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第99話 おじさん、無冠の剣聖と対話する

 彼女を追って窓の外に飛び出すと、そこは五階建てビルの最上階の外。

 足元には何もなく、私は地上に向かって落下していく。

 でもそれくらいは想定済みだ。


「――変形(モーフ)! 操作キネシス!」


 魔法「紫」で背中にエモ力の翼を生やし、魔法「紺」で操作しながら滑空する。

 それは相手――赤城先輩の姿を取る屋形光子も同じだった。


「ははっ、やはり君は天才だねえ! すでに飛行形態を知っている!」

「パラグライダーを知っていれば誰でもたどり着けますよ」

「知ってるから出来る! そこが天才だと言うんだ!」

「話はそれだけですか」

「まだまだあるさ! 場所を変えよう!」


 ふわりと地面に降り立ったところは、メモに書かれていた円形広場だった。

 周囲は演習場で見た鳥型ロボット、A・Bタイプのほか、司令塔の赤いCタイプの大群が囲っている。この広場は安全地帯なのか、攻撃する様子はない。

 それらに構わず相手――赤城先輩の姿を取る屋形光子は話す。


「話の続きだ。君は間違いなく天才だけどねえ、まだ聖域の力やエモーショナルエネルギーのことをまるで分かっていない」

「聖域の力?」

「固有魔法の入手方法さ。三種類ある。ひとつは言霊。詠唱魔法。二つ目は購入。争奪戦で開催される全てのイベントでエダマポイントが貰える。五百ポイントで新しい固有魔法を手に入れることが可能だ」

「それを説明して何だって言うんですか」

「大事なのが三つ目。覚醒。聖域に至る力。魔法少女は往々にして、ヒーローネームがあり、その根底には純粋なまでの願いがある。名は体を表すのさ」

「だからさっきから何なんですか」

「魔法少女のヒーローネーム自体が魔法の言葉なんだよ。聖ソレイユ女学院の未来のため、私が姉に勝つため、これから君を目覚めさせる。勝負だ」

「御託はいいから赤城先輩を返して下さい」

「なら賭け勝負にしよう。君が勝てば赤城くんを返す。負けたら中等部生徒会に入ってもらう。どうだい?」

「……」


 長々とどうでもいい話を垂れ流されたが、彼女の目的は私を中等部生徒会に入れることか。最初からそう言ってくれればいいのに。

 私は冷静になるために、深く深呼吸した。


「はあー……先に聞かせて下さい。どうしてそんなに回りくどい勧誘を?」

「分かった。次は支援者についての話だ」

「また説明ですか」

「いいから聞きたまえ。魔法少女の全貌が分かる話だ。――まず支援者とは、資金提供を行う人間を差す言葉ではない。光の国ソレイユは金銭ごときで動かない」

「資金提供者じゃない?」

「ただひとつだけ。エモーショナルエネルギーを寄贈したときのみ、国は動く。支援者とは、光の国ソレイユにエモーショナルエネルギーを供給する者のことだ」

「なるほど。それと魔法少女の全貌にどういうつながりが?」

「ようやく興味を持ってくれたねえ。嬉しいよ。ならこの姿はもう不要だ」


 屋形光子が胸元のリボンを押すと、元のクセ毛な白衣姿に戻り、同時に昏倒したままの赤城先輩が外に弾き出される。

 私は呆気にとられたが、赤城先輩に駆け寄って抱きかかえた。


「あ、貴方は何がしたいんですか?」

「私はただ一年生くんの気を引きたいだけさ。さ、話の続きだ。支援者は二種類に分かれる。大人ゆえに複雑で膨大なエモ力を生み出す者と、そうではない者だ」

「大人? そうではない者?」

「エモ力の産出量・寄贈量は前者が圧倒的だが、人数の割合としては後者が圧倒的に多い。私は前者の支援者が多く、君は後者の支援者が多い。まずここで、魔法少女としての活動方針の違いが生まれる」

