白銀のオーガ
魔導甲冑の装甲は、ミスリル鉱と魔鉱の合金だ。
頑丈なだけでなく、魔法攻撃を無力化して吸収する。
白銀に輝くボディーは威風堂々と言ったところであるが、隠密行動には向かない。
錆びることのないミスリル合金には、表面加工ができなかった。
『曇らせることができないなら、黒く塗ればよい!』と言う話になるのだけれど、これまた塗料が定着しない。
カモフラージュネットを使用しても、魔導甲冑の輝きは隠せなかった。
なので帝都からやって来る帝国騎士団を始末するように命じられたユルゲン騎士隊長は、敵が布陣しそうな場所に穴を掘って魔導甲冑を隠した。
穴の上には、切り揃えた生木を積み重ねて置いた。
人力であれば大変な作業も、魔導甲冑にやらせればあっという間に片付いた。
ユルゲン騎士隊長とモルゲンシュテルン侯爵家の騎士たちは、愉快な気分で帝都から訪れる使者と騎士団の到着を待った。
負ける心配のない闘いで、何も知らずにいる敵を蹂躙するほど、男たちにとって楽しい遊びはない。
モルゲンシュテルン侯爵家が帝都の動向を知るのは、然して難しい事ではなかった。
機密事項であろうと、情報提供者には事欠かなかった。
バスティアンは冷酷無慈悲な悪人だけれど、己の役に立てば相手が誰であろうと寛容さを見せた。
それこそスラムの住人であっても、働きに応じた待遇をして見せた。
悪人には悪人なりの人望があるのだ。
バスティアンに認められたければ能力を示し、弱者に対する冷酷さをアピールすればよい。
ユルゲン騎士隊長とモルゲンシュテルン侯爵家の騎士たちにとっては、非常に簡単なことだった。
要するに魔導甲冑で暴れまくり、帝国騎士団の連中をコテンパンにすればよいのだ。
ならず者の成りあがりであるモルゲンシュテルン侯爵家の騎士たちは、例外なく帝国騎士団のブランドに反発心があった。
『あいつら、偉そうにしやがって…!』
それだけで既に、襲う理由としては充分だった。
「隊長、奴らが街道の向こうに見えました…!」
櫓に登って見張っていた部下が、報告してきた。
「よっしゃー。テメェ―等、お楽しみの時間だぜ!」
「「「おおーっ!」」」
魔導甲冑を与えられた騎士たちが、ニヤニヤしながら丸太で隠した穴に降りていく。
「バーキ。裏口で待機している連中にも、知らせてこい。正門の攻撃に連動して、裏口も攻撃開始だからな…。戦闘開始の合図は、操縦席の右手にある赤いランプだぞ!」
「了解しました。隊長…!」
バーキと呼ばれた部下は、モルゲンシュテルン侯爵家の裏口に向かって走り去った。
(さてと…。魔導甲冑の初陣となる訳だが…。どうしようもなく、ワクワクしてきやがったぜ…!)
ユルゲン騎士隊長たちは辛抱強く待った。
帝国からやって来た騎士団は、二手に分かれてモルゲンシュテルン侯爵家の正面入口と裏口を封鎖した。
教本通りの布陣であり、ユルゲン騎士隊長が予測した通りの展開だった。
帝国騎士団は、馬上からモルゲンシュテルン侯爵家の様子をジッと窺っている。
その背後には生木を積み上げて隠された、大きな穴があった。
魔導甲冑が潜んでいる穴だ。
帝都ウルリッヒから訪れた使者が護衛の騎士を伴って、モルゲンシュテルン侯爵家の敷地内に案内された。
そこから更に四半刻ほど待ってから、魔導甲冑部隊による奇襲が開始された。
「さてさて…。俺の思い出に残るような、情けねぇアホ面を見せてくれよォー!」
ユルゲン騎士隊長は、仕様書の手順に従って魔導甲冑を起動させた。
部下たちに戦闘開始の合図を送るのも、忘れない。
動力パックに封印された妖精たちから、容赦なく霊力が吸い上げられていく。
魔導回路に流れ込んだ霊力が、魔導甲冑の術式を目覚めさせた。
「それっ、立ち上がれ。穴から出るんだよォー!」
ユルゲン騎士隊長が魔導甲冑を操作して、隠れていた穴から抜けだした。
操縦席の赤いランプが燈ると、モルゲンシュテルン侯爵家の騎士たちも間髪入れずに魔導甲冑を起動させた。
積み上げられた丸太を無造作に押しのけて、白銀の巨人たちはのっそりと穴から這いだした。
帝国騎士団の面々は目を丸くし、口をポカンと開けていた。
鞍上の自分たちを見下ろすような巨人が、いきなり背後に現れたのだ。
驚くなと言う方が無理である。
「帝国騎士団の諸君。なかなかに魅力的な表情だ…。つぎは間抜けな泣きっ面を見せてくれ…!」
ユルゲン騎士隊長は、笑いながら魔導甲冑を騎士たちの隊列に突っ込ませた。
「な、なんじゃ、あれは…?」
「鬼人だ…。銀色の鬼が、こっちに向かって来るぞ!」
「ど、どうしますか…?」
突然、突拍子もないことが起きると、人は思考力を失う。
