ゲストハウス さくら館
暑い。
サングラスをかけたまま、長い髪の毛を束ね首元を涼しくしようとしたがやっぱり暑い。
空調の効いた到着フロアを進みながら、そんなことを思っていると前を歩く女性が上着をきている姿が見えた。よくみると皆7月だと言うのに上着を着ている。
久しぶりの我が家に帰ることに興奮していたのかとふっと笑いがでた。
看板、女性のアナウンス、聞こえてくる会話の声、全てが日本語で帰ってきた実感を感じながら電車のホームへと向かった。
ホームの壁に映る自分を見つけ、服装に手を抜き過ぎたかなと思いつつ被っていたキャップを更に深く被りなおす。
楽しそうな観光客を横目に人の少ない先頭車両に乗りこんだ。
端っこの席で足でキャリーケースを抑えつつ、深くシートに座っていると
窓の外に広がる青々とした稲が見えた。
こんなにも綺麗だったっけ。
サングラスを少しずらし眺めると、風に靡く稲がキラキラと光り広がる景色が綺麗でつい笑みがこぼれまわりの目を気にすることなく外を見ていた。
「次は小道桜、小道桜駅です」
駅員のアナウンスを聞こえドアへ向かう。
止まった電車に乗車客はなく、私だけが下車した。
相変わらず変わらないなと、サングラスを外した。
口を大きく開け顔のストレッチをしながら、改札口へ向かっていくと
次第に懐かしい騒ぎ声が聞こえた。
もう着てる。
キャリーケースの音がを響かせながら小走りで改札を出ると、弟の優太といとこの蓮と翔が待っていた。
一年ぶりに再会する4人は、まるで何十年ぶりに再会したかのようだった。
以前よりも健康的な顔つきで程よく日焼けした優菜を見つめ、
この顔に会うのは何年ぶりだろうかと思いながら
「おかえり」
「ただいま。また背が伸びてかっこよくなったね」
と姉からの言葉に照れる優太。
「蓮も大っきいよ!後ろから二番目!」
「翔は一番後ろだよ!!」
4人が賑やかに再会を喜んでいると「帰ってきたんだね、おかえり」と言う声が聞こえた。
優奈は誰かわからなかったが、地元の人だろうと「ただいま」と笑顔で答えた。
優奈の両手を掴む蓮と翔が今までの時間を埋めるかのようにハイペースで喋り続け、
家にたどり着かないと感じた優太だったが、蓮と翔の話を嬉しそうに聞いている優奈の顔を見て『ゆっくりでいいか』と歩いていた。
「優太〜!」
声のする方を見ると、優太と同じ制服を着た学生が2人歩いてくる。
「シバちゃんが月曜ちゃんと来いって言ってたぞ」
「この暑い中、草刈りとか絶対やりたくない」
「蓮と翔迎えに行くために帰ったの?」
「この人は?…もしかして…噂の…?」
前を歩いていたため背中を向けたままだった優奈が振り返ると
2人が驚いた顔をした。
「何で抜けだしたの?」
「待たせるより待ってたほうがいいじゃん」
と言いキャリーケースを引きながら先に行ってしまった。
いつの間にそんなセリフが言えるようになったのか。
彼女出来たな。
ようやく線路沿いにたたずむゲストハウス「さくら館」が見えた。
さくら館の前では、従業員の美島朱莉が待ちわびた飼い主と再会する犬のように
「優菜さん!!!」
と大声で呼びながら彼女へ向かって走って行く。
久しぶりに会った優菜を前に、顔を真っ赤にし泣くのを堪えながら
おかえりなさいと言う朱莉に
「ただいま」と笑いながら優菜が言った。
「早く入りなさい」
ゴールデンレトリバーのジョンを連れた祖母桜子が、さくら館の前で言っている。
さくら館は住居とゲストハウスが、同じ敷地内に建っていて
敷地内の別館に桜子、蓮と翔、従業員の朱莉が住み
本館のゲストハウスに優太と優菜が住んでいる。
