父親って奴は…。
警告:害虫注意。
冒頭シーンの数行だけですが、メルの夢でGが登場します。
ホント其処だけですので、苦手な方は十行だけスルーしてください。
あとは、ほのぼの子供ランドです。w
巨大な芋虫の頭部から、青白い肌の女が生えていた。
腰から上だけの女は、ときおり痙攣しているような様子で腕を振り回す。
半透明の芋虫ボディーは、あちこちがポコポコと脈動していて薄気味悪い。
メルは燐光で微かに照らされた穴の中に、ひとりポッチだった。
周囲を忌々しいガジガジ虫たちに囲まれて、身動きが取れない。
見渡す限りのガジガジ虫たちが、飴色のボディーをヌラヌラとテカらせながら、体節を擦り合わせてカシャカシャと威嚇の音を立てる。
『オマエヲ、頭カラ、がじがじシテヤル…!』
全裸の芋虫女が不愉快な声で言い放ち、ズイッとメルに近づいた。
メッチャ怖い。
怖すぎてちびった。
『プギャァァァーッ!』
メルは理性を放りだして、泣き叫んだ。
おっかない夢だった。
「……フッ!」
だが、所詮ユメは夢でしかない。
どんな悪夢だろうと、目が覚めてしまえばコチラの勝ちだ。
メルは額の汗をぬぐいながら、そう思った。
「んっ?」
下半身に違和感があった。
なんだか生温かい。
しかも盛大に湿っているようだ。
「えええ…っ?」
掛け布団を、そっと捲ってみる。
異世界に精霊の子として生を受けて以来、最大のピンチがメルを襲った。
それは紛れもなく、『オネショ』だった。
「おぉーん!」
子供部屋に、悲痛な泣き声が響いた。
裏庭の物干しざおに、メルのマットレスとシーツが干してあった。
粗相して汚したかぼちゃパンツやパジャマも、並んで干されている。
メルはアビーが鼻歌を奏でながら洗濯物を干す間、ずっと傍に引っ付いていた。
ギュッとつかんでいたアビーのスカートを引っ張り、囁くような声でボソボソと話しかける。
「なぁなぁ、まぁま。ダレにも、言わんでなぁー」
「なぁに、メルちゃん?」
「ナイショにしたって」
「メルが、オネショしたこと…?」
メルは、『うがぁーっ!』となった。
大きな声で、オネショとか言うなや。
どこで、誰が聞いてるか分からないでしょ!
「それなぁー。だまっといてや」
「………ん。隠してもバレちゃうと思うよ」
コチラを見ていた近所の小母ちゃんと、視線が合った。
生け垣の向こう側で、小母ちゃんがニヘラと笑った。
「あかぁーん!わらし、オワタ…」
メルはシクシクと泣きだした。
「大丈夫だって、皆もきっと同じだからさぁー♪」
そう言う問題ではない。
メルの中の男子高校生が、この失態を恥じているのだ。
悪夢でうなされて寝小便を垂れる男子高校生が、何処にいるというのか…?
これはもう、友だちにバレたら登校拒否レベルの醜態である。
引きこもり確定だ。
こうなれば、今日のプールはお休み!
タリサやティナ、ダヴィ坊やが、裏庭へ侵入するのを断固として阻止せねばなるまい。
粗相の証拠を見られてはならない。
(マットレスが取り込まれるまで、裏庭は立ち入り禁止区域に指定だ…。ボクがオネショをしたなんて、知られる訳にはいかないからネ!)
国家安全保障局による隠蔽工作が、密かに始まろうとしていた。
(何とかして、連中の気を逸らさなければなるまい。そうなると…。オモチャか…。食べ物か…?ここで出し惜しみは、あり得ない。ええい、両方だっ!)
メルは花丸ポイントを大量消費しての、大盤振る舞いに踏み切った。
メル流、おもてなし大作戦である。
タリサとティナが『酔いどれ亭』を訪れたとき、小さなメルは奇妙な玩具で遊んでいた。
二本の棒に乗って、高い位置から得意そうな顔で見下ろしてくる。
めっちゃドヤ顔をしていた。
タリサは、ちょっとカチンとなった。
いつも一番チビな癖に、上げ底をして得意になっている。
正直に言えば悔しかったし、かなり羨ましかった。
「メル…。なに、それ?」
「タケウマ。わらし、大きなゆ。せぇー、のびゆ。おまーら、ちっさいのぉ!」
「………くっ!」
タリサのスルー能力は、限りなく低い。
ゼロと言っても過言ではない。
挑発されたら、引くことを知らない。
「メル…!ちょっと、あたしに貸しなさいよ」
「ええよ…。けどなぁー。タリサには、むつかしいかも…」
「何ですって…!」
獲物は網に掛った。
これで疲れ果てるまで、タケウマ修行が続くだろう。
子供には夏の暑さなんて、関係ないのだ。
「わたしも、試してみたいです」
ティナも釣れた。
ティナはタリサがするコトなら、大抵チャレンジする。
そして、タリサより上手にこなすのが好きなのだ。
ある意味で、非常にイヤな性格だった。
メルはタケウマの踏み板を一番低いところに設定してから、二人に渡した。
タケウマは、前もって四セット用意してあった。
残りのひとつは、ダヴィ坊やのタケウマだ。
(良いぞォー。二人とも、プールのことは棚上げしたみたいだ。日差しは強いし、マットレスも直ぐに乾くはず。このまま、乗り切って見せようじゃないか!)
