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エルフさんの魔法料理店  作者: 夜塊織夢
第一部
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フレッドの依頼



その日…。

遊民居住区域のヤクザ事務所で、フレッドは数名の客人を迎えた。

客人と言っても、敵対勢力のカチコミではない。


馴染みの顔である。



「おとぉー。わらし、来たゾォー!」

「おじゃまするよ」

「こんにちはフレッドさん…。そちらの状況は、どうですか?足りない物とかあれば、遠慮なく申しつけてください」


クリスタ、アーロン、そしてメルが、ぞろぞろと事務所のなかに入ってきた。

メルの腕には、ミケ王子が抱かれていた。


「おう…。そっちは、片付いたみたいだな。とんでもない事になるんじゃねぇかと、ビビリながら身構えてたんだけどな…。あっさりと解決しちまって、正直なところ驚いているよ!」


フレッドが複雑そうな顔で、クリスタに言った。


「あーっ。精霊の子が居るからね。メルを授かっていなければ、今ごろ帝都は地獄の如き有様だろうね…。だから言っただろう…。メルは特別なんだよ」


「分かった…。俺なりに理解した。だけど、親として譲れないこともあるからな…。そこは心得ておいてくれよ!」

「あたしも、善処するさ…。あたしだって、何もメルをこき使いたい訳じゃない。できるならアンタたちと、メジエール村で幸せに暮らして貰いたいさ。今回だって、その為にメルの力を借りたんじゃないか…」


「そうだな…。しかし、メルがよぉー。こぉーんな、小さな娘でなけりゃ…。もう少し俺だって、クリスタの話を素直に聞けるんだが…」


フレッドは手慣れた仕草で茶を淹れると、クリスタたちに勧めた。


ヤクザ事務所らしい武張った悪趣味な応接間で、メルが物珍しそうに装飾品を眺めて回っていた。


「それにしても…。おまえらさぁー。人目を憚るってか、もう少し目立たなく出来なかったのかよ?」


フレッドはメイド服のメルを指さして、苦情を述べた。


メルたちは取り合わせが珍妙なだけでなく、完全に遊民居住区域の風景から浮き上がっていた。

三人と一匹は、目立ちまくりだった。


「済まないね。あたしは、そこら辺のセンスが無いんだ。何に身をやつしても、注目されてしまう。これは演技がマズいのかね…?」

「イヤイヤ、そう言う問題じゃなくてさぁ…。妙齢の美女にイケメンエルフが、メイド服の幼児を連れてヤクザ事務所を訪れるとか、世間さまの興味を惹きまくりだろうが…!」


「婆の方が良かったかね?」


フレッドは暫く考えてから、無言で茶を啜った。


「なぁ、フレッド…。婆の方が良かったかね…?」

「あーっ。もう、何だって構わねぇよ。俺が悪かったよ!」


フレッドの見たところ、アホ面さらした我が子(メル)が最も場違いだったので、文句を言うだけバカらしくなったのだ。


遊民居住区域は、治安の悪い貧民窟(スラム)である。

メルのように呑気な顔をした子供は、通りを歩いていない。

しかも仕立てが上等な幼児用メイド服なんて、意味不明な衣装を身に着けている。


(……けっ。無理を言ったって、しょうがねぇか。そもそも…。カワイイってのが、ここらじゃ致命的なんだよな!)


