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エルフさんの魔法料理店  作者: 夜塊織夢
アウトサイドストーリ

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聖夜



誰よりも早く異世界転移を果たしたのは、ハンドルネーム【オレが魔法少女】こと村田聡(むらたさとる)だった。

多額の製作費をつぎ込んだ自信作のアニメ映画がネットで酷評を受け、何もかもが嫌になった村田は現実(あそこ)から逃げたかった。


『仕事が忙しくて死ぬ!』とか騒いだのは、嘘だ。

会社の上司から『責任を取れよ』と言われたが、名誉挽回の機会なんて与えてくれそうもない。

村田の株は大暴落し、買い手がつかない状態だった。


まったく眠れない日々が続いていたけれど、クヨクヨと悩む時間は腐るほどあった。

かつてのファンたちは、ムラタ監督を冷酷に見放した。

業界に村田の居場所はない。


『消えてしまいたい』


でも、死ぬのは怖くていやだ。

今すぐに、誰にも知られることなく、消えてしまえたらいいのに……。


村田は、かなり追い詰められていた。

そんな村田が【わくわくエルフチャンネル】に嵌ったのは、異世界の文字に心惹かれたからだ。


異世界はあった。

魔法が使える、自由と可能性に満ちた世界だ。


『ここでやり直そう』


そう村田は決意した。



「理想の世界だと思ったんだよ」

「まあ、ムラタさんの気持ちはわかる」


明日の爺さんこと江藤渓介は、同じ渡界人である村田に頷いて見せた。


酔客で賑わう居酒屋。

その奥まったテーブル席に陣取るのは、実力派冒険者パーティーのリーダー二人。


【ドドリゴの盾】と【疾風迅雷】は、地元の腕っこきを傘下に組み入れた実力者の集まりだ。

メンバーの入れ替わりが(ようや)く落ち着き、チートなリーダーと連携が取れるようになってきたところだ。


「ボクは美しい世界での、楽しい冒険を夢見ていたんだ。それなのに、この世界の非情さときたら……」

「いやいや、オレらが住んでいた世界だって大概だぜ。ぬるま湯みたいな日本と違い、他国では色々あったろ……。まあ、オレたちが暮らす社会でも隠されていただけで、理不尽な思いをさせられた連中はいたはずだ」

