お値段は秘密です
メルは悩んでいた。
昨夜、ティナにお土産を楽しみにしていると言われたときは、スルーしてごまかしたのだけれど、かなりヤバい状況だ。
事態は逼迫していた。
(あーっ。もう、どうしたら良いんだ…?)
なにしろメルは、タリサたちにお土産を用意していなかった。
ゲラルト親方のお酒は、何度もカレー事件の顛末を愚痴られていたので、アーロンに頼むことが出来た。
でも幼児ーズが喜びそうなお土産は、ちっとも思いつかなかった。
「これ、アカンやろ…」
メルはデイパックから取り出した石の塊りを眺めながら、深い溜息を吐いた。
その石は、屍呪之王が封印されていた石室の破片だった。
強制イベントをクリアした記念に、貰って来たのだ。
高校球児が甲子園の土を持ち帰るようなものである。
その価値は、メルにしか分からない。
(これをお土産と言い張るのは、ちと無理がある…)
そもそも今回メルは、帝都ウルリッヒを見学してきたことになっている。
屍呪之王に関する事情は、村人たちに知らされていなかった。
『精霊の子には、広く世間を見させなければならん!』
そう森の魔女さまが宣言して、メルをメジエール村から連れだしたのだ。
そこからして、タリサたちは気に入らなかった。
『メルだけズルい!』と言う話だ。
であるからして、『お土産を忘れました』では済まされない。
「わらし、困った…」
時間は残されていない。
タリサたちが、いつ突入してくるか分からなかった。
更にデイパックをあさって、帝都で拾い集めたアレコレを床に並べてみる。
エーベルヴァイン城で料理に飾られていた、ウスベルク帝国の国旗。
グラナック市場の出店で買った、どうしようもない魔法の剣。
フレッドの事務所で見つけた、青銅の鎧騎士。
そしてグロテスクな、屍呪之王の置物。
屍呪之王をモデルにした木彫りの置物は、封印の塔に置いてあったのを頂いた。
モンスターフィギアみたいで格好良かったから、ついつい欲しくなったのだ。
ちゃんとアーロンに断った。
メルが黙って、盗んだわけじゃない。
(青銅の鎧騎士と屍呪之王は、渡せない。これは僕のだ!)
と言うか、たぶん誰も欲しがらないだろう。
古びた青銅の騎士像と、気色が悪い犬の像なんて…。
「こえしか、無いんかぁー?」
メルは顔を引きつらせて、デイパックの中身を調べた。
するとアーロンの店で総支配人に手渡された、粗品がでてきた。
小さな箱に入って、リボン迄かけられている。
「こえっ、良いんじゃん!」
中身が何かも調べていないが、お土産っぽい。
お土産っぽく体裁が整っているので、これはOKだった。
中身なんて、何が入っていようと構わなかった。
しかし、粗品ひとつを三人で分けろ、とは言えない。
せめて後ひとつくらいは何とかしなければ、話にならなかった。
「うごぉー!どないも、こないも、ならんわ…!」
メルは現実逃避したくなって、自分を他人事のように突き放してみた。
この状況は…。
まるで放置されていた夏休みの宿題と向き合う、小学生みたいだった。
(日記が、絵日記が埋まりません…。だれか、助けてぇー!)
