故郷への帰還
「そもそもエリクって、どうなの……?」
メルは興味津々な様子で、クリスタに訊ねた。
何しろメルにとってエリクと言う男は、クリスタから聞かされた伝説のクソ野郎でしかないのだ。
リアルな人物像が、決定的に欠如している。
お仕置きには情報が足りない。
「これは結果論でしかないが、分不相応な自尊心を持った若者だった」
「もっと平易な説明が欲しいのデス」
「デカイことを口にして、デカイ態度で、周囲の者たちを見下すような気配があった。平易な言葉ねぇ。メルに分かりやすく言うなら、小者の癖にデカイ顔をしたがるヤツじゃ!」
「いいわー。そう言う分かり易い説明を待ってたんや。デカイ顔ね」
クリスタの説明に、メルがウンウンと頷いた。
「メルさま……」
「なんやねメティス?」
「ブライアン・J・ロングと言う男は、世界中の人々から必要とされ、すごい男だと思われたがっていました。また他方、人が隠していたい秘密を握り、ほくそ笑むところがあり、ネットでも権力者たちの機密情報やスキャンダルを手に入れようと、様々なトラップを用意するほどの情熱家でもあります」
「ふむふむ。エリクは覗きや盗聴が好きで、偉ぶっている悪党連中に恥を掻かせたい、と言う、隠れた願望がある……?自己実現の願望と悪趣味な性癖の組み合わせが、えらく破壊的やね。普通に考えたら、どっちかを切り捨てんとアカンやろ。力があると、人はどこまでも幼稚なままでいられるんじゃのー」
クリスタはメルから顔を逸らし、プッと吹きだした。
クリスタの立場からすれば、メルの発言はオマユーだった。
自然児の如き我儘放題の罰が当たったのか、せっかく成長した身体も幼女に逆戻り。
もっともメルに歪んだ支配欲はない。
とんでもない力を持った、愛すべき女児である。
「陛下の仰る通りです。自分が見下している人々に、必要とされたいなんて……。神になりたいのでしょうか?」
「あーた、ネットの女神でしょ。女神から見て、どーなのコイツ?」
「フェイクゴッド?神さま気取り?」
「やれやれ。エリクのヤツ。自分が悪党の癖して、大概やなー」
ニキアスにぶら下げられたブライアンは、目のまえで語られる人物評に顔を歪める。
「おし。エリクの処置は、だいたい決まったどー」
「アタシとしたら、後顧の憂いを断つために殺してしまいたいのだが……。オマエさまは、どうするつもりだい?」
「最初からコイツは、コチラの世界からリソースを吸い上げる魔法ポンプの材料に使うつもりでおったけー、後はどう罰するかデシタ」
「おう、どんな罰だね?」
「ベアトリーチェに辛い思いをさせたんや、同じポンプにするんは当然。更に上乗せバンバン。わらしはエエ子じゃから、エリクの願いを叶えてやりましょう」
メルは自業自得と言う言葉が大好きだった。
フォ〇ショップの職人たちが、ネット民の依頼を受けて加工した写真も大好きだった。
「悪党の願いは、残念な方向に曲解してやるのがヨロシイ!」
メルはニヤリと笑い、跪かされたブライアンの頭をポンポンと叩いた。
「おまーの魂魄は、魂と魄に分離される。純粋で良き未来を願う魂は、【奇跡の瞳】とやらに封じて、ユグドラシルに持って行く。そこで皆の願いを叶えるのじゃ。まず、わらしの願いは、見渡す限りの田園かのー。そしたら、魔法の耕運機を望む農民も現れるじゃろ。楽しみや。でもなー。おまーはアカン。おまーは薄汚れた、クソみたいな魄やねん。弱者を踏みつけにして従わせ、強者に怯えて罠を仕掛ける。己の不幸を他人にも味合わせようとして、暴力と不条理を再生産する忌まわしい呪物じゃ。あちらの世界には連れて行かん。おまーは、ずぅーっとこの島に居ればよい。願いは叶えてやるけんね」
ブライアンは顔を引き攣らせ、メルに許しを乞おうとした。
だがニキアスの支配下に置かれ、指一本さえ動かすことができなかった。
ブライアンの目には見上げるメルの姿が、東洋の地獄を差配する閻魔大王の如く怖ろしげに映った。
暫くしてブライアンは、自分が青空を眺めていることに気づいた。
瞬きもできるし、口を開けることもできた。
だが、身体の反応がなかった。
視線をあちらこちらに向けて、漸く自分が置かれた状況を把握した。
「おおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーっ!!」
そこはブライアンが暮らしていた島だった。
ブライアンは燃料気化爆弾で焼き払った平地に、顔を天に向けて埋まっていた。
横目で見た樹々のサイズからして、ブライアンの顔は信じがたいほど大きくなっていた。
まるで山のようだ。
「拝聴せよ。騙されし被支配者どもよ。○×▽国のミスターM・Kは、国家の救世主を名乗りながら、S鉱山の廃液を処理せずに垂れ流している。近隣住民が癌に苦しんでいるのは、ミスターM・Kのせいだ!!!」
ブライアンの口から、大きな声が発せられた。
知っている。
と言うか、ネットの女神メティスから知らされていた。
この発言はリアルタイムで動画に撮られ、ネット配布されている。
只で済まされる筈がなかった。
このような状態が二週間も続くと、どれだけ忠告しても黙ろうとしないブライアンに業を煮やした○×▽国は、発信源を消し飛ばすべく爆撃機を発進させた。
その情報も又、女神メティスによってブライアンの脳に齎された。
ブライアンは一方的に、電子情報を受信させられていた。