「だなぁー。だけど、間近に横暴な権力者を見ると、はらわたが煮えくり返る」

「それはオレも同じだが、冒険者ギルドの仕組みをこの国に根付かせるためだ。王族に逆らうわけにはいかんだろ」

「けっ。面白くねぇー」


村田と江藤はベルーナ神聖王国からの要請で、第二王子の護衛についたのだが……。

この第二王子がクソ殿下だった。


「ステリオ王子は、紳士の風上にも置けない野郎だ。紳士(ボクたち)の誓いを何と心得るか!」


村田の言う紳士とは隠語であり、ロリ信奉者を意味していた。

紳士の誓いとは、『イエス、ロリータ、ノータッチ』だ。


つまり、ステリオ第二王子殿下は、ロリータにタッチしているのだ。

と言うか、遠乗りに出かけると、愛らしい娘を攫って来る。

権力を笠に着た、とんでもない若造だった。


「それにしても、どこに埋めてるんだろうな?」

「エトーくん。縁起でもないことを言うな」

「だって、連れ込まれた娘たちは、誰一人解放されていないじゃないか」

「…………」


そう言うことだ。

あのだらしない第二王子が、攫ってきた少女を大切に保護しているとは思えなかった。

可哀想だが、既に犠牲者たちは生きていないだろう。


「どこかに正義の味方はいないのか?」

「ウスベルク帝国で、こんな真似は許されなかった」

「そうだな」

「だけどステリオ王子が誰かに狙われているとか騒いでいるのだから、どこかに正義の味方が居るのかもな」

「だと良いな」

「おい、今日はイヴだぜ」


江藤は懐から取り出したタブレットを操作し、今日の日付をチェックした。


「なにそれ。スマホかよ?」

「いいだろー。妖精女王陛下から下賜された異世界タブレットだ」

「うっ、羨ましい……。ところでイヴって、クリスマスイヴか?」

「そそ……」

「エェーッ。だって、ここは異世界じゃん。イエスが居るのかよ?」

「そこはキリスト教があるのか?だろ。ないよ。このカレンダーは、メルちゃんの我儘が詰め込まれた逸品だ」

「ワガママ……?」

「なんでも、あっちのカレンダーを使えるように、こっちの一年間を時間調整したんだと……。村田さんの好きな魔法だわ」

「そんな、バカな……」


村田が頭を抱えた。




◇◇◇◇




「不埒者はステリオ王子殿下の拉致誘拐を今夜決行すると予告してきた。エトー、ムラタ、館の周囲に異常はないか?」


親衛隊隊長のミケーレが、江藤と村田に確認した。


「ございません」

「町を見回って来ましたが、余所者は()りませんでした」

「うむっ。では、そのまま警備の継続を依頼する。怪しいものを見かけたら、警笛を鳴らしてくれ」

「「承りました」」


報告を終えて、江藤と村田は守備位置に戻った。

江藤は【ドドリゴの盾】を率いて、ランダムな巡回警備に向かう。


「なあ、エトー。あいつらグルだろ?」

「ああっ。屋敷の連中は、全員が少女の誘拐と虐待に加担している」


江藤が剣士ラッドの問いに答えた。

知りたくもなかったが、知らずにいてはならんと、江藤は探索者(シーカー)のチート能力を使い、依頼者の身辺を調査した。

真っ黒だった。


「こんな仕事、放り投げちゃおうよ」

「冒険者ギルドの信用を落とすわけにはいかんだろ」

「けっ!やってられるかよ」


狩人のジルが鼻を引くつかせ、草むらに唾を吐いた。


雪道には侵入者の痕跡が残る。

江藤とジルは微かな異変も見落とすまいと、夕闇の中を慎重に進む。

周囲を照らす明かりは、魔法ランタンだけだ。


「名が売れるのも考えもんだな。こうして嫌な仕事も引き受けなければならん」

「まったくだ」


薬師レイモンの言う通りだった。

皮肉なことに、名が売れるほど胸躍る冒険より不愉快な警備仕事が増えた。

明らかに庶民から憎まれているであろう貴族の警護とか、奴隷商人の護衛とか……。


「まったく、反吐が出る」


かつてフレッドたちが嵌った社会構造のトラップに、江藤と村田も陥ろうとしていた。


「泣いても笑っても、明日の朝までだ。それまでの辛抱だぞ」

「「「ウィーッス!!!」」」


リーダーを含め、パーティーメンバ全員が、ウスベルク帝国に帰りたがっていた。


「ん……?」


何かが視界の隅で動いた。

でかい。


館の石壁を突き崩そうとした巨体は、赤い服を纏っていた。


「ウガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーッ!」


背に白い袋を担ぎ、赤い三角帽をかぶったそいつは。


「さ、さんた……?」


頑強な石壁が突き倒された。


巨大サンタの横に立つ小さな影が、手にしたブブセラを吹き鳴らした。

小さな影と、もっと小さな影の二人組だ。

小さい方の頭には、黄色いアヒルが載せてあった。


ぷぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおぉぉぉぉぉぉおぉぉぉーんっ♪

ぷおぉーっ、ぷおぉぉぉぉーっ。ぷぷーっ♪


闇夜を(つんざ)く爆音が、江藤の鼓膜を震わせた。


「サイレンナイト……?」


そう。

今宵はサイレンナイトだ。

サイレントナイトではなかった。