助けなど、現れるはずもない。
どうしようもなくて途方に暮れるメルを見て、ミケ王子が話しかけた。
〈メル…。とっても困っているみたいだね?〉
〈そうなの…。わたし、すごく困ってるの…。誰でも良いから、助けて欲しい!〉
〈ボク、知ってるよ。メルはお土産を買う機会が、無かったもんね…。仕方がないよ〉
〈でもさぁー。それを言っても、タリサたちは納得しないでしょ?〉
〈うん。ものすごぉーく、怒ると思う!〉
ミケ王子が、優雅に髭を撫でつけながら言った。
何やら、発言したそうな顔つきである。
〈なにか言いたいことでも…?〉
〈ボクさぁー。丁度よさそうな品を持っているんだぁー〉
〈マジですか、ミケさん。その話を詳しく!〉
メルはミケ王子の話に飛びついた。
〈でも、只じゃ嫌なのね…〉
ミケ王子が勿体ぶった。
メルと交渉がしたい様子だった。
〈ミケさんは、何をお望みでしょうか?〉
メルが前のめりになって訊ねた。
この際、多少の我儘であれば受け入れるつもりだった。
〈マグロ、美味しかったなぁー〉
〈………ッ!〉
〈毎日、食べたいなぁー〉
〈やむなし…!〉
いとも簡単に、ミケ王子の要求が通された。
交渉が成立すると、ミケ王子は何もない空間から可愛らしいサシェを取りだした。
サシェとは、オシャレな生地で作られた小さな巾着だ。
その中に、ポプリを入れて匂い袋にする。
飾り紐には、可愛らしい銀の鈴がついていた。
サシェの数は四つ。
キッチリと幼児ーズの人数分だけ、揃っていた。
〈ちゃんと帝都で売られていた、お土産だよ。妖精猫族のお店を見つけたから、買っておいたのさ!〉
ミケ王子も、メルのデイパックに似た収納スペースを所持している。
そして人間の真似をしたがる妖精猫族は、各地の名所でお店を出していた。
妖精猫族の国では、通貨だって発行しているのだ。
こっそりと…。
詰まるところ、そのサシェは妖精猫族が作った特別な小物である。
所有者に妖精の加護が与えられる、スペシャルなサシェだ。
メルは少し心配になって訊ねた。
〈それっ、変な匂いがしたりしない?魚の干物とか、猫のお尻の臭いとか…?〉
〈失礼な…。ボクたちは猫じゃないから、お尻の臭いなんて嗅がないよ。ちゃんとしたポプリを使ってます。ポプリも買ってあるからね…〉
そう言いながらミケ王子は、ポプリが詰まったビンを床に並べた。
メルが手に取って確かめてみると、どれもステキな香りを漂わせていた。
まさにお土産として、完璧と言えよう。
「ふぉーっ、ミケェー。おまぁー、でかしマシタ!」
メルは感動して、ミケ王子を抱きしめた。
「にゃぁー!」
こうしてメルは賢いペットの助けを借りて、難局を乗り越えたのだった。
「メルー。お土産を貰いに来たよぉー」
「ギャァー、来た!」
メルはタリサの声を聞いて飛び上がり、床に散らばったガラクタ(記念の石、魔剣)や宝物(青銅像、木彫りの置物)を片づけようとしたが、間に合わなかった。
ドーン!と子供部屋のドアが蹴り開けられ、幼児ーズの面々が雪崩れ込んで来た。
「まかり通る」
「こんにちは、メルちゃん…」
「お土産、ちゃんと用意してあるでしょうね?」
「まって…。散らかってるから、まって…」
メルの部屋を襲撃したタリサたちは、床に散らばったガラクタを問答無用で物色し始めた。
「ちがっ…。その石は、カンケイなぁーヨ」
「ウヒャァー、メル姉。オレ、こわいの欲しくない」
「それのオキモノはぁー、オミヤとちゃうでぇー。そこに、フクロあるでしょ。四こ。フクロが、おみやれす!」
「で、メル…。この剣はナニ…?」
目ざとくオモチャの魔剣を見つけたタリサが、興味津々の目つきでメルに訊ねた。
「うーむ。わらし、ロテンで買いました。まほぉーけん!」
「エエーッ。すごいじゃない。ちょっと貸しなさいよ」
「イヤ。それは、やめて…」
「ケチケチしないの…!」
タリサは魔剣を拾い上げると、鞘から抜き放った。
『シャキーン!』
と、抜き放つ音がした。
「うわぁ!いま、音したよ。鳴った。シャキーンって、言った」
ダヴィ坊やが目を丸くした。
「えいっ!」
タリサが剣を振ると、青い光が走った。
『ズバッ!』
と、何かを斬る音がした。
「すげぇー。マケンだ…」
ダヴィ坊やは、呆けた顏で魔剣を見つめていた。
「わらし、ハズカシイ…。ロテンでオヤジがジツエン、光でスイカをスパン!」
「ほほぉー。それで、買ってしまったのね…」
「そそっ。わらし…。まんまと、だまされマシタ!」
メルは雷光剣と名付けられた、インチキな魔剣を実演販売に騙されて購入した。
それでエーベルヴァイン城に戻って試してみたら、効果音がして光るだけの玩具だった。
子供に売りつけているオモチャなのだから、光で何かが切れる筈もなかった。
だけどメルは、悪魔にでも憑りつかれたように、銀貨を支払ってしまったのだ。
小銀貨ではなく、銀貨だ。
一万ペグは、ぼったくりだろ…!
