シェヘラツァーデ編3
セリオンとルクレティーナはバイクでモルガルテンに向かった。ルクレティーナはセリオンの後ろでセリオンにつかまっていた。
二人はモルガルテン領内に入った。そこは「月夜の森」といって、常に夜が支配する神秘的な森だった。
森には月明かり草という草が生えていて、その花がほのかな明かりを発し、周囲を薄明りで照らしていた。セリオンたちは月明かりの村「ミルトス Miltos」を訪れた。
「今夜はここに泊まっていこう」
「そうですね」
二人はバイクから降りた。そこに一人の老人が近づいてきた。
「ルクレティーナ様? もしやルクレティーナ様ではありませんか?」
「あなたは確か……」
「私です。村長のヨーゼフ Josef です。ああ、まさかルクレティーナ様がお帰りになられるとは…… 亡き王もお喜びになるでしょう」
「ルクレティーナ、この老人は?」
「はい、この方はミルトスの村長ヨーゼフです。若いころから私の父と親交があり、私の良き理解者でもあります。ああ、ヨーゼフ、また会えてうれしいです。ご機嫌いかがですか?」
ヨーゼフはルクレティーナの問いに下を向いた。
「? どうしたのですか?」
ルクレティーナはいぶかしんだ。
「ちと外では話しにくいのですじゃ。まずは私の家へおこしくだされ」
「アーデルハイト Adelheid が囚われてしまったのですじゃ」
「なんですって!?」
「アーデルハイト?」
「アーデルハイトは私付きの騎士です」
「そのアーデルハイトがどうして囚われの身になったんだ?」
「実はこの村は反アレクシオス派のアジトになっておりますじゃ。アーデルハイトはゼルギウスによって捕らわれ、魔獣ドラウスのいけにえにされようとしておるんですじゃ」
「ゼルギウスとは誰だ?」
「キザでナルシスティックな吸血鬼です。一応王族の傍流です。とにかく、やな奴です。私は彼とは顔も合わせたくありません」
ルクレティーナはぷいっと顔をそらした。とにかく嫌だと伝わってくる。
「そこまで嫌いなのか…… 能力的にはどうなんだ?」
「そうですね…… 能力的には優秀な魔法使いですね。彼に性格的欠点がなければ、もっと人望もあるんでしょうけれど」
「ところでルクレティーナ様? この彼は何者でしょうか?」
ヨーゼフはセリオンを見て尋ねた。
「俺か? 俺はセリオン・シベルスク。別名、青き狼。ルクレティーナから頼まれてツヴェーデンのテンペルからこのモルガルテンにやってきた」
「青き狼? それはとどのつまり龍殺しの英雄様ではありませんか!?」
ヨーゼフはひどく驚いた。
「確かに、暴龍ファーブニルを倒して以来、そう呼ばれている」
「この方にモルガルテンの運命を託しました。私たちが闇の勢力と戦わねばならない以上、最高の援軍です」
「ほおー、これならアーデルハイトの救出も可能となるかもしれませんな。…… ん? なんだか家の外が騒がしいですな?」
「どうかしたのですか?」
「ルクレティーナ、外に出て確かめよう」
村の広場で吸血鬼ゼルギウス Sergius は獣人と黒曜犬を連れて姿を現した。
ゼルギウスは黒い髪にメガネをかけ、黒いマントを羽織っていた。
「さて、ミルトス村のみなさん、あなたがたに要求があります」
ゼルギウスは広場に村人たちを集めて言った。
「アレクシオス国王陛下への忠誠を宣言してもらいましょうか。さあ、誓いなさい」
村人たちはざわざわと声を出してしゃべりだした。
