メルちゃんのお店
メルのオネショ事件発覚により、幼児ーズの四人は結束力を高めた。
そもそも…。
この四人は生活区域や年齢から他派閥への参加が難しかったので、出会えば固まる可能性を持っていた。
とくにタリサとティナは、『今日の出来事…』を兄や姉から嫌というほど自慢されるので、連れて行って貰えない不満による対抗意識が強かった。
二人は年長組が大嫌いだった。
となれば、自分たちで派閥(子供組)を発足させるしかない。
ダヴィ坊やの件を持ちだすまでもなく、幼児が仕事中の大人に囲まれて一日を過ごすのは辛い。
退屈で面白くないし、周囲に気ばかり使わされて心が萎える。
ちゃんと自分の面倒を見れなければ詰られるので、不能感まで植え付けられてしまう。
メルでさえフレッドやアビーしか居なければ、あれやこれやが不安で満足に喋れなくなる。
前世で家族に迷惑をかけた負い目が、今もって拭い去れない。
だから…。
子供同士の付き合いは、メルの救いとなっていた。
そこでは大人の都合に合わせて、心に思ったことを捻じ曲げたりせずに済む。
ダヴィ坊やの自己主張やタリサの競争意識は、親に隠している自我であった。
二人とも両親から、非常に煩がられていたのだ。
メルやティナも、多少なりと二人を面倒くさくなって罵るのだけれど、ここでは立場が対等だから心理的な抑圧にならない。
またタリサとダヴィ坊やも、メルに文句を言われたくらいではケンカを止めない。
それで良いのだ。
メルには自分の攻撃性を過度に抑えつける、子供らしくない癖があった。
だからタリサやダヴィ坊やを罵ることは、メルの癒しになっていた。
その点でティナは、メルの同類と言えるだろう。
メルがティナの意地悪さを見抜いたのは、ティナも巧みに己の悪意を隠していたからだ。
ティナがタリサに嫌味な行動を見せるのは、ティナなりの甘えだった。
ティナはタリサが大好きなのだ。
だから二人は、いつだって一緒にいる。
タリサは無神経で我儘だけれど、底抜けに優しい。
思い起こせば、最初にメルの友だちとなったのはタリサだった。
メルは耳が尖った精霊の子である。
精霊の子と言うカッコ付けの存在な上に、奇妙な力を持つ不思議ちゃんでもあった。
だがオネショ事件を境にして、仲間たちはメルを特別視しなくなった。
メルは精霊の子だけれど、オネショをするのだ。
それなら間違いなく仲間である。
そのような判断が、幼児ーズの内面でくだされた。
そうなると子供の遠慮など、朝露のように虚しく消え去ってしまう。
メルが魔法の背嚢から取りだす様々な品も、もう羨ましいとは思わない。
それらは幼児ーズの共有財産と、目されるようになったのだ。
図々しい…?
だけど、それが子供と言うモノだった。
いつの間にかメルは、未来から訪れた水色のロボットみたいな立場に収まっていた。
とにもかくにも…。
幼児ーズの四人は、互いに互いを必要とする仲間だった。
因みに、幼児ーズには正式名称がない。
メルたちを幼児ーズと面白そうに呼んでいるのは、『酔いどれ亭』に集まる常連客たちだ。
名付けたのは、メルの残念な父親であるフレッドだった。
タリサに言わせれば、『失礼しちゃうわ!』である。
夏も終わりを迎える頃になると、フレッドはメルが厨房で好きにすることを許した。
「うん…。メルは、ひとりでもちゃんと出来そうだな。コンロやオーブンの扱いも、心配無さそうだ」
「うぃ…?」
「ちみっ子だからよォ。ホントは親としてダメなんだと思うけど…。天才児じゃ、仕方ねぇよな。俺やアビーが見ていなくても、厨房に入る許可をやろう」
「まじかぁー?やった!」
メルは嬉しくなって、陽気なダンスステップを披露した。
「言葉も、少しずつだけど良くなってるわ」
「ほんのチョットだけな…。何にせよだ。危ないことはするなよ。ケガなんかしたら、速攻で立ち入り禁止にするぞ!」
「おうっ。わぁーた。リョウカイ」
メルは真面目な顔で請け負った。
それでもフレッドとアビーは、どこか不安そうな顔をしていた。
なにしろ相手は、ちいさな四歳児である。
刃物や火を扱わせるのは心配だ。
幼児を危険に近づけないのは、親の務めである。
親が子供にケガをさせたくないと願うのは、当然のことだった。
「いま許可したばかりなのに、もう後悔している俺ってなに…?」
