第105話 おじさん、老齢の貴婦人と出会う
デミグラッセでは、赤城先輩が紫陣営のリーダーらしく「魔法少女でもできるお金の稼ぎ方講座」を開いてくれたので、私はパフェをぱくぱくと食べながら聞いた。
分かりやすく要約すると「エモ力を稼げばなんとかなる」らしい。
どうやら梢千代市の外には「ダークエモーショナルエネルギー」なる負の感情の力で活動する異常存在が「稀によくいる」と言われる程度には存在するそうで。
それらを倒せば、等級の高いシャインジュエルが手に入るそうだ。
シャインジュエルは10エモで1バレル――約160Lの石油と同じ体積、もしくは約70kgほどの物質ならなんでも作れるらしく、市場価格は最低でも10エモで一億円は下らないとのこと。
改めておさらいするが、エモ力は貴重資源で、高値で売れる。
私は笑顔でダント氏を見た。彼は渋い顔をする。
「ダメモル。このシャインジュエルは売らないモル」
「どうしてぇ……」
「争奪戦で手に入れられるシャインジュエルの総量は決まっているモル。僕は目先のお金より夜見さんの強化や回復に当てたいモル」
「でも、借金には利子があるんです」
「大丈夫。借金問題はもう解決済みモル。このメッセージを見て欲しいモル」
「え!? は、はいっ!」
ダント氏が見せてくれたのは、リズールさんからのメールだ。
彼女曰く『金銭借用の件、了承しました。魔導具店「梢千代」の代金建て替えと、新たな借用が起こらないよう最適な人材を向かわせましたので、お金のことは気になさらず、その御方とともに最高の魔法少女への道を邁進してください』という言葉に、私は彼女を雇ってよかったと実感した。
「わあ、持つべきものは人脈ですねぇ」
「僕の交渉術も褒めて欲しいところモル」
「ダントさんは偉いです。とっても偉いです。天才です」
「ふふーんっ」
ダント氏は流石だ。
私に出来ないところ、足りないところをしっかり補ってくれる。
ずっと一緒に仕事がしたい。
「――ハァ、はぁっ、おまたせしましたお姉さま!」
「あ、ヒトミちゃん」
「しょ、し、紹介したい方がいます!」
それとほぼ同じタイミングで、ヒトミちゃんがやってきた。
とても汗だくだったので、お冷を飲ませておしぼりで汗を拭いてあげる。
落ち着いた彼女は目をキラキラさせた。
「光の国から、ホントに、その、とっても凄い人が来たんです!」
「どれくらい――」
「カフェグレープに行きましょう! 会えます、ので!」
「あ、はい」
赤城先輩と顔を見合わせたら「私はいいから行っておいで」と言われた。
でもなんだか申し訳ないと思ったので、「またデミグラッセでパフェりましょうね。絶対に! あ、一週間後とかに!」と手を握って約束したあと、ヒトミちゃんを連れてカフェグレープに向かおうとすると――
「いや、その必要ないよ」
「? あなたは」
「私が来た」
白銀の髪をなびかせた、高貴さを漂わせる老齢の貴婦人が立っていた。
左手には木製の長杖を、顔の銀縁のメガネから見える瞳は、秋晴れのように蒼く透き通っている。彼女は私を見るなりこう言う。
「……ラブリィアーミラルに似てはいるが、本人じゃない。性格も違う」
「えっ? ああ、はい」
「だが――――残り香がある。リズールが気に入るわけだ」
「ええと、あなたは」
「私か?」
彼女は後ろ髪をサラッと掻き分け、少しだけ妖艶さを交えながら、ニッコリ笑う。
「私はユリスタシア・ナターシャ。君を退屈から救いに来たんだ」
「つまり?」
「君の師匠になる老婆だ。ああ、ナターシャさんとでも呼んでくれ」
「は、はい。ナターシャさん」
また赤城先輩と顔を見合わせる。
先輩は沈黙を選んだようで、笑顔を浮かべたままだ。冷や汗も流してる。
どうしよう、ついていくべきなのかな。
「ダントさんどう思いますか」
