第102話 おじさん、催眠魔法を攻略する①
ゴバァン――
ガラガラガラ、ズゴォン――!
「モル!?」
「な、なんですか? 新手の敵?」
生徒会長こと魔法少女プリミティブエンプリオの起こした地鳴りは、駐屯地中央の円形広場で競い合っている夜見ライナ・屋形光子両名に困惑をもたらした。
――が。屋形光子は動じない。
「……はは、どうやら二人目の「無冠の剣聖」が見つかってしまったようだねえ」
「二人目? 貴方は偽物だったんですか?」
「そうさ。訂正するなら、あちらも偽物だけどね。本物はただ一人だ」
「それは誰ですか」
「斬鬼丸という名を持つ者だ」
「――!?」
私はぞわりと全身から鳥肌が立つのを感じた。
ダント氏も同じだったようで、私の肩の上でぎゅっと身を寄せて怯える。
この恐怖心は、何だ。心のどこから生まれているんだ。
「ど、どうして、斬鬼丸さんが私の前に立ちはだかるんですか」
「忘れたのかい? 今はシャインジュエル争奪戦の最中で、敵を務めているのは秘密結社だ。彼が君の前に立つのは、なんら不思議なことじゃあないだろう?」
「で、ですけど! ……その人とは、戦いたくない」
「怖いのかい? なら私から良い提案がある」
「提案?」
嬉しいのか、蔑んでいるのか。
よく分からない笑みを浮かべた屋形光子は、手を私に差し伸べた。
「君。魔法少女を辞めて政治家にならないか?」
「……?」
どうしてこの場面で政治家に勧誘されるのだろう。
私にはまったく理解が及ばなかった。
「君の本音を聞いて分かった。未来の礎になる覚悟があり、人並みの幸福を得たいという野心があり、なによりその容姿。初代の再来と呼ぶにふさわしい美貌。無垢の人々を率いていけるだけのカリスマ性に満ちている。令和のジャンヌ・ダルクとで言うべきだねえ――」
だから違和感を感じた。
やけに彼女の言葉に耳を傾けてしまい、恐怖や興奮を掻き立てられ、心の奥底から突然吐き出された欲望に気付かされ、新しい自分に目覚めたのは何かおかしいと。
私は洗脳されているのではないかもしれないと、ようやく気づけた。
「ダントさん」
「こ、怖いモル……相手が何を言っているのか分からないモル……」
「ダントさんっ」
「プリティコスモスの名前は上司が勝手に付けただけモル……初代と関係があるなんて知らないモル……僕は指示通りステッキを渡しただけモル……」
「ダ・ン・ト・さ・んっ」
少し乱暴に彼の顔をつついても、揺らしても効果がない。
おそらく彼も何かしらの洗脳を受けているか、もしくは私の見ている幻覚だ。
――私だけで、どうにかしなければならない。
まずは周囲の様子を探ろうとして、視線を逸らす。
『こっちを見たまえ』
ギュンッ――
「っ、なんで」
そう思う自意識と反して、私の視線は相手に釘付けだった。
ああ、間違いない。私は彼女に魅了されかかっているんだ。
「――まあ、政敵が多くて少し苦労する場面もあるだろうが、どうだい。魔法少女を辞めて、政治家になる道を考えてみないか? 遠井上家の養子であり、騎士爵の君を歓迎したい名門校は山ほどあるんだ。転校して、新たな時代の日本国を治めよう」
「ぅっ、これが、貴方のやり方ですか……!」
「フフ、何を言っているのか分からないねえ。私の言葉が魅力的なだけじゃあないか。さあ、私の手を取りたまえ。この麗しい右手を」
右手というワードを聞いたとたんに、相手が素晴らしく協力的な善人のように感じてしまう。
同時にじわじわと、マジカルステッキを持つ私の手は持ち上がっていた。
――洗脳や催眠を他人に対して平気で行う人間が、素晴らしい善人?