「ふふっ…。それがお父さんってものじゃないの…?」
「アビーは心配してないのかよ」
「心配だけど、この子は隠れてもやるわ。私たちは、ちゃんと注意して上げることしか出来ません。もう、それは話し合ったでしょ」
「くっそぉー。鍵をかけたところで、無理やり開けちまいそうだしな…。メルは厄介なチビだぜ!」
フレッドは悪態を吐きながらも、やさしくメルの頭を撫でた。
魔鉱石の事件以来、フレッドとアビーは定期的に傭兵隊の訓練を行っていた。
そのせいで、『酔いどれ亭』には定休日のようなものができた。
フレッドは休業中の店で、調理しても良いとの許可をメルに下したのだ。
『酔いどれ亭』の休業日には、メルがコックさんだった。
メルちゃんの魔法料理店、爆誕である。
とは言っても、大量に調理して給仕までこなすのは無理だ。
無理をすれば事故に繋がる。
だからメルは、普段お世話になっているハンスとゲラルト親方に、招待状を書いて送った。
これを受け取った二人が、うねうねとのたくった幼児の筆跡に頭を悩ませたのは、ご愛敬である。
◇◇◇◇
ハンスが約束の日時に『酔いどれ亭』を訪れると、前回と同様に店は戸板で囲われ、休業の札が下がっていた。
「おじゃまするよぉー」
挨拶を口にして戸口を押すと、鍵は掛かっていない。
すっと扉が開いた。
食堂には既に、ゲラルト親方の姿があった。
「親方も、メルちゃんの手紙かい…。ご馳走してくれるって、話だろ…?」
「たぶんな…。わりぃーけどよぉ。ぜんぜん読めなかったんだわ」
「辛うじて、日時と用件だけは判読した…」
「そいつは心強いぜ…。オイラは、日時しか分からなかった。呼ばれたと思って、出張っただけよ」
ゲラルト親方の顔は、心なしか疲れた様子だった。
メルの招待状を前にして、かなりの時間を費やしたのだろう。
「メルちゃんには、是非とも村の手習い塾に通って貰いたいワ!」
「ああっ。それは同感だね…。それにしても、誰がメルちゃんに字を教えたんだい?ありゃ酷すぎる…」
「オイラ…。メメズが這ったのか?と、思ったわ」
メルに文字を教えたのはフレッドだった。
だが教えたフレッドより、メルの方に問題があったのは言うまでもない。
料理こそ料理スキルに支えられているメルだが、筆記となるとからっきしだった。
まず、羽ペンが満足に使えない。
だからメルが書いた招待状は、あちこちにインクの染みが滲んでいたし、文字が大胆にぐにょっていた。
『できたぁー!』
そう叫んだ娘の手元を見て、アビーが顔をしかめたのは想像に難くない。
書き直そうよと言いたいところだが、アビーはメルを溺愛していた。
ハンスとゲラルト親方が苦労すればよいコトである。
手と顔をインクだらけにしたメルを見たら、『行って来なさい!』とやさしく背中を押すしかなかった。
白状すれば、書き直しに付き合いたくなかったし。
ミッティア魔法王国で生まれ育ったアビーは、ウスベルク帝国の文字に酷似したメジエール村の日常文字がどうにも苦手だった。
何とか読めるけれど、その程度でしかない。
書くとなれば、全く自信がなかった。
だから笑顔で、メルを送りだしたのだ。
それで招待状を届けに行ってしまうのが、幼児クオリティーである。
最初から、読める訳がなかった。
こうした状況を考慮するなら…。
招待された日時にちゃんと顔を見せたハンスとゲラルト親方は、紛れもなく気合いの入ったお客さまだった。
そんな二人の前に、ちいさなコックさんが親子丼定食を運んできた。
茶色い木製のトレーには、ドンブリの他にお味噌汁の椀と浅漬けの盛られた小皿が載せてあった。
ドンブリの蓋を取ると、爽やかな香りがフワリと広がった。
半熟卵で綴じられた鶏肉と玉葱に、ツヤツヤの黄身が飾られ、瑞々しい三つ葉も散らされていた。
炊き立てのご飯には、カツオだしの蕎麦ツユが染みている。
爽やかな香りを漂わせているのは、三つ葉だった。
箸の使い方を知らない二人のために、スプーンが用意してあった。
「どうぞ、めしあがれ…」
メルが、ドヤ顔で勧めた。
「なんて美味しそうなんだ!」
「ありがとなぁ、メルちゃん。招待して貰って、オイラは嬉しいよ…」
「エンリョ、いらんで…。キョウはぁー。オカワリ、たんとあるでよ!」
二人は親子丼を口にして驚きの表情を浮かべ、そのまま黙々と食べ続けた。