光り輝け一番星
メルから渡された資金で夢にまで見た新車を購入し、心ゆくまで走らせた江藤渓介は、ブライアンの残党に殺されて転生することを嫌い、潔く転移アイテムを起動させた。
ユグドラシルオンラインのインフォメーションによれば、転生を選択すると、低確率ながら前世記憶をデリートしてしまうバグがあるらしい。
江藤としては、今の自分を失いたくなかった。
また自我を維持したまま、赤ん坊になるのもお断りだった。
「オッパイとおむつは、勘弁だからな」
そんな訳で渡界人となった江藤は、異世界ファンタジーノベルよろしく、転移ゲートから歩いて10分の距離にある賑やかな開拓村を訪れた。
衣装は地味目で、ファンタジーRPGの主人公がゲームスタート時に着ているようなものだった。
丈夫そうなマントと背嚢、腰から下げた短剣がオプションだ。
「マジでゲームみたいだ」
開拓村の風景を眺めながら、江藤は独り言ちた。
海外旅行で田舎の村を訪れたより、インパクトがある。
通りを行き交う人々が、これ見よがしにファンタジーなのだ。
「ミケ王子が、たくさん居るじゃないか……」
当たり前のように、江藤の横をケット・シーが通り過ぎる。
ミケではなく、キジトラだった。
「最初に行かなきゃならんのは……、冒険者ギルドか。冒険者登録をすると、身分証明書の代わりになるカードがもらえる。なるほどね」
所持品はメルカが詰まった革の財布に、魔法のタブレットだ。
魔法のタブレットは、ルーキーの江藤にチュートリアルを表示してくれる。
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氏名:ケイスケ エトウ
渡界人:Lv1
ジョブ:なし
武器:安い短剣
装備:普通の服
背嚢の中身:ライフウォーター×5 まんぷく木の実×10 怪力ジャーキー×10 剝ぎ取り用ナイフ大 剝ぎ取り用ナイフ小 ふわふわタオル×3 替えの下着×3 歯磨きセット×1 石鹸×3 絆創膏セット×1 救命用信号セット×1
所持金:100万メルカ
スキル:なし
魔法:なし
加護:なし
転移者特典:運命の導き 言語翻訳 ナビゲーションシステム 簡易収納庫 妖精ホイホイ どえらい回復力 不屈の闘志
経験値:0
スキルポイント:0
花丸ショップ:便利なお店
花丸ポイント:0
カルマ値:0
メールボックス:0
メモ:1#冒険者ギルドを訪れ、会員証を入手せよ! 2#村を散策して、快適な宿屋を見つけよう! 3#猫まんまで、焼き魚定食を注文しよう 4#スライムを10匹倒して、Lv2まで上げてみよう 5#冒険者ギルドで依頼を受け、魔物を討伐しよう! 6#魔物の解体を練習し、冒険者ギルドの買取窓口に換金可能な部位を持ち込もう
注:魔物を倒すと経験値やスキルポイントが獲得できます。誰かに感謝されると、花丸ポイントが支給されます。カルマ値は、悪事を働くことでカウントされます。この数字は転職先に影響を与えます。例えば、暗殺者にジョブチェンジしたいなら、カルマ値は500を超えている必要があります。聖騎士にジョブチェンジしたいなら、逆にカルマ値は50以下でなければいけません。カルマ値を下げたい場合には、頑張って良いことをしましょう。
一旦上げてしまったカルマ値は、ちょっとやそっとでは下げられないよ。
カルマ値を上げるときには、計画的に……。
分ったね。
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「暗殺者って、嫌な仕事だな……!」
それを選んでも、良いことはないような気がする。
何しろここは、ちょっとファンタジー風味の牧歌的な村だ。
ドット絵やポリゴンのゲーム世界とは、明らかに違う。
人々の暮らしが息づく、リアルな世界なのだ。
「そこで暗殺者はないだろ……!?」