国境なき性犯罪者撲滅隊の襲来である。


「わりぃーごは、いねかぁー!」


(ソリ)に乗った小さな影が叫んだ。


「トッ、トナカイ!?」


いいや。

(ソリ)を引いているのは、逆らう度に拳骨(げんこつ)で殴りつけられて、鼻を赤く腫らしたバイコーンだった。

処女や貞節な妻を食らうと恐れられる伝説の妖獣バイコーンも、妖精女王に狙われては良い子にならざるを得ない。


「者共、出会え出会え、曲者だぁー」

「「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーっ!!」」」


怪物を打ち取り、手柄を立てんと騎士たちが殺到する。


江藤と村田も、怪物が現れた場所へと走った。


「くそーっ。どこから現れやがった?」

「あんな騒々しくて大きなヤツ、見逃すはずがないのに……」

「転移か……」


江藤がボソリと呟いた。

あの黄色いアヒルが転移装置だと、聞いた覚えがある。


「テンイ?」

「あーっ、あの小さい二人。見覚えがある」

「もしかして陛下……」


パーティーメンバーの面々が、ウンウンと頷きあった。

皆の脳裏に【泥田坊】事件の記憶が蘇った。


そうなれば我慢も辛抱もない。

契約は破棄だ。


「オマエら、妖精女王陛下に付くぞ。犠牲になった娘たちの弔い合戦だ」

「「「おう、待ってたぜ!!!」」」


もとより望みもしないのに、大人の事情で無理やり結ばされた契約だ。

不幸中の幸いと言えば、過酷な罰則が生じる魔法契約ではなかったことだろう。

ベルーナ神聖王国からの依頼であれば、魔法契約書など使わずとも反故にされる畏れはないと、考えたに違いない。


「しょっぱい契約書で助かったな」

「まったくだ!」


親衛隊の盾となり、メルとベアトリーチェの攻撃に曝されるなんて、ぞっとしない。

あの二人こそ、バケモノで間違いなかった。



「師匠。警護の兵どもが寄せてきます。どうなさいますか?」

「あれらは人の道を踏み外した咎人デス。駄目ダメな主人を(いさ)めるどころか、手を取り合って悪事に加担したアホウども。もう取り返しがつかないので、人生をリセットしてあげましょう」


メルはベアトリーチェに優しく説明した。


「あい。サンタトロール、前へ。悪人どもを蹴散らすのです。泣いても許してはなりません!」

「ぐもぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーっ!!」


サンタトロールなどと言う、トロールは居ない。

今夜だけ、メルにサンタの衣装を着せられたトロールだ。


「うわぁー!」

「ぎゃぁぁぁぁーっ!!」


目を血走らせたトロールが口から白い湯気を吐きながら突進し、警護兵の隊列を吹き飛ばした。



自室の窓から部下たちの戦いを見守っていたステリオ王子は、ゴブレットを取り落とした。


「なんだ、あの怪物は……」


傲慢なステリオ王子の背筋に、ひんやりとした恐怖が這い上がって来る。

騎士たちの三倍は背丈がある大男が、力任せに暴れているのだ。

首や腕が千切られ、悲鳴と血しぶきを上げて兵が倒れた。


あんなバケモノ。

押さえようとしても、押さえられるものではなかった。


「これはまずいぞ!」


床に転がるゴブレットを蹴り飛ばし、ステリオ王子は隠れる場所を探すため、自室から飛び出した。



「エトー、どうなってる?」

「あぁっ……。依頼にあった捕らえるべき無法者とやらは、メルちゃんのことだった」

「はぁ……?メルちゃんて、あのメルちゃんか?」


村田が間抜けな顔で、間抜けな質問をした。


「落ち着けムラタさん。オレたちをこの世界に招いてくれた、妖精女王陛下だよ」

「じゃ、あそこに居るのは、エルフのメルちゃんか?」

「そうだな」

「だったら、こんな仕事なんかやってられるかよ。さっさとメルちゃんを助けに行こうぜ」

「ああ。そう思って、ムラタさんが来るのを待ってたんだよ」


【ドドリゴの盾】に続き、【疾風迅雷】の裏切りが確定した。


「いいか、皆。赤い服を着た怪物は、味方だ。攻撃するなよ」

「了解だ、リーダー」

「こどもと、でっかい鹿も味方だぞ。絶対に攻撃するなよ。アーチャーとメイジ、分かったな?」


村田が仲間たちに念を押した。


「分かった、分かった。甲冑を着た騎士しか狙わねぇよ」

「あのイケ好かん騎士どもめ。俺っちの矢で、ハリネズミにしてくれん!」


トロールは当たるを幸い、警護兵たちを千切っては投げ、突き倒しては踏みつける。

八面六臂の大殺戮だ。


「畜生……。バケモノがぁー」

「まったく勝てる気がしねぇ」


その防御陣に、横合いから魔法や矢が突き刺さった。


「くそったれがぁー。冒険者どもめ、裏切りやがったな!」


警備兵たちは前方の怪物だけでなく、精密な遠距離攻撃をしてくる冒険者たちに泣かされた。


「踏ん張れ。こいつを館に入れるな」

「無理だぁー」


防御陣は館の入り口まで後退し、既にズタボロである。

メルとベアトリーチェは、庭に転がる死体をひょいひょいと避けながら、守りが薄くなった裏手の窓に取りついた。


「こっから侵入」

「承知!」


ドゴォォォォォォォーン!


