ヤクザになろう
マジカル七輪に載せた小さなフライパンから、芳ばしい匂いが立ち昇る。
白ごまの撥ねるパチパチという音が、耳に心地よい。
ごまが含んでいる余分な水分を飛ばして香りをだしたら、過熱を止める。
ゴマは焦げやすい。
これは少し冷ましてから、すり鉢であたる。
冷めるのを待つ間に、茹で上がったオクラを刻む。
ヘタを切り落として半分に切ったら、ボールに入れておく。
冷ました白ごまをすりこぎ棒でゴリゴリと擂る。
フワフワの粉になるまでは、擂らない。
半分は粒を残して良い。
ゴマ粒の食感も、美味しさの内だから…。
そこに少量の三温糖と薄口醤油、それに適量のダシ汁を加えてよく混ぜる。
更に刻んでおいたオクラとごまを絡めたら、オクラの白ごま和えが完成。
ここですり鉢にへばりついた白ごまを捨てるのはノーグッドだ。
勿体ないオバケがでてしまう。
「ゴハン、よそぉー♪」
炊き立てご飯をすり鉢に入れて、味のついた白ごまと混ぜる。
このゴハンを適量ラップに包んでから、巻きすを使って俵形に整える。
黒い板皿に格好よく並べて、ゴマの俵むすびが完成だ。
同じお皿に、オクラの白ごま和えを添える。
春っぽい色合いが、目に楽しい。
今日のおかずは、イワシの丸干しである。
マジカル七輪にイワシを載せて炙る。
それと同時に、メルは魔法の鍋でシジミ汁を作った。
「ふたぃとも、できたでぇー!」
『苛々はカルシウム不足が原因です…!』
との科学的な根拠を踏まえてメルが拵えた、カルシウムたっぷりの晩御飯だ。
もちろん不機嫌なクリスタのために、無い知恵を絞って作りました。
愛情もタップリだよ。
シジミ汁には、肝臓機能を高める効果もある。
お疲れな様子のクリスタには、ピッタリなお味噌汁でしょう。
メルとミケ王子の分はない。
メルとミケ王子は既に食べてしまった。
今日もまた、お城の豪勢なゴハンを三人前。
二人の保護者が寝ている間に、こっそりと晩御飯を完食。
ワゴンは廊下の外へ。
罪滅ぼしの、和風定食デアル…。
「そぇ食って、キゲンなおせや…!」
「「…………っつ」」
そういう問題ではなかった。
『魔法王』に傷つけられた自尊心は、美味しいゴハンを食べても癒されない。
それとコレは、話が別だった。
けれど話が別なので、クリスタとアーロンは黙ってメルのゴハンを味わった。
「メルの作るゴハンは、いつも美味しいねェー」
「はいっ…。とても不思議な、優しい味です」
ジジババにもヤサシイ。
それが和食と言うモノだった。
◇◇◇◇
デュクレール商会(帝国情報機関)の幹部と対面したフレッドは、始末すべき悪人たちの調査書と共に、幾つかの依頼を口頭で言い渡された。
『バスティアン・モルゲンシュテルン侯爵を筆頭とする悪質な貴族たちは、ウスベルク帝国の法によって、正しく処罰したいのです…』
だから貴族には手を出してくれるな、と言うコトだった。
「地元ヤクザの抗争を装って、闇商人の組織を潰せとさ…」
「バスティアンを処分できないのは残念だが、奴は自領に引きこもってやがる。やるなら、所領の調査から始めないとダメだ」
「ヨルグの言う通りだ…。モルゲンシュテルン侯爵領は遠いし、守りに入った貴族どもを始末するのは難しいだろう」
「バカ言うない。おれなら、気づかれずにやれるぜ…!」
ワレンが陰気な眼つきで、フレッドとヨルグを睨みつけた。
「わたしとしては、ウスベルク帝国の言い分に理があると思いますね。バスティアンの如きは、キッチリと法で裁かれるべきでしょう!」
貴公子レアンドロが、ワレンの台詞を否定するように首を振った。
「どういうことだ、レアンドロ…?」
狩人のワレンが、不愉快そうに訊ねた。
「何であれ暗殺などと言う行為は、真っ当じゃありません。悪人であろうと帝国法に反していようと、貴族を暗殺すれば支配力の弱さを世間に露呈します。この件に関しては、ウスベルク帝国が内外に権威を示すべきです」
「だれが殺そうと同じじゃねぇか…」
「ワレン…。その考えは捨てろ。俺たちは、メジエール村に雇われた兵だ。何をしていようが、メジエール村の代表だと思っておけ…。誇りを持て…。オマエが悪徳貴族どもに毒矢を使うのは、『調停者』がウスベルク帝国の依頼を受けてからだ」
