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エルフさんの魔法料理店  作者: 夜塊織夢
第一部
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精霊召喚



クリスタとアーロンの二人は、心身ともに疲れ切っていた。

平気なふうを装っていたクリスタも、かなりの霊力(オド)を地下迷宮で消費してしまった。


だが…。

『調停者』である以上は、軽々しく弱音を吐けない。

だから霊的なダメージがあっても、寝食を犠牲にして遮蔽術式の改良に取り組んだ。


何としてもメルの安全を守って、中央石室まで案内しなければいけない。

屍呪之王(しじゅのおう)を生みだした魔法術式は、精霊の子でなければ解呪できないのだ。


そのためには、遮蔽術式を強化する必要があった。


下調べのために降りた地下迷宮には、想像を超える濃度の呪素が充満していた。

状況は、非常に悪かった。


封印の巫女姫は、屍呪之王(しじゅのおう)が発生させる呪詛を無力化させるために用意された、強力な浄化装置である。

それが正常に機能していなかった。


ラヴィニア姫は、本当に限界なのだ。

時間が経つほど、事態は悪化するに決まっていた。


一日たりとも、無駄には出来なかった。


けれど、クリスタとアーロンは爆睡してしまった。

グーグーと鼾をかきながら寝ている。


おそらくは精霊樹の実で作られたジャムが、睡眠導入剤の役目を果たしたのだろう。

身体が休息を必要としていた、明白な証拠である。



「ケンコー、ケンコー♪」


健康オタクのメルは自作の『健康ソング』を口ずさみながら、クリスタとアーロンに毛布を掛けてやった。




エルフの魔法使いたちが作業していたテーブルには、未完成の術式プレートが放置されていた。

メルが見ても、何がなんだか全く分からない。


二人は眠り続けているが、目を覚ましたら大変な騒ぎになりそうだった。

昨夕から、『寝ている時間などない!』と目を血走らせて、術式プレートの記述作業に没頭していたのだ。

自分たちが、ぐっすりと眠ってしまったことに気づいたら…。


クリスタは、とんでもなく不機嫌になりそうだ。


遅ればせながら、その可能性に気づいたメルは顔をしかめた。


「そえは、いやらぁー!」


苛々しているクリスタは、ちょっと怖い。

ちいさな幼児は、怒っている保護者(オトナ)が苦手だった。


「わらし、こまった…!」


メルは腕組みして、ウーンと考え込んだ。


「あーっ。わらし、ひらめきましたヨ…」


メルの顔がペカッと輝いた。


クリスタは遮蔽術式の改良を急いで、鬼女みたいな目つきになっていた。

であるなら、クリスタの心を悩ませる問題が消えてしまえば、ご機嫌に戻るでしょう。


もしかすると、すごく喜んでくれるかもしれない。


幼児の思考はシンプルでストレートだ。

幼児化したメルもまた、モチャモチャと思考を弄んだりしない。


(二人が起きる前に、術式プレートを完成させてしまおう…!)


何も自分でやる必要はなかった。

メルはウスベルク帝国公用語の手紙でさえ、満足に書けないのだ。

難しい魔法術式を精霊文字で記述するなんて、試すまでもなく不可能だった。


(魔法の記述は精霊文字でされているのだから、偉い精霊さまに何とかして貰うでしょ…!)