魔法で壁ごと吹き飛ばし、二人は館内に足を踏み入れた。



灯りのない物置部屋。

大きな衣装ダンスの一つに、ステリオ王子は隠れていた。

息を殺し、物音を立てず、耳を澄ます。


シャンシャンシャンと鈴の音が近づいて来る。


「ホォーリ、ホリホリ、ホォーリナイト♪」


子供の声だ。

バーンと物置部屋の扉が、乱暴に開かれた。


「ステリオくーん。キミはユグドラシル王国が主催する、今年の残念な人、ベストスリーに選ばれました」

「わぁーっ。パチパチパチ……」

「ついては今宵、聖夜を祝うイベントとして、キミを帝都ウルリッヒの地下迷宮に、ご案内したいと思いマス」

「わぁーっ。パチパチパチ……」


勝手なことを。

ジョーダンではない。

地下迷宮などお断りだ。


自分では村で見初めた少女を無理やり攫って好き放題。

傷つき使い物にならなくなれば、地下の立坑へ遺棄(いき)している癖して。

拉致される側になるのは我慢ならない、ステリオ王子だった。


「カメラマンの精霊は、ぜぇーんぶ見ておったで……。記録も残してあるけぇー、言い逃れはでけへん」

「そうだそうだ。悪人は、断罪。断罪。断罪」

「…………っ」


言いたい放題の声に怒りが込み上げる。


くっ、この私を断罪するだと。

ふざけるんじゃない。

私は王子だぞ。


「なぁ、ステリオ王子。オマーが終わったら、一位と二位も連れてかにゃーならんのだから、はよしてんか」

「卑怯者。臆病者。カス王子!」

「……」


だんまりだ。


「返事がない。どうやら留守のようだ。仕方がないので帰るか」

「むぅーっ」


ステリオ王子がほっとしかけたそのとき。


「なわけあるかぁー。ここに隠れとるんわ、先刻承知じゃ!」

「そうじゃ。そうじゃ!」

「…………!?」


二人の子供らしき侵入者が、ゴンゴンと衣装ダンスを蹴飛ばし始めた。


「うひぃ!」


耐えきれずに声が漏れた。


「ビンゴー。ここにおったで」

「では、転送します」


その声と同時に、ステリオ王子は奇妙な落下感に襲われた。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーっ!」


一丁あがりだった。



ホーリーナイトは裁きの日。

普段、叱られてばかりいるメルは、誰かに罰を与えたくって仕方がなかった。

で、裁きの日を制定したのだ。


帝都ウルリッヒの地下迷宮に落とされた悪党たちは、きちんと反省するまで転生を許されず、果てしなく殺される。

妖精女王陛下が迷宮の守護者たちに送る、楽しいオモチャだ。

聖夜のプレゼントである。


サンタトロールは大きな白い袋に、ぶちのめした騎士たちを回収した。

魔法の収納袋だ。

幾らでも入る。


これで仲間たちに、聖夜のごちそうを振舞うのだ。

断罪、バンザイである。


「リーチェさん、次へ行くで」

「了解、師匠!」


国境なき性犯罪者撲滅隊は、新たに二組の冒険者パーティーを伴い、次の目的地へと転移した。




◇◇◇◇




「音がしなくなった。ガキどもは諦めて去ったのか?」


ステリオ王子は横倒しになった衣装ダンスの扉を開けて、外に這い出した。


「はっ?ここは、どこだ!?」


ゴツゴツとした岩の洞窟だった。

薄暗い洞窟には、微光を放つヒカリゴケが生えていた。


ギャギャギャギャ……。


遠くから不吉な声が聞こえてくる。


「…………」


ギャギャギャギャギャギャ……。


声はどんどんと、ステリオ王子に近づいて来た。


「ふぁ、はっはっ、ウガァー!」


ふらつく足で立ち上がり、声とは反対の方角を目指す。

足がもつれて、上手く走れない。

怖い。


「くそー。捕まってたまるか!」


帝都ウルリッヒの地下迷宮に落とされて、狩人が獲物になった。

これまで少女たちを狩っていたように、今度はステリオ王子が狩られる番だった。






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