ちょっと目を離したら、悪党どもに速攻で攫われそうな気がした。



「おぉー。カッケェ―」


メルは小さな鎧騎士の像を小脇に抱えて、ソファーに戻った。

棚に飾られていた、カッコ良い鎧騎士の像だ。


棚の空いた場所には、鎧騎士の代わりにミケ王子が飾られていた。


「ニャァ…?」


青銅の置物に負けたような気がして、ミケ王子は少し悲しくなった。


「おとぉー。わらし、先に帰ゆでしょ!」


メルがメジエール村に帰ると、フレッドに伝えた。


「ああっ、村が恋しくなったか…。良く頑張ったな、メル。屍呪之王(しじゅのおう)を解呪するなんて、凄いぞ。滅茶クチャ怖かっただろう?」

「うーむ。ホント言うと、ちびったわ!」

「あははっ…。ちびろうが漏らそうが、やり遂げたんだ。立派だぜ!」


「わらし、もらしてございません!」


メルはフレッドに淹れてもらった茶をフーフーしながら、粗相していないことを強調した。


「そうそう…。わらし…。おとぉーに、タノみある」

「なんだよ、改まって…?」

「これくれ…!」


メルは鎧騎士の像を両手で掲げた。


「おう。持ってけ…!メルが頑張った、ご褒美だ…」

「やったぁー!」


緑青が浮いた古色蒼然たる、青銅製の置物だ。

泥棒市で家具などを買い込んだときに、サービスとして付けさせた品である。


「メルさん、メルさん…。喜んでいないで、わたしの方の用件もお願いします」

「おおっ…?あっ、あーろん。わらし、すっかり忘れとったわ」

「完全に忘れられていることは、分かっていました。平気です。わたしは傷ついたりしていませんから…」


心にもない台詞を口にするアーロンは、寂しそうに微笑んだ。


「だいじょぉーぶ。わらし、思いだすマシタ…。おとぉー。おねがいの、オカワリじゃ!」


「なんだ…?言ってみろ!」


フレッドがメルを促した。


「ここにおる、こいつ…。このエウフに、オイシイを教えたってくらはい」

「アーロンに、美味しい…?」


フレッドはメルにコイツ呼ばわりされた、アーロンを眺めた。


「なんでまた…?」

拠所(よんどころ)ない事情がありまして…。なんとか…。わたくしめに、オイシイを御教授いただきたいのです」


アーロンが、フレッドに頭を下げて頼み込んだ。


「うはぁー。よくわからねぇ話だな…」

「このエウフに、メシ作らせい。そんでもって、メシ食わせい。そぉーいうハナシ、しとぉーヨ」

「ほぉー。そんだけかい?」


「ほんだけじゃ!」


メルは話が通じたと思い、嬉しそうに頷いた。


未だ長文での会話は難しい。

単語と単語を上手く繋げられずに、文意が通じなかったりする。

フレッドだから何とか察して貰えるけれど、アカの他人とは会話が成立しないメルだった。


「それじゃー。俺もメルに、ちょっくら頼みがあるんだ」

「なにかね、おとぉー?」

「おまえ、こういう武器を壊せるんだろ…?」


フレッドが布で包まれた棒状の物体をテーブルに置いた。

布を取り去ると、装飾の派手な剣が姿を現した。


禍々しい雰囲気を纏った剣は、隷属術式で妖精を封じ込めた魔剣だった。

ミッティア魔法王国からの、密輸品である。


「やっちゃってくれないか…?」

「おっ、おぅ…」


メルがイヤそうに、口の端を引きつらせた。


一振りの魔剣を解呪するには、一滴の血だ。

瀉血スキルは使用しない。


メルの身体から、幾つものオーブが立ち昇った。

妖精打撃群のヒャッハーたちが、憎むべき魔法具に気づいて姿を見せたのだ。


〈はぁーっ。キミたち。瀉血はしませんよ…〉


メルが妖精たちに断りを入れた。

そしてデイパックのストレージから、ミスリルの針を取りだした。


〈おまえら、妖精女王さまの祝福はなしだ!〉

〈そうやって、がっつくんじゃねぇよ〉

〈司令官さまが、仲間を救ってくださるんだぞ!〉

〈祝福がなくたって、ありがたいことに変わりねぇ…〉


〈みんなで感謝だ!〉


念話で大騒ぎになった。


〈アリガトォー、僕らの司令官さま!〉

〈アリガトォー、オレたちの女王さま!〉


妖精たちが大合唱だ。


(うはぁー。もうこれって、強制と変わらないじゃん!)


退路は断たれた。


今さら…。

『痛いのが怖いからイヤだ!』とは、言えなかった。


メルは針を手にすると無理やり覚悟を決めて、左手の人差し指をブスッと突いた。


「ウヒィ―!泣くほどぉ、痛いわァー。わらし、痛いの好かんわ」


とは言っても、無駄に失血するよりマシである。

魔剣の解呪くらいなら、一滴の血で充分に事足りる。


メルは血玉を邪悪な魔法紋に垂らし、指先でムイムイと擦った。

妖精たちに苦役を強要していた魔法紋が、薄れていく。


やがて魔剣から、元気のない妖精たちが解き放たれた。

弱々しく明滅する複数のオーブが、そそくさとメルの身体に逃げ込んだ。


〈マジ…。酷い目に遭ったわァー〉

〈悪い魔法使いめ…。このままじゃ、済まされんません!〉

〈なぁなぁ、妖精女王さま…?貴女さまは、妖精女王さまなんでしょ?オイラの仲間も、助けて上げて…〉

〈まだ捕まってる妖精たちが、沢山いるのです〉


〈キミたち、落ち着きたまえ。取り敢えず、黙って休息しようか…。煩くすると、今すぐにブロックするよ!〉


メルは喧しく騒ぎ立てる妖精たちを黙らせた。


たとえ念話でも、ギャーギャー騒がれると疲れるのだ。

だから黙っていられない妖精たちは、ブラックリストに載せてブロックしている。


三万もいると妖精たちの代表者を決めてもらわなければ、まともな話なんて出来やしない。


だから普段は、念話の回線をあらかた遮断してある。

助けたばかりでケアが必要な子たちにだけ、特別にリンクを残しておく。



「ほぉー。そうやって魔法術式を消しちまうのか…。一個ずつ手に取って消さないとダメなのか…?」

「んっ?ちゃうヨ。とぉーくから、たくさん。モンダイなしヨ…!」


「いいねぇー。実に、素晴らしい!」


フレッドが嬉しそうな顔になった。


「なんだいフレッド…。その手の魔法具が、まだあるのかね…?」


クリスタが忌々しそうに顔をしかめた。


「敵対する勢力がよぉー。身分不相応な魔具で、武装してやがる。闇討ちして取り上げてみたら、ご禁制の隷属術式を使った魔剣ときた…。威力がヤバいんだけど、何とかしなきゃならねぇだろ。どうすりゃ被害を少なく抑えられるか、考えあぐねていたところだ」

「ごっちゃり、あるんかい?」


「ある…」


フレッドはうんざりした様子を見せた。


バスティアン・モルゲンシュテルン侯爵とミッティア魔法王国の繋がりは、明白に思えた。

ウィルヘルム皇帝陛下やフーベルト宰相は、ウスベルク帝国を正常化するために嘸かし苦労することだろう。


そしてフレッドたちも、遊民居住区域の掃除を投げだす訳には行かなかった。


「それでメルに確認したのかね?」

「ああっ、そうだよ…。アンタに文句ばかり言っておいて、今さら精霊の子にお願いするのは格好がつかないんだけどな。もしメルが危険でなければ、頭を下げても頼みたい」


フレッドがメルとクリスタに頭を下げた。


「メルー。余計な仕事ができたよ。違法な魔法具を始末するまでは、メジエール村に帰れないよ」


クリスタはメルから青銅製の騎士を取り上げて告げた。


「お役目が終わるまで、これは預かっとくよ」

「えーっ。マジかァー!」


メルが腹立たしそうに吠えた。






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