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エルフさんの魔法料理店  作者: 夜塊織夢
第一部
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狂気の死霊魔術師



狂犬病という感染症がある。

傷口から侵入したウイルスにより発症する、極めて致死率の高い病気だ。


この病気に対する恐怖をイメージソースに使用して、妖精たちを融合させた邪霊が屍呪之王(しじゅのおう)である。

人狼、ワーウルフ、ライカンスロープなども、おそらくは狂犬病がもとになって作られた怪物のイメージだろう。


メルの前世にも、山ほどクリーチャーのイメージは存在した。

異世界が前世と異なるのは、イメージだけで済まされない処だった。


屍呪之王(しじゅのおう)は恐ろしい怪物ですが、実際に人々を震え上がらせたのは狂屍鬼の群です』

『屍食鬼が集まって狂屍鬼(きょうしき)になると、集落や村を探して彷徨い始める。これを撃退する側は、鬼に変わり果てた知り合いや身内を惨殺しなければならん。言葉にすれば簡単じゃが、実際には非常に恐ろしい…。身近な者たちを殺すには、それ相応の狂気が必要となるからのぉ…』

狂屍鬼(きょうしき)の集団は、暴徒の恐ろしさを何倍にもしたものです』

『いいやぁー。それより遥かに怖いよ』


『ふーん』


自分の目で暴動なんて見たコトもないメルは、ただクリスタたちの説明から想像してみるしかなかった。


いきなり襲い掛かってくる、アビーやタリサたち…。

スコップを手にして迎え撃つ自分。


『あかぁーん!』


考えるのも嫌だった。

ビィービィーと、泣いてしまいそうだ。



屍呪之王(しじゅのおう)が手当たり次第に人を襲って、屍食鬼を大量発生させる。

数の増えた屍食鬼たちは、狂屍鬼へと姿を変えて人々が暮らす集落になだれ込む。


集団を形成して村に襲い掛かる狂屍鬼(きょうしき)は、飢えた野犬の群を連想させた。


そして屍呪之王(しじゅのおう)は、病に苦しむ巨大な魔犬である。


痛くて苦しくて狂っているから、見境なしに人々を噛む。

相手が獣であろうと、構わずに噛む。


噛まれたものは例外なく、狂気の呪いを引き継ぐ。


屍呪之王(しじゅのおう)は人が生みだした災厄であり、哺乳類全てを脅かす邪霊だ。

封印するために生贄を用いたのは、妥当である。

他の手段がなかったのだから仕方ない。


クリスタとアーロンは、そう考えて自らを慰めたかった。


だが実際に多くの人々を生贄とするとき、そんな慰めが何の役に立とう…?


確かに、屍呪之王(しじゅのおう)を創造したのは人間だ。

その責任は、人間が負うべきであろう。


贄を払って封印しなければ、世界が滅亡してしまうのだから…。


しかし生贄として捧げられるのは、人とエルフの戦争が続いた暗黒時代を知らない、まったく関係のない人々なのだ。


その場面に立ち会えば、どうしようもなく足がすくむ。

痛いほどに息は詰まり、心が軋む。


己の手で生みだした魔法兵器に、全てを滅ぼされようとしている皮肉。

気の利いたブラックジョークだと笑えるのは、心を病み腐らせた狂人だけだろう。



そんな奴は居ない。

居る筈が無いじゃないか!


