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エルフさんの魔法料理店  作者: 夜塊織夢
第一部
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夜間飛行



メルはクリスタや傭兵隊の手助けを不要であると告げた。


「わらし、ミケと行く。目立つ、ダメよ…!」


夜闇に紛れての妖精救出作戦だ。

濃紺のメイド服に黒い目出し帽を被ったメルは、西欧人のような逞しい身体つきの大人たちを見回して、『はぁーっ!』とため息を漏らした。


そして目出し帽を頭の上まで引き上げると、『何か文句でもあるか…?』とフレッドを睨んだ。


その顔を見て、フレッドが『プッ!』と吹きだした。


メルは目出し帽から覗く目の周りだけ、炭で黒く塗っていた。

まるでパンダか狸のような顔だった。


「そんな面白い顔で、意気込まれてもなぁー。やっぱり親としては、不安なのよ!」

「おとぉー。いーかげん、しつこいわぁー」


メルが眉を八の字にして、ぼやいた。


「しかし、フレッドの気持ちは分かるぜ!」

「メルちゃんは、とても小さいですからねェー」


ワレンとレアンドロも、フレッドの援護に回った。


「フーッ。おまぁーら、大きいからジャマです」


メルは男たちを指さして言い放った。


皆の心配そうな目つきが、とっても面倒くさかった。


「わらし、ヤネからヨーセイを放つ。そこ、動かん。アンナイは、ミケがすゆ」


メルは屋根の上にて待機。

魔法具の解呪を行なう妖精たちは、ミケ王子に付き従ってヤクザのアジトへと特攻する。


昨夜のうちにミケ王子は、侵入経路をキッチリと調べていた。


作戦は、それだけだった。

非常にシンプルで簡単なのだ。


「オマエさんたち、ヤネェー走れんでしょー?」


ここらの建物は脆い。

造りが粗末で、屋根のスレートは所々ひび割れていた。

逞しい傭兵たちが屋根を走れば、スレートを踏み抜きかねなかった。


「だけど…。おまえ独りで、ヤクザのアジトに行かせるってのもなぁー」

「おとぉーたち、来てもすゆことナシ。でかいと、目立つ。スゲェー、ジャマですね!」

「あたしも、ついて行っちゃダメなのかい…?」


「クィスタも用ないわァー。ここはぁー、どぉーんと…。ちいさいモンに、マカせんかい!」


メルは腹を突きだして、ポンと叩いた。

どう見ても、こだぬきだった。


「にゃぁー!」


メルの頭にしがみついたミケ王子が、『そうだ任せておけ…!』とばかりに鳴いた。


「メルとミケかよ…。子どもの遊びかぁー?俺はぁー。途轍もなく、心配だぁー!」


フレッドが苦悩の叫びを上げたけれど、知ったコトではなかった。

魔法具の破壊を依頼してきたのは、フレッドなのだ。

やり方ぐらい、自由にさせて欲しいものだ。



(初フライトは、夜間飛行かぁー!)


メルは初めての夜遊びに、胸がドキドキだった。



「しかし、メルちゃんよぉー。屋根を移動するったって、通り向こうに渡るときは建物の間が離れているじゃないか…。そこら辺は、どうするつもりなんだい?おれには、実現不可能な計画としか思えないんだが…」


ヨルグは問題となっているヤクザ連中のアジトまで、メルを護衛して行くものだと思っていた。

それなのにメルは、屋根を移動して目的地に向かうと言う。


屋根を移動…?