簡易マップの道案内に従って暫く歩くと、すぐに冒険者ギルドが見つかった。
【ドドリゴ開拓村冒険者ギルド】と、木の看板に記されていた。
入口のスイングドアを押し開けて、建物の中に入る。
正面の受付カウンターには、異世界ノベルで定番の可愛らしい受付嬢が座っていた。
「すみません。冒険者登録をお願いします」
「あのー」
受付嬢が何かを促すように微笑んだ。
「あっ、申し訳ありません。自分は江藤と申します」
江藤は己の失態に気づき、頭を下げてから改めて名乗った。
「ありがとうございます。エトーさま。わたくしミリィーが、うけたまわります。会員登録ですね。こちらの用紙に、必要事項をご記入ください。代筆は必要でしょうか?」
「いや、分からない。だけど、文字は読めるようなので書いてみるよ」
「分かりました。もし必要でしたら、遠慮なく仰ってください」
江藤は会員登録の用紙を受け取り、記載台に向かった。
「なんじゃこりゃ!?」
氏名欄に記入すると、残りの空欄が勝手に文字で埋まった。
江藤が記入したのは名前だけだ。
「あー。エトーさまは、異世界からいらっしゃったのですね。でしたら、これで問題ございません。仮の住所は、この冒険者ギルドになります。保証人は妖精女王陛下なので、金銭面での特別待遇が受けられます。会員登録は無料です。依頼をキャンセルされた場合でも、違約金などのペナルティーは発生しません。でも、ギルドの依頼を無責任な気持ちでお受けになるのは、止めてくださいね。ご依頼主さまに迷惑が掛かりますし、わたしどもの信用も落ちます。あまり酷いようですと、冒険者ギルドとしても妖精女王陛下に報告させて頂くことになります。陛下は寛容な方です。だけど、これまでに陛下を怒らせて、無事で済んだ者は居ないとか……」
「ああ、はい。気をつけます」
「冒険者の評価は、Fランクからスタートします。依頼をこなしながら信用値を貯めると、ランクが上がる仕組みです。ランクが上昇するにつれて、依頼内容も難しくなり、報酬は増えます。冒険者としてギルドから受けられるサポートも、向上するようになっています」
「分かりました」
「では、頑張ってください」
ギルドから依頼を受けて失敗しても、一般的な違約金は発生しないようだ。
だけどカルマ値は、その行為を悪事としてカウントするのだろう。
当然、冒険者ギルドでの評価にも影響するはずだ。
妖精女王陛下が身元保証人だからと言って、何をしても良いことにはならない。
むしろ陛下の顔に泥を塗らないよう、心して行動すべきだろう。
「甘ったれちゃ、いかんのよね」
その日、江藤はスライムを10匹ほど駆除して、Lv2になった。
危険度が分からない魔物ではなく、依頼書にあった薬草を採取して買取窓口に持ち込み、900メルカの稼ぎを得た。
スキルポイントが15。花丸ポイントが50増えた。
薬草採取の途中で、火の妖精と風の妖精が友だちになってくれた。
猫まんまで注文した焼き魚定食は200メルカで、オカワリ自由だった。
美味しかったし、満腹になった。
「あの手で、よく調理が出来るよな」
ネコの従業員も、眺めていて飽きない。
宿屋の亭主は、『素泊まりで、800メルカだ!』と江藤に告げた。
連泊で10日間の代金を先払いすると、5000メルカに値引きされるらしい。
連泊先払いだと、3000メルカも浮く。
「連泊、先払いで、お願いします」
「あいよ。部屋は綺麗に使ってくれよな。湯が欲しけりゃ、桶一杯で5メルカだ」
「分かりました」
「便所は共同。中庭にある。使い終えた桶の水は、洗面所で捨ててくれ。洗面所は、厨房の脇にあるからな。洗濯物は、物干しに掛けていいぞ。ただし、紛失しても責任は取らん。言うまでもないが、宿でのケンカは禁止だ。部屋で騒音を立てたら、出て行ってもらう」
口煩いが、宿屋の亭主は誠実そうだった。
