フレッドと仲間たち
帝都遠征のためにフレッドが集めた四人のメンバーは、傭兵隊の中でも殺伐とした雰囲気を隠せない者たちだった。
ナイフのウド。狩人のワレン。体術を得意とする無手のヨルグ。レイピアの名手である貴公子レアンドロ…。
かつて冒険者だったときに後ろ暗い仕事ばかりを処理してきたので、独特の剣呑さが身に沁みついてしまい剥がれない。
そんな男たちだ。
メジエール村に季節労働者として融け込めず、『酔いどれ亭』にも顔を出さない武闘派連中である。
要するに、フレッドと帝都に向かう男たちは、揃いも揃って訳ありの殺し屋だった。
ウスベルク帝国から逃亡中の、歴とした賞金首でもあった。
そんな男たちは、帝都ウルリッヒに暗躍する悪を間近に見てきた。
ウスベルク帝国では禁忌とされる隷属魔法の悪用に気づいていたし、モルゲンシュテルン侯爵家とミッティア魔法王国の密輸にも関わった。
仕事は仕事である。
非正規ではあっても、冒険者ギルドから名指しで依頼された仕事だ。
毎日の飯を食うためには、どうしても断れなかった。
武具の整備だって、只ではないのだ。
だが…。
胸を張れる仕事ではなかった。
悪党どもから『先生』と持ち上げられたところで、何の慰めにもならない。
悪い…。
非常に悪い…。
胃もたれのする仕事だった。
クソッ垂れの、ウジ虫野郎が引き受ける仕事だ。
四人の男たちは、身を守る術も知らない女子供を他国へ売り払うために、己の技量を磨いてきたわけじゃなかった。
それなのに冒険者ギルドからの依頼は、ウスベルク帝国の弱者に追い打ちをかけるようなモノばかり。
薄汚い闇商人たちの利益と安全を守り、拉致された女子供から嫌悪の眼差しを向けられる。
それが男たちに依頼された仕事の正体だった。
誰だって自分が人でなしだと思うのは、居心地の悪いものだ。
帝国金貨で魂を売ったとか、クールに悪ぶっても格好がつかない。
先ずもって、自分自身に面目が立たない。
言い訳のしようがなかった。
モルゲンシュテルン侯爵家と冒険者ギルドの癒着によって生じた、非合法な依頼をこなすうちに、男たちは次第に心を病んで行った。
フレッドに誘われてメジエール村での療養を決意したのは、何もかもが嫌になっていたからだ。
殺し屋が自死の手段を考えるようになったら、そこまでだ。
事実上の引退ではあるけれど、それに何の問題があろうか…?
人殺しの冒険者稼業に、未練など欠片もなかった。
四人の男たちはメジエール村に移り住むと、荒んでしまった心に何某かの癒しを求めた。
ある者は、恵みの森に棲む危険な魔獣を殺しまくって…。
また、ある者は己の技を弟子に伝授すべく、無い知恵を絞りながら…。
ゆっくりと時間を掛けて、自分がしてきたコトを反省した。
だから…。
だからこそ今回の帝都行きは、他の者たちに譲れなかった。
忌まわしい過去と決別しに行くのだ。
男たちの仄暗い心に、小さな灯が燈った。
いまフレッドと四人の男たちは、『酔いどれ亭』の食堂で顔を突き合わせていた。
酒場の入口は固く閉ざされ、休業の札が下げてあった。
「フレッドよぉー。本当に始末して良いんだな…?」
桟橋の見張りを任されているヨルグが、これで三度目になる質問を口にした。
「くどい…。おまえはモルゲンシュテルンの名に、ビビったのか…?それとも冒険者ギルドに、義理立てする気なのか…?だったら桟橋の見張り小屋に籠っていても、良いんだぜぇー。なぁ、ヨルグさんよ…」
「バカ言うない…。あまりに嬉しいんで、冗談じゃねぇか確認したんだ!」
ヨルグは心から嬉しそうに、身体を震わせた。
この場にクルト少年が居たら、驚いて目を丸くしたことだろう。
クルトは師匠がワクワクしている姿など、これまでに見たことが無かった。
そもそもヨルグと言う男は、滅多なことで感情を表さない寡黙な暗殺者なのだ。
「冒険者ギルドが派遣している用心棒どもは、どうする…?何をするにしろ、アイツらが邪魔になるぞ」
ナイフの切っ先を指で弄りながら、ウドが訊ねた。
「説得だ…」
「応じなければ…?」
「たぶん…。そいつらは、死にたいんだろォー。俺はそう考えるね。面倒かも知れないが、手伝ってやれ!」
「わかった。オレがやりたい。用心棒さまの説得と自殺の手助けは、オレの仕事だ…」
ウドも静かに笑みを浮かべた。
満足げに頷くウドの頭頂部が、魔法ランプの光をキラリと反射した。
ハゲではなかったが、かなり薄くなっていた。
「帝国の騎士共は、どうする…。やはり邪魔になるようなら、排除するのか…?」
小柄なワレンが、気まずそうな口調で訊ねた。
悪事に加担していない騎士たちは、敵に回したくない。
それだけでなく組織立って行動できる衛兵部隊は、攻める側にとって脅威だった。
「あいつらまで相手にするとなれば、わたしたちの頭数では足りませんね…」
レアンドロも親指の爪を噛みながら、思案顔になった。
「そう…。それなんだがなぁ…。ずっと俺は、ウスベルク帝国を仮想敵に据えてきたんだけどヨォー。森の魔女さまが仰るには、必要なら帝国騎士団に援助要請をだせってさ!」
