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エルフさんの魔法料理店  作者: 夜塊織夢
第一部
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迫りくる危機



帝都ウルリッヒの地下迷宮は、何処までも延々と続く。

中心部に位置する石室に至るまで、通路は幾つもに枝分かれして侵入者を惑わす。


クリスタとアーロンは、正規の道順に沿って地下通路を進んでいた。

だが、それでもかなりの距離を歩かなければ、屍呪之王(しじゅのおう)を封印した石室にはたどり着けない。


平面に描かれた迷路と違い、現実世界は何処であろうと立体だ。

二層、三層、四層と、階段を使って迷路の難易度を上げているために、メルはジワジワ追い詰められていった。


『道順が覚えられない…!』とか言う、高度な問題ではない。

単純に、肉体的な問題である。


「ひぃ…。ツカれたぁー」


普段であれば、抱っこ一択だ。

しかし、困ったことに『メルの戦闘服』は、幼児化のバッドステータスを七十パーセントもカットしてしまう。


そうなると恥ずかしくて、抱っこして欲しいとは口に出せなかった。


アーロンが回復魔法を使ってくれるのだけれど、期待したほどの効果は得られない。

意地を張って、我慢しているだけだ。


(バッドステータス。バッドステータスって…。これまでずっと、悪く捉えてきたけれどさぁー。こうしてみると幼児化のバッドステータスって、メルにとって必要なんじゃないの…?いいや、絶対に必要だと思うよ…!この僕に…)


手足の短い幼児ボディーでは、クリスタとアーロンについて行くのが精一杯だ。

歩調を緩めてもらっても、長距離の移動は小さな身体に応える。

しかも階段を上がって下がって、登ったり、降りたり。


その一段一段が、幼児に優しくなかった。

(しっか)りと大人の歩幅だ。


もう足が棒になっていた。


そのうえ先程から、微かな尿意を感じている。


(くっそー。幼児化のバッドステータスに襲われていたときは、平気で用を足せたのに…!)


メルがトンキーと散歩しているときに道の端っこで小用を足せたのは、バッドステータスのお蔭だった。

そんな場所でお尻をだす恥ずかしさより、下穿き(カボチャ)を汚さずに済んだ満足感の方が大きかった。


正直に言えば、『ひとりで出来た…!』と自慢したいくらいだった。


それなのに今は、トイレに行きたくても、どうしたら良いのか分からない。

馬鹿みたいだけれど、恥ずかしくて言いだせないのだ。


『わらし、シッコでるヨ!』


そういって、ペロンとカボチャを脱ぎ捨てた自分が、とんでもない勇者に思えた。


(アビーとの入浴が平気になったのも、バッドステータスの効果だったのかぁー!)


何と言うことであろうか…。


メルがメジエール村での生活に馴染めたのは、全てバッドステータスの賜物であった。


樹生であった自我は、幼児化を恥ずかしいと感じて、深く考えるコトもなく避けたがった。

だが幼児化のバッドステータスは、羞恥心自体を無効にしてくれたのだ。


だからこそ、樹生は幼女(メル)でいても平気だった。

片言で、思うように意思が通じなくたって、ストレスに(さいな)まれて円形脱毛症に罹ることもなかった。

タリサたちとだって、いい感じに友情を育んでこれた。

アビーやフレッドのことも、大好きになれた。


なにより、生きているのが楽しくなった。



「メルさん、無理をしてはいけません。抱っこしましょう…」

「イヤら!」


男に抱っこされるなんて真っ平ごめんだし、かと言ってクリスタはタワワ過ぎた。


幼児化のバッドステータスがカットされている状態で、女性に抱きついたりしてはいけない。

そんな破廉恥で卑怯なやつは、絶対に許せなかった。


メルは歯を喰いしばって、ズンズンと先へ進んだ。


急がなければならない。

急いで屍呪之王(しじゅのおう)を解呪しなければいけない。


そして完全無欠な幼児(メル)に戻るのだ。


さもないと…。


(漏らしちゃうよ…!)


メルは必死だった。


(バッドステータスのカットなんて、要らない。そもそも幼児なんだから、メルが幼稚だって問題ないでしょ…!)


だが、今は駄目だった。

今はまだ、ライトブルーの僧衣を脱ぎ捨てるときではない。

此処から先は、幾度となく死と向き合ってきた樹生のロジックが、どうしても必要だった。


『人は死ぬ。どうせ死ぬ。死ぬときは、どうしようもなく死ぬ…。人は生きている限り、死後のことなど知りようがない。死んでしまえば、死を恐れても意味がない…。だから生者が死を恐れる行為には、詰まるところ意味なんてない。まったくの無駄デアル…!』


