第122話 おじさん、裏のチャンネルに行く方法を知る
「エモ技研かあ……はあ、エモ技研かあ……」
「ふふ、まーだ偏見持ってる♡」
エモ技研――緑陣営「リーフグロリア」の拠点のある建物だけど、あまりいい思い出がないため、私は嫌そうに頬を掻いた。
州柿先輩はぽんぽんと私の背中を叩く。
「ここから裏の梢千代市に行けるのに♡」
「裏の梢千代市?」
「黄金のワンエーカーっていうアプリゲームは貰ったよね? 見せて?」
「え? は、はい」
マジタブを開いてアプリアイコンを見せる。
どうして州柿先輩がそのことを知っているんだろう。
「説明書をくれた魔法少女グレイリーフォックスちゃん、可愛かったでしょ♡」
「ああ、そうですね。また会いたいです」
「あの子、私の聖獣ちゃんなんだ♡」
「ええ!?」
「そうなんですモル!?」
「もー二人とも無知なんだから♡ そういうとこかわいい♡」
私とダント氏の頭を撫でてくれる。
興奮を隠しきれないダント氏は、州柿先輩に近寄った。
「ぼ、僕でも魔法少女になれるモル!?」
「ええ!? それは……」
「――安心しろ。フロイライン・ダブルクロスを完全攻略したら出来るようになる」
「「「!」」」
後ろから急に声がしたので振り向くと、老齢の貴婦人ことナターシャさんだった。
彼女はこう続ける。
「その代わりに少し、宗教色を強める必要があるけどな。覚悟はあるか?」
「が、頑張りますモル!」
なんだか宗教に染まる必要があるらしい。
私はなんとなく聞いてみた。
「ダントさんも魔法少女になりたいんですか?」
「……僕は非力な自分を変えたいモル。自分の国を守りたいし、夜見さんを魔法少女にした責任だってある。もっと強くならなきゃいけないモル」
「わあ、かっこいいですね」
「聖獣はみんな責任感が強いモル」
「そう謙遜しなくていいんですよ。素直に誇って下さい」
「夜見さんに褒められて僕は嬉しいモル」
彼なりに強くあろう、強くなろうと努力しているようだ。
最近の刺々しい言い振る舞いは、一向に強くなれない自分自身に我慢できなかったからか。
なら、ダント氏のためにもフロイライン・ダブルクロスに参加しなければ。
「……それで話を戻しますけど、州柿先輩。裏梢千代市って」
「あはは、夜見ちゃんナイスフォロー。ザコポイントを0にしてあげる。ま、詳しい説明はエモ技研に入ってからしよっか♡」
「分かりました」
私は州柿先輩とエモ技研に入った。ナターシャさんもついてくる。
数ヶ月ぶりに中に入ったが、廊下には何かの試作品やダンボールが置かれていて、暗く、陰湿な雰囲気なのは変わらない。なんなら薬品と血の匂いが増えた気がする。
「なんだかさらに悪い雰囲気になってませんか?」
「昨日の夜にアームズがちょっとね」
「アームズさんが何をしたんですか?」
「……はあ、言うか。人体実験。女体化した自分たちで魔法少女に変身できるか試したの。結果は失敗。マジカルステッキは少女にしか扱えないことが改めて証明されました、って感じ」
「無事なんですか?」
「うん、無事だったんだけど、そのときの事故で全員幼女になっちゃって」
「全員幼女に!?」
「五歳から六歳くらいのね。今は聖ソレイユ女学院の初等部一年生。次は八年後、十三歳になってから試すんだってさ。血気盛んだよね~」
まあとりあえずついて来て、と言う州柿先輩。
私は怖さ半分、なんだかよくわからないモヤモヤドキドキした感情を抱えながら、廊下を通り抜け、地下に繋がる階段に降りる。
一段降りるたびに陰湿な空気が澄み切ったように美味しくなり、降りきった先は地下鉄のプラットホームのような場所だった。しかし誰もいない。
