アップデートです
アップデートが完了した。
タブレットPCを精霊樹のスロットに挿して、五日目のコトである。
五の単位は、日数だった。
(………っ、アップデート長すぎ。五日って、待たせすぎだろ。だけど五年じゃなくて、本当に良かったよ。五年だったら、僕は切れてる自信があったね)
以前は白だったタブレットPCの背面が、渋い金属光沢を放つ金色に変化した。
タブレットPCにプリントされていたマークも、リンゴから精霊樹に置き換わっていた。
(何だか根本から、アップデートをはき違えてる気がするよ!)
OSだけでなく本体の外観まで変更するのは、アップデートと言わない。
もっとも精霊樹に、まともなアップデートなど期待してはいなかった。
メルとミケ王子、トンキーは、タブレットPCを回収すると子供部屋のベッドで、まったりと塊を形成した。
もう直に、暑い夏がやってくる。
メルたちがモチャモチャと寄り添っていられるのも、今だけだった。
既にトンキーが、少しばかり暑苦しい。
「おまーら。ちょい、ハナえんか…!」
「ププッ、プギーッ?」
メルがトンキーを足で押しのけた。
「おまー、鼻息がアッツいわぁー。そんくらい、ハナえとき…」
「ぶぅーっ!」
「ほいじゃ、きどぉーすゆでショオ!」
メルは恐るおそる、タブレットPCのメインスイッチを入れた。
このタブレットPCが何を消費して作動するのか分からないけれど、取り敢えず画面が表示されたので胸を撫でおろす。
「おーっ。いきなり…」
モニター画面に、『トレーニングモード終了!』の文字がポップアップされた。
「………って。どぉー言うこと?」
つまり…。
ここまでは、チュートリアルだったのか…。
アップデート前であれば、トップに表示されていたステータスが消えている。
ステータスと言うタブに収納されたようだ。
(あの怪しげなパラメーターは、行動を促すためだけにあったのか?!)
妖精パワーを手に入れた今、体力やら素早さなんて意味がなかった。
たぶん防御力でさえ、通常状態から跳ね上がるだろう。
それに普段の能力値では、いざと言う場面で対応できる訳がない。
メルは不要と思いながらも、確認のためにステータス画面を呼びだしてみた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
【ステータス】
名前:メル
種族:ハイエルフ
年齢:五歳
職業:掃除屋さん、料理人見習い、ちびっこダンサー、あにまるドクター、妖精母艦、妖精打撃群司令官。
レベル:20
花丸ポイント:2億8千万pt
以下略…。
各種能力値は、収容された妖精数によって変化します。
妖精の収容数に、上限はありません。
ただいま、73462の妖精を収容しています。
地の妖精さん(収容妖精比率:約1割):防御力、頑強さを上昇させます。
水の妖精さん(収容妖精比率:約2割):回復力、治癒力を上昇させます。
火の妖精さん(収容妖精比率:約4割):運動能力、攻撃力を上昇させます。
風の妖精さん(収容妖精比率:約3割):判断力、敏捷性を上昇させます。
現状のアナタは攻撃力がやや高く、守備力の低い妖精母艦です。
地の妖精さんや水の妖精さんをもっと増やして、守備力を上げましょう。
[注意事項]
能力の上昇に伴い、霊力の消費が激しくなります。
精霊樹の実を摂取して、霊力の補給に努めましょう。
【バッドステータス】
幼児退行、すろー、甘ったれ、泣き虫、指しゃぶり、乗り物酔い、抱っこ、オネショ。
【残機】
(*^▽^*)×3…。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
ステータスのウインドウに表示されたのは、以上の内容だった。
(見事に詳細項目が削除されてるじゃないか…!)
体力も知力も、魔力も無くなっていた。
数値が上がらなくて苛々した攻撃力や素早さ、防御力も消えている。
おそらくあらゆる能力値はメルが収容した妖精さんの数に依存するので、基礎数値に意味がないのだ。
トレーニングモードで表示されていたのは、メルにレベル上げを促すためであろう。
もう、そうとしか考えられなかった。
「だまさえたわー。ちくせぅ!」
ここで注目すべき点は、メルの年齢が五歳に上がったところだ。
どうやら成長は、させてもらえるようだった。
(ずっと四歳のままだったら、どうしようかと思ってたよ…。未来永劫、幼児扱いとか無理すぎるでしょ。だけどなぁー。成長しても女の子だし…。そこんトコロ、かなり問題があると思う。将来…。アビーやクリスタみたいになったら、どうしよう…?)
もちろん、胸の話である。
憧れのボインは、自分の身に置き換えてみるとヘビーだった。
正直に言って、欲しいのか欲しくないのか分からない。
なにしろメルの中身は、未成熟な男子高校生だから…。
女性としての身体の発育を単純に喜んだり出来なかった。
もっとも、幾らたってもペッタンな可能性だってあるから、今から悩むことに意味はない。
そこは膨らんだり、膨らまなかったりするものなのだ。
「そえにしても、バッドが消えぬ…」
五歳になっても、メルのバッドステータスは健在だった。
「ちっ…!お・ね・しょ…」
何としても卒業しておきたいオネショが、残されている。
(これって、呪いなのか?年齢で外れないバッドステータスだとしたら、呪いの解き方を探さないとヤバイ!)
五歳なら、まだギリギリセーフかも知れないけれど、今後十歳とかになってもオネショをしているようだと冗談では済まされない。
嫁に行く気などサラサラないが、オネショが原因で嫁に行けないとか噂されたら恥ずかしくて死ねる。
世界中を旅してでも、解呪の方法を見つけなければいけない。
(いや…。幼児ボディーに引きずられて、精神が幼児退行するバッドステータスだ。絶対、そうに違いない。だから、放置しておいても治る!)