「この村が反国王派の拠点となっていることはすでに分かっています。あなた方の希望・アーデルハイトは、国家反逆罪で死刑に処せられることになりました。まもなく魔獣ドラウスへのいけにえにされるでしょう。そうなりたくないのでしたら、ミルトス村のみなさんは賢明な選択をすることです。すなわち、アレクシオス国王陛下に忠誠を誓うのです」
村人たちはがやがやと動揺した。そこに。
「やめなさい!」
ルクレティーナが群衆の前に進み出た。決然たる目をゼルギウスに向ける。
「おや? あなたはルクレティーナ姫ではありませんか? おかしいですね。あなたのもとには暗殺者が派遣されていたはずですが…… どうして生きているんですか? とどのつまり、暗殺は失敗したというわけですか」
「俺が彼女を助けた」
そこにセリオンが前にでた。ルクレティーナを守るように毅然と立つ。
「? あなたは?」
ゼルギウスは不審の目をセリオンに向けた。
「俺はセリオン。セリオン・シベルスクだ。青き狼とも呼ばれている」
セリオンは堂々と言い切った。
「青き狼…… つまり龍殺しの英雄ではないですか。やれやれ、暗殺に失敗するだけでなく、青き狼の協力をさせてしまうなど使えない暗殺者どもですね。つまり、あなたは反国王派に味方するというわけですね?」
「そういうことになるな。俺はルクレティーナに力を貸すと決めた。闇の支配を認めることはできない」
「フフフ、そうですか。なかなかおもしろくなってきましたね。いいでしょう。さあ、おまえたち! 青き狼を歓迎してさしあげろ!」
ゼルギウスの前に獣人たちと黒曜犬の群れが進み出た。セリオンも人だまりの中から前に進み出る。
獣人たちは黒曜犬を先行させた。黒曜犬たちが一斉にセリオンに襲いかかる。セリオンは鋭い斬撃で、黒曜犬たちを素早く斬り捨てた。黒曜犬たちはあっさり全滅した。続いて獣人四人が前に進み出た。全員が狼の頭に屈強でマッチョな肉体を誇った。獣人Aが殴りつけてきた。セリオンは横によけた。獣人Bの蹴り。屈強な肉体からの蹴りが光った。セリオンはそれを大剣で受け止めた。獣人Cは高くジャンプし、上空でくるりと回転すると、ダイビング・キックをかましてきた。セリオンは後ろに下がってよけた。獣人Dは吠えると、セリオンに接近して連続パンチを繰り出した。セリオンはそれらをすべて見切りかわした。
そして、連続パンチの隙を突き、一刀のもとに獣人Dを斬り捨てた。獣人Aがトルネード・パンチを出そうとしてきた。セリオンは技の発動前に大剣を上から下に斬り下ろした。セリオンは獣人Aを倒した。獣人Bのかかと落とし。セリオンはバック・ステップでかわすと、ダッシュしてから突きを放った。セリオンは獣人Bを倒した。獣人Cが投げ技をしようとセリオンに突っ込んできた。セリオンは軽くジャンプして獣人Cの攻撃をかわすと、ジャンプからの斬りを放った。獣人Cは地面に倒れ伏した。かくして獣人たちも全滅した。
それを見ていたゼルギウスが。
「おやおや、たった一人相手に全滅するとは…… 使えないコマたちですね」
「あとはおまえだけだな。どうする? 逃げるのならば殺しはしない」
ゼルギウスのメガネが妖しく光った。ゼルギウスは歪んだ笑みを浮かべる。
「フッフフフフ、見くびらないでもらいたいですね。この私もアレクシオス様と同じく黒の貴婦人様より、闇の力をいただいているのですよ」
「黒の貴婦人とは何者だ?」
セリオンが追及した。
「フフフ、黒の貴婦人様は別名『闇の女帝』と呼ばれています。我々、闇の勢力の支配者でおられる方です。しかし『闇の女帝』という呼び方は直接的であまり良い名とは思われていないようで、あなたが青き狼と呼ばれているように、あの方も『黒の貴婦人』と呼ばれるのを好んでいらっしゃるようですね」