「なんてことだ。M・Kの野郎、私を殺す気か……。よせ。やめろ。私は動けないんだぞ!」
ブライアンもミスターM・Kと揉めたい訳ではなかったが、自分の意思で暴露行為を止めることができない。
だけど、それを相手に伝える術などないし、仮に伝えたところで状況が好転するとも思えなかった。
「糞が……。グハハハハハハハハハハッ……。そんなもので、私を黙らせられると思うなよ!!」
ブライアンの意思に従い、島の防衛システムが作動した。
何基ものレールガンが、接近する爆撃機の編隊に狙いを定めた。
オカルトに強化された、強力な魔法レールガンだ。
○×▽国が誇る最新型の爆撃機は、なす術もなく破壊された。
「バカが。死ね。シネ。しね!!ギャハハハハハハハハハハハハッ!!!」
ブライアンは爆撃機の悲惨な末路を目にして、壊れたように笑った。
もう笑うしかなかった。
島に貼り付けられたブライアンの大きな顔と、その発言に脅威を感じた権力者たちの間で、熾烈な戦いが始まった。
その戦いも、ネットでライブ配信される。
ブライアンの暴露を心待ちにする人々の視線は、ネットに釘付けとなった。
遠くからブライアンを讃える、喝采の声も聞こえてくる。
だが……。
ブライアンは自らの境遇に涙した。
許しも救いも、ブライアンにはなかった。
雨の日も風の日も、低気圧がゴウゴウと荒れ狂う日も、焼けつくような炎天下でさえ。
顔だけになったブライアンは、為政者たちの隠し事を暴露し続ける。
無人の島で……。
永遠に……。
「ああ……。せめて、カラスミが食いたい。私の蒐集した珍味たち……」
ブライアンが溜め込んでいた食品類は、すべてメルによって接収された。
もう、あの味わい深いカラスミは食べられない。
高級チーズも熟成肉もない。
そもそもブライアンには、デカイ顔しかなかった。
手も足もないのだ。
フォト〇ョップ職人たちのアイデアに心酔する幼児は、まさしく悪魔だった。
ブライアンは突風で乱れた髪型を自分で整えることができなかった。
耳の穴に棲みついた鳥を追い払うことさえできない。
『デカイ顔とは、こう言うことじゃないだろ!』と絶叫したい。
だがしかし、そんな苦情を訴えたところで、あの忌々しい悪魔チビを喜ばせるだけだ。
「クソーッ。くそーっ。畜生めが!!!」
何もかも、諦めるしかなかった。
地面から直接生えたような顔に後頭部が存在するのかも、ブライアンには分からないのだ。
あり得ない現実を受け入れるに従い、世の特権者たちに自分と同じような苦渋を舐めさせることだけが、ブライアンの楽しみとなっていった。
◇◇◇◇
異世界に戻ったメルは、タリサたちに大歓迎された。
【祝。無事帰還!!】の横断幕もある。
「お帰り、メルー!」
「メルちゃん、ずっと待ってたんだよ」
「偉いぞ、メル姉。よく無事で戻ってきた。オレは嬉しい!」
タリサ、ティナ、ダヴィ坊やの三名が、メルを囲んで揉みくしゃにする。
「お、おまーら、何者ぞ!?」
「えーっ、タリサだよ。忘れたの……?」
「わたしはティナ」
「オレはダヴィだぜ」
メルの目は、驚きで真ん丸になった。
「メルちゃん。メルちゃんが、あっちで頑張っている間に、こっちでは何年も過ぎたの」
「ラビーはん?ラビーはんが大きいのは、魔法の指輪……?」
「違うのメルちゃん。わたしも成長したの……」
「ウェーイ」
メルの口から情けない声が漏れた。
メルは立派に成長した幼児ーズの面々を順番に見ると、無言で震える指を突き付け、踵を返して精霊樹の家に向かい走った。
乱暴にドアを開けて家に駆けこみ、バタンと締める。
「あっ!メル姉さま、ご無体な」
「やかあしぃわ!」
僅かな間を置いて、これまた成長したマルグリットが精霊樹の家から放り出された。
幼児ーズの面々は、カウンター窓口が厳重に締められたエルフさんの魔法料理店を心配そうな顔で見つめた。
すると二階の窓が勢いよく開いた。
「わらし、引き籠るで……。だれも来るんやないぞ!!」
メルは大声で宣言し、バタンと窓を閉じた。
樹生だった頃、クラスメイトたちに置いて行かれた辛い記憶が蘇る。
メルの瞳が、悲しみの涙で潤んだ。
「だから、上手く行かないって、オレは言ったよな」
「ダヴィは、何もアイデアを出さなかった癖に、あたしを責めないでよ」
タリサがダヴィの胸をコブシで殴った。
「そんなに強く殴ることないだろ!」
「滅茶クチャ腹が立ったのよ」
「二人とも、ケンカはやめましょう。わたしたちで何とかしないと……」
ティナがタリサとダヴィの罵り合いを止めに入った。
「向こうで説明しようとしたんだけど、メルちゃんは自分が小さくなっちゃったことを気に病んでいたから、どうしても言い出せなかったの。役に立てなくて、ゴメンね」
ラヴィニア姫が申し訳なさそうに頭を下げた。
「はぁー。仕方ないよ。あたしたちと背ぇ比べばかりしたがって……。何がなんでも勝とうとして背伸びするほど、チビ扱いされるのを嫌ってたんだもん」
「タリサ……。取り敢えずアビー小母さんと相談して、他の方法を考えましょう」
「そうよね。クヨクヨしていても事態は好転しない。斎王さまにも、知恵を借りよう」
「わたしはユリアーネと相談する」
「オレはミケ王子に話してみる」
タリサ発案の【何事もなかったようにメルを迎えよう作戦】は、斯くして失敗に終わった。
見事なほどの大爆死である。