「幾らしたの…?」
「そっ、そえだけは、ごかんべんを…。言えましぇぬ。墓まで持ってく、ヒミツでゴザユ!」
「うわぁー。聞きたいけど、聞いたらキレそう!」
おそらくタリサが想像している値段より、一桁ほど高い。
値段を知られたら、いつまで馬鹿にされるか分かったモノじゃなかった。
(高かったから、まさかインチキだとは思わなかったんだよ…)
こども詐欺の勉強代は、一万ペグであった。
「メル。安心しなさい。このあたしが、あんたの黒歴史を引き取ってあげましょう」
「あーっ。ずりぃぞ、タリサ。オレもほしい!」
「うるさい。あたしが飽きたら、ダヴィに上げるわよ」
「キミたち…。そんなの、欲しいの…?」
「欲しくないけど、貰って上げるの…!」
そんなやり取りがあって、メルの雷光剣は取り敢えずタリサに引き取られるコトとなった。
「メルちゃん…。このサシェ、とっても素敵…。ありがとう」
「そえ…。カゼのヨォ―セーさん、集めゆでしょ。カゴ、あります」
メルはミケ王子から教わった通りに、説明した。
「マジか…。スゲェーじゃん。メル姉とお揃いだし。メッチャ嬉しいぜ!」
「ビンのポプリも、いい匂いだよね。生地もお洒落だし…」
「よろこんでもらえて、良かったデス!」
すべては、ミケ王子のお手柄だった。
その日、家に帰ったタリサは、兄のトッドが見ているまえで魔剣を振り回して見せた。
「なっ、何だそれ…?」
「あたしの魔剣だよ。友だちが、帝都で買ってきてくれたの…。良いでしょ!」
『ズバッ!』と音がして、青い光のエフェクトが煌めく。
「どうせ、ちょっと貸してもらっただけだろ…。そんなもの、くれるヤツなんか居るもんか!」
「あたしには、居るんですぅー。とっても良い友だちが…!」
タリサがトッドに魔剣を突き付けて、ニヤリと笑った。
その視線は、トッドが手にした木剣を見ていた。
「おれは信じないね…。それに…。なんで女のオマエに、剣をくれるわけ…?あり得ないだろ!」
トッドは自分で拵えた不細工な木剣をチラ見して、悲しそうな顔になった。
貸して欲しいとタリサに強請られても、『ダメだ!』とキツク叱りつけて触らせなかった木剣である。
角材から削りだした木剣は、トッドの大切な宝物だった。
だけど音がして光を放つ魔剣と比べてしまうと、自分が手にした木剣のなんて粗末な事か…。
なにしろタリサの魔剣は、その造りからしてリアルで格好よかった。
そのうえ立派な装飾の施された、鞘までついているのだ。
「ちっ…。なんだよ、そんなの…。ちっとも欲しくないぜ!」
「へへーん、負け惜しみぃー。お兄ちゃんには、貸して上げないよぉー」
チャンバラごっこに明け暮れるトッドは、タリサの魔剣を悔しそうに睨んだ。
(あーっ。トッドお兄ちゃんが、羨ましそうに見てる。なにコレ…?このゾクゾクする感じ…?これが噂の、ユーエツカンかしら…?見せびらかすのって、サイコー!)
遊びに連れて行ってくれない兄に対する、末娘なりの意趣返しであった。