石焼き芋は、ご馳走です
枯葉の季節と言えば、焼き芋。
焼き栗も美味しいけれど、無い物ねだりは悲しいだけ。
花丸ショップで買える甘栗は、もう焼いてあるので地面に埋めても芽がでない。
そもそも、桃栗三年柿八年と言うことわざを思い起こすに、最低でも三年待たなければいけない。
いま食べたいのだ。
三年後のことなんて知るか!
それにしても、花丸ショップの焼き甘栗は高すぎる。
タリサたちの襲撃を喰らったら、大変なことになってしまう。
サツマイモだって、焼いてあると価格が跳ね上がるのだ。
だけど最初から育てれば、安上がりになるじゃないか。
そんな訳でメルは、花丸ショップで買ったサツマイモの苗を裏庭のあちらこちらに植えていた。
夏の暑いあいだは、蚊に刺されながら雑草むしりに精をだし、立派に育てよと祈りながら乾いた地面に水も撒いた。
面倒くさかったけれど、地面に埋めれば『増える!』と信じて、グッと堪えたのだ。
メルだけど、メッチャ我慢しました。
そして収穫の秋デアル…。
「うぉー。イモぉー。ホウサク♪」
裏の畑で、ザクザクとサツマイモが掘れる。
トンキーも生のサツマイモを頬張り、上機嫌だ。
だが、人として生はあり得ない。
煮るなり焼くなり蒸すなりの、工夫が必要になる。
「イシヤキイモ、ツクゆ…!」
収穫までの長い日々、メルが思い描いていたのは金色の大学芋とホクホクの石焼き芋。
いま食べたいのは、石焼き芋。
ジュルルー。
ヨダレが垂れる。
「わらし、石ひろうで…。トンキー、ついて来い!」
「ぶっ、ぶっ…」
しかし…。
メジエール村の中央広場には、手頃な小石が転がっていなかった。
ド田舎っぽい村なのだ。
小石なんて何処にでも落ちていそうなモノなのに、大誤算だった。
「イシーッ!石どこぉー?」
メルの悲し気な叫び声が、中央広場に響き渡った。
サツマイモを手に入れてのお預けに、カワイイ顔が引きつっていた。
「メル…。河原で玉石を拾ってきてやったぞ…。しかし…。こんなもん、いったい何に使うんだ…?石だぞ。石ころは硬いぞ。食えないんだぞ。ちゃんと、分かってるのか?」
「ありあとぉー。ぱぁぱ…」
相変わらず失礼なフレッドだった。
しかもフレッドは、メルが丸っこい小石を欲しがった理由も知らずに、バカにしたような態度で笑っていた。
(いくら僕が食いしん坊でも、石を食べたりしないよ…!まったくぅー)
河原に行けば、丸い石ころなど好きなだけ拾えるらしい。
小学校の理科で学んでいた事だから、ちょっとだけ悔しかった。
村の中央広場で苦労などせず、最初からフレッドに頼めばよかったのだ。
それにしても、フレッドの心配そうな目つきがうざい。
『料理に使うから小石が欲しい』と頼んだけれど、食うとは言っていない。
(なんでフレッドは、僕が石を料理すると思い込んでいるのさ…)
もしかして、幼児のママゴトと一緒にされているのだろうか…?
そう考えたら、段々と腹が立って来た。
(遠赤外線の威力を知らぬのか…?笑わば笑え…。あとでホクホク甘々の魅力を喰らわしちゃる!)