かつては沢山の観光客や空港に近い利便性を活かし、帰国前に一泊する宿泊客で
部屋は埋まっていたが、近年は空き部屋の時間が増えている。
別館のリビングでは、机の上からこぼれるほどの日本料理と
優菜の好きな食べ物が並び、みんなでにぎやかにご飯を食べた。
大きなキャリーケースの中にはお土産がぎっしり詰め込まれていて
お土産店の店主の話など賑やかな時間を過ごした。
ご飯が食べ終わり皆がくつろいでいると
さくら館の電話がなった。
「明日予約の人達、今日泊まれるかって」
「準備できてるから平気だけど、ご飯持ち込んでくれれば」
桜子の返事を優太がそのまま伝えると「駅まで迎えにきて欲しい」と言われジョンを連れて散歩がてら迎えに行くことになった。
駅に迎えに行くと男女3人組が見えた。
優太が声をかけると、
「そうですそうですありがとう」
と拙い日本語で返ってきた。
荷物が多かった時のためのワゴンを持ってきていたが往復しなきゃダメかなと思いながら優太は荷物を積んだ。
女性の前に置いてあるケースを見て見覚えがあった優太はつい女性を睨んでしまった。
『何で睨まれている?』と疑問に思っているとさっきの男性がその荷物をワゴンに乗せ「行きましょう」と優太が来た道を進んで行った。
「観光ではなさそうですね」
と優太が尋ねると、ワゴンを押しながら得意げに
「映画の撮影です。2ヶ月泊まりたいです」
『…やっぱりか。どうしよう…』
「とりあえず1ヶ月でどうですか?前に撮影に来た人たち泊めたら追っかけが来て大変だったんで」
「あ〜わかりました」
「小さい街なんですぐに広まるんですよ。みんなにはカメラマンって言っとくんで」
「そうしよう!それはありがたい!せっかく日本に来たんだし!!そうしよう!!」
久しぶりにゆっくりできるとスッキップし始めるのかというくらい楽しそうだ。
「従業員に、撮影って教えたくない人がいるんです。なので、そういうことでお願いします」
頭を下げる優太に三人は、前回泊まった人達がよっぽどの問題起こしたな
「バレないようにするのは得意です」
と女性が得意げに言った。
さくら館に着き館内を案内する優太。
久しぶりの宿泊客だが、幼い頃からの慣れでテキパキと説明していく。
それぞれの荷物を優太が振り分けていると、女性が近づいてきた。
すると明るいところで見ると優太の顔が良いことに気づきとっさに
「어머…」
(あら…)
と韓国語で答えてしまった。
「え?あー俺韓国語わかんない」
と戸惑っていると2人が部屋から出てきた。
「ご飯は三食出るけど、お昼は事前にいるときは言って下さい。
キッチンは自由に使って良いけど、元に戻してください。
住居だから奥の部屋二つは開けないで、俺あっちで
あっちは一つは姉ちゃんだから。
あとはこれ読んどいて、裏面英語になってるから」
時間や宿泊に関するルールが書いてる紙を渡す。
「今日はもう騒がないで、姉ちゃん寝てるから。
じゃこれ部屋の鍵ね」
それぞれ色の違うキーホルダーのついた鍵を
一人ずつ渡していく。
「えっと、一番広い部屋のイ・ギヨンさんはクマで
キリンがキム・ナミルさん
シン・エラさんはパンダのキーホルダーだね。
シン・エラさんの隣の部屋姉ちゃんだから、困ったことあったら聞いてみて。
英語はできるから。それじゃ、おやすみなさい」
一言も発していないギヨンは部屋に入るとようやく深く被った帽子を外し、
荷物の中からノートとカラフルな本を取り出して、二つを読み始めた。
たくさんの夕食を食べた後飛行機で疲れているでしょう、と早く部屋に入られられたが優菜は宿泊客の物音を聞きながら天井を見つめたまま寝れないでいた。