の中で同じように裏のチャンネルに向かい、同じ想いを受け継いだのか。三年もかけて。
「つまりはみんな強くなった、ということですね」
「そういうことですの。これからは大船に乗ったつもりでいてくださいまし」
「はい! なんだか安心しました! えへへ」
みんなと同じ景色を一緒に見ていたいという願いが叶って嬉しい。
これで心置きなく魔法少女として活動できる。
継承システムを考えた人には感謝だ。
……だからこそ一つの疑問が生まれる。
「ちょっと気になったんですけど」
「どうされまして?」
「こうして想いを継承して強くなるなら、争奪戦に限って私たちが仲良くしちゃいけない理由って何だったんですか?」
「それは私が説明します」
ミロちゃんが手を上げた。
咳払いして説明してくれる。
理由は簡単で、「想い」を継承できるのは最大二名まで。
担任になった先輩たちは、私たち同士の「想い」の継承をストップさせ、自分たちの「想い」を確実に継承してもらうために心を鬼にして仲良しを禁止したらしい。
「でも私たちの好意、夜見さんへの憧れは止められませんでした」
「だから気を効かせて、ちょっと裏技を使ってくれたってわけやね」
「あーなるほど」
私に赤城先輩と州柿先輩の「想い」を継承したあと、縁を通じて「仲間」の中等部一年組にも受け継いでもらった感じなのかな。
「みんなは私の仲間として同じ想いを受け継いだと」
「いいえ、夜見さんからの継承です。そうしなければならない理由がありました」
「理由?」
「継承の儀は、歴代継承者の固有魔法をすべて受け継げるんです」
「歴代継承者の固有魔法をすべて受け継げる!?」
な、なんだって……!?
「ということはみんな私の固有魔法「ギフテッドアクセル」を持ってて、私と同じ加速世界への入門が出来るってことですか!?」
「せや。もうひとりにはさせへんで? 今日からは全員最強や」
「うわぁぁ~~とっても嬉しいですっ! やっと同じ世界が見れる!」
世界がようやく私に追いついてきた。
早くみんなでクロックアップしながら怪人退治したい。
最後の悩みも吹き飛んで、私はテンション・やる気MAXだ。
特に意味はないけど円陣を組もうと呼びかけ、肩を組んでもらい、そのまま輪になってその場をぐるぐる回る。ああ、青春。みんな笑顔だ。
「そうそう。継承してうちが一番驚いたことがあるんやけどな?」
「どうしました?」
「夜見はんの固有魔法って身体強化系の中では大当たりの部類みたいでな? 所有者に天性の肉体美を与える副次効果があって、そのおかげでうちの身体めっちゃ調子ええねん。ありがとな」
「どういたしまして!」
固有魔法「ギフテッドアクセル」の副次効果でおさげちゃんは身体の調子が良いらしい。副次効果……そんなものがあったのか。知らなかった。
みんなで他愛なく笑いながらZ組の教室に入り、副次効果について聞く。
曰く、
「頭文字に「ギフテッド」と付く固有魔法にはだいたいついている物」
だそうだ。
所持している魔法少女も数万人に一人らしく、先輩――主に屋形先輩だが、彼女に「天才」として嫉妬された理由にも納得かも。
「面白いことも思いつきましたけど、のちのちですかね」
「面白いことって?」
「クラスのみんなにもギフテッドアクセルを継承してあげたいなって思いまして」
「それなら大丈夫よ夜見。他の子も継承してるから」
「ええ?」
少しすると、中等部一年組と同じように急成長を遂げたクラスメイトが入ってきて、思わず高等部の教室に入ったのかと錯覚させられる。
いちごちゃん曰く「全員ギフテッドアクセル持ち」になったようだ。
「わあいつの間に」
「……相変わらず不思議そうな顔をしているねえ。睡眠学習のおかげだよ」
「!?」
これまた懐かしい声がしたので振り向く。
教室の後方出入り口付近で、白衣を着たクセ毛の美少女が腕を組んでいた。
彼女はニヤニヤと笑いながら二本指で敬礼してくる。
「やあ久しぶりだねえ。夜見くん」
「や、屋形先輩……」
「みんなの背が伸びたから私でも忍び込めるようになって助かるよ」
「何か御用ですか」
「いや何、説明しにきただけさ。睡眠学習の期間は三年ほど。対象は聖ソレイユ女学院中等部一年の全生徒。高等部生徒会は君に悟られないように想いを託したあと、君を通じて一年生全員に想いを繋げたんだ。保健体育のアリス先生と結託してね」
「な、なるほど?」
「理由はまあ、争奪戦実行委員会への当てつけだねえ」
これ以上の説明は面倒だからやめるけどね、と屋形先輩は笑う。
特に求めてないのに説明されるのは困惑するけど助かる。
主犯は高等部生徒会。共犯者はアリス先生ことアスモデウス。
もし異を唱えるなら彼女を追求しろ、という意味だろうか。
「先輩は私に追求させたいんですか?」
「しないだろう?」