違うそんなわけがない。そういうのは悪人の所業だ。
もう後がない。自力で考えだせ、夜見ライナ。
彼女、屋形光子の術を破る方法を思いつかなければ、彼女の手を掴んだ瞬間に、このわずかに残った心が奪い取られる。できなきゃ死ぬぞ。
「この状況を、打開する、鍵は……!」
「諦めたまえ。催眠魔法に勝つすべなんてないんだよ」
「マジックミサイル!」
ドウッ――
「ぐう!?」
屋形光子の胸にステッキから発射されたマジックミサイルが命中し、ザザ、と後退させる。相手にとって予想外の抵抗だったのだろう、私は一瞬の自由を得た。
その一瞬――私の生涯最高となる一秒間に、忘れかけていた声が脳裏に流れる。
『――俺が呼び出されたということは、既に敵の術中にいる』
「っ、そうか、鍵はあった!」
「……いきなり何をするかと思えばッ! 人が好意的に接しているのに! マジックミサイルで攻撃するとは野蛮な子だねえ! お仕置きの時間だ!」
屋形光子が炎の剣を振るう。場の雰囲気が変わった。
警戒色なのか、周囲の鳥型ロボットのモノアイが黄色く点滅しだす。
彼女は切っ先を私に向けた。
「行け、鳥ども! プリティコスモスから変身能力を奪い取れ!」
『ピピピピィ――――!』
ドドドドド――
モノアイが黄色く染まった鳥型ロボットたちが円形広場に押し寄せる。
狙いは私のみ。ロボットたちも屋形光子に洗脳されたようだ。
私はグッと背後に剣を引き、限界まで引き絞って抜刀。
剣の長さを半径として、それと同じ範囲のロボットが一層された。
「まずは二十体っ」
「無駄だ! このC-D部隊駐屯地はすでに私の手中にある! 十万体ものロボット兵を相手に勝てると思っているのかい!?」
「実践するのはこれからです、よっ!」
ブチッ!
「その腕時計は――」
「ここからは本気です!」
「なんだと!?」
ガバッ――
「うわあモル!?」
私は右腕に巻いていたスロウダウンウォッチを引きちぎり、ダント氏を抱える。
沢山の鳥型ロボットが殺到する中で、屋形光子は驚いていた。
「お前ッ、まだ本気じゃなかったのか!?」
「ブーストッ!」
「待――――」
ギュァァァァアアアア――――!
ギフテッドアクセルが発動し、思考が急激に早まっていく音がする。
相手も負けじと強化魔法での加速を選んだようだが、あっという間に追いつかなくなり、世界に置き去りにされた。
これが真実の景色かどうかは分からないが、私に運気が向いてきたのはたしかだ。
「うう、夜見さんごめんモル……もしかしたら全部僕のせいかもしれないモル……」
「安心して下さい。私は何があってもダントさんの味方です」
「夜見さん……!」
彼はヒシ、と私に抱きついてくれる。かわいい。
「さっきのビルに戻りましょう。そこに催眠破りの方法があるはずだから」
「方法? 何モル?」
「赤城先輩の持っていた黒いチェスの駒です」
「もしかしてこれのことモル?」
ダント氏は黒いナイトの駒――言いにくいからダークナイトと呼ぼう――をマジカルポーチから取り出した。
チリチリと青い炎がくすぶっている。起動したままなのだろうか。
「いつの間に」
「なくなったら大変だから拾っておいたモル」
「わあ、流石はダントさんです。貸してもらえますか?」
「分かったモル」
私はダント氏からダークナイトを受け取り、底面のボタンを押して起動する。
「……バトルデコイ・ダークナイト。スタンバイ」
『承知』
ボウッ――
「熱っ!?」
青い炎がいきなり出力を上げたせいで、地面に落っことしてしまう。
パキンと砕ける音とともに、炎はみるみるうちに姿を形作り、私の前に立った。
綺麗に磨かれた銀色の西洋甲冑は、ふむ、と聞き覚えのある男性の声を漏らし、優しく、青い眼光をこちらに向けるのだ。
「ようやく気づいたようでありますな、夜見殿」
「その声、やっぱり斬鬼丸さ――ぐ、ぅっ……!?」
返答をする間もなくひどい頭痛に襲われた。
加速世界への入門が終わったのだ。屋形光子、鳥型ロボット軍団がゆっくりと動き出し、次第にスピードを上げ、私を包囲・討伐せんと駆ける。
それを見た西洋甲冑の人物――おそらく斬鬼丸さんは、腰の片手剣の柄に手をかけた。
「終わりだプリティ――」
「否。始まりであります」
「!? 何だおま」
「六の秘剣。凱旋」
「――え!?」
ザン――
彼が腰を落として一瞬、一秒にも満たない刹那だけ彼の姿がかすむ。
鞘に剣が収まる「カチン」という金属音で「ああ、抜刀したんだ」と私が理解したときには、ロボット軍団は残らずこま切れの鉄くずになり、屋形光子の衣服は弾け散った。