「ちょっと質問いいですか」

「なんだい?」


 赤城先輩を優しく地面に寝かせたあと、ダント氏にジャージの上着を掛けてもらい、私は立ち上がる。


「もしかしてファン層の話をしてますか?」

「その通りだ。支援者とはつまりファンのことさ。魔法少女とは、支援者(ファン)の願いを叶えるために動く者のことを指す。君のファンが望んでいるのは「強くてカッコよくて可愛い魔法少女プリティコスモス」であり、私のファンが望んでいるのは、君が初代の再来であると証明すること。取るベき行動と目的が一致しているんだよ」

「ええと、私のファンの年齢層は?」

「十代未満だろうねえ。君の純粋で膨大なエモ力で分かる。私は成人層が多い」

「まだ分からないことがあるんですけど、もしかして私が変に不幸だったり、巻き込まれ体質だったりする理由と関係ありますか?」

「まだ入学説明を受けていないのかい?」

「そんなのがあったんですか?」

「どおりで話が噛み合わないわけだよ……」


 首を傾げる私を見て、白衣先輩はため息をつく。

 続いてごそごそと白衣の裏側を探って、少しぶ厚めの冊子を取り出した。

 表紙には「聖ソレイユ女学院に入学する魔法少女へ」と書かれている。

 私とダント氏は顔をあわせて驚いた。


「「入学のしおりだ」モル」

「10ページ目を読みたまえ。ファン層による日常の出来事の違いが書いてある」


 私はぱらぱらとめくり、10ページを読んだ。

 そこには支援者(ファン)層による日常の変化が書いてあり、二十歳以上の成人層の場合は超シリアスな展開、もしくは完全な平穏さを好まれる場合が多く、十代から二十歳未満の場合はアイドル活動要素が多くなり、十代未満の場合は牧歌的な日常に襲いかかる怪人を倒す、勧善懲悪の日々が多くなるようだ。


 原因としては、魔法少女の力の源であるエモーショナルエネルギーが、無意識にファンの願いを叶えてしまうためであり、魔法少女になった以上は避けられない定めなのだそう。


「ダントさん知ってました?」

「知らなかったモル。というよりこれ貰ってないモルね」

「当然だろう。君が中等部生徒会入りを承認してから渡す予定だったんだから」

「やっぱり貴方が原因じゃないですか」

 パチィン!

「いたぁい! マジビンタはやめたまえよぉ!」


 彼女に対する由来不明の怒りがようやく分かった。

 私の無意識が「この人が諸悪の根源だぞ」と伝えていたかららしい。

 でも、まあ。


「それで今度こそ、貴方がやったセクハラ行為や拉致監禁への報復はチャラです。……もう少しだけ冷静に、貴方の話を聞くべきでしたね。反省です」

「はは、私も君の心がようやく分かったよ。少し手荒くしすぎた。謝罪しよう」


 それはそれ、これはこれだ。

 話し合えば通じると分かったから、赤城先輩の流儀に則って彼女を許した。

 正義や悪の対立など、本来はその程度で解決できるものなのだ。

 ……唯一、例外があるとすれば。


「現状を理解したようで何よりだよ。ともかく、魔法少女の在り方とは願望器に近い。こうなりたい、こうあって欲しい、という人々の感情を汲み取り、力に変えて魔法を行使する存在だ。だから無意識に気をつけたまえよ。それは君の運命をむしばむ呪いだ」

「気をつけます」

「――さ、話を戻そう。プリティコスモス。中等部生徒会に入らないか?」

「私の自由意志に従って拒否します」


 信条、信仰、信念。人類種のDNA(遺伝子)に刻まれた欲望の源泉たる狂気。

 興味、好奇心、好意。その狂気を克服させてしまう「感情」という純粋な力。

 その二つを兼ね備えた「恋」という現象、ただ「貴方のことが知りたい」というお互いの意志だけが、善悪を乗り越え、弱肉強食を否定し、相手より優位に立ちたくて、私たちを競い合わせた(じゃれ合わせた)