清潔な、良い宿屋である。
「はい。さっそくですがお湯をください」
「用意ができたら持って行く。部屋で待ってな。部屋番号は205号室だ。ほら、カギ。無くすなよ。無くしたら弁償だからな」
「承知しました」
お湯を貰い、タオルで身体を拭いてからベッドに横たわった。
日が暮れて行き、灯りのない部屋は真っ暗になった。
「こう暗いと何もできない。ランプを買おう」
どう考えても稼ぎが足りなかった。
これでは初期費用として持たされた100万メルカを食いつぶす一方だ。
「さーて。明日から真面目に働くとするか……!」
不安はあるけれど、ドキドキワクワクの方が大きかった。
江藤は自分の人生を手に入れたのだ。
◇◇◇◇
ドドリゴ開拓村で冒険者になった江藤は、これまでにないほど頑張った。
三年も経つと、冒険者としての評価はCランクに上がり、耕作地を荒らすマッドボアの討伐を任されるようになった。
気の合う冒険者仲間もできて、パーティーを結成した。
パーティー名は【ドドリゴの盾】だ。
探索者の江藤。
剣士のラッド。
狩人のジル。
薬師のレイモン。
開拓村での依頼をこなすには、適切なメンバーだった。
そんな江藤たちだが、この二十日間ほど仕事をしていない。
最後の仕事は、森の沼沢地を調査することだった。
「ドロタンボー」
ラッドが麦酒を啜りながら、ボソリと呟いた。
泥田坊のことだ。
江藤の鑑定スキルが、【泥田坊】だと教えてくれた。
だが、あちらの世界で泥田坊と呼ばれていた妖怪とは、様子が違った。
『田んぼを返せー!』とは、叫ばない。
どちらかと言うと、泥のサイクロプスである。
それでも江藤が泥田坊で納得したのは、魔物や魔獣にはない、嫌な気配を漂わせていたからだ。
あれはそう。
あちらの世界でメルが倒した、怨霊に近しい何かだ。
剣や弓矢で倒せそうな気がしない。
「自称、勇者の皆さんは無事かな……?」
「冒険者ギルドが呼び戻した、渡界人のパーティー。Aランク評価だろ。どんだけ強い?」
「連中が討伐に向かって、もう六日だぞ。さすがにヤバイだろ」
「仕事に出れない、俺らの方がヤバイ」
隣のテーブルで、やさぐれた冒険者たちがボソボソと話していた。
「よお、エトーはどう思う?」
「同じ渡界人なら、何か分かるんじゃないか?」
「あー。あいつらはなー。あまり期待するな」
ラッドとレイモンに訊ねられた江藤は、小さな声で返答した。
同胞を悪く言いたくないけれど、自分に嘘は吐けない。
森の沼沢地に派遣されたのは、江藤に先行してユグドラシル王国に転移した心霊動画撮影隊だった。
今では新進気鋭の冒険者パーティーとなり、【火竜の息吹】を名乗っていた。
江藤にすれば、Aランクと言われても素直に頷けなかった。
何しろ【火竜の息吹】は、柏木隆司と愉快な仲間たちで構成されている。
逃げ隠れするのは得意そうだけれど、ガチの戦闘となれば期待できない気がした。
「そもそもチート持ちだ。こちらの世界で、荒波に揉まれたとも思えない。揃いも揃って、呑気そうな顔をしてたもんな」
平和な日本から転移して来て、仲間だけで引っ付いている。
転移者特典があっても、それはどうかと思う。
ランクA評価も、ハリボテ臭い。
江藤は苦労人だ。
それ故に、世間の噂を鵜呑みにしない。
柏木たちの件も、『あいつらは転移者にモンスター退治をさせるため、ユグドラシル王国が用意した係留広告気球じゃないか?』と、疑っていた。
成功者を大仰にでっち上げて、我も我もと欲に目が眩んだ連中を後に続かせる。
とても単純な詐術だ。
メルちゃんは可愛らしいけれど、ちょっと小狡いんだよな。
それが江藤の出した答えだ。
「渡界人のパーティーが、世間の評価通りだとは思わない。もしかすると、キミらの方が優秀だ」
「どうして……?あたしらはCランクだよ」
狩人のジルが首を傾げた。