サツマイモを収穫してから、既に三日が過ぎていた。
フレッドが河原での石拾いを面倒くさがったので、三日も待たされたのだ。
洗って日陰で干したサツマイモは、食料保存庫に山と積まれていた。
三日のあいだにアビーは、メルが注文した耐熱手袋をバッチリ仕上げてくれた。
あとは石ころを洗浄してから、魔法の鍋で加熱するだけだ。
「シンボー、たまらん…」
もう我慢の限界である。
森の魔女から貰った魔法の鍋に、洗った小石をガラガラと入れて焼く。
充分に温度が上がったらサツマイモを放り込んで熱い小石を被せ、あとはのんびりと待つだけだ。
メルが石ころを洗浄して、鍋に放り込んでいるのを見たフレッドは、又もや心配そうな顔で言った。
「メル…。石はどんだけ茹でても、柔らかくなんねぇぞ…」
「ぱぁーぱ。あっち、行け!」
メルもアビーに似て、スルー能力が低かった。
『酔いどれ亭』の店先に小さな木箱を置いて、魔法の鍋を載せた。
これで簡易屋台の完成である。
メルのお店だ。
焼き芋の販売価格は、一本で銅貨二枚にした。
大きいイモは銅貨三枚だ。
基準は何もない。
『そのくらいで良いかなぁー』と、メルが思っただけだ。
そもそもメジエール村に、感謝の気持ちを示したくて始めた商売なのだ。
最初から儲けなど考えていない。
売れないのなら、自分のだけ焼いて食べる。
売れるようなら、どんどんヤキイモを追加していく。
幼児の屋台なので、飽きたら容赦なく閉店だ。
機嫌を損ねたら、その場で閉店だ。
まさに頑固エルフの店である。
サツマイモの皮が焦げる香ばしい匂いに、メルの鼻がヒクついた。
「やけた。やけとぉーよね…。そえでは、シショーク…!」
パックリと二つに割ったサツマイモの断面から、白い湯気が立ち昇る。
肌寒い季節には、何とも言えぬ魅力的な光景だ。
「あつ、あつ…!」
メルは焼き上がったイモを火傷しないように齧った。
「うまぁー♪」
ホクホクの甘々である。
メルの顔に、満足の笑みが広がった。
(この喜びをアビーと分かち合わなければ…!)
メルは新しい焼き芋を手に取って、『酔いどれ亭』に駆け戻った。
一頻りアビーと盛り上がったメルが店先へ戻ると、幼児ーズの面々が顔を揃えていた。
お皿に置いてあったメルの焼き芋が、消え失せていた。
問い質すまでもない。
メルの焼き芋は、幼児ーズに食われてしまったのだ。
「メル…。すごく熱くて、取れないんだけど…!」
驚いたことにタリサは、焼き芋が欲しくて鍋に手を突っ込んだらしい。
「おまぁー、ユウシャか?」
「バカ言わないでよ。火傷するかと思ったわ!」
「止めておきましょうって、わたしは二度も忠告しましたけど」
「うそぉー。ティナも、もっと食べたいって言ったぁー!」
「食べたいとは言いました。でも、お鍋に手を入れるのは、危ないから止めておくようにと注意しました」
口の端に焼き芋の欠片をつけたティナが、呆れ顔でタリサを見つめた。
「メルねぇー。タリサはユウシャとチガう。ガッツキのバカ女…!」
ダヴィ坊やはメルの皮肉を解さず、ストレートな表現に置き換えた。
「フンッ…!メルが居ないからいけないのよ。さあ、甘いのちょうだいよ」
「これっ、ヤキイモ。ヤ・キ・イ・モ…」
「はいはい、ヤキイモね。分かったから、そのヤキイモを取ってくださらないかしら?」
「ふっ、まいどありぃー。どぉーか、ニマイ!」
メルはタリサから銅貨二枚を徴収した。
とは言っても、幼児ーズはトモダチ価格なので、銅貨二枚を払えば食べ放題だ。
お小遣いを持っていなければ、幾らでもツケが利く。
所謂、お店屋さんゴッコみたいなモノで、メルがツケを覚えている筈もなかった。
翌日になれば、前日の借金はチャラである。
それでも自分で買ったという気分が、幼児ーズには嬉しいのだ。
だから小銭を握ってメルの店に、やって来る。
メルは木のお皿に焼き芋を載せて、一人ずつ手渡した。
そのままでは熱くて持てないと思ったからだ。
こんなとき、新聞紙が懐かしくなる。
「ホカホカであったまる。甘くて美味しいねぇー」
「これは知らないイモの種類です。ここまで甘いのも、初めて…」
「ねぇー。メルー。オレのイモ、皮むいて…。熱くて持てんヨォー!」
「おっ、おうっ…」
ダヴィ坊やに焼き芋は、少しばかり難易度が高すぎたようだ。
「うめぇー。サイコーに、うまいぞぉー。メルねぇー、天才じゃね?」
「ありあとぉー、ダヴィ。たくさん、食え!」
メルの焼き芋屋さんが近所の小母ちゃんたちに知れ渡るまで、今しばらくの時間を必要とした。