都合の良い事に、未完成の魔鉱プレートはテーブルに置いてあった。



「ジッケン、すゆ…」


精霊召喚(中級)だ。


ぶっつけ本番なんて絶対にやりたくないと思っていたが、用事もないのに精霊を召喚しては申し訳ない。

精霊召喚(初級)を使って、呼びつける度に往還した老賢医(やぶ)の精霊は、すっかりしょげ返っていた。

メルがプライドを傷つけてしまったのだ。


そんな理由から精霊召喚(中級)の使用を躊躇してきたのだが、いま頼みごとができた。

クリスタとアーロンのために、遮蔽魔法の術式プレートを完成させるのだ。


「セイェー、ショーカン!おいでませぇー。マホォー王!」


メルは精霊召喚(中級)を使った。


ミケ王子もメルの隣にチョコンと座って、精霊が現れるのを待っていた。

妖精猫族(ケット・シー)のミケ王子は、ネコ並みに好奇心が旺盛だった。


〈わぁー。召喚魔法も中級になると、霊力(オド)の勢いが凄いや…!〉


召喚魔法で生じる眩い光の柱が、沢山のオーブを吸い寄せていく。


〈メル…。なんだか、集まってくるオーブがミドリだねェー〉

〈ウンウン…。緑だと、地の妖精さん…?〉

〈そそっ…。緑は、土属性です〉


『魔法王』を構成するオーブが殆ど緑色なのは、主として地の妖精が集まっているからだった。

知識と合理性が強化された、土属性の精霊である。


光の周囲を舞っていた緑のオーブが凝集して、あっという間に実体化した。


「ふぉーっ。『魔法王』きたぁー!」


メルの霊力(オド)を三割ほど吸い上げて、『魔法王』が降臨した。


新規の精霊創造であれば、霊力の半分以上が持って行かれてしまう。

それが三割程度で済んだということは、どうやら既に存在する精霊のようだった。


〈ほぉー。何処の召喚師に呼ばれたのかと思えば、おまえは新しい妖精女王ではないか…!〉


魔法王はメルを見て、少しばかり驚いたような顔をした。


〈魔法王さま…。よくぞ、お越しくださいました〉


メルはぺこりと頭を下げた。


〈初めまして、魔法王さま…。ボクは、ミケと呼ばれています。妖精女王さまの家来です〉


その隣で、ミケ王子も頭を下げた。


〈そちらは、妖精猫族の王子さまじゃな…〉

〈はい…。なんかもう王子と言うか、ノラなんですけどね…〉


ミケ王子が照れくさそうに顔を伏せた。


〈ふむふむ。小さいのに、お行儀が良いのぉー。して、お願いはなんじゃ…?〉


魔法王の外見は、よくファンタジー作品で見る魔法使いそのものである。

灰色の長衣を着た背の高い老人で、長いひげと鍔広の三角帽子が実に似合っていた。


『魔法王が魔法学院の校長先生をしていても、僕は驚かないぞ…!』と、メルは思った。


〈さあ…。遠慮せずに、頼みごとを言うがよい〉


メルの頭を優しく撫でながら、魔法王が促した。


〈これなんですけど…。わたしには、精霊文字が読めないんです。魔法王さま、お願いです。どうか疲れ切ってしまった二人のために、この魔法を完成させてください〉


メルは未完成の術式プレートを魔法王に突きだした。

頭を下げて、『お願いします』のポーズだ。


〈なるほど、可愛らしい妖精女王の頼みごとは理解した。では早速、その術式プレートを見せておくれ…〉


魔法王はメルから金属のカードを取り上げ、メガネの焦点を合わせながらジッと魔法術式を眺めた。


口もとに、笑みが浮かんでいた。

見るからに嬉しそうである。


〈ううーむ。なかなかに素晴らしい。良く工夫された遮蔽術式じゃ。こうした高位魔法の術式は、ただ眺めているだけでも楽しくなるわい…。できれば、完成するまで待ちたいのぉー。完成してから、改めて見てみたいのぉー〉

〈あのですねぇ、魔法王さま…。申し訳ありませんが、かなり急ぎなんです…。どうか魔法王さまのお力で、シュパーン!と完成させちゃって貰えませんか?〉

〈どうしても…?〉


〈どうしても…!〉


魔法王は、とても残念そうに溜息を吐くと、テーブルに置いてあった新しい魔鉱プレートを手に取り、カリカリと精霊文字を刻んでいった。


〈エエーッ!新しいのを作るんですか?〉

〈あーっ。そっちの二枚は、完成しても使えんからのぉ。途中で数か所ほど、依頼すべき妖精の属性を取り違えておるのじゃ…。こういうのは自分で気づくのが、大切なんじゃがなぁー〉


〈………くっ!〉


この魔法教師は、生徒に間違えさせて学ばせるスタイルのようだった。


〈ふむっ。折角じゃから、二人の作品を添削しておいてやろう…♪〉

〈あぅあぅ…〉


しかも熱血教師のように、自己顕示欲が強かった。


教わるべき生徒は、二人とも熟睡していた。




目を覚ましたクリスタは、日が沈みかけていることを知って慌てふためいた。

そして遮蔽術式の魔鉱プレートを手に取り、黙り込んだ。


「…………………?!」


メルが横目でチラ見すると、こめかみに青筋が浮いていた。

すごい迫力である。


(コワァー!)


良かれと思ってしたことが、予定外の結果を招いてしまった。


「どういうことですか…。いつのまにやら、完璧な魔法術式が…。クリスタさまが、完成させて下さったのですか?」

「アタシじゃないよ!」


「メルさん。わたしたちが寝ている間に、なにがあったんですか?」


アーロンがメルに説明を求めた。


「んーっ。こびとさんがぁー。やった!」


メルは視線を逸らせて、思いついたでまかせを口にした。


「プレートのスミに、魔法王と署名されておるわ…!そのうえ…。ご丁寧にも、間違った箇所まで指摘しおって…。『もうすこし、頑張りましょう…』って、どういう意味じゃ!」


クリスタの口調には、プライドを傷つけられた怒りが滲んでいた。


「わたしは三角マークで、四十点です。魔法王って、あの魔法史に記載されている偉大な精霊でしょうか…?」

「メルが精霊召喚を覚えたんだよ。えべう(・・・)上げがどうとか言ってたし、御大を呼びつけたんじゃないかい?」

「クリスタさまは、何点を貰いました?」


「勝手に見るんじゃないよ!」


平和を望んでいたのに、とんでもない騒ぎになってしまった。


メルはベッドの陰に縮こまり、ミケ王子と抱き合ってプルプル震えた。






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― 新着の感想 ―
[一言] 毎回楽しみに読ませて頂いております! メルちゃんかわいいしめちゃくちゃ面白いです! 応援してます!!
[良い点] クリスタ言葉使いがババアに戻ってるぞ! 長生きしてそれなりにプライドもあるだろうに添削とかw
[一言] 魔法王、そのままメルのおじいちゃんポジになったりして...
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