メルは旅をしたくないので、自分勝手な楽観論をでっち上げた。
異世界での旅は、帝都ウルリッヒへの移動で懲りた。
移動には時間が掛かり、体力、精神力ともにゴリゴリと削られる。
船は馬車よりマシだったけれど、何もできずに日々を過ごす辛さが耐えがたい。
好きでボーッとしているのと、ボーッとしているしかないのでは、全然違うのだ。
動くのが好きではないメルであっても、船に乗ってジッとしていると発狂しそうになる。
それぐらい異世界での旅は辛かった。
(まあ…。相変わらず、色々と納得いかないけれど…。コレ…。最後に表示されている、残機ってナンダヨ!)
【残機】の表示は、メルを模した顔のアイコンだった。
シューティングゲームのアレを思い起こさせる。
残機、三…。
「うわぁー。こんてぃにゅー?わらし、死ぬん?まじ…。ジョウダン、キツイわ…」
1UPをゲットする必要がありそうだった。
ステータスのウインドウを閉じると、モニター画面の上部には獲得スキルや装備品などのタブが並んでいる。
最後の二つが、花丸ショップとストレージだった。
横一列に並んだタブのなかには、精霊召喚の枠があった。
タップしてみる。
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【精霊召喚】
レベルMAX。
アナタは精霊召喚(上級)を獲得しています。
【既存の精霊】
魔法王(S級精霊):魔法の概念を司る精霊。
老賢医(B級精霊):ケガ人や病人を治療してくれる精霊。解呪や損傷部位の再生はできません。
ゴレム(B級精霊):泥や金属などを己の身体として使用できる、憑依型の古代精霊です。ときに地の妖精さんが、気合いで召喚します。
死霊魔術師(A級邪霊):通常の攻撃では、永久に滅ぼせません。敵からヘイトを稼いでくれるので、戦闘時の壁として使用できます。
屍呪之王(S級邪霊):世界を破滅に導きます。コントロール不能な邪霊。
アナタの出会った精霊が、リストに記録されます。
リストにある精霊は、召喚コストがさがります。
もっと色々な精霊を探しだしましょう。
より沢山のお願いをしましょう。
精霊召喚師への道は、一日にしてならず。
日々の積み重ねと、我儘な願いがアナタを高みへ導きます。
【クリエイトした精霊】
集中治療室(ICU)の精霊:重篤な患者を完全治癒してくれます。解呪や損傷部位の再生も、可能です。既存生物のモデルチェンジなどを得意とします。
アナタの創造した精霊が、リストに記録されます。
リストにある精霊は、再度クリエイトする必要がありません。
新しい精霊の能力拡充を目指して、要求を無茶振りしてみましょう。
もしかすると、すごい技を生みだすかも知れません。
この世界は、アナタのイマジネーションを必要としています。
前世記憶と霊力のコラボレーションで、最強の精霊をビルドアップしよう。
[最重要ポイント]
可能性は命。
祈りは力なり。
豊かな世界を育もう。
精霊の子は、妖精たちの復権を使命とします。
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洒落になっていない。
屍呪之王が、サクッと召喚可能だった。
(コントロール不能な邪霊なのに、だれが召喚なんてするもんか…!)
昔の魔法博士たちは、頭がおかしい。
世界が滅びてしまったら、自分だって困るじゃないか…。
(自爆テロですね…)
全くもって物騒な考え方だ。
もしも明日をも知れぬ身となれば、容易く至る無理心中の結論は、途轍もなく恐ろしい。
(前世では、世界中で誰かしらがやらかしてたよなぁー)
ついつい追い詰められて対消滅を考えてしまうのは仕方ないとしても、実行に移すのはどうなのか…?
(世界を滅ぼすとか、人としての恨みが濃すぎるよ…!)
メルは憂鬱な気分になって、精霊召喚のウインドウを閉じた。
さてさて、お次は待ちに待ったご褒美だ。
取り敢えず救いがたい人の業は横に置いて、イベントクリア報酬のタブをタップする。
「ごほうび、ごほうびぃ~♪」
口に出して歌ってしまうのは、ご勘弁を願おう。
ご褒美を目当てに、ワンシーズン頑張って来たのだ。
メルが浮かれてしまうのも、当然と言えた。
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【報酬】
『帝都ウルリッヒにて、囚われの疑似精霊を救いだそう…!』を高得点クリアしました。
クリア条件を満たしたので、十日に一度の異世界通信が可能となります。
封印の巫女姫を救出したので、追加の報酬が発生しました。
アナタは『起業』を獲得しました。
『起業』のタグより、希望する職業を選択してください。
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「やったぁー!」
これで森川家の皆にメールができる。
「わらし、がんばったヨ…」
怖くなっても踏ん張って、逃げださずに使命を成し遂げた。
チョットだけ泣いたり、ぐずったりしたけれど、ちゃんと最後まで頑張ったのだ。
これで、前世の家族と連絡ができる。
メルは嬉しくて、ミケ王子とトンキーに抱きついた。
(てか、起業ってナニ…?)
十日に一度の異世界通信を獲得した今、気になるのは『起業』だった。
「なやんでも、意味なぁーわ。調べたら、ええよ…」
メルは起業のタブをタップした。
そこには幾つかの職業が表示されていた。
薬師。
道具屋。
錬金術師。
そして料理店…。
(うっほ…。料理屋さんがあるじゃん…。うへへっ…、職業選択のジユウ~♪)
悩むまでもなく、メルは料理店を選択した。
部屋の外がペカッ!と光った。
「ウギャァー!」
村の中央広場から悲鳴が聞こえてきた。
「ムムッ…。なんじゃ…?」
メルはベッドから、ムクリと起き上がった。
そして騒ぎの原因を探るべく、『酔いどれ亭』から飛びだして行った。