メルは、そう考えた。

考えながら、立ち入り禁止区域のおくへと進んでいった。



「ゲヒィヒヒヒヒッ…!」

「ウシャシャシャシャシャ…!」


地下通路に、下品な笑い声が木霊した。


「なんぞ…?わろぉーとヨ!」


メルの眉間に、深い縦ジワが刻まれた。


この先にクレージーな奴らが潜んでいる。


「魔法博士です」


アーロンが嫌悪の表情を浮かべた。


「ニキアスとドミトリだね。屍呪之王(しじゅのおう)を創造した魔法博士が、死霊魔術師(リッチ)となって縛られているのさ。とんでもない自縛霊だよ!」


「まじか…?」


クリスタは地縛霊と言わず、自縛霊と呼んだ。


石室に立てこもるニキアスとドミトリは、自発的に邪霊の護衛を務めていた。

魔法術式によって封印された石室から、隙あらば屍呪之王(しじゅのおう)を解き放つつもりである。


「あいつらは、世界の破滅が見たいのさ…」

「唾棄すべき連中ですが、幾ら打ち倒しても蘇るのです」


「まったく…。死んでも自尊心の塊りみたいな、救いようのない愚か者たちだよ!」


宙を漂う二体の死霊魔術師(リッチ)は、始末に負えない狂気のエリートだった。

呪われた墓所に君臨する、忌まわしい怨霊だった。


メルは開けた石室に足を踏み入れると、頭上に漂う二体の死霊魔術師(リッチ)を睨み据えた。


侵入者を嘲るように高みから見下ろす死霊魔術師(リッチ)たちは、手にした魔法書を開いてメルたちを攻撃しようとした。


だが、死霊魔術師(リッチ)たちの魔法書は、いきなり焔を上げて燃え始めた。

火の妖精が襲い掛かったのだ。


妖精打撃群はメルの意図を受け、死霊魔術師(リッチ)たちを敵とみなした。

エアバーストの連打を浴びて粉々に砕けた死霊魔術師(リッチ)の残骸が、床に散らばった。


しかし流石は死霊である。

砕け散った残骸が集まって、元の姿へと戻っていく。


「キヒィヒィヒィヒィー!」


そして嘲笑するかのように笑う。


「くっ…。ドミトリめ。相変わらず忌々しいヤツだ!」


アーロンが怒り狂って紅蓮の炎を呼びだした。


「相手は骨だよ。これ以上は、燃やしても意味がなかろう!」


クリスタはニキアスに風の斬撃を加えながら、アーロンを詰った。

クリスタが指摘した通りで、アーロンの攻撃はドミトリの衣装を燃やしただけだった。


そのボロボロだった長衣さえ、燃え尽きたと思ったら再生されていく。

実にイラッとする敵だ。


「メル…。アイツに噛まれたり、引っ掛かれたりしたら…。屍食鬼になっちまうからね!そばまで、近づけるんじゃないよ…!」


「うほぉー!」


ススーッと飛来してきたドミトリがメルを襲おうとした瞬間、横合いからミケ王子が割って入った。


「フギャァーッ!」


風の妖精に力を借りた猫パンチがドミトリの髑髏を切り裂き、メルに対する攻撃を空振りさせた。


ついで床の石畳が粉々に砕け散り、メルの眼前に即席の壁を形成した。

地の妖精が作りだした防壁に弾かれて、ドミトリの身体は吹き飛ばされた。


砕けたあばら骨と小さな骨の欠片が、メルの足もとに散らばった。


「アリアトォー。ミケおうじ」

「ミャア…!」


「チのヨセェーさんも、さんくす!」


メルは感謝の言葉を口にした。


「ワォォォォォオオォォーン!」


石室の中央に拘束された屍呪之王(しじゅのおう)が、苛立たし気な遠吠えを上げた。

なんともやるせない、悲しそうな声だった。


「わかっとぉーヨ。すぐ助けてやうで、もうちっと待とォーな!」


メルが叫んだ。


屍呪之王(しじゅのおう)はノソリと身を起こして、重そうな鎖を引っ張った。

封印魔法が施された特別製の鎖は、屍呪之王(しじゅのおう)に自由な行動を許さない。


天井近くまで高度を上げたニキアスが、砕かれた頭部(ドクロ)の再生を待っていた。

その少し下方をドミトリがフワフワと漂っている。


どれだけ攻撃しても、キリがなかった。

クリスタとアーロンは急激に攻撃魔法を連射したので、心もち息が上がっていた。


このままでは、疲れを知らない死霊たちが有利だ。


「メルさん…。アイツらは砕いても燃やしても、一切のダメージを負いません。力任せで、物理的に足止めするしかないんです!」

「悪霊どもを縛る用意はしてきたよ…。あとは一か所に押し込めて、ちょっとの間だけ動きを封じればよい!」


思ったように効果の上がらない攻撃を加えながら、クリスタとアーロンが攻略法を説明した。


クリスタは拘束用のネットを手にして、メルに見せた。


「要らんわぁー!そんなもの…」


メルは既に切れかけていた。


幼児化のバッドステータスが無くても、樹生の沸点は低い。

前世では思い通りに行かないと、コントローラーを投げ捨てるタイプのゲーマーだった。


(こんなのクソゲーじゃ…!)


メルのこめかみには、クッキリと青筋が浮いていた。


「シビトは、ジメンに埋まっとけやァー!」


地の妖精が、メルの怒りに呼応した。


封印の石室は地下に存在する。

そこは地の妖精たちが支配する領域だった。

ヒャッハーな火の妖精や間断なく攻撃を仕掛ける風の妖精より、地中では地の妖精が力を発揮する。


水の妖精たちが、水中でこそ猛威を振るうのと変わらない。


妖精母艦(メル)の守りに徹していた地の妖精たちが、攻撃部隊の統括権を握った。


〈妖精女王の希望を実現する…。航空部隊は、ターゲットを頭上から攻撃せよ。連中の高度を可能な限り下げさせるのだ〉

〈了解した…!〉

〈ゴレムの葬送を用いる〉


妖精打撃群航空部隊が、一斉に死霊魔術師(リッチ)たちの頭上から圧をかけた。

途切れることのない連続攻撃を浴びせられた死霊魔術師(リッチ)たちは、少しずつ床へと追いやられて行った。


すると床の石畳を押しのけて生えた巨大な二つの腕が、ニキアスとドミトリをガッチリ捕獲した。


「なっ、デカイ手が…!」

「これは、メルの仕業かい?」


「ウーム。たぶん…」


メルたちが見守る中…。

泥で造られた巨人の腕は死霊(アンデッド)たちを埋葬すべく、ズブズブと床に沈んでいく。


「ひぃー!」

「ゲゲゲゲッ…!」


どれだけ骸骨(スケルトン)が足掻こうとも、ゴレムの剛腕は二人を放そうとしない。

魔法を使いたくても土塊(つちくれ)で口を塞がれてしまい、悲鳴すら出せなくなった。


「こぇからは、ドロのなかでハンセェーせぇ…。おまぁーらのプアイド(プライド)が、朽ち果てるまでなぁー!」


死霊魔術師(リッチ)たちを捉えたまま、二つの腕は地中深くへと消えていった。


ニキアスとドミトリが地上に戻れる日は、二度と訪れないだろう。



「精霊の子って、半端ないですね…」

「…………ッ!」


クリスタは驚嘆するアーロンに、返す言葉を思いつかなかった。






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【エルフさんの魔法料理店】

3巻発売されます。


よろしくお願いします。


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― 新着の感想 ―
[一言] 屍呪之王編もあとすこしでクライマックスですね。
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