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第104話 限界社畜おじさんは魔法少女を始めたようです

 そのあと、マジカルステッキを「梢千代」という市内の修理屋さんに預けた。

 ダント氏いわく「魔法少女衣装(コスチューム)が破れるということは、マジカルステッキが壊れるのと同じことモル」とのこと。

 聖獣ができるのは魔法障壁(シールド)の修復や、衣装・装飾品のカスタマイズだけで、コスチュームの修復は専門家――いわゆる賢人の手に任せるしかないようだ。


「梢千代市って、マジカルステッキの修理屋さんに名前の由来があったんですね」

「魔法少女の街だから当然モル」


 今の私は、白ひつじの着ぐるみ(顔出しタイプ)姿でデミグラッセにいる。

 制服や体操服姿だと、変身可能だと判断されて困るから、自衛のために着てね、と魔女服姿の修理屋さんに着せられたからだ。

 着ぐるみの中はもこもこふわふわで、耳もぴこぴこ動かせて楽しい。

 ヒトミちゃんも「世界一可愛いです!」と大好評だ。

 まあ、そのあと、「すみません急用が出来ました!」とどこかに走って行ってしまったから、正確には過去形で言うのが正しいんだろうけど。

 そう思いつつ、私はスプーンですくった生クリームとフルーツを口に運ぶ。


「パフェも美味しいし、ちょびっと幸せですね」

「楽観的モルね。修繕費のことで悩まないモル?」

「ダントさんに任せます」

「無我の境地になってるモル」


 ちなみに、コスチュームの修繕費は十億円。

 どうやら私のマジカルステッキや、変身素材となった女学院の制服はかなり特殊な仕様だったようで、同じ物を用意するにはそれだけかかるらしい。

 通帳に入った五億円が、わずか数日で溶けるとは思いもしなかった。


「……はは、五億もあるのかぁ、借金」

「理性は働いてるみたいモルね」

「恐怖で体が震えてますよ……着ぐるみじゃなかったら耐えられない」

「だから僕はやめてと言ったモル」

「あれが最善の選択だと思ったんですもん」

「たしかにそうモルけど」


 かと言って、屋形先輩の凶行を止めるには、あれ以外になかったのも事実だろう。

 マジタブから見れるニュースのタイトルに「あの梢千代市に怪人被害! 治安悪化の原因はソレイユ・ソリューションが作ったセキュリティシステム!?」「ソレイユ・ソリューション現CEO、猿渡木(さるわたり)氏に国家転覆罪の疑い。警視庁が全国指名手配へ」「ソレイユ・ソリューション旧創業者一族、屋形家が再び役員に復帰。ブランド再建を目指す」など並んでいて、屋形先輩が心身ともに追い詰められていた証拠と裏付けがドッと流れてくるのだ。

 一応、損害賠償の請求はしたが、今は痛み分けということにするほか無い。


「貧すれば鈍する、貧困って怖いですよね。ダントさん明日からもやし生活です」

「ひぇぇ、どうして僕まで……せめてリンゴ一欠片はつけて欲しいモル」

「相変わらず仲がいいね、二人は」

「あ、赤城先輩」

「やっほー、トイレから帰ってきた」


 おいしょ、と隣に座る赤城先輩は、黒ひつじの着ぐるみ姿だ。

 かなりの常連だったらしく「どうせなら」と特注で作ったらしい。

 マジカルステッキの修繕費だけで百億は使ってる、とは本人の談。

 まあ、うん。赤城という名字を聞いたときに「もしかして」とは思っていたけど。


「赤城先輩」

「なぁに?」

「現日銀総裁の赤城権蔵(ごんぞう)って」

「私のおじいちゃんだね」

「……その彼が育てたという白祢城しろねぎフィナンシャルグループは」

「お父さんと親戚が経営してる会社だね。いきなりどしたの?」


 やはりとんでもない人だった。

 前者は言わずもがな。金融業界や政界にも影響力のある人で、白祢城しろねぎフィナンシャルグループとは、五十年前に起こった共産圏での大規模な戦争のあと、北方の大国が領土割譲されることとなり、その波に乗る形で成長を遂げた地方銀行。

 ――今では世界でも五本の指に入る国際的な金融グループのひとつだ。


「ああ、いえ。修繕費の高さに、ちょっと動揺してまして」

「あービビるよねー。分かる。私も最初はびっくりして大泣きしたもん」

「どうやって立て直しましたか?」

「……体で返してくれるなら、まあ、融資しないこともないけど?」

「売ったんですか!?」

「売ってない! てか処女だし!」

「えっ!?」

「あ」


 ……カア、と頬を赤らめた赤城先輩は、私の隣で唇を尖らせ、縮こまった。


「あの、初体験とかは」

「……ごめん。騙してたけど、まだ一回もない」

「あ、あっ、あ、すみません」


 私も緊張で赤くなり、ぷるぷるとコップを震えさせながらジュースを飲む。

 先輩、あれだけ歴戦の猛者っぽく振る舞ってたけど、まだ一回もしたことないんだ、とか、やけに私にこだわったり、優しくしてくれる理由に説得力が出てきて、もしかして私に気があるんじゃ……いや、絶対にあるよね……私のこと好きなんだ……そっか……と脳内が桃色に染まっていくのを実感しながら、深呼吸して興奮を鎮めようとするも、ふと横を見れば赤城先輩がいて、小指の先を私の肘にゆっくり近づけたり、戻したりを繰り返していることに気づき、私は悟りを得た。


「聖ソレイユ女学院の風紀は正しく守られていたんだ……」

「エモ力を底上げしながら何を言ってるモル?」

「いえ、みんな思春期だったんだなって」

「そうモルね」


 ダント氏はげんなりしながらマジタブを開き、メッセージを確認し始めた。

 一度でも手を出したら犯罪者になる、私という当事者の身になってくれてもいいんじゃないかな、と思う。そんな私の視線にダント氏はため息をつく。


「はあ、夜見さん」

「なんですか?」

「マジカルステッキ、持ってないモルよ」

「?」

「まさか、まだ元の生活に戻れると思ってたモル?」

「え、あっ」


 その言葉で、最初の諸注意を思い出した。

 性別を固定したからもう戻せない、と聞いてはいたけど、ここに来るまでに起こった事件のインパクトが強すぎて飲み込めておらず、マジカルステッキが手元にない今になって初めて「あ、本当だった。私、もうただの女児だ」と受け入れられた。

 

「……うん、そうですね。新しい環境になれないといけないですね」

「判断が遅いモル」

「あはは。でも精神の主柱が変わったわけじゃないですし、ね」

「たしかにそうモルね。順応するにはそれだけ時間がかかるモル」

「何の話?」


 不思議そうな赤城先輩に、私はこう答えた。


「限界社畜だったおじさんの意思を継いで、魔法少女を始めた女の子が居たんですよ。それが私なんです」

「あー、かなーり辛くて重い話だよね、それ」

「はい。ちょっと戸惑うことも多いですけど、今日はちょっとだけ、前に進めた気がします。私の心にいるおじさんから、好きに生きろって言ってくれた気がして」

「ぐすっ、すごい泣ける……」

「夜見さん、軽く語ってるけどめちゃくちゃ重いからやめるモル」

「わわ、ごめんなさい」


 どうやら私の背負っている物は、私が思っているよりも重い物らしい。

 自覚がないから困り物モル、とダント氏が嘆く。

 そう言われても、心が若返ったわけじゃないからなあ、困ったなあ、と私は思いながら一口、またパフェを食べた。美味しいなあ。

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