「生きる気概が違う」
「それだけ?」
良くも悪くも、平和な日本で暮らしていた江藤たちは、闘争心に欠ける。
こちらの人々は、勝ち負けとなると半端ないのだ。
Lvを上げても気迫で負ける。
「負け惜しみだと思われるのが嫌だから、これ以上は言わない」
「ふーん」
昼間から冒険者ギルドの談話スペースに屯する大人たちは、仕事に出られず、お通夜みたいに沈んでいた。
と、そのとき。
入口の扉が乱暴に開けられた。
そこに立っていたのは、ボロボロになった【火竜の息吹】だった。
「話が違ぁーう!!」
「魔物は、一匹だって言ってたじゃない」
「どうして八匹も居るんだよ」
「見ろ。俺らの装備。ボコボコにされちまった」
ボロボロなのに、文句を並べたてる声は無意味に大きかった。
「おい、ギルマス。これは依頼ミスだろ。違約金を払ってくれよ。オレたちは貴重な転移アイテムまで、消費しちまったんだぞ」
「それで何体やっつけた?」
「いや。ボコられただけだ。だってよぉー。あんなもん勝てないぜ。逃げるので精一杯だ。なあ、バルガスさん。あんたギルマスだろ。強いんだろ。文句があるなら、あいつらを倒して見せてくれよ。誰でもいいぞ。やって見せてくれ!!やって見せろよ、ゴラァー!!!」
「そうか……。オマエらは、何もせずに逃げ帰ってきたんだな」
「それが悪いかよ」
「おまえらのケツ持ちは、陛下だ。こうなったら陛下に責任を取ってもらう」
バルガスがタブレットを取り出し、画面をタッチした。
実に楽しそうである。
「おまえらは、ちゃんと役目を果たした。依頼の成功報酬は払ってやる。だけど違約金は払わない」
「なんだと」
「俺は魔物らしき存在が、一体だけ目撃されたと伝えた。その一体を討伐して貰いたいとも言った。だが、一体しか居ないと言った覚えはない」
「そ、そ、そんなのインチキだろ」
「だからさー。おまえらが討伐に失敗したことも責めない。おまえらの役目は終わりだ。生還、おめでとう。こっからは、俺の仕事だ」
「あんたが討伐に向かうのか?」
「んーっ?カシワギ、おまえは何を聞いているんだ。俺は言ったよな。陛下に責任を取ってもらうと」
「はぁ!!?」
「俺も妖精女王陛下に魔物の討伐を依頼するのは、心苦しいんだ。何より悪魔チビに、借りを作りたくない。でも、おまえらがやらかしてくれたのなら、強気で押せるだろ」
ププッと音がして、タブレットから子供の声がした。
ハンズフリーだ。
『なんの用じゃ?』
「おう、女王陛下。カシワギのパーティーが依頼に失敗しくさった」
『だから何じゃ!?わらし、いま機嫌が悪いんよ。つまらんこと抜かすと、タマ潰すで』
「連中の身元保証人は陛下だよな」
『直接、話したこともないわ』
「それでも、連中の身元保証人だよな」
『ほんで……』
「だったらよぉー。代わりに魔物の討伐をしてくれないかぁー」
『………………』
タブレットの向こうで、メルが沈黙した。
「おいコラ、どチビ。返事せんか!討伐するのか、しないのか!?」
『する。直ぐに行くから待って』
「おっ……。エライ素直だな。どうしたんだよ?」
『わらし、また叱られとるねん。お城の自室に監禁されて、ずっと反省文じゃ。しかし、国民に助けを求められたなら、女王は行かねばならんデショ。反省は終いじゃ!!』
「そうか……」
『柏木、よぉーやった。でかした。おまーらの忠義、忘れへんどぉー』
「…………っっ!」
バルガスがメルとの通話をプツンと切った。
数瞬も待たずして、受付カウンターの前に光の柱が立った。
「おはろー、えぶりばでぃ!」
妖精女王陛下の登場である。
その横には、頭にアヒルを載せたベアトリーチェがいた。
メルは手にしていた紙の筒をガサガサと開き、ギルドの壁に張った。
「なんだそれは……?」