「無人ですね」
「ううん、ちゃんと有人。夜見ちゃんには見えないだけで沢山の人がいる」
「ええ!? ど、どこにいるんですか?」
「これからチャンネルの変え方を教えてあげる♡」
「チャンネルの変え方……?」
「うん。この世界には表と裏、二つの世界観があるの。世界観って書いてチャンネル。これから教えるのは表と裏を行き来する方法。夜見ちゃん、両手で輪っかを作って?」
「は、はい」
両手を合わせて丸い輪っかを作る。
「出来ました」
「次はハートの形にする」
「はあ」
言われたとおりにハートの形にした。
何をするんだろう。
「しました」
「足を少し内股にしたら、ハートを左右に動かして萌え萌えキュンで決めポーズ」
「正気ですか?」
「羞恥心を捨てる練習だから。早く」
「は、はい。萌え萌えキュン」
「決めポーズ!」
「い、いえーい」
アイドルっぽく片足を曲げ、ウィンクを決めた。
州柿先輩はにっこりと笑う。
「めっちゃかわいー♡」
「あはは、どうも」
「じゃあ次はチャンネルの変え方ね。右手の親指と人差し指で輪っかを作るの。上品に見えたら成功♡」
「また輪っか……」
言われたとおりに指で輪を作った。
先輩から「上品に見えない」「もっと手を上にあげて」などと注意を受けつつ、完璧な型を覚えた。かなりきれいな輪を作らないとダメなようだ。
なんとなく仏像のポーズを取っているように感じる。
「――よし、上品だね。あとは中を覗き込む」
「はい」
覗き込むと、頭にバチッと電流というか、スイッチが入った感覚がして、目が熱くなった。かなり痛い。ジーンとした痛みがなくなるまで目を瞑って耐える。
少しすると収まったので、ゆっくりと目を開いた。
最初に見えたのは州柿先輩だ。
「どう? 不思議な影が見えるようになった?」
「ええと」
周囲を見る。
ダント氏のほかには、黒い人影のようなものが行き来しているのが見える。
後ろにいたはずのナターシャさんはいない。代わりに金髪の美女がいる。誰だ。
……まあ、今は先輩との会話に集中しよう。
「先輩たちのほかには、黒い人影が見えます」
「成功だね。これで夜見ちゃんは「怪」を観測できるようになった」
「アヤカシ?」
「生命体の負の感情を餌に動いてる奴らのこと。魔法少女が出現するはるか古代から人類共通の敵として存在する化け物。……まあこれはのちのち説明するとして、その状態でマジタブを開いてくれるかな? 黄金のワンエーカーのアプリアイコンが変わってるはずなんだけど」
「ほんとですか?」
アプリアイコンを確認すると「黄金都市ソレイユ」という名前になっていた。
なんだか裏技が成功したみたいで楽しい。
「おお、次はアプリを起動するんですかね」
「それも一つの方法だね。もっと簡単な方法があって、こうするの」
州柿先輩はというと、作った輪を口元に運ぶ。
しかも輪の中を舌先でチロチロと。
そこで「羞恥心を捨てる練習」の意味に気づいた。
「ま、マジですか!?」
「冗談抜きでマジ。魔法少女の源流には「歩き巫女」っていう、日本古来の呪法師の要素が組み込まれたりしてるから。ちなみにこれは「口寄せ」の技法。自分の魅力的な部分を強調することで、裏のチャンネルをたぐり寄せるの」
「こ、これが日本古来の口寄せ……」
「最近は色々と進化してて、魅力的な部位ならだいたい行けるようになってる。最近の主流は胸の谷間とか、パンチラとか。魔法少女が少女でなきゃいけないことにも理由があるんだよ?」
「な、なるほど……」
魔法少女が少女でなければならない理由が分かった。
