第113話 おじさん、光の国ソレイユへ
ファンデット黒澤の肉体はぼろぼろと崩壊していく。
自分の顔からこぼれ落ちた、赤くて大きなシャインジュエルを見ながら。
「あり得ない……この私が、黒澤の怨念が、こうも呆気なく消える、など――」
黒澤は最後に前を向き、私に手を伸ばしながら消滅した。
白い砂山のような物体だけがその場に残る。
私は静かに手を合わせた。
「どうか二度と化けて出てこないで下さい」
「ナムナムアーメンモル」
すると砂山が光り輝き、大小さまざまなシャインジュエルの山へと姿を変えた。
おそらく浄化されたのだろう。見覚えのあるC等級が多い。
ダント氏がエモスカウターで確認したところ、合計で53万エモもあるようだ。
私は討伐報酬として最初に落ちたリンゴ大のシャインジュエルを貰い、分前の分配などはダント氏に任せて赤城先輩の元に戻る。
「めでたしめでたし、って感じだね」
「特に何かが解決したわけじゃないんですけど、なんだか満足度が高いです」
「悪縁が切れるってそういうことだよ」
「ふふ、なら良かったです」
これで黒澤と縁切りできたんだ。
謎のお婿さん役とか、ランキング一位になったこととか、普通に過ごせるなら、まあいいか。……いや良くない。指輪は外してもらおう。
「あのナターシャさん」
「そうそうあえて言い忘れてたんだけどね」
「はい」
「パッショントーカーは時計回りに回せば外せるよ」
「え?」
言われたとおりに回してみると、スポっと抜けた。
ちゃんと効果がなくなったかどうか、マジタブの魔法少女ランキングを確認すると無事にランキング1位になってい――
「いまだに1位!?」
「それが本来の順位だ」
「なんでなんですか!?」
「なんでって……今の主流は入学年度別のランキングだからじゃん?」
「年度別!?」
ナターシャさんがちょいちょいと画面を操作すると、「第五十期・中等部一年総合ランキング」と表示された。設定から「入学年度一覧」を見ると「第四十五期」など、先輩方が競い合っているランキング表が見れるらしい。
私は学力が七教科合計(一科目百点満点。テストは休学中に受けておいた)で698ptのB+、魔法能力は初試験を特例合格したため満点の700ptによりAランク、人気度が上限いっぱいの1000ptでSランクなため一位とのことだ。
「全総合ランキングは昔から何度も炎上しててね。今は学年ごとにランキングを分けて競い合ってるんだよ。中央校舎の電光掲示板は三回目の炎上で壊れたんだ」
「わあ、初めて知りました」
「いやホントに醜い争いだったからこの言葉は忘れていい。忘れなさい」
「は、はい」
言われたとおりに忘れることにした。
それはともかくとして、新たな疑問が生まれる。
「あの、ナターシャさん」
「なんだい?」
「ランキングが分かれてるのに、どうして先輩方は私をライバル視したりするんでしょうか? 私関係ないですよね? 心労が酷いからやめて欲しくて」
「一言で表せるけど、ちゃんと説明するなら……あれは愛の告白だ」
「愛の告白」
「赤城、これ説明していいの?」
ナターシャさんが目配せすると、赤城先輩は顔を赤くした。
「ええと、その……まあ、それなりの情緒教育は必要、かも?」
「分かったなら伝える。いいか夜見ライナ」
「は、はい!」
「先輩には戦う女としての自負、彼女たちなりのプライドがある。でもめちゃくちゃ可愛い子がいたら気になるし、恋のライバルがいるなら自分が真っ先に好きだと言いたいし、お付き合いしたいと思うのが普通だ。ただ、プライドが邪魔をする」
「プライドが邪魔を」
「ああ。だから正直になれず、好きな相手に負担をかけてしまうような言動や行動ばかりを取ってしまう。それが恋に弱気な生き物、先輩なんだ」
「わあ……」
先輩たちはそんなに奥手だったのか、と驚いた。
「じゃあ屋形先輩が決闘を挑んできた本当の理由って」
「ほんとは決闘をダシに二人っきりになって、いい雰囲気になれたらなーと思ってただろうね」
「うわあ回りくどい……」
「分かんないよねー、大好きアピールはボディータッチ多めじゃないとね」
「あはは」
そう言って赤城先輩は私に抱きついた。
散々言われているし、自覚したから分かっているけれど、赤城先輩は私のことがたまらないほど大好きらしい。ドキドキが止まらない。
「夜見さんただいまモル。報酬の分配が終わったモル」
「お、おかえりなさいですダントさん」
「僕たちは獲得ジュエルの二割くらい――十万エモを手に入れたモル」
「やりましたね!」
「それと狐耳の魔法少女さんから新規アプリのダウンロードを勧められたモル」
「アプリ?」
これモル、とダント氏が見せてきたのはゲームの説明書のようなもの。
ダウンロードしたいとのことなので、マジタブと交換した。読ませてもらう。
内容は箱庭型ゲーム――ミニスケープといわれるジャンルで、今回の場合は果樹園の経営をテーマに作られているようだ――でタイトルは「黄金のワンエーカー」。
裏表紙には「ナイトアイズ・クリエイト」という社名が記されていた。
「ゲーム事業部があったんだ」
「うわ、その説明書めっちゃレアアイテムじゃん」
「知ってるんですか?」
「というより、これもナターシャさんが説明する手はずだったんだけどね」
気の早い子たちだよ、とナターシャさんは視線を外に向ける。
体育館の出入り口だった場所には、どういうわけか白い鉄柵と赤い扉ができていた。次は扉が開いたかと思うと、花と草木に満ち溢れた春先のように美しい情景が見え、黄金色のエモ力が溢れ出す。
「なんですかあれ」
「一言で表すなら果樹園への入り口、詳しく言えば光の国ソレイユにつながる扉だよ。資格ある者がそのアプリを入手した場合に限り、見えるようになる」
「資格ある者?」
「私たち魔法少女のこと! さあ、夢の扉はついに開かれた!」
「わわ、引っ張らないで~!?」
私は赤城先輩に腕を引っ張られながら、扉の中の世界に飛び込んだ。