シェヘラツァーデ編1
満月の夜のもと、一人の貴婦人が玉座に腰掛けた。黒の貴婦人は黒く長い髪に金色の瞳、黒いドレスを着ていた。彼女は支配者として玉座に座っていた。その彼女の前には二人の人物がひざまずいていた。
「アレクシオス、エリクト、おもてを上げよ」
彼女はまるで女帝のように命じた。事実、彼女は女帝であった。
アレクシオス Alexios は吸血鬼のモルガルテン Morgarten 一族の王だった。
先代の王ゲオルク2世 Georg Ⅱ. は彼にとっておじに当たった。 その前の王アドルフ Adolf が彼の父に当たる。
アレクシオスは黒の貴婦人から闇の魔力を与えられ、その力と引き換えに黒の貴婦人に忠誠を誓った。
それと同時に先王派を粛清し、アレクシオスは王位を継いだ。
エリクト Ericto はセミロングの赤い髪、赤い瞳を持っていた。エリクトはアレクシオスの部下だった。
アレクシオスは銀色の髪に銀色の瞳、黒いローブを着ていた。
「はっ」
アレクシオスとエリクトの二人が顔を黒の貴婦人に見上げる。
「ゲオルク2世の娘、王女ルクレティーナはどうした?」
「はっ、どうやらツヴェーデンに向かったようであります」
アレクシオスが答えた。
「ツヴェーデンか…… ツヴェーデンには有名なあの組織がある」
「はい、テンペルでございますね?」
「そうだ。宗教軍事組織テンペル。光の勢力の牙城、我らが闇の勢力の敵。なぜルクレティーナはツヴェーデンに向かったのだ?」
「おそらく、青き狼を頼ろうとしているのではないでしょうか?」
アレクシオスが推測を述べた。
「青き狼…… あの龍殺しの英雄か。確か名はセリオンであったな」
「はい、数々の闇の勢力と戦い、勝利するという栄光に輝いております」
「我らと青き狼がかかわりになる前に、ルクレティーナを消せ」
「はっ、目下暗殺者を送り込んでおります。ルクレティーナの命もあと数日のものでありましょう」
「うむ、よろしい。ルクレティーナを殺すことは、おまえの王位にとっても安泰であろう。ウッフフフフ。ああ…… 月の夜は何と美しいことか。あの満月が我らを祝福してくれるであろう……」
日中の昼―― 長い金髪に紅の瞳の少女は平原の道を走っていた。彼女は白いコートに黒いミニスカートを着ていた。
「はあ…… はあ…… はあ……」
少女はすでにツヴェーデン領内にいた。少女は右手にナイフを持っていた。暗殺者たちが少女の後を追ってくる。少女は大きな吊り橋の所まで逃げ込んだ。暗殺者3人が少女を追い詰める。
「くっ、まだ殺されるわけには…… !?」
少女の前に、3人の暗殺者が立ちはだかった。3人の暗殺者が一人の少女を狙っていた。暗殺者たちはじわりじわりと間合いをつめて少女を追い詰めようとする。
「…… ここまでなの…… ?」
少女はもはやこれまでと、死を覚悟した。
「くくく。モルガルテンからツヴェーデンに入るとは予想できなかったが、とうとう追い詰めることができたぞ」
「フフン。もうあきらめろ。おまえの命はここで尽きるのだ」
「追い詰めるのに苦労したが、ここで終わりだ。なあに、苦しむことなく殺してくれるわ。さあ、死ね!」
少女はとっさに目をつぶった。
「ぐわっ!?」
「!?」
「何奴だ!?」
少女は閉じていた目を開けた。すると、暗殺者の一人が倒れていた。
そして、一人の男性の背中が少女の前に見えた。
「白昼堂々と人殺しか? そんなにこの娘を殺したいのか?」
一人の青年は大きな剣を構えていた。
「大丈夫か?」
青年が少女に問いかけた。
「はい、大丈夫です……」
青年は鋭い視線を向けて暗殺者たちを威圧した。暗殺者たちは青年の発する闘気に圧倒された。
「くっ、きさま、何者だ!」
「俺か? 俺の名はセリオン・シベルスク。テンペルの騎士だ」
「セリオン・シベルスク!?」
「きさま、あの青き狼か!?」
「え? 青き狼、様?」
暗殺者たちは震え上がった。二本のダガーを持つ手が震える。暗殺者は暗殺で人を殺すのが生業である。それだけに相手の「力量」には敏感だ。
いや、暗殺は手段によっては格上の相手でも殺すことができる。いかに暗殺するか、それが重要なのだ。
だが、今暗殺者たちの精神は警報が大音響で鳴り響いていた。
暗殺者たちは、セリオンから「力量」だけでなく「戦闘経験」でも劣っていることを認めざるをえなかった。
これが「青き狼セリオン・シベルスク」だった。
冷や汗が暗殺者二人の体を流れた。暗殺者たちも「青き狼」のことは知っていた。
しかし、実際に対峙するまでは軽く見ていたのだ。
暗殺者たちはしりぞくという選択を持っていなかった。またの機会を待つという選択もない。
「フン! きさまなどこのダガーのサビにしてくれるわ!」
「逝けい!」
「……遅い」
セリオンは大剣を振るい、一人の暗殺者を斬り捨てた。さらにダッシュで接近すると、もう一人の暗殺者も、通り際に斬り捨てた。
「ぐはっ!?」
「我らがやられるとは……」
暗殺者たちは吊り橋に倒れ込んだ。
「たわいもない。しかし…… 日中の暗殺を決行するとはね。そんなにこの少女を殺す必要があったんだろうか? ところで、君?」
少女はとろんとした目をすると、張りつめた糸が切れたのか、その場にバタンと倒れ込んでしまった。
「ふう…… やれやれ。まずはこの少女を保護する必要がありそうだな」
セリオンはため息をついた。