最悪の診断結果を聞かされたときや、リスクの高い手術を前に繰り返してきた思索の至るところだ。

屍呪之王(しじゅのおう)を解呪するに当たり、この乱暴とも言える諦観の姿勢が求められていた。


何となれば…。

幼稚なメルが屍呪之王(しじゅのおう)を目にしたら、腰を抜かして逃げだすに決まっていたからだ。


幼児とは生命と活力の結晶であり、何がなんでも生きようとするモノだ。

死の気配を傍に置いて、耐えられるはずがない。


不条理や怪物と対峙するには、恐怖に鈍麻したひねくれ者の(スピリット)が必要だった。

己の死を無感動に見据える、酷く老成した自我だ。


それは樹生が大嫌いな自分だった。


樹生のロジックは恐怖を封じるが、全てを虚無に帰す。

ニヒリズムだ。


真に不健康な理屈であった。


だが今…。

樹生が恐怖を封じ込めたロジックは、死中に活を求める行為へと昇華された。




大きくて頑丈そうな鋼鉄の扉が、メルたちの進む地下通路を塞いでいた。


「メル…。ようやっと立ち入り禁止区域に、到着したよ…。ここからは、それほど歩かずに済む。屍呪之王(しじゅのおう)が封じられた石室まで、あと一息さね!」

「疲れたでしょう、メルさん…。少しばかり、休息を取りますか…?」


アーロンが、心配そうな顔でメルを見た。


冗談ではなかった。

時間を無駄にする余裕などなかった。


「わらし…。やすみ、要らんわ!」


砂糖漬けにした精霊樹の実を齧りながら、メルは答えた。


「アーロン。扉を開けておくれ!」

「分かりました…」


アーロンが解錠コードを書き込むと、鋼鉄の扉が重そうな音を立てながら左右に開いた。


壁一面にビッシリと封印の呪文が施された通路は、生贄にされたものたちの怨嗟で満ちていた。


死を受け入れられない犠牲者たちは、壁から手を突きだして呻く。

何かを攫もうとする腕の動きは、怨霊たちの足掻きだ。


メルは目を細めて、薄暗い通路の様子を眺めた。

怨霊たちの痩せ細った腕が、まるで壁から生えた草のように揺れている。


それは、精霊の子による霊視だった。

クリスタとアーロンには、怨霊たちが見えていなかった。


メルとミケ王子が立つ足もとを陰気な風が吹き抜けていく。

それだけで、背筋に悪寒が走った。


〈酷い穢れだよ…!ものすごぉーく、瘴気が濃い〉

〈ミケ王子。鼻は大丈夫…?〉

〈大丈夫な筈がないでしょ。いきなり鼻炎が再発したよ!〉


〈邪魔くさいから、とっとと浄化してしまおう!〉


メルはクリスタから遮蔽術式の魔鉱プレートを渡されていたが、幾ら説明されても使い方を理解できなかった。

何とか使えるようになったと思っても、また直ぐに忘れてしまうのだ。


だから穢れは、浄化してしまうに限った。


「ジョーカ!」


メルは精霊樹の枝を手にして、強力な浄化を放った。


その瞬間、轟音と共に青白い雷光が壁面を走り去った。


これまでに何度も浄化をしてきたが、初めての現象である。


「うわっ…!いったい何をしたんだい、メル…?」

「イカヅチだ…。イカヅチが通路のおくへ、走り去った…」


「ジョーカ、すゆ…。ケガレ、じゃまヨ!」


二発、三発と、メルが浄化を連発する。


立ち入り禁止区域の壁面が、青白い焔を上げた。


「ハァー?あんなに濃かった瘴気が、消えちまったよ」

「メルさんの浄化って…!」


遮蔽術式は不要になった。

クリスタとアーロンの徹夜は、無意味だった。


「頑張って作った、遮蔽術式の魔鉱プレートが…。あっ、あたしの苦労が…」


クリスタは術式プレートを手にして、プルプルと震えた。


「そえっ…。マホォー王のデショ…!」


メルはクリスタの手元を覗き込み、魔法王のサインを指さして言った。


そして、とっとこと通路のおくへ向かって行った。

ミケ王子がメルの横に、ピッタリと寄り添っていた。


妖精打撃群航空部隊が、次々とメルの前方に飛び立っていった。


〈これより妖精打撃群は、要救助者の元へ向かう!〉

〈ラジャー!〉

〈攻撃部隊…。祝福されしモノ、妖精母艦の前方に展開します…〉

〈防衛部隊、回復部隊、予定通り配置につきました!〉

〈ヨロシイ…。障害として立ち塞がるモノは、容赦なく殲滅せよ。あらゆる隷属の魔法術式は、発見次第、速やかに破壊するのだ〉

〈妖精女王。我らに祝福を…〉


〈祝福を与えたまえ!〉


メルが足を止めることなく、精霊樹の枝を高く突き上げた。


「シャケーツ!」


地下通路に、美しい紅い花が咲いた。


四方に散った花弁は、やがて細かな霧となって広がり、宙を舞う数えきれないほどのオーブに紅い輝きを纏わせた。


立ち入り禁止区域に於いて、エーベルヴァイン作戦は佳境を迎えた。

即ち、妖精戦争の始まりである。






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【エルフさんの魔法料理店】

3巻発売されます。


よろしくお願いします。


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― 新着の感想 ―
[一言] 幼女エルフの戦いは尿意との戦いでもあった・・・う~~ん、尻あす。
[一言] シリアスなシーン 平野耕太先生のヘルシングやドリフターズの戦闘シーンみたいな感じですかね
[良い点] 今一番楽しい作品‼️
感想一覧
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