フレッドは闇討ちをかけたそうなワレンに、釘を刺した。
「ウスベルク帝国は皇帝の権威を取り戻すために、見せしめを必要としているのさ。だから貴族どもの始末は、連中に任せようと思う…。俺たちは、ミッティア魔法王国から忍び込んだ間諜を取り除く…!」
「マチアス聖智教会と闇商人ども…。それに加えて、冒険者ギルドの胡散臭い連中だな?」
「そうだ…。ミッティア魔法王国の軍関係者が、身分を偽って忍び込んでやがる。けっ。あっちが身分を隠しているんだ、こっちも気づきませんでしたで、済ませちまおうって話だな」
「いいねぇー」
ウドがナイフの手入れをしながら笑った。
「そんな事情があってだ…。俺たちは貧民窟に、新興ヤクザの事務所をおったてる」
「なんじゃそりゃ…?」
「面倒くさそうにするなよ、ヨルグ…。俺たちはスラムの住民を助ける、正義のヤクザ者になるんだよ。毎日の炊き出しとかもするんだ…。折角の機会だから、人助けを楽しもうぜ!」
「そんな資金はないだろ…」
「ところが、たんまりとあるんだよ…。皇帝陛下が、ポケットマネーをだす」
皆がポカンと呆れた顔になった。
そして誰からともなく『グフフ…ッ!』と笑いだし、やがて腹を抱えての大爆笑となった。
「いいじゃん、地元権力者!」
「気に入ったよ。是非ともやろうぜ!」
「飢えたチビどもを助けて良いんだな…?」
「勿論です。虐げられている女性たちも、助けましょう」
「ああ…。なんせ、皇帝陛下のポケットマネーだからな。せいぜい豪勢に、楽しませて貰おうじゃないか!」
貧民窟を支配する既成勢力に向けた、あからさまな挑発行為である。
「ヤクザの抗争かぁー」
「都でアルアルな事件だよな!」
「肩がぶつかったら、そっこー排除でいいか?」
「そこは…。ちゃんとした文句を考えておくべきだと、思いますね…」
「肩がイテェー。骨が折れたぁー!」
「それはダメだろ…。ウド…。その台詞は、治療費を請求するやつだ」
かつての陰気な暗殺者たちは、ノリノリで正義の侠客を演じることにした。
「みんな、勘違いするなよぉー。真の目的は、隷属魔法を使う悪党どもの排除だ。これにはミッティア魔法王国から持ち込まれた、違法な魔法武器も含まれる。勿論だが、奴隷にされた帝国民の救助も俺たちの大切な仕事だ。であるからして…。何でもかんでも喧嘩を吹っ掛けるのは、ナシだぞ!」
「相手から喧嘩を売られたら、どうするんだ?」
「………んっ。そんときゃ、殴っちまえ!」
帝都ウルリッヒの大掃除が、これから始まろうとしていた。
フレッドたちは、当分の間メジエール村に帰れそうもなかった。
◇◇◇◇
ユリアーネ魔法医師はラヴィニア姫の保護布を取りかえながら、ここ数日の異変に首を傾げていた。
(瘴気の濃度が、異様に下がっている。ラヴィニア姫を蝕むケガレが、浄化されているように感じるのだけれど…。ソンナコト、アリエナイ…!)
それは嬉しい変化であったけれど、事態が根本から改善されなければラヴィニア姫は救われない。
ラヴィニア姫が、封印の巫女姫から解放される。
幾度となくユリアーネの見た夢であるが、夢は夢でしかない。
奇跡を期待したところで、その後により強い絶望感が待ち構えている。
いつの間にかユリアーネは、期待を抱かなくなった。
この世には、救いなどないのだ。
どれだけ待ったところで神の采配は無く、精霊たちが助けに現れることもない。
封印の塔には、人々の冷酷な無関心と嫌悪だけが沈殿していく。
ここは捨てられた場所デアル。
扉をノックする音が聞こえた。
「ユリアーネ…。アーロンです。『調停者』と精霊の子をお連れしました」
耳に馴染んだアーロンの声が聞こえた。
(アーロンが来た…。『調停者』と一緒…?精霊の子ですって…?)
俯いていたユリアーネは、ハッとして椅子から立ち上がった。
椅子が、音を立てて倒れた。
何故だか、膝から力が抜けて転びそうになった。
急いで扉を開けなければいけない。
早く…。
一刻も早く、ラヴィニア姫を助けてください。
ユリアーネは水中を泳ぐような非現実感を味わいながら、頑丈な扉にしがみついた。