第111話 おじさん、ランキングの元一位さんと遭遇する
もっとも到着した先の第一体育館はというと、展示物の撤収作業に入っていた。
緑陣営「リーフグロリア」の腕章を付けた男性スタッフ以外に人の姿はない。
ナターシャさんは私をお姫様だっこしたまま、口惜しげに眉をひそめた。
「ありゃ、もう撤収中か」
「当たり前ですよ。中央校舎に何時間滞在してたと思ってるんですか」
「だ、だいたい二時間くらいだモル……」
「ダントさん! 良かったぁ生き返ったんですね!」
「僕を勝手に殺さないで欲しいモル、はああー……」
私の制服の中に潜り込んだ彼は「夜見さんが遙華ちゃんに甘えたがる理由が分かったモル」と漏らし、顔だけ覗かせた。
「夜見さんの服の中だけが僕の安心できる場所モル」
「きゃ、ダントさんのエッチ」
「こら人の腕の中で乳繰り合ってんじゃあないよ」
「わわ」
半ギレになったナターシャさんに投げ捨てられる私。
仕方なく空中で姿勢を整え、両足で着地した。そのまま詰め寄る。
「さっきから横暴すぎます。勝手にランキング一位にしたり、外せない指輪を渡してきたり。放り投げ……られたのだけは私のせいですけど、もっと私たちを大事に扱って下さい」
「僕も同意するモル」
「おお?」
詰め寄られた老齢の貴婦人――ナターシャさんはキョトンとしたかと思うと、またため息をついて頭を抱えた。
「あー、ごめん。ファンデットのせい。またやられた」
「本当なんですかね? 適当に嘘ついてるだけじゃないんですか?」
「いやホントなんだって――」
「夜見ちゃん夜見ちゃん」
「なんですか赤城先輩」
「見えないものを見ようとするとき、どうすればいいと思う?」
「急に難問ですね……」
思考を切り替えて、仮説を立てる。
第一に生霊――ファンデットが存在する仮定した場合、第二に、それらが感情の力――エモーショナルエネルギーと何らかの関係がある場合。
その元になっている感情は嫉妬、羨望、鬱憤など、負の感情だろう。
名前をつけるなら、おそらくダークエモーショナルエネルギー。
普段は知覚できないにも関わらず、他人に影響を与えられるということは、指向性を持っているということ。狙い撃ちしているのだ。
つまり私たちが見えている。
……なら、視線から伝わる殺気を探ればいい。
私は佐飛さんとの厳しい特訓を思い出し、感覚を研ぎ澄ませた。
キィィィィン――
「――!」
耳鳴りとか、鈴虫の鳴き声のような甲高い音が聞こえる。殺気だ。
聞こえた方向に近づいてみれば、そこには透明な資材入れが積まれていて――その足元、不自然に放置された白い手鏡のようなものを見つけた。
「それが元凶モル?」
「人は欲在りき。どれだけ巧妙に仕組もうとも、他人を害そうとする殺気を隠せるわけがない。佐飛さんの格言です」
「なるほどモル。次はどうするモル?」
「格言はこう続くんです」
「モル?」
「もし相手の殺意に気づいたなら、それが相手自身に返ってくるよう仕向けろ」
「ど、どうするつもりモル!?」
「こうするんです――ナターシャさーん!」
「なんだい?」
生霊を見ろと言ったのに、見もしないで何を見つけたんだい、と近づいてくる。
私は手鏡を指さした。
「この鏡の持ち主がナターシャさんにファンデット飛ばしてました」
「……はは、なるほど? 正解じゃあないが、一番正しい選択だ」
鏡を持ったナターシャさんは、笑顔で中を覗く。
「見つけた」
すると鏡がガタガタと震えだし、ついにはパリン、と自壊した。
ナターシャさんがやれやれ、とため息をついたかと思うと、私を指差す。
「そっちに行ったよ。後ろだ、後ろ」
「ええ!?」
「違う夜見ライナ、君の方じゃない。その後ろに立ってる子だ」
バッと振り向けば、体育館の入り口に「狐耳」の生えた銀髪美少女が立っていた。
後ろに犬耳の黒髪美女メイドを連れた少女は、私の元まで歩いてくる。それに応対するかのごとく、ナターシャさんと赤城先輩が私の背後につく。
私の頭に手を乗せたナターシャさんは笑顔で迎えた。
「やあやあ。久しぶりだね、九尾の聖獣コンコ」
「……発言の訂正を。私は九尾の聖獣ではなく、中等部二年の九条玉前。ただ好きでケモミミを生やしているだけのモブ魔法少女ですけど?」
「今はそういう設定だったか」
どうやらナターシャさんとなにか関係があるっぽい。あとアニメ声で可愛い。
ダント氏はというと「現実逃避するモル」と私の制服の中に引きこもった。
怖いよね、しばらくゆっくりしていて下さい、と胸元の彼を撫でる。
その直後に、ナターシャさんはこう言った。
「ああいや、違うな。魔法少女ランキング元一位の魔法少女グレイリーフォックスちゃんとでも呼ぶべきかい?」
「二位ですけど何かぁぁぁ!? やんのかこらー!?」
「あと三日経てば年間一位でランキング殿堂入りだったのに惜しかったねえ」
「別に殿堂入り出来なかったのが悔しいわけじゃないですけどぉ!? 思い違いもはなはだしいですねぇぇ!?」
うわ、狐耳さん、なんだか強気な人だなと思ってたけど、ランキング一位の人だったか……どうやって説明すれば――
そうこう考えを巡らせていると、強い視線を感じる。
激高状態の狐耳さんからだった。
「……プリティコスモス。もしかしてまだ他人事のつもりで?」
「ひぃ!?」
「私から一位の座を奪ったということは、私と戦う覚悟は出来てるんだよなぁ!?」
「ええとその、そんなつもりはなくてぇ……!」
相手からゴゴゴ、と禍々しい殺意が沸き立ち始めたのを見て、赤城先輩は笑う。
「ふふ、まだ分かってない感じ?」
「? どういう……」
「順位が変わったなら、あとは誰がお婿さん役になるかって話じゃん」
「――な、ばっ!? 不埒!」
意味を一瞬で理解したらしい。
銀髪狐耳さんは顔を真っ赤にして戸惑う。
気が早いだの、不埒だの。さっきまでの殺意はどこへやらと言った感じに。
……というより、お婿さん役ってなんだろう。私には分からない。
『――――――――――ねえ、いまなんて言った?』
「!?」
そこに新たな勢力が割り込んだ。
「今たしかに、夜見をお嫁さんに出来るって……たしかに言ったよね?」
地鳴りが起きそうなほど激しいエモ力の上昇を起こしながら、覚悟の決まった顔つきで、五人の中等部生――中等部一年組とヒトミちゃんが立っていた。
そこからさらに金髪の美少女優等生、ミロちゃんが前に出る。
「くわしく、説明してください。今、私たちは冷静さを欠こうとしています」
「いいだろう。このナターシャさんが詳しく説明する」
「はわわ……」
どうして彼女たちがここで現れたのかは分からない。
分からないけれど、巻き込まれた私は、騒動の決着がつくまで見守ることにした。