今日のメルは、状況を支配することに積極的だった。
頭はキンキンに冴えわたり、女児たちの反応を逃すまじと鋭い視線で観察する。
何としても、飽きさせてはいけない。
程よいところで挑発を繰り返し、タケウマに集中させるのだ。
しかる後に、頃合いを見計らって、鉄板焼きパーティーへとなだれ込もう。
初デートの計画に気合いを入れる男子の如く、メルは今後の予定をおさらいした。
「メル!こんなの簡単よ。ほら、ちゃんと乗れたよ」
タリサは得意そうに言ってから、メルの方が高いことに気づいた。
「それ、カンタン。できて、トーゼン!」
「そんなの知ってるわよ!もっと高くしなさいよ!!」
「わたしのも、高くしてください」
メルはタケウマの設定を少し高くしてあげた。
「なるほど…。これは…。ちょっと難しくなった」
「でも…。背が伸びたみたいで、嬉しい」
「できたら、もっとたこぉーする」
タリサとティナは、覚束ない足取りながらもタケウマを操った。
そこに、ダヴィ坊やが現れた。
「メルねぇー。オレもやりたい!」
一番心配だったダヴィ坊やが、罠に掛った。
もっともタリサたちがタケウマをしている時点で、ダヴィ坊やの心配は消えていた。
ダヴィ坊やはタリサと同じ遊びをしたがるに、決まっていたからだ。
順番が逆になると危なかった。
ダヴィ坊やの競争意識は、タリサに向けられていた。
だからタケウマをしているメルを見ても、プールをせがむ可能性が残されていたのだ。
日差しが、めっちゃ暑いから…。
(さあ、これで心配は無くなったぞ!)
メルは安堵の息を吐いた。
途中、ジュースとアイスキャンディーで休憩を挟み、幼児たちがヘトヘトになるまでタケウマ修行は続けられた。
運動能力に長けた三人は、夕刻になるとタケウマで走っていた。
高さもメルと変わらない。
「メルちゃぁーん。もう良いよォー」
「おぉ…!」
アビーからOKの合図があった。
どうやらマットレスは乾き、取入れが完了したようだ。
鉄板焼きが無駄になってしまったけれど、構いはしない。
備えあれば患いなしである。
メルはやり遂げたのだ。
恥ずかしい秘密が公になる危険は、脱した。
こんな嬉しいことはない。
(鉄板焼きくらい、ケチケチしないでサービスするさ!)
メルはタケウマをかたして、『酔いどれ亭』の外に鉄板焼きの準備を整えた。
大きめの魔法コンロに、鏡面仕上げの鉄板を載せる。
お好み焼きの素と各種具材を運んできたテーブルに並べれば、完了だ。
「おまぁーら、ジブンでヤク!」
子供サイズのお椀に、お好み焼きの素と具材を入れてかき混ぜ、鉄板に落とす。
『ジューッ!』と油の撥ねる音がして、芳ばしい匂いが広がる。
「カンタン。よくヤク。そんだけヨ…」
メルはお好み焼きをヘラでひっくり返して、パンパンと叩いた。
「あたしにも、やらせなさいよ!」
「美味しそうですね…」
「オレにも、オレにもやらせぇー!」
「ヤケドせんよう、気ぃーつけや」
メルはお好みソースをデロリと垂らし、バスバス青のりをかけた。
「くんくん。なにこれ、なにこれ?すごく、おいしそぉー」
「ふわぁー。良い匂い…」
「もう食べて良い?ねえねえ、メルねぇー。食べて良い?」
「ダヴィ、それナマぞ。もっと、ヤケ!」
幼児たちは腹ペコだった。
黄色い歓声が上がり、もう大騒ぎだ。
そこにフレッドが顔を見せた。
「よお。美味そうなもん、拵えてるな」
「ぱぁぱ…。ここ、コドモだけ。オトナ、あかんよ」
「オマエたちの邪魔なんかしねぇよ。メルのマットレスを戻しておいたから、知らせに来てやっただけだ」
「………あぅ?」
計算外の要素が、メルの横っ腹にミサイルをぶち込んできた。
イタイ…。
痛すぎる攻撃だ。
国家安全保障局の危機だ。
『どうか、この男を黙らせてください!』と、メルは心の中で精霊さまに祈った。
だが、メルの祈りは届かなかった。
「メルー。もう、オネショすんじゃねぇぞ!」
フレッドは、ガハハッと笑いながら店に戻っていった。
幼児たちの注目を浴びながら、メルは愕然として立ち尽くした。
こうして世の父親たちは、娘のヘイトを集めていくのだった。
「メルのパパって、ガサツよね。とてもハンサムなだけに、残念ね!」
タリサが言った。
「メルちゃん。だれだって調子の悪いときはあるよ…」
ティナが優しい声で慰めた。
「…………」
ダヴィ坊やが無言で、ポンポンとメルの肩を叩いた。
幼児たちの思いやりに、咽び泣くメルだった。