「わらし、同じ字ぃーばかり書かされて、上達しました。せやから、このギルドにやる。ありがたい、妖精女王の書じゃ!」
言うだけあって、その紙には書道家の書くような立派な文字が書かれていた。
いつものミミズがのたうったような代物ではない。
【ごめんなさい。反省しました!】
「毎日拝めや。ご利益があるで」
「おいおい、止めてくれ。けったくそ悪い。俺のギルドに、こんなもんを貼るんじゃねぇよ!」
「バルガス!自分のケツも拭けない癖に、おまーは反省せんのか?」
「…………くっ」
「ドドリゴ開拓村の問題は、おまーが解決せんとアカンよね。【火竜の息吹】は、帝都ウルリッヒに所属するパーティーですやろ。それを呼びつけるんは、どうかと思うわ」
「分かったよ。毎日拝めばいいんだろ」
メルは鷹揚に頷き、柏木たちの方を見た。
「したっけ……。現場まで、案内せぇー」
「いや、自分らはダメージが……」
「装備も整えなければ、陛下の力になれません」
江藤が心配していた通り、柏木たちには意気地がなかった。
「メルちゃん。オレが案内するよ。いや、オレたち【ドドリゴの盾】が、ご案内させて頂きます」
「おっ、エトーはん。お久やん。案内、よろしくなー」
だが、事は江藤が考えていたほど、簡単に進まなかった。
ここにいる全員が、江藤のようにメルを知っている訳ではないからだ。
妖精女王陛下が来ると聞かされて身構えていた冒険者たちは、メルとベアトリーチェを目にして凍りついた。
衝撃を受けたのは、【ドドリゴの盾】に所属するメンバーたちも同じである。
『陛下に仕える、屈強な女騎士が来るんじゃなかったのか……?』
誰もが、そんな戸惑いを隠せず、メルとベアトリーチェから視線を逸らした。
心理的には、絶望より酷い状況だった。
「おい、エトー。小さな女児だぞ」
「この子たちをドロタンボーと闘わすのか?」
「そんな真似をするくらいなら、あたしたちだけで討伐しよう。あたしは幼児を危険に曝すような恥知らずになれないよ。いったい何のための冒険者さ。為すべきことを為さぬような人生なら、この先ずっと無意味じゃない。だったらさー、もう死んだって良いじゃん」
「おい、ジル。なんで玉砕しようとしてるんだ。待てよ。ちょっと落ち着いてくれないか。あんたらの意見は分かるけど、メルちゃんは強いんだよ」
まあ、そんなことを言ったところで、誰にも相手にされない。
「私は、キミのことを信じていたのに……」
「おまえのしようとしていることは、最低だぞ」
「こんな人だとは知らなかったよ」
「…………おぅ。そこまで言われると、さすがにへこむわ」
妖精女王陛下を沼沢地へ案内しようとする江藤は、仲間たちから人でなしの悪人みたいに罵られた。
「エエやん。エエやん。討伐が終わったら、エトーはんの友らちにも、わらしの書を拝ませてやったらエエわ」
落ち込む江藤の肩をメルがポンポンと叩いた。
◇◇◇◇
メルがタブレットをトントンとタップすると、何もない空間に幼児用の三輪バギーが出現した。
ユグドラシル王国の魔法テクノロジーは、まさに日進月歩である。
「陛下、それはなんでしょうか?」
剣士のラッドが、目を丸くして訊ねた。
「乗り物じゃ。わらしとリーチェは、馬車が嫌いやねん」
「どうしてですか?」
「ほんなん分かるデショ。ケツがいとぉーなるやん」
リーチェもタブレットをトントンして、自分の三輪バギーを呼び出した。
「全員、騎乗せい。馬車なんぞ要らんわ」
「でも食料や水がないと……」
「そんなん、わらしが分けたるさかい。とっとと用事を済まそうか」
「分けると言っても……。馬の分だって必要なんですよ」
「レイモン。メルちゃんは魔法のストレージを持っているんだ。馬車は置いて行こう」
「なんでエトーが、そんなことを知っているの?」
「あっちの世界でね。メルちゃんがエリクとか言う悪党を倒したとき、一緒に行動してたんだ」
