強制イベント
メルの帝都行きが決定した。
フレッドは渋々だけれど、森の魔女に頷かされてしまった。
いざとなれば幾らでも辛抱強く粘れる森の魔女は、高度な説得術を駆使してフレッドから承諾をもぎ取った。
フレッドは傭兵隊の一部同行を条件として、メルが帝都ウルリッヒを訪れても良いと森の魔女に約束した。
「屍呪之王については分からんが、王侯貴族の汚さなら知っている。精霊の子を欲しがる奴らには、さっさと消えて貰いたい…」
「いいねぇー。あたしも、そろそろ掃除が必要だと思っていたのさ…」
「非合法の奴隷契約魔法を使うクズどもでしたら、わたしがリストを作成しておきます。必要であれば、連中を処理するための舞台も整えましょう。いまのウスベルク帝国は、メルさまに相応しくありません」
「そういう話であれば、俺たちは協力し合える…。帝都では別行動で、事に当たるとしよう」
フレッド、森の魔女、アーロンの三人は、互いの協力を誓い合った。
「作戦の開始は、春を迎えてからじゃ。それまでを準備期間に当てるとしよう」
「雪が解けたら、ここらの道は泥濘だぞ…」
「フーベルト宰相より、入国許可証を発行して貰います。必要な書類は、こちらで揃えましょう。移動には船を使ってください。堂々と港から入国できます」
「タルブ川か…。またメルが、ゲロを吐いて喜びそうだ…」
「こればかりは、慣れてもらうしかないのぉー」
森の魔女が、困ったような顔になった。
◇◇◇◇
その日、メジエール村は吹雪だった。
『酔いどれ亭』はガッチリと戸板で囲われ、お休みである。
だったらフレッドやアビーが遊んでくれるかもと、メルは思ったのだけれど…。
二人はずっと言い争っていて、メルの相手をしてくれない。
「わらし、おじゃま虫ヨ…」
メルは悲しくなって、子供部屋に引きこもった。
実を言えば、フレッドとアビーはメルの帝都行きについて意見を戦わせていた。
フレッドはメジエール村の守備に、アビーが居残るべきだと言い張って譲らず。
これに納得できないアビーが、激しくフレッドに喰いついたのだ。
でも、メルに難しいことは分からない。
幼兵は去り行くのみ…。
ただし、以前とは違ってひとりじゃない。
幼兵部隊になっていた。
メルはお供のミケとトンキーを横に侍らせて、ベッドの上でタブレットPCを起動させた。
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【ステータス】
名前:メル
種族:ハイエルフ
年齢:四歳
職業:掃除屋さん、料理人見習い、ちびっこダンサー、あにまるドクター、妖精隊長。
レベル:10
体力:48
魔力:150
知力:70
素早さ:5
攻撃力:3
防御力:3
スキル:無病息災∞、女児力レベル∞、料理レベル9、精霊魔法レベル∞。
特殊スキル:ヨゴレ探し、ヨゴレ剥がし、ヨゴレ落とし、ヨゴレの浄化、領域浄化(中)、妖精との意思疎通(念話)、瀉血、急速造血。
加護:精霊樹の守り。
称号:かぼちゃ姫、妖精女王。
バッドステータス:幼児退行、すろー、甘ったれ、泣き虫、指しゃぶり、乗り物酔い、オネショ。
【妖精パワー】
身体に取り込んだ妖精さんたちが、能力数値を上方修正してくれます。
地の妖精さん:防御力、頑強さを上昇させます。
水の妖精さん:回復力、治癒力を上昇させます。
火の妖精さん:運動能力、攻撃力を上昇させます。
風の妖精さん:判断力、敏捷性を上昇させます。
(注意事項)
能力の上昇に伴い、霊力の消費が激しくなります。
精霊樹の実を摂取して、霊力の補給に努めましょう。
瀉血による失血は、急速造血によって補うことができます。
この際にも霊力の消費が激しくなるので、精霊樹の実を摂取しましょう。
【装備品】
頭:防寒ニットキャップ。(アゴまで引き下ろすと、顔が隠れます。イタズラや盗み食いに、必須なアイテム!)
防具:幼児用の暖かいワンピース。特色オレンジ。(雪の中でも大丈夫。防水性、保温性に優れています。雪に埋まっても簡単に見つけられる、発色の良いオレンジ!)
足:幼児用のモコモコ室内履き。(防水性、保温性に優れています。滑り止め付き!)
武器:ミスリルのスプーン。(絶対に、こぼれません。こぼしません!)
ミスリルのフォーク。(よく刺さり、獲物が抜け落ちる心配はありません!)