帝国騎士団の面々は、迫りくる魔導甲冑に横腹を晒したまま硬直してしまった。
騎士たちは指示待ち状態であるが、指揮官も我を失っていた。
「ぐあっ!」
「やべぇー!」
呆然としていたら、巨人が手にしていた生木で殴りつけてきた。
下からすくい上げるようにして、『ドスン!』と殴られた。
たった一撃で、馬と一緒に何人もの騎士が宙に舞った。
「おわぁぁぁぁーっ!」
「ヒヤァ―!」
「ブヒヒヒヒィーン!」
ドスンドスンと鈍い音が響く。
生木で馬が跳ね上げられる音だ。
「た、隊列を…。応戦…!」
指揮官の命令が、言葉にならずに消えていった。
あちらでもこちらでも、帝国騎士団の騎士と馬が宙を飛んでいた。
地面に落下した騎士は、二度と立ち上がらなかった。
隊列など組み直せるはずもなく、応戦のしようもなかった。
帝国騎士の甲冑は高い魔法防御力を持ち、剣による物理的な攻撃も軽減されるように作られていたが、高所からの落下に驚くほど弱かった。
甲冑は無事でも、中の人間が耐えられないからだ。
当然…。
宙を舞うほどの勢いで殴られた馬も、口や鼻から血の泡を吹いて動かなくなる。
凡そ百騎の騎士たちは、十体の魔導甲冑に蹴散らされた。
なんの反撃もない、一方的な蹂躙だった。
剣を抜こうとした強者もいたのだけれど、『意味がないのでは…?』と戸惑いを見せた瞬間に、魔導甲冑が手にした丸太で弾き飛ばされた。
この戦いに於いて…。
魔導甲冑の大きさと腕力は、即ち暴力だった。
子供と大人の喧嘩でさえなかった。
心構えのない群衆に、いきなり戦車が突入したようなモノである。
「フヒヒッ…。久々に気分がいいぜ…」
ユルゲン騎士隊長の気分は、正に『俺、ツエェェェェーッ!』だった。
この一方的な闘いを心から楽しめるが故に、ユルゲン騎士隊長はバスティアン・モルゲンシュテルン侯爵のお気に入りなのだ。
冷酷無慈悲なバスティアンは、常に凶暴で残忍な猟犬を好んだ。
ユルゲン騎士隊長とモルゲンシュテルン侯爵家の騎士たちは、立派にバスティアンの望みを叶えたと言えるだろう。
だが…。
その一方では魔導甲冑の動力源とされている妖精たちが、悲痛な叫び声を上げていた。
このような暴力行為に加担するのは、妖精たちの望むところではなかった。
それなのに隷属魔法の拘束から逃れることができず、果てしのない苦役を強要されているのだ。
とても、とても辛くて、誰かに助けて欲しかった。
◇◇◇◇
メルたちの一行は、帝都ウルリッヒを目前にして二手に分れる予定だった。
シオレックの街に到着すると、メルはこれからの予定をフレッドから簡単に説明された。
とても簡単に…。
森の魔女、アーロン、メルの三人は、ウィルヘルム皇帝陛下に謁見しなければならなかった。
屍呪之王の討伐と、ラヴィニア姫を救うのがメルたち本来の目的だ。
そのためには、エーベルヴァイン城を訪れる必要があった。
ウィルヘルム皇帝陛下との謁見は、避けられない。
一方、フレッドたちには、デュクレール商会(帝国情報機関)の協力を得て、ウスベルク帝国で為すべきことが色々とあった。
フレッドたちの問題は、そもそも短期滞在での解決に無理があった。
それでもウスベルク帝国とメジエール村の関係を憂慮するなら、各方面と繋ぎを取っておく必要があった。
「メル…。おとなの事情があって、ここからは別行動になる。おまえは婆さまとアーロンさんの言いつけをキチンと守るんだぞ!」
「おとなのジョージ?」
「情事じゃねぇ。事情だ…!」
フレッドが慌てた様子で、メルの間違いを訂正した。
「むつかしゅーて、イミわからんわぁー!」
「そこを察しろと、言ってんだよ!」
「はっきり、セツメーせんかい…。ぼかすなや、ボケェー!」
メルとフレッドは怒鳴り合った。
メルはフレッドたちと別行動になっても、とくに不満などなかった。
ちゃんとした理由を教えて貰えないので、イラッとしたのだ。
〈まぁーた、子ども扱いですよ…!〉
〈だって、メルは子供だもん。仕方ないと思うよ…〉
ミケ王子が念話でメルを諭した。
〈あるれぇー。随分と、大人ぶった台詞じゃない…。ミケ王子だって、ネコ扱いされたら怒るでしょ…?〉
メルがミケ王子に言い返した。
〈そりゃあ、まぁー。怒るかもネ…〉
〈そんでもって、ネコだから仕方ないって言われたら、どうなのよ…?〉
〈……それは、ちょっと話が違うと思うよ。ボクは…。正しくはネコじゃなく、妖精猫族だからねぇー。でもぉー。メルは明らかに、幼児じゃん!〉
メルは怒って、ミケ王子をグルグルと振り回した。
「にゃぁー!」
いつまで経ってもメルの扱いを学ばない、ミケ王子だった。