シェヘラツァーデ編7
セリオンはツヴェーデンに帰還した。セリオンはさっそくエスカローネのもとに戻った。
「エスカローネ、戻ったぞ!」
「セリオン! お帰りなさい!」
二人はさっそく抱きしめあった。しばらく互いの温もりを感じる。セリオンは安心した。こうしてエスカローネが腕の中にいるとき、セリオンには自分の愛情を感じることができた。自分はエスカローネを愛している。その事実が分かる。長い沈黙をエスカローネが破った。
「セリオン、ルクレティーナさんはどうしたの?」
「ああ、闇の支配を終わらせた後、モルガルテン一族の女王に即位したよ。ただ……」
「ただ?」
「彼女は愛や結婚にニヒルなところがあってな。どこか冷めた目で見ているようなんだ。諦念めいたところがあってね。それが少し心配だな」
「そうなの。きっと女王としての責務を感じているんじゃないかしら? 結婚して子供をもうけることを」
「彼女も、俺たちみたいに幸せになれるといいんだが……」
「それと、セリオン?」
「? なんだい?」
「きっとセリオンのことだから、すぐに私のところに戻ってきたでしょう?」
「ああ、それがどうした?」
「うふふ。セリオンのことだからそう思ったわ。けれどね……」
「けれど?」
エスカローネはセリオンから少し離れた。
「ほかに何か用事はない?」
「ああ、確かにある。アンシャルに話があるんだ」
「やっぱり…… じゃあ、今すぐアンシャルさんのところに行かないといけないわ。私は後回しにされても大丈夫だから、ね?」
「そうだな。わかったよ」
セリオンはエスカローネがいる部屋を離れて、アンシャルの研究室に向かうことにした。
「アンシャル、いるか?」
「どうした、セリオン?」
アンシャルは机付きの椅子に座って本を読んでいた。顔にはメガネを付けている。
「あら、セリオン?」
「母さんもいたのか」
ディオドラは部屋の隅で椅子に座って本を読んでいた。彼女はセリオンが独立してからはアンシャルと一緒にいることが多くなった。兄妹だから仲はいいのだが。
「アイーダは学校か?」
「ええ、そうよ。もう少しで迎えに行こうと思っていたの。それと、セリオン。何か用があって来たんじゃないかしら?」
「ああ、そうなんだ。アンシャル、『神の聖域』という場所に心当りはあるか?」
「神の聖域か? そうだな…… 聞いた時がある。世界の自然を司る大樹ユグドラシルがあると言われる聖域だ。それがどうかしたのか?」
「実は……」
セリオンはこれまでのいきさつをアンシャルに話した。シェヘラツァーデから言われたことについて。
「神の聖域で待つ、そこで決着をつける、そうシェヘラツァーデから言われたんだ」
アンシャルは困惑して。
「正直、私にもどうやったら行けるのか、分からないな。さすがに…… ? 何だ? 外が急に暗く?」
セリオンとアンシャル、ディオドラは外に出た。すると暗い雲が太陽の光をさえぎっていた。
「何なんだ、あの暗い雲は。それに今は昼だ。これではまるで夜だな」
とアンシャル。
「私は闇の女帝シェヘラツァーデ」
「この声は…… シェヘラツァーデ!」
「私は今、この世界エーリュシオンを闇の力で包み込んだ。今エーリュシオンは闇の支配のもとにある。そして聞いているか、青き狼セリオン・シベルスクよ! ゲートは開けておく! 神の聖域に来るがいい!