「じゃあ勝負だ。ルールを提示しよう。魔法少女同士の戦いは誰も喜ばない。不幸にしかならない。世界からエモーショナルエネルギーを減らすだけの愚行だ。ゆえに勝負はPvE(怪人討伐)。周囲に見えるロボットをより多く倒し、ポイントを得た方の勝利だ。それで勝敗がつかなかった場合のみ、「クラシック・スタンダードルール」の決闘(デュエル)で勝敗を付ける。これでどうだい一年生くん」

「ダントさん。受けても良いですか?」

「夜見さんの判断に任せるモル」

「分かりました。その勝負、受けます」

「フフ、決まりだねえ」

 

 光子先輩が私に向けてマジタブをかざすと、円形広場の中央から登録用タッチパネルがニョキニョキと生えてきた。


『C-D部隊駐屯地、攻略難易度Cランク「前哨基地」にて1on1マッチが申請されました。主催者は「謎の女学生X」です。参加希望者はマジタブ、もしくはスマホでパネルをタッチして下さい』

「参加者募集のアナウンスだ。指示に従いたまえよ」

「言われなくても」


 私も同じようにかざし、タッチすることで、ゲームへの参加登録を済ませる。


『マジタブを認証しました。夜見ライナ様が参加しました。このゲームはフリーマッチとなります。遊戯時間は三十分。終了五分前にアナウンスを行います。では、自由で過酷なサバイバルゲームライフをお楽しみ下さい』


 タッチパネルはシュルシュルと床に格納されていった。

 どうやら通常のサバイバルゲーム扱いのうえ、制限時間は三十分らしい。

 マジタブは討伐数を表示するモードに切り替わっていた。

 ヘルプを読んだところ「エダマーケット」という規定の場所で「報告」することで、討伐ポイントに加算されるらしい。三店方式だ。


「上級生でも争奪戦に参加出来るんですね。一ヶ月待たなくても」

「正規料金さえ払えばね。争奪戦ルールの裏をかく人間は嫌いかい?」

「いえ、責めているつもりはありません。ただ知らなかったと言いたいだけです」

「そうかい。君は本当に素直だねえ」


 屋形光子はマジカルステッキを取り出し、底ボタンを押した。

 火炎を纏った青い刀身の両手剣が飛び出す。

 私も武器機能をオンにした。


『プリティコスモスソード!』

『マジカリブティスソード! エンチャントブレイブ!』


 儀礼用両刃剣(ツーハンデッドソード)炎の魔法剣(ファイアソード)を持つ二人の魔法少女が対峙する。

 かたや、正統派魔法少女らしいピンクゴスロリ系の正式礼装(フォーマルコーデ)、もう片方は白衣に白制服という見た目だ。


「不思議そうな顔だねえ。変身していないのに武器を出してる、とでも言うようだ」

「よく分かりましたね」

「いいことを教えてあげよう」

 ポツ、ポツ――

「!?」


 私の不思議そうな顔に、屋形光子はブラウスのボタンを外して答えた。

 彼女も着痩せするタイプだったらしく、私よりは小さいが、中学生らしからぬ大きさだ。

 その大きな胸部を包み込んでいるのは水色のホルターネックビキニだった。


「い、いきなり脱いで何なんですか痴女ですか」

「魔法少女のコスチュームには複数の入手方法がある。この水着――私が変身している常夏礼装(サマーフォーマル)はね、シャインジュエル争奪戦五大イベントのひとつ「トライセーリングアスロン」の参加記念品だ。入手しておくと、このように常時変身状態で過ごすことができる。夏限定だから、忘れないよう注意したまえよ」