帰ったら久しぶりに性欲を解消しよう。
「ほら、夜見ちゃん早く」
「は、ひゃい」
先輩の口寄せを真似ると、周囲の黒い人影がはっきり見え始める。
やがて人影が聖ソレイユ女学院の生徒だと分かるようになると、私の存在に気づいた数名の生徒が黄色い声を上げた。
しかも紺腕章持ち。精神病院に入れられたはずの上級生たちだ。
「こ、紺陣営の生徒?」
「表向きは精神病院に入れられたことになってるから」
「表……つまり裏だから違う!?」
「そういうこと♡ こっちじゃないと説明できないことが多いんだよね~」
やっと全部話せるー、と州柿先輩は肩の荷が降りたようにへたり込んだ。
私は慌てるばかりでどうにも出来なかったが、紺腕章の生徒たちが、先輩を近くのベンチまで運んでくれる。
「す、州柿先輩」
「とりあえず電車が来るまで待機。絶対に私から離れないこと」
「は、はい!」
今は州柿先輩の指示に従うしかないようだ。椅子に座って待つ。
緊張でじっとしていられず、周囲を見て、ふと気づいた。
「そう言えばナターシャさんは」
「あの人は表側の人、いわゆる大人だから。裏のチャンネルにはこれないの」
「じゃあ裏側の人って」
「魔法少女だけ。裏の梢千代市には魔法少女しか入れない」
「わあ、そうなんですか」
例外はあるけどね、と州柿先輩は腕を組む。
この街は想像もつかない不思議な出来事ばかりに出会う。
いまだに慣れない。
それからしばらく、いや数分ほど経った頃だろうか。
ホームが明るく照らされ、銀白色の電車がブレーキ音を立てて止まる。
懐かしく感じると同時に安心感を感じた。
「じゃあ、そろそろ説明するね。ここに連れてきた理由」
「は、はい」
「女学院内でも特別に強い生徒の合宿先がこっち側だからなんだ♡ 頑張ろうね♡」
ついておいで、と州柿先輩は電車に乗り込む。
私も置いていかれまいと乗り込むと、後ろに並んでいた数名の上級生とともに、目隠れ美少女の同級生、ヒトミちゃんも乗ってきた。お互いにびっくりする。
「わあ、ヒトミちゃん?」
「はわ……お、おはようござましゅ」
「おはようございます。どうしてここに?」
「えと、その、魔法少女試験のことを説明したくて、お姉さまを追いかけてたら、裏のチャンネルに行く方法を知っちゃって、その」
しどろもどろになるヒトミちゃん。
すると州柿先輩も彼女の存在に気づく。
目を細めてにっこりと笑った。
「へえ、興味本位なんだぁ♡ かわいー♡ ザコポイント100ポイント贈呈」
「ひぇぇ」
「まあ合宿の人数は多いほうが楽しいからいいけど。……ん、というか君、赤城先輩の面影があるね。目元とかそっくり。もしかして親族だったり?」
「あひあ、いえ、ち、ちが、違いまひゅ」
「……嘘つき♡ 君が赤城家当主の妾の子だってことくらい知ってる♡ プラス100ザコポイント♡」
「ふへぁ!?」
ヒトミちゃんは赤城先輩の親族だったのか。衝撃の事実だ。
……ということは、待てよ? 私はすでに赤城家に囲われている?
姉妹の契りを結んだ妹も姉も赤城家だし――
「よーるーみーちゃーん?」
「なんですか州柿先輩」
「ちょっと赤城家の権力を舐めすぎ♡ 夜見ちゃんが赤城先輩と公園で出会ったあの日から、先輩と結婚することが決まってたんだよ?」
「嘘でしょ……?」
ピポン。ガー、バタン。
扉が閉まり、私たちを載せた電車は動き出す。
車内の電光案内を見る限りでは「梢千代駅」に止まるらしい。
私はどうすればいいのか分からず、椅子に座り、ただ恥ずかしそうにうつむいているヒトミちゃんを呼び寄せ、優しく撫で続けた。