そこで、最後の戦いといこうではないか! 私はユグドラシルの根元で待つ!」
それでシェヘラツァーデの声は途切れた。外は冷たい風が吹き荒れていた。空中に、シェヘラツァーデが言っていた虹色のゲートがあった。
「あれか! あれが聖域への扉!」
「セリオン、行くのね?」
「ああ、母さん、行ってくるよ。そして諸悪の根源を打ち倒す!」
「セリオン、気をつけてな。必ず、生きて帰ってこいよ。エスカローネのためにもな」
「ありがとう、アンシャル、母さん。俺は行ってくるよ。すべての決着をつけるために! 来い! 蒼龍バハムート!」
セリオンは神剣サンダルフォンを掲げた。空中に描かれた魔法陣から、バハムートが姿を現した。セリオンは地上に降り立ったバハムートの肩に乗った。
「行くぞ、バハムート! 目指すは神の聖域だ!」
そう言うと、バハムートは大きく翼をはばたかせて、飛翔した。
セリオンは虹色のゲートをくぐった。開かれた聖域の扉を中に入った。そこは木々が緑に生い茂る緑豊かな空間だった。空には白い雲が漂っていた。奥にとても巨大な緑の大樹が見えた。
「ここが神の聖域…… あれがユグドラシルか。バハムート、あそこに向かってくれ」
セリオンはバハムートに着陸の場所を指示した。セリオンとバハムートはユグドラシルの根元に向かった。
「!? シェヘラツァーデ!」
セリオンはシェヘラツァーデの姿を認めた。シェヘラツァーデはニイッと笑った。
「シェヘラツァーデ…… 何を考えている?」
セリオンは旋回していたバハムートの肩からジャンプした。
そうして、闇の女帝―― Die Kaiserin der Finsternis
もはやオブラートに包むことなど不要とばかりに名乗った異名の女とセリオンは対峙した。シェヘラツァーデの足元には一本の暗い剣が刺さっていた。セリオンはそれに目を留めた。
「今度はどうした? まさかその剣で俺と戦うというわけじゃないだろうな?」
「フフフ…… よくぞ目に留めた。その通りだ。魔剣エレボス Erebos これで、今回は戦う」
シェヘラツァーデは刺さった剣を引き抜いた。
「正気か? 前回の魔法攻撃より強いとは思えない。これが最後の慈悲だ。シェヘラツァーデ、闇の力を捨てろ」
セリオンは大剣をシェヘラツァーデに向けた。
「フッ、断る。それにこの剣はおまえと剣術の戦いをするものではない。この剣は、こう使うのだ!」
シェヘラツァーデは持っていた剣を自分自身に向け、腹部を貫いた。
「なっ!?」
セリオンはシェヘラツァーデの気を疑った。セリオンはシェヘラツァーデが狂ったと思った。
だが、シェヘラツァーデは正気だった。
「フフフフ。そんな目で見るな。私は狂ってなどいない。至って正気だ。この剣はこう使うのだ。それに見るがいい! 闇の魔剣と一体化した、この私の真の姿を!」
シェヘラツァーデの体から闇の魔力が放出した。膨大な闇が周囲に広がっていく。
神の聖域―― 別名「神の庭」。聖域にあふれていた光が放逐されていく。セリオンの目の前には巨大な姿の怪物と化したシェヘラツァーデがいた。邪龍シャウダの上半身、その上にシェヘラツァーデの大きな上半身、背中には二枚の大きな翼。
「フハハハハハハ! これが闇の女帝の真の姿! あらゆる闇の諸力の上に君臨する女帝の姿だ! 今の私はシェヘラツァーデ=アウグスタ Scheherazade-Augusta だ!」
「くっ、なんて巨大なんだ……」
セリオンはシェヘラツァーデの姿を見上げた。
「ハーハハハハハハ! この私を恐れよ! この私に絶望せよ! そして、アダムが土から創られたように、土に還るがいい!」
シェヘラツァーデの右手がすさまじい空気を纏って、薙ぎ払ってきた。セリオンは後方に跳びのいてかわした。そのすさまじい衝撃をセリオンの体は感じた。シェヘラツァーデは今度は大きな左手を叩きつけてきた。
「クハハハハハー! どうだ、この力は! これが闇の力だ! すばらしかろう? ゆえに闇は真理! ゆえに私は闇を信じる!」
セリオンは左に跳びのいてシェヘラツァーデの左手をかわした。
「くっ、なんてパワーだ!」
「よくかわすな。だが、これならかわせるか?」
シェヘラツァーデは両の拳で殴りつけてきた。これはステップではかわせなかった。セリオンは上方にジャンプして、左右の腕をかわした。シェヘラツァーデは両手に魔力を集中させた。
「くらうがいい! 魔振!」
シェヘラツァーデの手から魔力の振動が起こる。シェヘラツァーデは魔振を込めた右手をセリオンに向けて近づけた。セリオンは後方に跳びのいて、回避はしたものの振動をかすかに受けてしまった。
「うおあああ!?」
シェヘラツァーデは魔振を込めた左手をセリオンに向けて叩き下ろした。セリオンは余裕を持って、右側に跳びのくことでこの攻撃をよけた。
シェヘラツァーデは、セリオンを手でつかみ取ろうとしてきた。
「つかまれはしない!」
セリオンは光輝刃を出すと、その剣でシェヘラツァーデの手を攻撃し、追い払った。
「暗黒雷球をくらうがいい!」