「情報提供ありがとうございます」


 彼女は中に下着ではなく、水着を着用しているらしい。

 いきなり脱ぎだしたので少しドキドキした。

 相手がボタンを止め直すのを見計らって、話しかける。


「それより炎をまとった剣ですか。カッコいいですね」

「欲しいかい? ならエダマポイントを貯めるといい。武器やコスチュームをカスタマイズするためのアイテムも交換できるよ。二千ポイントと高めだけどね」

「そうなんですね。頑張ります」

「もっとも、この「火炎属性付与(エンチャントブレイブ)」だけは、トライセーリングアスロンの準優勝景品だけどねえ。フフフ」

「なるほど……相手にとって不足なしと判断しました」


 やはり手練(てだれ)か、と剣の柄を握りしめる。

 同等か? いや、おそらく格上だ。

 私の固有魔法「ギフテッドアクセル」への対抗策も考えているだろう。

 相手には精神を操る魔法もある。念のため、先手を打つか。


「コーヒーブレイク」

「?」


 魔法少女衣装(コスチューム)の内側に張られている使い捨てカイロのひとつを、缶コーヒーに変換。蓋を開けて飲んだ。

 心が穏やかになり、思考がクリアになる。相手は困惑していた。


「マイペースだねえ。勝負の前だよ?」

「スタートの合図になるものが欲しかったんですよ。今から上に投げ捨てます。落ちた音が合図です」

「なるほど。気の利く一年生だ。タイミングは任せよう」

「―――――ちょっと、二人とも。仲直りしたのはいいけど、私が居ることを忘れないで欲しいんだけど」

「「!」」


 声がしたので横を見れば、赤城先輩が復帰していた。

 頭痛がするのか頭を抑えている。

 屋形光子の顔には明らかな動揺が見えた。


「う、ウソだろ? もう復帰するのかい?」

「これでも高等部の魔法少女だよ。昏倒しても即座に復帰、洗脳されても自力で解除出来なきゃ現場に出れない。救助対象を見分けるのはまだ苦手だけどね」

「ひええ、現場慣れしてる魔法少女、コワー……」

「赤城先輩すみません、お怒りかもしれませんが、今いいところなんです」

「分かってるよ。あと怒ってない。私は不意打ちで負けちゃっただけ。ニューリーダーちゃんの方が一枚上手だった。でも審判は必要だよね?」

「お願いします」

「ん。私は敗者らしく、決着がつくまで見物してるから。……ああそうだ」

「はい?」


 やれやれ、負けちゃったなー、とわざとらしく笑う赤城先輩は、私の耳元で囁く。


「ごめん、違反行為(フラグスキップ)した罰則として、エモ力をゴリっと持っていかれた。そのせいでしばらく戦えない。気合で十ウェーブ目まで耐えて」

「ウェーブ?」

「超高難易度イベントの話。それまでにエモ力を練り直してくる」

「あ、はい」


 その後、シュン、とテレポートしていった。

 今は感覚で分かる。あの五階建てビルの屋上で体勢を立て直すつもりらしい。

 死ぬほど悔しいという感情が伝わってくるので、かなりご立腹だ。


「表情に余裕が生まれたモルね」

「ええ、はい。二元論で戦わなくて済みそうですから」


 私は逆に、これがイベントで良かったと胸をなでおろしていた。

 軽薄に振る舞っている相手だが、話を聞いてる分には何だか苦労人っぽくて、できれば協力してあげたかったからだ。

 その相手こと、屋形光子は微笑んでいた。


「あの魔王が撤退した? 珍しいこともあるものだねえ……ふふ」

「心なしか嬉しそうですね先輩」

「君はよく喋る――いや、今回は許そう。なぜなら私の心持ちに影響はないからねえ! 勝負だ一年生!」

「望むところです!」


 空になった缶を天高く投げる。

 場の緊張が高まり、更に自信をつけたのか不敵な笑みを浮かべる相手と、慢心を捨てる覚悟を決めた私は、互いに剣を下段に構えた。

 缶が地面に衝突し、カァン、と甲高い金属音が鳴り響く。


「――ブーストッ!」

神速強化(ソニック・ストレンジ)!」


 スタートダッシュを求めた結果、最初から最高速を選んだ私たちは、広場を取り囲むの鳥型ロボット軍団に剣先を向けて走り出した。

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