レベリング
メルはラヴィニア姫のことを考えていた。
ラヴィニア姫の絶望的な状態は、クリスタやアーロンから詳しく説明されていた。
端的に言えば木乃伊だ。
屍呪之王と霊的なリンクで繋がっているから、辛うじて生きている。
「みぃーら。むつかしのぉー!」
アジの干物を海に戻しても、スイスイと泳ぎだしたりはしない。
そもそも、アジの干物は生きていない。
ラヴィニア姫の魂が、木乃伊と化した肉体に取り残されたなら…。
「うはぁー。オダブツだぁー」
先ずは朽ち果てた肉体を再生しなければいけない。
屍呪之王を先に解呪すれば、ラヴィニア姫が死んでしまう。
狂屍鬼の能力を保持した状態でなら、霊力による肉体再生が可能かもしれない。
「セェーエイ、ショーカン…」
メルの特殊スキルには、精霊召喚がある。
ミケ王子の話によれば、精霊とは概念と妖精の融合体だ。
となれば重要なのは、概念である。
想像力だ。
一生懸命になって祈ることで、必要な能力を所持した精霊が創造できるかもしれない。
そう…。
メルは精霊召喚を創造と捉え直していた。
精霊召喚は精霊創造であり、詰まるところクリエイトなのだ。
メルは妄想力に自信があった。
しかしメルの精霊召喚は、今のところ『初級』である。
何度も試してみたが、思ったような精霊を呼びだせなかった。
ラヴィニア姫の命運を託すには、頼りなさ過ぎる精霊しか現れていない。
「やぶイシャ…!」
凄腕の医者をイメージしても、見るからにダメそうな爺さまが顔をだす。
問い詰めてみれば、『レベルが足りない!』と来たもんだ。
だから、レベルを上げようと思った。
目指せ…!
精霊召喚(中級)である。
と言うわけでメルは、クリスタにレベル上げの許可を貰おうと話しかけた。
「なぁなぁ、クィスタさま。わらし、エベウ上げたい!」
クリスタとアーロンは、魔鉱のプレートに複雑な呪文を刻み込んでいた。
「えべう…?」
「チガうわぁー。エベウ…!」
「……って?何が違うのか分からないけれど、具体的に何をしたいのかしら?」
「ジョーカですェ。クロいの、ぎょぉーさんおるで…。ジョーカすえば、エベウ上がるヨ!」
「ふーん。浄化か…。部屋から出ないでも、できる?」
「あい!」
「それなら許可します…」
クリスタとアーロンは新しい遮蔽術式を考案するとかで、頭がいっぱいな様子だった。
そのせいもあってか、クリスタはメルが帝都ウルリッヒに干渉するのを止めようとはしなかった。
クリスタから許可を得たメルは、領域浄化(中)を遠慮なくぶっ放すことにした。
エーベルヴァイン城の地下には、屍呪之王が封印されている。
言うなれば、ここは穢れの発生地点だった。
経験値稼ぎには事欠かない。
メルは精霊樹の実を齧りながら、無造作に領域浄化(中)を連発した。
ガンガンと花丸ポイントが増えて行き、途中から領域浄化(中)は領域浄化(大)へとグレードアップした。
使用スキルを領域浄化(大)に変えると霊力の消費量が増えたけれど、一発で加算される経験値も跳ね上がった。
おそらく浄化範囲が、帝都ウルリッヒのミドルタウンやダウンタウンにまで、グンと広がったのだ。
(屍呪之王が発生させる呪力から、身を守る魔法だとか言ってたけど…。浄化があれば、遮蔽術式は要らなくねぇー?)