シェヘラツァーデは両手から暗い雷球を出して、セリオンに投げつけた。セリオンは大剣を上に構えた。光の剣を長く伸ばす。セリオンは長い光の剣で暗黒雷球を斬り裂いた。斬り裂かれた暗黒雷球は二つに割れて、爆発し消滅した。
「よくぞ、迎撃した! ならば、この数をさばけるか!」
シェヘラツァーデは両手に暗黒の力を集中させた。それから、暗黒雷球を次々とセリオンに向けて撃った。
セリオンは光輝刃を最大にし、迫りくる暗黒雷球を裁いて斬り裂いた。
「ええい! しぶとい奴め! これでもくらえ!」
シェヘラツァーデは左手を叩きつけ、膨大な衝撃波を放った。衝撃波は聖域の森をことごとく薙ぎ倒した。
セリオンは衝撃波の発射角度を見切り、この攻撃もかわした。
「闇の力を、その身で思い知れ!」
シェヘラツァーデは球体を出現させ、闇の光線で前面を薙ぎ払った。
「くっ! なんて攻撃だ!」
セリオンは冷や汗を流しながらもこの攻撃を回避した。
「くらわないというのなら、かわす範囲をつぶしてくれる!」
シェヘラツァーデの翼に魔力が宿った。紫のオーラを発する。シェヘラツァーデは翼から大量の闇黒粒子弾を放ってきた。もはや災害クラスの攻撃だった。セリオンは知覚を最大限に引き上げた。この攻撃は範囲はとてつもなく広範囲だが、攻撃に無駄が大きい。回避させないことを狙った弾幕も局地的には薄くならざるをえない。つまり広いが薄いのだ。セリオンは自分に向かってきた粒子弾だけ光波刃で斬り払った。
シェヘラツァーデの攻撃が収まる。セリオンの反撃。セリオンは蒼気を纏うと、蒼気を大剣に流し込み、シェヘラツァーデに向かって叩きつけた。
「ハーハッハッハッハ! 無駄だ! そんなものはこの私には通じない!」
セリオンは雷の力を収束させた。セリオンは雷鳴剣を放った。
「ぐううわあああああああ!?」
シェヘラツァーデに雷電が打ち付ける。雷鳴剣はシェヘラツァーデに大きなダメージを与えた。
「おのれえ! よくもやってくれたな! 今度はこっちの番だ! 闇のいかずちよ! 降り注げ!」
闇のいかずちがセリオンを狙って上方から下方に向かって降ってきた。セリオンは連続ステップでこの攻撃をやり過ごした。シェヘラツァーデの上半身から闇のいなずまが放たれた。
「くらうか!」
セリオンは蒼気を放出し、大剣の刃で闇のいなずまを受け止めた。
「これならどうだ! 隕石弾!」
セリオンは多くの隕石の弾を作り出し、シェヘラツァーデに向けて回転させた大剣から撃ち出した。
「ぎいやあああああああああ!?」
隕石弾はシェヘラツァーデの体をえぐるようなダメージを与えた。
シェヘラツァーデは上半身から闇力砲を、闇の波動砲を撃った。セリオンは闇に呑み込まれた。
「ハーハハハハハ! これだ! これが闇の力だ! これこそ闇が真理であることの証…… !?」
しかし、暗闇の波動の中で、決して消えることのない光のきらめきがあった。光は消えることなく輝いている。
「なっ、何!? この攻撃でも光を消せぬのか!?」
セリオンは光輝刃で闇力砲をやり過ごした。セリオンはさらに雷の力を収束させた。
そして、ダッシュして、必殺の雷光剣を放った。
「ぎゃあああああああああ!?」
一撃必殺の攻撃がシェヘラツァーデを襲った。シェヘラツァーデはひるんだ。セリオンはその好機を逃しはしなかった。
「今だ!」
セリオンはシェヘラツァーデの体を跳び登り、上半身の位置まで到達した。
「光子斬!」
セリオンは光の粒子を刀身に纏い、光の粒子の斬撃を繰り出した。シェヘラツァーデの体から血が噴き出した。
「ぎいやあああああああああ!?」
シェヘラツァーデ=アウグスタは闇の粒子を吹き上げて消滅した。後には、シェヘラツァーデ自身の体が残った。ユグドラシルの前にシェヘラツァーデは倒れていた。
「うう…… な、なぜこの私が…… 闇は真理、闇は強大…… その闇がなぜほんのかすかな光に敗れたのだ…… 光には勝利の可能性などなかったはず…… こんな…… こんなはずでは……」
そう言い残すと、シェヘラツァーデは死んだ。シェヘラツァーデが死ぬと、闇に包まれていた世界が、光を取り戻した。暗い雲もなくなり、さわやかな青空が現れた。闇の脅威は世界から消えた。かくして、エーリュシオンは救われた。
セリオンは神の聖域からエスカローネのもとに帰ってきた。
「ただいま、エスカローネ!」
「お帰りなさい、セリオン。今回も大変な戦いだったわね。どう? 少しは休めそう?」
「そうだな。すべて、すべて終わった、今回の戦いは。闇の女帝シェヘラツァーデは、今回の事件の首謀者は死んだ。これでしばらくは闇との戦いは起こらないだろう。しばらくはテンペルの通常業務だな」
「じゃあ、しばらくは一緒にいられるのね? よかった」
エスカローネは心から喜んだ。
「俺もエスカローネと一緒にいられてうれしいよ。子供もそのころには生まれているといいんだが……」
エスカローネはのちに一人の男の子と二人の女の子を産むことになる。
ユリオン Julion
ヘウネー Heunee
フィオネ Fione
の三人である。