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エルフさんの魔法料理店  作者: 夜塊織夢
第一部
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ウスベルク帝国よりの使者



メルは石焼き芋が遠赤外線だと理解していたけれど、オーブンの原理も同じだと分かっていなかった。

だから『酔いどれ亭』の食堂に戻ってみると、フレッドが焼き芋っぽい物を常連客たちと食べていたので驚いた。


フレッドはメルがしているコトを見て『なるほど…!』と思い、オーブン焼き芋を調理したのだ。


「石ころは要らねぇな…。魔女さまから貰った鍋でも、石ころは無くて良かったんじゃねぇか…!」

「はぅっ?」


直火を使わずに、安定した高温で食材を加熱調理する。

魔法の鍋であれば、石ころが無くても可能だった。


当然のことでも意識していなければ見落としてしまうと言う、とても分りやすい実例(サンプル)であった。


「ムキィーッ。ぱぁぱ、キライ!」


料理に関してはアビーと同様、大人げのないフレッドだった。


それでメルの鍋から、石が取り除かれたかと言えば…。

そのような事態は起きなかった。


何と言ってもメルは、頑固エルフの店を切り盛りする頑固一徹な幼女である。


『石が無ければ、石焼き芋ではない!』


もはや信仰とも呼べる思い込みで、フレッドの助言を退けた。


「おいおい…。反抗期には、ちと早くねぇか?」

「あなたが、メルを怒らせたんでしょ!」


アビーは呆れたような顔でフレッドを眺めた。

あからさまな上から目線だった。


ことメルの扱いに関しては、フレッドに冷たいアビーである。

二人は水面下でメルの取り合いをしていたので、これも当然の対応と言えた。



「わらし、ぱぁぱに負けん!石のイリョクを思い知らす…。ウリアゲで、ショーブ!」

「ほぉーっ、上等じゃないか…。俺に勝てると思ってるのか…?」


ここに石焼き芋とオーブン焼き芋の戦争が、勃発した。


が…。

五日も掛からずに、勝負の結果は判明した。


石焼き芋の圧勝だった。


それでもメルはダメ押しとばかりに、十日ほど焼き芋戦争を引っ張り続け、フレッドをトホホ顔にさせた。


「わっはっは…。ぱぁぱ…。わらし、笑いが止まらんわ」

「ちっ、おかしいて…。こんなの勝負じゃねぇだろ!」

「そんなん、知りませんて…」


『酔いどれ亭』の客たちは、甘い焼き芋を好まなかった。

最初は物珍しさで喜んでいた常連客も、焼き芋と酒の取り合わせに顔をしかめた。


一方メルは、近所の小母ちゃんたちを味方につけて、グイグイと売り上げを伸ばした。

焼き芋と言えば、甘いもの好きな女子供のオヤツだ。

どう考えても、酒の肴ではない。


石の威力は、まったく関係なかった。

単純に、客筋でメルが勝った。

それだけの話だった。


だが、勝負の意味などメルには関係ない。

勝ったら偉いのだ。

そこが大事。


「わらし、勝った。ぱぁぱ、負け!」

「……くっ」


メルのドヤ顔は、非常に破壊力が高い。

やられると大人でもへこむ。


心の底から得意そうなので、メッチャ腹が立つ。


フレッドは悔しくて悔しくて、なんだかちょっと泣きそうになった。



フレッドに気持ち良く勝利したメルだけれど、こちらもまた無傷では済まなかった。


「ああっ…。わらしの、イモぉー。ガビーン!」


メルは勝利の余韻から醒めたとき、サツマイモを使い切ってしまった事実に気づいて号泣した。


あぁーっ。

やらなきゃよかった…。




冬になって雪がちらつき始めると、温かなものが食べたくなる。

味が濃くてコッテリとした汁物なんか、最高である。


トン汁…。


メルはトンキーを眺めながら、たらりとヨダレを垂らした。


「ぶっ、ぶっ…?」

「シンパイすゆな…!トンキーは、食わんヨ」


食料保存庫には、メルの管理しているバラ肉があった。

黒いやつが憑りつかないように監視を続け、ジックリと低温熟成させた豚バラである。


メモ用紙を貼りつけておいた。

『メルのニク…!』と記したメモ用紙だ。


きっと美味しいに違いない。


ジュルル…。


トン汁と言えば、シンプルに豆腐とネギが定番である。

だがメルは、色々な具材を放り込むつもりでいた。


キノコに蒟蒻、ニンジンと牛蒡と長ネギ…。

そこに里芋が入れば、けんちん汁だ。