「どういうことでしょうか…?」
「どうもこうもねぇよ。今回、俺たちは正義の味方で、帝国さんも俺たちの味方だ。あの婆さま隠していやがったが、『調停者』らしいぜ!」
フレッドが不愉快そうに情報を開示して、頭を掻いた。
フレッドは森の魔女から真実を聞かされたときに、憮然とした顔になった。
傭兵隊の隊長を務める立場にあるので、こうした隠しゴトの類は好きになれなかった。
メンバーに秘密を持たれると、作戦計画に支障をきたすからだ。
「ってコトはヨォ…。あの婆ちゃん、ウィルヘルム皇帝陛下より偉いんか…?」
「そらぁー、偉いだろぉー。精霊さまの次くらいに、偉いんだからな」
ウドはナイフの先をヨルグに向けて、当然のように答えた。
「ほぉー。コイツは、おったまげた!」
ウドの発言に、ヨルグが驚愕の表情を浮かべた。
普段は糸のように細いヨルグの目が、大きく見開かれていた。
「ヨルグさん…。貴方が驚く顔を…。初めて、拝見させて頂きました…」
「あっ、おれも初見だわ!」
レアンドロとワレンが、珍しいモノを見たと頷き合った。
「おまえらは驚かないのか…?」
「もちろん、驚きましたよ」
「森の魔女は、まったく偉そうにしないからなぁー。冷酷非道だと噂される『調停者』と、イメージが重ならん。おれは、そっちに驚いた」
ウドがブツブツ呟きながら、ナイフを鞘にしまった。
「正体を隠しているとなれば、当然イメージも違うだろうよ…。噂どおりなら、絶世の美女なんだろ…。黒髪黒瞳のエルフだって、オレは聞いてるぜ」
「それそれ…。夜の女王な…。悪い子を折檻しに来るやつ…。ワレンのとこにも来たか…?」
ウスベルク帝国では子供の躾けに、よく『調停者』の名が利用される。
ウドは背の低いワレンを悪童に見立て、揶揄ったのだ。
「ウド…。おれをガキ扱いするなや…。今スグに止めねぇと、ケツに毒矢をぶち込むぞ」
「おまえらー。ハゲだのチビだの、罵り合うのは止めろ。みっともねぇ…」
「フレッド!おれはハゲてねぇ…。ちっと薄いだけだ!」
ウドが不愉快そうに抗議した。
(あの婆さまが、皇帝陛下より偉いとはねェー!)
フレッドとしては、非常に複雑な気持ちだった。
何となれば、皆に偉いと敬われる調停者より、メルの方がずっと偉いのだ。
精霊の子だから…。
(だけど…。あのワラシちゃんに、頭を下げるとか…。どぉー考えても、無理があるんだよなぁー!)
せめてメルには、『わたし』と言えるようになって欲しい、フレッドだった。
◇◇◇◇
バスティアン・モルゲンシュテルン侯爵は、大きすぎる甲冑を見上げて溜息を吐いた。
「これがミッティア魔法王国の、魔導甲冑かぁー!」
「お気に召して頂けたでしょうか…?」
「うむっ。だが使ってみぬことには、何とも言えぬな…」
「操作には多少の訓練が必要になりますので、この度はお披露目ということでウチの若い者に動かさせましょう」
モルゲンシュテルン侯爵家の閲兵場に運び込まれた白銀の鎧は、大男の三倍ほども背丈があった。
巨人でもなければ、着ることのできない甲冑だった。
「使用する際には、魔導甲冑の腹部に操縦者が収まります。手足を動かすのに、筋力は必要ありません」
「ヤニック…。キサマ…。闇商人とは言え、このような魔導武具をミッティア魔法王国から持ちだして、大丈夫なのか?」
「それはもう…。バスティアンさまの為でしたら、たとえ火の中水の中ですわ」
「フンッ。よぉー言うわ…」
「見目好い子供を工面して頂けるなら、この魔導甲冑を十体ほど、お届けいたします」
「貴族の子か…」
「お客さまが、とても喜ばれますので…」
ヤニックと呼ばれた闇商人が、下卑た笑みを浮かべた。
白銀の魔導甲冑はヤニックの合図を受けて歩きだし、用意してあった大岩をコブシの一撃で砕いた。
「おおっ。自慢するだけのことはある。素晴らしい。これが十体かぁー。何としても、欲しいな…」
「それでは、用意して頂けますでしょうか…?」
「よかろう…。丁度、わたしに借金を返せなくなった、バカな貴族が数名いる。あやつらをどやしつけて、娘を差しださせよう…。それで足りなければ、別の方法も考えよう」
バスティアンの口もとに、酷薄そうな笑みが浮かんだ。
「さてと…。つぎは騎士隊の攻撃を受けてくれるのだったな…?魔導甲冑の頑丈さを確かめさせてくれ…」
「はい。お好きなように、心ゆくまで試してくださいませ…。型落ちしたとはいえ、正規軍の放出品でございます。騎士の振るう魔剣くらいであれば、受け流す必要さえありません。白銀の装甲は、高位魔法であっても跳ね返します!」
「ウスベルク帝国の騎士団を蹴散らせるか…?」
「まず、間違いございません」
「くくく…っ。なかなか愉快な気分になってきたぞ。スラムの管理などと言う穢れた役職を押し付けられ、日陰者あつかいされてきたモルゲンシュテルン侯爵家の恨みを天下に思い知らせてやる!」
バスティアンは騎士隊の攻撃を受け止める魔導甲冑を眺めながら、狂気じみた笑い声をあげた。