「まあ、はい。技術の共有は人手が増えて助かるのでしません。逆になんでもっと早くしてくれなかったのか疑問です」
「試用期間が終了して、第五十期最初の魔法少女ランキング一位が決まるまで動けなかっただけさ」
「なるほどそういうことですか」
全部分かった。
屋形先輩に夜見ポイント(好印象だと加点される。今考えた)をプラス一点。
するといちごちゃんが私を肘で突く。
「夜見。先輩と知り合いなの?」
「ええまあ。中等部生徒会長の屋形光子先輩です。いろいろありました」
「ふーんそうなんだ……」
立ち上がったいちごちゃんは、先輩の側に寄った。
「なんだい? 一年」
「ねえ先輩。先輩も夜見のことが好きなんですか?」
「好意は否定しないねえ。実力を認めているのもたしかだよ」
屋形先輩は態度も姿勢も変えず、腕を組んだまま。
だが、身長がほぼ同じくらいになったからか、いちごちゃんは強気だ。
「じゃあ夜見に圧かけるのやめてくれます?」
「才能ある子を生徒会に誘うのは私の職務の一つだ。何か文句でもあるのかい?」
「勧誘が少し強引すぎませんかという話なんですけど」
「夜見くんは少し自覚が薄いからねえ。私自らが出向かないとダメなんだよ」
「そうですか? 十分自覚した上で行動できてません?」
「君にはそう見えているんだねえ。理解はしておこう」
めちゃくちゃピリついてる……
私も、いちごちゃんの聖獣こと黒い子猫さんもただ青ざめることしかできない。
少しの沈黙が流れ、いちごちゃんがにっこりと笑った。
「ああ、私の思慮不足だったかな。でも言いたいことは言わせてもらいました。これでも風紀部の新入りなんで、正義感がちょっと強く出ました。ごめんなさい」
「はは、そうかい。今なら私の方が強い、お前に勝てるぞ、とでも言いたげだねえ」
「っ!?」
屋形先輩の目からスッと笑みが消えた辺りで、ぞくりと震えたいちごちゃんは脱兎のごとく逃げ出し、私の後ろに隠れた。先輩はため息をつく。
「あまり強がるなよ一年。中等部生徒会長の座はちゃんと実力で勝ち取ったものだ。会話で終えるだけでも温情と思え」
「で、でも先輩は夜見いじめるもん! 文句言うのは正しいし!」
「それを引き合いに出されちゃ立つ瀬はないけどねえ」
事情があるんだよ、とまたため息をつく。
どんな事情があるんだろうか。
でも、聞いたら聞いたで私は心労を起こすんだろうなあ……
「それよりもだ。夜見くん」
「は、はい」
「君の影の中で眠りこけている女の子、早く起こした方が良いと思うよ。クラス替えの抽選が始まる前に。私の話はそのあとだ」
「え? あっ! ヒトミちゃーん! 起きて下さーい!」
『ふえひゃ!?』
慌てて席を立った私は、しゃがんで、自身の影ごと床をバンバンと叩いた。
出てきた彼女も案の定というか、魅力的に成長していて。
少しだけ赤城先輩の面影が感じられるようになっていた。可愛い。
「ヒトミちゃんも背が伸びましたね。とっても綺麗です」
「ふえ、あの」
「どうしました?」
「こ、これ! 魔法少女試験の情報まとめノート、です!」
「わあ。ありがとうござ」
「ではこれでぇ――!」
いつものように走って逃げてしまった。
なかなか捕まえられないなあ、残念。
ノートはダント氏に預けて屋形先輩の方を向く。
「で、屋形先輩。まだ話があるんですか?」
「簡単な話だよ夜見くん。中等部生徒会の役員にならないか?」
「なりません」
「じゃあまた勧誘しにくるよ。今日はクラス替えを楽しんでくれたまえ」
屋形先輩は白衣の袖をひらひらと振りながら教室を出ていった。
どうしても私を中等部生徒会に引き込みたいらしい。
でもまたセクハラされそうなのでダメだ。
「はあ、まったく」
席に座り、少しムッとしながら腕を組むと、大きく成長したいちごちゃんやおさげちゃんが「普段通りの接し方」で身体を密着させてきて、怒りが一瞬でエッチな雑念に塗りつぶされる。おそらく恋心。
「なあクラス替えの抽選ってどうなるんやろか」
「ああ、どうなるんだろうね? 夜見、知ってる?」
「わ、分からないです……はは」
「耳まで真っ赤ね。あ、夜見ってこういう発育のいい子が好きだった感じ?」
「ははは……」
その通りなのでやめてください……
「ねえ夜見。本気で好きになってもいいのよ?」
「うちのこと好きにしてもええんよ?」
「いやまだ未成年同士ですから……」
どこで覚えてくるんだそんな言葉……
キーンコーンカーンコーン――
「はーい、みんなおはよう。担任の長谷川です。継承の儀を終えて大きく成長したようで何より。じゃあ早速ですけど今日のクラス替えの説明に移ります」
「ちぇ。またあとでね」
「はあー……」
ともかく、なんとかチャイムまで耐えた。
今日は禁欲を解くと決めた日なだけに、本当にエグくなりそうで怖い。
学校が終わるまで自我を保っていられるだろうか。