メッセージには強制イベントの難易度が低いとあったので、メルはエルフの魔法使い二人を訝しげに見つめた。
遮蔽術式の改良はとても難しいらしく、クリスタとアーロンは額に汗を滲ませていた。
ただ考えるのと違って、魔法の構成には体力も使うようだ。
そうは言っても、メルにしてみれば他人事である。
「おぅ、なんか来たヨカン…」
朝から夕方までレベリングを続け、ようやく精霊召喚がアップしたようだ。
最近になってメルの知覚は、タブレットPCを開かなくてもステータスに変化があったことを感じ取れるようになった。
だが確認は必要だ。
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【ステータス】
名前:メル
種族:ハイエルフ
年齢:もうすぐ五歳
職業:掃除屋さん、料理人見習い、ちびっこダンサー、あにまるドクター、妖精母艦、妖精打撃群司令官。
レベル:16
体力:90
魔力:200
知力:100
素早さ:5
攻撃力:3
防御力:3
スキル:無病息災∞、女児力レベル∞、料理レベル∞、精霊魔法レベル∞。
特殊スキル:ヨゴレ探し、ヨゴレ剥がし、ヨゴレ落とし、ヨゴレの浄化、領域浄化(大)、妖精との意思疎通(念話)、偽装(上級)、瀉血、急速造血、精霊召喚(中級)。
加護:精霊樹の守り。
称号:かぼちゃ姫、妖精女王、暴食幼女。
バッドステータス:幼児退行、すろー、甘ったれ、泣き虫、指しゃぶり、乗り物酔い、抱っこ、オネショ。
【妖精パワー】
身体に取り込んだ妖精さんたちが、能力数値を上方修正してくれます。
地の妖精さん:防御力、頑強さを上昇させます。
水の妖精さん:回復力、治癒力を上昇させます。
火の妖精さん:運動能力、攻撃力を上昇させます。
風の妖精さん:判断力、敏捷性を上昇させます。
収容妖精数:妖精打撃群精鋭およそ2万。
(注意事項)
能力の上昇に伴い、霊力の消費が激しくなります。
精霊樹の実を摂取して、霊力の補給に努めましょう。
瀉血による失血は、急速造血によって補うことができます。
この際にも霊力の消費が激しくなるので、精霊樹の実を摂取しましょう。
【装備品】
頭:メイドさんのヘッドドレス。(幼児化のバッドステータスを50%カット)
防具:メイドさんのドレス。(いくら食べても破けません。集中力アップ。物事に真面目な姿勢で、取り組めます)
足:メイドさんの靴。(履き心地が良くて、蒸れません。軽くて丈夫。風の妖精さんと相性バッチリです。抱っこしてもらわなくても、頑張れます!)
武器:精霊樹の枝。(たぶん無敵!)
ミスリルのスプーン。(絶対に、こぼれません。こぼしません!)
ミスリルのフォーク。(よく刺さり、獲物が抜け落ちる心配はありません!)
アクセサリー:妖精の角笛。(吹くだけで、小さな妖精さんたちが集合します)
花丸ポイント:200万pt
以下略…。
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精霊召喚(中級)…。
「きたぁー!」
精霊召喚(中級)をゲットである。
そしてレジェンドな幼児服も、修復が完了した。
「むむっ…。コェは…?」
タリサから譲り受けたブルーグレーのワンピースは、RPGっぽい僧衣に変わっていた。
生地の色まで鮮やかなライトブルーに、染め直されていた。
その外観から以前の面影は見いだせなかった。
おまけに司教冠のような被り物までついている。
詳細を調べてみると、『メルの戦闘服』と表示された。
名指しで使用者固定だ。
(うほぉー。水の妖精さんと相性サイコー。そのうえ、精霊樹の加護が強化されるのですかぁー!)
水の妖精といえば洗浄魔法だけれど、その本質は生命力にある。
治癒や回復など、生命力のアップを補助してくれるのだ。
今まさに必要な能力だった。
物を大切にするのは良い事である。
付喪神化した幼児服は、レアな僧衣に大変身を遂げた。
もう、勝ったも同然。
「なぁなぁ、クイスタさま…。そえ、いつおわゆ?」
タブレットPCを仕舞ったメルが、ベッドの上からクリスタに訊ねた。
「シーッ。いま大事なところだから、おとなしくしてね…。魔法術式の構成を部分的に書き換えるのは、とても大変なんです」
「そっ…。わらし、ゴハンすゆー!」
「勝手に食べてね…」
ベッドから降りたメルは横目でクリスタとアーロンをチラ見しながら、ワゴンで運ばれてきた今日のご馳走を食べ始めた。
三人分もあるので大変だ。
気合いを入れて食べなければ、食べきれない。
魔法バカの二人に、ゴハンを残しておくつもりは毛頭なかった。