「マジか……」
江藤を見るレイモンの視線が尊敬に変わった。
エリクを倒したパーティーとなれば、それはもう伝説の勇者パーティーだった。
レイモンは頭の中で、見当違いの妄想を膨らませ始めた。
足が遅い馬車を使わずに済んだことで、【ドドリゴの盾】は移動にかかる時間を半分に短縮した。
「二日の旅程が、一日に短縮された」
「風の妖精はんも、助けてくれたけー。ずっと追い風じゃ」
「すげぇーや」
「メルさんが作ってくれた料理も、滅茶クチャ美味しかった」
「魔法のストレージって、すごいよな。どんだけ物が収納できるんだ?」
未だかつて経験したことのない快適な旅に、パーティーメンバーは大はしゃぎだった。
夜半になって到着した沼沢地は、一言で表すなら不気味だった。
「探すまでもなかったのー」
「ウゲッ。月明りの下で見ると、いっそう気味が悪い」
「同感……」
黒い樹々の上に、にょきりと突き出した人影。
「デカイな」
「エトーはんは、あれを見て逃げたんか?」
「ああっ。魔物と違って、首を落としても殺せないような気がした」
「エエ勘しとるわ。触らんで正解じゃ。あれは怨霊の類やね。おそらく処刑された反皇帝派の貴族どもが、死に切れんで彷徨っとるのじゃ」
「えぇー?ここは帝都ウルリッヒから遠い、辺境の地だよ。あいつらが反皇帝派なら、皇帝陛下を狙えばいいでしょ」
ジルが不服そうな顔で泥田坊を指差した。
「そやけ、操っとる死霊術師がおるんやろなー。怨霊どもは利用されとるんや」
「だとすると、その死霊術師の狙いは……?」
「きっと白状させたら、呆れ果てるようなしょうもなーことをしゃべくるで」
「陛下。どうして、そう言い切れるのですか?」
レイモンがメルに訊ねた。
「だいたい死霊術師とか呪術師とかは、常識から外れようとしてムチャしよんねん。だから外法を究めんとして修行を積んだ者ほど、頭がおかしゅーなるんじゃ。あんなん操るアホは、脳ミソがスカスカやねん。ウチの師匠くらい素質に恵まれんと、正気は保てんわ」
メルが残念そうな顔で言った。
「とうちゃとおなじ」
「まあなあ……。エリクも大概じゃった。外法に脳を喰われて、滅茶クチャやった。何をしたかったのやら、それがどうして上手く行くと思ったのやら、ちーとも分からへん」
「それでメルちゃん。あいつらは、どうするんだ?」
「死霊術師を捕まえたら、あいつらは再生能力を失うけー。最大火力で潰す」
「なるほどなー。俺らじゃ、そんなことは思いつかなかった」
ラッドが感心したように頷いた。
「それなら、わたしたちがすべきは、その死霊術師を捕まえることですね」
「ドロタンボーと闘うより、可能性がありそうだ」
「エトー、気配を探れるかしら?」
ジルが江藤に視線を向けた。
「待てや。相手は怖ろしい術を使う悪党じゃ。脳ミソがスカスカでも、侮れん。わらしに任せんかい!」
「チチョウ、アクトウやちけるでち!」
「おう。任しとけリーチェ。妖精女王メルの名に於いて命ず。来たれ、魔法博士よ。愚かなる咎人に、贖罪の機会を与えるのじゃ!」
星空が裂け、巨大な白骨の手が漆黒の森に落ちた。
沼沢地を探る手が、何かを捕らえた。
「ひぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーっ!!!」
白骨の手は星空の裂け目にスルスルと引き上げられ、同時に悲鳴も遠ざかる。
さようなら、何処かの誰か……。
おまーの夢は潰えました。
そう考えながら、メルは星空に手を振った。
「終わった」
「一瞬かよ!?」
「これが陛下の力」
『いやいや、こんなものじゃないよ!』と、江藤は思った。
「さあーて……。お仕置きの時間やで、リーチェ!」
「あい。どろんこニンギョウ、ボコボコにちる」
「ウヒヒヒヒ……。わらしの呪われし左目が、疼くわ」
キン!