夜中に建物の屋根を走る、可愛らしい幼児。


どうしてもヨルグの頭に、リアルな絵が思い浮かばなかった。


「おーっ。わらし、まちがった。ヤネのうえ走るは、おまぁーらのハナシ。わらし、飛ぶよ」

「はぁーっ?」


ヨルグが呆れたような顔になった。



メルの妖精打撃群は帝都ウルリッヒで数を増やし、優に六万を超えた。

出発時の二倍にまで、膨れ上がったのだ。


風の妖精が二万を数えるようになり、メルの運搬能力を獲得した。

つまりメルは、空を飛べるようになったのだ。


妖精母艦は空を飛ぶ。

もはや、空中要塞である。


「なあ、メルや。いま、飛ぶって言ったかい…?」


クリスタが訝しげな顔になった。


「うむ…。わらし、おったまげたヨ。ためしたら、ふわふわ浮かんだわ…」


メルは両腕を組んで、得意そうに言った。


「メルさん、飛べるんですか…?精霊の子ともなると、風に乗って空に浮かぶんですね…」

「まあ、アレだねぇー。理屈からすれば、風の妖精に力を借りて空を飛ぶのは、不可能じゃないんだろうけど…。子どもの絵本じゃあるまいし、そんな話は聞いたこともないよ」


クリスタとアーロンは、頻りにウンウンと頷いた。


そもそも六万もの妖精を従える魔法使いなど、何処にも存在しなかった。

魔法の熟練者からしても、精霊の子は非常識だった。



「信じゆモノは、スクわえゆ…」


メルは事務所のまえで、星空を指さした。


「カゼ…」


メルの周囲に、無数の黄色いオーブが舞った。


「天!」


皆が見守る中、メルは夜空に浮き上がった。


グングンと高く…。


「おとぉー、クィスタさま…。わらし…。ちょっくら、行ってくゆデショー!」


メルとミケ王子は、風の妖精にズンズンと運ばれて行った。


〈ヨイショ!ヨイショ!〉

〈ねぇねぇ…。その掛け声、やめようか…〉

〈………。ヨイショ?ヨイショ?〉

〈それしないと、気が済まないのね…。分かった〉


〈ヨイショ♪ヨイショ♪〉


妖精には妖精の都合があった。

どうやら、メルを運ぶのに掛け声が必要らしい。


〈ヨイショ!ヨイショ!よっこらせっ…!〉


風の妖精たちは、メルとミケ王子を胴上げするみたいにして、屋根の上まで移動した。


「オェーッ。これっ…。チョーキョリは、シンドイかも…。わらし、ゲボでそう…!」

「ふにゃぁー」


メルは初フライトで、己の目論見が甘かったコトに気づいた。


ミケ王子も、フラフラになっていた。

荷物のように放り投げられたので、三半規管がヤバかった。


「あたま、クラクラすゆわ…!」


長距離飛行には、きちんとした訓練が欠かせないようだった。




メルはミケ王子に導かれてトテトテと屋根を走り、風の妖精に助けられてピョォーンと通りを飛び越え、コッソリと最初の目的地に到着した。


〈あそこが、ヤクザのアジトだよ…。昨日は、見張りが四人くらい居た〉

〈うーん。見張りは邪魔だよね?〉

〈そりゃあ、邪魔に決まってるでしょ。ボクだって、見つかれば追いかけ回されるよ!〉

〈だったらぁー。見張りには、眠って貰いましょう〉


〈どうやって…?〉


ミケ王子が小首を傾げた。


「セイェー、ショーカン!おいでませぇー。ロォーケンイさま!」


メルは精霊召喚で、懐かしの老賢医(ヤブ)を呼びだした。


〈召喚者よ。患者は何処(いずこ)じゃ…?〉

〈ようこそおいで下さいました、老賢医さま〉


メルが目出し帽を捲り上げて、老賢医に挨拶をした。


〈むぅーっ。まぁーた、おまえか…!〉


メルに気づいた老賢医の顔つきが、目に見えて不愉快そうに変わった。


〈そんなぁー。嫌そうにしないでください〉

〈わし…。用事がないなら帰るよ。ちみっ子の相手は、好かんからね!〉

〈お願いがあるんです〉

〈フンッ…。騙されんよ。ミイラの次は、何を助けろって言うんじゃ?こぉーんな屋根の上なんぞに、呼びだしおってからに…。悪ふざけが過ぎるわい…。ジジイを揶揄うにも、程があろう…。それに、子どもは寝る時間じゃ!〉


〈囚われの妖精さんたちを…。何とかして、救いたいんです〉


メルは瞳をウルウルさせながら、老賢医に縋りついた。


〈頼み事は、病人の治療じゃないの…?ちみっ子は、妖精を助けて欲しいのかい…?〉


気の良い精霊は、幼児の願い事を無視できなかった。


〈はい…。わたしのお友だちのお友だちのお友だちが、たぶん悪い連中に捕らえられているんです。アソコの建物です…!〉

〈うーむ。そう言う話なら、手伝ってやりたいが…。わしは医薬の精霊じゃで、病人やケガ人の治療しかできぬ!〉


老賢医は、申し訳なさそうに項垂れた。


〈老賢医さまは、調薬も得意でいらっしゃいますよね…。どうか悪者たちを眠らせちゃってください〉


暫しメルと老賢医は、互いの瞳を見つめ合った。


〈ははぁーっ。左様であるか…。悪党どもを寝かしつけて欲しいんじゃな…?〉

〈はい…。耳元で半鐘(カネ)が鳴っても、目を覚まさないくらい。ぐっすりと…〉

〈承知した。わしが凄いところをお見せしよう!〉


メルに活躍の機会を与えられた老賢医は、上機嫌で眠りの霧を発生させた。

手術用の麻酔ガスを吸わされたら、何をされたって気づきはしない。


イチコロだ。



老賢医の助けを得たメルとミケ王子は、もう怖いものなしである。

幾ら音を立てようと、月明かりに姿を晒そうと、ヤクザものたちに気づかれる惧れはなくなった。


〈こっちだよ。この先にも部屋があるんだ!〉


ミケ王子が悪党たちのアジトで、妖精打撃群を案内して回る。


〈ヒャッハー〉

〈ぶちかませぇー!〉


〈急いで、仲間を助け出すのです〉


メルの祝福を受けた妖精たちも、隠れる必要がないと分かれば仕事は早い。

次から次へと、発見した魔法具の隷属術式を消去していった。


〈ここは終わったぁー!〉

〈じゃあ、次のアジトへ移動するよ〉


〈おーっ!〉


ここが終われば、別の場所。

そこが終われば、また別の場所へ…。


メルたちは老賢医の力を借りて、妖精たちの救助活動に勤しんだ。

その結果として遊民居住区域にばら撒かれた魔法具は、夜明けを待たずに全て解呪された。






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