里芋は入れない。

里芋の代わりに入れるものは、決まっていた。


「モチ、焼いて入れゆ…!」


頑固エルフの、わがまま豚汁だった。


「さっそく、ツクゆ…!」


作業開始デアル。



一杯で銅貨五枚…。

『酔いどれ亭』のスペシャルメニュー。

本日は身体の芯から温まる、餅入りトン汁が饗されるコトとなった。


厨房に鍋を運び込み、最初に食べるのは勿論メルである。


常連客が見守る中、メルは木の椀によそった餅入りトン汁をハフハフしながら食べる。


「うまぁーっ♪」


いつもであれば…。

常連客たちはメルの食べる様子を観察しながら、注文するかどうかを決める。

醜い奪い合いにならないよう、自分の好みでなければ権利を譲るようにしているのだ。


しかし…。

今日は、譲るわけに行かない。

その覚悟が、皆の態度に表れていた。


「ひの、ふの、みの…、とぉ…?だいじょーぶ。みんな、たべえゆ!」


メルは食堂の客数を確認して、充分な量があると伝えた。


「よしっ!」

「よぉーし!」

「いま居ないやつには、泣いてもらおう」


「おれらは、ツイていたのだ…」


わがまま豚汁は、一瞬にしてソールドアウトとなった。


その直後には。

『酔いどれ亭』の食堂で、黙々と汁を啜る男たちの姿があった。




◇◇◇◇




前日から雪が降り続く、寒い日のこと…。

メジエール村の管理下にある桟橋へ、ひっそりと一艘の小舟が漕ぎ寄せた。


鈍色の空から舞い落ちる雪は、一向にやむ気配を見せない。

桟橋の警備を任されているヨルグは、タルブ川を遡って来た小舟に警戒の視線を向けた。


灰色のフード付き外套を纏った、背の高い男性が小舟の中央に立っていた。

訪問客は、一人だけである。


一瞥した限り、武器の類は身に帯びていない。

外套の袖から覗く男性の指は繊細そうで、とても剣を扱う者には見えなかった。


「何用ですかぃ、旦那…?」


桟橋に小舟を舫いながら、ヨルグは平板な口調で訊ねた。


「初めまして、わたしの名はアーロンと申します。森の魔女さまに、お取次ぎを願いたい」


スラリとした長身の青年が言った。


「申し訳ないが、余所者は通せないんだ」

「謝罪の必要はありません。事情は心得ております。わたしはウスベルク帝国よりの使者です。ウィルヘルム皇帝陛下の親書を預かって参りました。その旨を魔女さまにお伝えください」


「むぅ…」


桟橋を見張っていたヨルグは、困り果てた様子で頭を掻いた。


「貴方の小屋で、待たせてはいただけませんでしょうか?」

「オレの小屋は狭いし、汚いんだ」

「火に当たらせて頂けるなら、文句などありません」


アーロンは外套のフードを外して顔を見せた。

アーロンの口もとには、品の良さそうな笑みが浮かんでいた。


「あんた、エルフかい?」

「ええっ…」

「魔女さまには、魔法の相談かね?」

「森の魔女さまは、わたしの師匠なんです」


「承知した…。使者殿は、オレの小屋で休んでくれ。急いで森の魔女さまに、使いをだすよ」


毛皮を着こんだ男は、アーロンを管理小屋へと案内した。


「おーい、クルト。使いを頼まれてくれないか!」

「村までか…」

「そうだ。村長に連絡して欲しい。客人が来たとな…!」

「橇を使うぞ。急ぐんだろぉー?」

「ああっ。客人はアーロンと言うエルフだ。森の魔女さまに会いたがっていると、伝えてくれ」


「分かったよ。オヤジ…」


小柄なクルト少年は、外套を羽織ると小屋の外へ出ていった。






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【エルフさんの魔法料理店】

3巻発売されます。


よろしくお願いします。


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こちらは2巻のカバーイラストです。

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― 新着の感想 ―
[一言]  楽しく読み始めました。  ただ、甘いものはお酒に合わないに引っかかりを覚えました。お酒に甘いものは美味しいです! うまぁーです! メルちゃんはその事を知らないってことで自分を納得させました…
[一言] 魔女様の弟子って‥
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