FUBことマナ粒子砲が発射され、泥田坊の頭が四つ、沼沢地に落ちた。
たったの一撃である。
残る四体は、ベアトリーチェの玩具だ。
森に駆け込んだベアトリーチェが、最近覚えた超音速パンチを泥田坊に叩きつける。
ドーン!
ドン、ドン、ドーン!!!
「ウガァァァァーッ!」
拳が当たらなくても、衝撃波が泥田坊の足を打ち抜く。
ドン、ドン、ドーン!ドン、ドン、ドン、ドン、ドーン!!
「ゲフッ!」
ベアトリーチェは、倒れた泥田坊にも容赦をしなかった。
人の形が無くなって、只の泥になるまで殴り続ける。
「ちね、ちね、ちね、ちねぇー!このバカァー!!」
泥まみれになって暴れるベアトリーチェの姿は、まるで鬼神のようだ。
力を行使するほど闇の帳は引き裂かれ、輝く光が見えてくる。
それは心地よい魂の解放だった。
『もう二度と閉じ込められたりはしない!』と言う、強い意思表示でもあった。
「ええええええええええええええーっ!?」
「なんと怖ろしい。あのデカイ怪物を瞬く間に全滅させたぞ」
「ねぇ、エトー。どうなってるのエトー。あの子たち、なに!?」
ジルは江藤の襟首をつかみ、ブンブンと揺さぶった。
「だからさー。強いって言ったじゃないか……。この世界には、規格外の存在が居るんだよ」
江藤は幾分得意そうな表情になり、困惑するジルに上から目線で答えた。
◇◇◇◇
ドドリゴ開拓村の問題を無事に解決してフェアリー城に戻ったメルは、夜更けの暗い廊下を音も立てずに歩き、コッソリと自室の扉を開けた。
パッと灯りが燈り、暖炉の前に立つ女官姿の精霊が頭を下げた。
「お帰りなさいませ、女王陛下」
「ハゥッ!?」
真っ暗な部屋の中で待ち構えていたのは、儀典長のクラウディアだった。
「はぁはぁ……。怖いわ。心臓が止まるかと思ったわ」
「わたくしも陛下が居ないことに気づき、心臓が止まるかと思いました」
「そう……」
「………………」
気まずい。
クラウディアの沈黙が、非常に気まずい。
何か言わなければと思い、メルはあらかじめ考えておいた言い訳を口にした。
「緊急の連絡が入ったのです。わらしに助けて欲しいと、切に願う者がおりました。この数日、辺境で暮らす民の安全を守るために、とても忙しく働いたのです」
「それはご苦労さまでした」
「わらし、疲れたから寝ます」
メルは寝間着姿になると、ベッドに潜り込んだ。
「陛下。十日間の延長です」
「何が……?」
「謹慎期間です。陛下の謹慎期間は、十日間の延長になりました。当然ですが、反省文も書き続けて頂きます」
「はぁ。ちょっと待とうか……。わらしは、辺境で暮らす民の安全を守るために……」
「十日間の延長は、精霊議会で話し合われた決定事項です」
「い……」
「い?」
クラウディアが薄笑いを浮かべ、首を傾げた。
「イヤジャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーッ!!!!!」
夜の宮殿に、メルの絶叫が響き渡った。
( おしまい )
長らくお付き合いくださった読者の皆さま、ありがとうございます。
今話をもちまして、【エルフさんの魔法料理店】は本編完結とさせて頂きます。
以降は、本編でなくショートストーリーを書こうと考えています。
メルの日常的なものですね。
その時にはまた、お付き合いください。