「なるほどな。それが俺が倒すべき敵の名か」
「フフフ、しかしあなたが黒の貴婦人様のもとに行くことはないでしょう。なぜなら、あなたはここで私の手にかかって死ぬのですから! さあ、私がお相手しましょう! 絶対的な闇の力を、恐怖と絶望を思い知らせてさしあげましょう!」
ゼルギウスは魔力を高めた。
「闇魔法・闇力!」
セリオンはとっさにその場を跳びのいた。セリオンがいた位置に、闇の爆発が起こった。
「フフフ。よくかわしましたね。ですが、これならどうですか!」
ゼルギウスは闇力を次々と連発してきた。セリオンはそれらを素早いステップでよける。
「よくかわしますね! ならばこれならどうでしょう?」
ゼルギウスは広範囲に闇力を展開した。セリオンは完全に闇の爆発に呑まれた。爆発が終息する。
「む?」
闇の爆発の中から、光の刃が現れた。そして闇の爆発の中から、無傷のセリオンが姿を現した。
「あの爆発で無傷とは……」
「これが光の力だ。光の刃、光輝刃。この光が消えない限り、闇の力は俺にダメージを与えることはできない」
「忌々しいですね…… いいでしょう。私の闇の力で、あなたの光を消してさしあげましょう! 多連・闇黒槍!」
ゼルギウスは空中にいくつもの球を形成した。それらは槍の形を成し、セリオンに一直線に向かっていった。
「光輝刃!」
セリオンは光の大剣を振るい、光輝く刃ですべての闇黒槍を迎撃した。
「おのれ! なら、これならどうですか? 悪門!」
セリオンの前に黒い門が現れた。悪門はセリオンから生命力を吸い取ろうとする。
「光子斬!」
セリオンは大剣に光の粒子を纏わせると、それで悪門を一刀両断にした。
「悪門さえ打ち破るとは…… 我が最大の闇魔法をくらいなさい! 闇黒竜!」
ゼルギウスは闇の竜を形成した。闇の竜はセリオンめがけて突っ込んできた。闇の竜があぎとを大きく開ける。セリオンは大剣を光輝かせ、闇黒竜を受け止めた。
「くっ!?」
「フハハハハハ! そのまま闇に喰われるがいい! 闇よ! すべてを呑み込め!」
「はあああああああ!」
セリオンの刃がいっそう強く光輝いた。闇の竜を押していく。
「なっ!? そんなバカな!? ええい! これでもくらえ!」
ゼルギウスが闇の竜にいっそう闇の力を注ぎ込んだ。より闇の竜がどす黒くなっていく。
しかし、セリオンの光輝く刃もまた、そのきらめきを増した。
「斬る!」
セリオンは大剣を大きく振り動かした。セリオンは闇の竜を斬り裂いた。
「なっ、そんなことが!?」
ゼルギウスは驚愕した。大きく両の目を見開く。
「これが光の力だ。闇の力がどんなに強力でも、絶対的なものじゃない」
「くっ! そんなバカなことが、そんなことが、ありえるはずはない! 闇の力は絶対!」
ゼルギウスはセリオンに闇力を放った。その瞬間セリオンの姿が消えた。
「!? どこに!?」
セリオンは一瞬の隙を突いてゼルギウスに接近した。ゼルギウスが気づいたとき、セリオンはもう大剣を振り下ろしていた。
「ぐ、がはっ!」
ゼルギウスはあおむけにたおれた。口から血を吐く。
「な、なぜだ…… 闇が光に敗れるなどと……」
「光の力は闇が深く強大になるほど、そのきらめきを増していく。闇が深くあればあるほど、光のきらめきも増していくんだ」
「これが…… 青き狼の力……」
そう言い残すと、ゼルギウスは死んだ。セリオンとゼルギウスの戦いを見守っていた群衆は狂喜した。
人々は歓声を上げた。人々はセリオンのことを、まるで救世主の到来でもあるかのように迎えた。