アクセサリー:妖精の角笛。(吹くだけで、小さな妖精さんたちが集合します)
花丸ポイント:3200pt
【友だち】
クロ:バーゲスト。犬の妖精。魔女の使い魔。
ミケ:ケット・シー。猫の妖精。猫の王族。ご意見番…?
タリサ:人間の女児。雑貨屋の末娘。リーダー気質の持ち主。
ティナ:人間の女児。仕立屋の娘。参謀気質の持ち主。
ダヴィ坊や:人間の男児。宿屋の息子。おとうと…?
トンキー:仔ブタ。精霊祭でもらった賞品。おとうと…?
(友だちはナビゲーション画面から、パーティーメンバーに組み込むことが可能です)
【重要:メルの王子さま候補】
ティッキー:豚飼いの少年。幼馴染的なポジションから、メルを狙う。生真面目で堅実な、庶民派の王子さま。
クルト:ワイルド系、王子さま。メルにひとめ惚れ。
ミケ:愁いを帯びた、妖精猫族の王子さま。メルのペット的な存在。ペットの地位から一発逆転を狙うのか?
【イベント】
ミッション:厨房を穢れから守る、食料保存庫を穢れから守る、畑を穢れから守る、村人の健康を守る、村の畑を病害虫から守る。
スペシャルミッション:囚われの妖精さんを探しだし、封印を解除しよう。
【強制イベント】
レベルが10になったので、強制イベントが開示されました。
『帝都ウルリッヒにて、囚われの疑似精霊を救いだそう…!』
注意:タイムイベントなので、期限が過ぎるとペナルティーが発生します。
難易度は低めですが、万全の態勢で挑みましょう。
一年以内のクリアが条件です。
特典:高得点で疑似精霊の救出イベントを完了すると、ボーナスとして十日に一度の異世界通信が可能になります。
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じっとモニターを眺めているメルに、ミケ王子が話しかけてきた。
〈メルさん、メルさん…。面白い魔導具ですね…!〉
〈んっ…。ミケ王子も読めるの?〉
〈勿論ですとも…。ボクだって文字は読めますよ。猫だからって、あんまり侮らないで下さい!〉
〈そういう意味じゃ、無いんだけどなぁー〉
妖精猫王子は人と常識が違うので、しばしば会話もスレ違う。
念話でさえこうなのだから、文化の違う異国人同士とか本当に大変なんだろうな、とメルは思う。
〈ぶぶっ、ぶっ、ぶーっ!〉
〈トンキーは、念話でもブーですか?〉
〈ぷぎぃー?〉
〈分んない。ぜんぜん意味わかんないよ!〉
〈ねぇ、メルさん。何でしたら、このミケ王子がトンキーに言葉を教えますよ…〉
〈フーン。よろしこ…!〉
突拍子もないミケ王子の提案に、メルは気のない返事を返した。
トンキーが、人の言葉を喋るとか…。
普通に考えてあり得ないし。
だって、トンキーは豚じゃん。
メルは意識をモニター画面に戻した。
(帝都に行くのは、観光だと思ってたのになぁー)
ステータス画面を見れば、強制イベントの文字。
これ見よがしに赤い文字で点滅している。
(趣味が悪いよ。これじゃ、ネットの詐欺サイトみたいだ。でもなぁー。ペナルティーとか言われちゃったら、マジで怖いし…)
異世界での謎イベントなのだ。
ミッション失敗で発生するペナルティーを無視できるはずもない。
詐欺っぽいけれど、詐欺で片づける訳にはいかなかった。
(それにさぁ…。このボーナス。絶対に欲しいよ…!)
メルが兄の和樹に変顔ファイルを送信して以来、メールのタブは死んでいた。
いくらタップしても反応がない。
最後の送信が変顔では、悲しすぎる。
この世界で生きる覚悟は出来ていたけれど、やはり前世の家族と通信がしたかった。
話す内容など、たわいのないコトで良いのだ。
気持ちのやり取りさえ出来れば…。
「フゥーッ。わらし、ガンバゆ!」
歪められて封印された精霊の救出ミッションである。
森の魔女に頼まれて妖精たちを武具から解放したときに、自分の血を使ったことが思いだされた。
おそらく、あの時以上の血が、解呪に必要となるのだろう。
新しくスキルに加わった瀉血、急速造血の文字はイヤでも目に入る。
(多量失血による意識不明とか、要注意事項だね…!)
精霊樹の果実をシロップ漬けにして、たくさんビン詰めを作ろう。
乾燥させて砂糖漬けにしたモノも、山ほど用意しよう。
『万全の態勢で挑め!』と言う指示に、メルは従うつもりだった。