「僕に聞かれても……あの、ナターシャさん。質問してもいいモル?」
「私に質問するな」
「ええ……」
「言葉で伝えるのは苦手なんだ。見て、やって覚える方法が一番だろう?」
「たしかにそうモルけど、その、あなたが光の国でどういう立場の人か知りたいモル。もしかして僕が見たことないくらいに凄いお方モル?」
「はははは、私のことなんか気にするな。それよりマジカルステッキはどうした?」
「ああ、実はモル――」
ダント氏は品のいい貴婦人ことナターシャさんに詳しい経緯を話した。
すると大笑いして、私の肩をぽんぽんと叩く。
「魔法少女の必殺ビームを無抵抗で受けるなんて……天才だな! 気に入った!」
「ど、どうもです!」
「でも、まあ、マジカルステッキがないなら私も教えようもない。修理が終わるまで何日かかる?」
「ええと、最低でも一週間はかかるとのことで」
「分かった。マジカルステッキが戻ってきたら改めて会おう。それまでの連絡係と、聖獣くんの業務補助要員としてこの子を置いていく」
彼女がパチンと指を鳴らすと、亀の聖獣が現れた。
「どうもお久しぶりですカメ。玄武亀の聖獣、ゲンだカメ」
「ゲンさん! ずっと待ってたモル!」
ダント氏は待ってましたと言わんばかりに彼に抱きついた。
亀の聖獣ゲンさんは、前足でダント氏の頭を撫でる。
私もほっこりした。
「ダントくんは新人なのに一人でよく頑張ったカメ。これからはみんなと協力して頑張ろうカメ」
「お願いしますモル! それで、ゲンさんが担当する魔法少女さんはどこに?」
「アリスちゃんは聖ソレイユ女学院で編入試験を受けているところカメ。合格できるかどうかは本人の素質次第だから、私は待つしかないカメ」
「把握しましたモル」
「それともう一体、紹介したい聖獣がいるカメ」
「モル?」
「ナターシャさん、お願いしますカメ」
「ん、分かった」
再び指が鳴らされる。
ぽふんと空中に現れたのは、茶色いたぬきだった。
そのたぬきはダント氏にぎゅっと抱きつく。
「ダント殿~! お久しぶりでございます~!」
「うわあ、新入りのぽんすけくん!? げ、ゲンさんどういう――」
「ごめんカメ。新人聖獣の教育も平行して行うことになったカメ」
「ええ!? に、荷が重いモル! 僕はまだ新人モル!」
「気持ちは痛いほど分かるカメ。でも、ダントくんは優秀な聖獣カメ。ちゃんと教育係も務められるカメ」
「そ、そんな……」
「あと、上層部からの辞令だから拒否権がないカメ」
「モル!? そ、そんな酷い、酷い話が……! うわぁぁん夜見さぁぁん!」
「あはは、よしよし」
ダント氏は泣きながら私の胸に飛び込んできた。
上手い話には裏がある、とはこのことかも。
たぬきの聖獣さんはというと、ゲンさんとともにヒトミちゃんの前にいた。
挨拶や自己紹介のあと、ゲンさんはヒトミちゃんにこう言う。
「ヒトミちゃん。この子が君の新しい聖獣カメ。仲良くしてやってくださいカメ」
「どうもどうも、タヌキの聖獣のぽんすけと申しまする~! なにとぞ、よしなによしなに~」
「はわわ、こ、こちらこそよろしくお願いします!」
ヒトミちゃんの元にも引き継ぎの聖獣さんが来たようで、良かった。
すると、一連の出会いを見ていたナターシャさんが。
「よし、私が邪魔だから帰る!」
「あ、はい! また会いましょう!」
「マジカルステッキが戻ってきたらまた会いに来るから、よろしく!」
と言ったかと思うと、ササッと歩いて帰っていってしまった。
老齢の貴婦人とは思えないほど機敏に動けるんだなあ。
空気もなんとなくお開きムードになったので、赤城先輩、ヒトミちゃんとともにデミグラッセを出る。
二人と別れたあと、迎えの車を呼び、ナターシャさんと一週間後にまた会う予定をマジタブに入れ、ゲンさんと一緒に家に帰った。