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エルフさんの魔法料理店  作者: 夜塊織夢
第一部
34/369

うちの子になったミケ



怖い夢を見た。

物凄く怖かったので、身体がビクッとして目を覚ました。


メルはベッドに上半身を起して、キョトキョトと辺りを見回した。

『酔いどれ亭』の二階にある、子供部屋だった。


窓からは、午後の日差しが差し込んでいる。


「あつー!」


汗でパジャマが湿っていた。

ペタペタと肌に張り付いて、気持ちが悪い。


「ふぅーっ」


メルはボーッとする頭を振った。


悪夢の内容は変質し、意識の底へと沈んでいった。

何が怖かったのか思いだそうとしても、その断片すら脳裏に浮かんでこない。


〈メル…。気が付いたかい?〉


「ふぉっ…!みけ…」


メルはミケ王子の念話に驚いて、ちょっとだけ跳び上がった。


〈ちょっ!そんな…。オバケでも見たような反応をされると、傷つくなぁー〉

〈ごめんね…。いきなり話しかけられたから、驚いただけだよ〉


子供部屋のスミに、ちょこんと座ったミケがメルを見つめていた。


怖い夢を見たから、警戒していたとは言わない。

夢と現実をごったまぜにするのは、赤ちゃんポイと思うメルだった。


〈テロリストは、ネズミじゃなかったね…。嫌らしい虫だった…〉

〈最初から、ボクはネズミじゃないって言ったよ!〉

〈えーっ。そうだっけ…。聞いた覚えが、ないんですけどォー?〉

〈メルは不注意だからね。ちゃんと話を聞くように、気をつけた方が良いよ〉


〈うーむ。なんか、納得いかない!〉


それもそのはずで、『盗人はネズミじゃない…!』とミケが何度も訴えたのは、メルを起そうとしていたときだった。

寝ていたメルの記憶にないのは、当然である。


ミケ王子は残念なことに猫なので、メルが起きてから敵の正体について報告をしていない。

もう何度も念話を送ったので、すっかり伝えた気分(・・)になってしまったのだ。


ミケ王子の関心は、泥棒の侵入を伝えるところから始まり、その正体をメルに教えるコトから、メルを起こすコトへと移り変わり、それでも何とか逃亡する盗人をアジトまで尾行した。

そしてメルが起きた後は、盗人どものアジトへとメルを案内するコトしか考えていなかった。


ひとつ前の事象は、スコンと忘れてしまう。

猫は集中力が高いけれど、並行して複数のタスクを処理できないのだ。


だから料理人にはなれない。


ミケ王子がメザシを焼いたとしたら…。

お皿を用意している間にメザシの件を忘れてしまい、思いだしたときには黒い炭を発見することだろう。


〈あっ…。大切なコトを思いだした!〉

〈なに…?〉

〈ボク…。後払いのメザシ二匹をまだ貰ってないよ!〉

〈そんなことより、あれからどうなったのかなぁ…。テロリストどもは、ちゃんと退治できたの…?〉

〈メルと妖精たちは、たくさんやっつけてたよ。心配なら、確認しに行くかい?〉


〈確認は、いいや…。なんか見たくないし…〉


メルはガジガジ虫(通称G)の死骸が散乱する現場に、戻りたくなかった。


〈あの後、メルが倒れちゃったから…。ボクは助けを呼ぶので、とっても大変だったんだよ…。アビーとフレッドを捕まえてさ…。言葉が通じないから、噛みついて引っ張って…。気絶するくらいなら、センメツサクセンとかしないで欲しいよ。まったくぅー!〉

〈ごめんね。迷惑をかけちゃって…〉

〈そうやって謝るんだったらさぁー。よぉーく、考えてから、行動してくれないかな…。ホント…。ちっさな子って、面倒ばかり起こすんだから…〉

〈メザシを二匹ほど、追加しましょう。ミケに、迷惑料ね。後払いは、四匹でどうかな…?〉


〈妖精女王陛下…。これからも、バシバシ面倒をおかけください。ボクは誠心誠意、力の限り尽くさせて頂きます!〉


ミケ王子が任せてくださいとばかりに、直立姿勢で敬礼をして見せた。

すっかりメルの臣下である。



「あらっ、メルちゃん起きたの…?」

「うん…」


子供部屋を出たメルがパジャマ姿で食堂に姿を見せると、アビーが心配そうな顔で声をかけた。


「大丈夫そう…?具合の悪いところはない?」

「なぁーよ。わらし、元気!」


「だったら、お風呂に入ろうか…」


ホッとしたアビーは、メルの手を取って風呂場へと向かった。


お風呂の準備は、フレッドが出かける前にしてくれた。

時間が経てば湯はぬるくなってしまうけれど、夏場なので問題なかった。


フレッドはガジガジ虫の駆除で、パン屋の裏庭に呼ばれていた。

害虫駆除では殺虫剤の他に、制御に長けた火魔法が重宝されるのだ。


実はメルを回収した酒場夫婦は、汚れてしまった服を急いで脱がせてから、洗浄魔法(ピュリファイ)を使って念入りに虫の破片を除去した。

それでも、お風呂に入れなければ納得できないほど、メルは汚染されていた。


またメルが居なければ、ミケを洗うことだって出来ない。

騒乱の現場にいたであろうミケも、ガジガジ虫の破片を浴びているはずだ。


だけど、メルに懐いた生意気なノラ猫は、メルの命令しか聞かなかった。

おとなしくアビーに洗浄魔法(ピュリファイ)を使わせたりしない。

気配を察知すると、素早く逃げ回るのだ。


「そのネコ。ちょっと偉そうで、ムカつくんだけど…。メルちゃんのピンチを教えてくれたからね。ウチで飼おう…」

「うぉー。やった。みけ、おうちできた」

「だけど、ちゃんとキレイに洗ってからだよ」


「うむっ。みけ、ノミおるでな!」


ミケ王子はメルに首っ玉をつかまれて、イヤイヤお風呂場へと連行された。


「にゃぁーん!」


ミケ王子の口を突いてでた訴えは…。

この世の終わりを嘆くような、弱々しい鳴き声だった。




◇◇◇◇




ファブリス村長がパン屋のマルセルを連れて、『酔いどれ亭』を訪れた。


お風呂上がりのメルは、スッキリとした顔でフルーツ牛乳を飲んでいた。

花丸ポイントで購入した、巫女印乳業の商品である。


メルの口から、喜びの声が漏れた。


「うまぁー♪」


どうやらファブリス村長とマルセルはメルに用事があるようで、アビーに軽く挨拶をしてから近づいてきた。


「こんにちは、メル…。今回はお手柄だったね!」

「んっ…?」

「メルちゃんのお蔭でよォ。倉庫の小麦粉を台無しにされずに済んだワ。えれぇ、感謝しとるで…。ありがとなぁ!」


「ガジガジ虫は、村の敵だからな。どんだけ早く見つけるかで、被害が変わるんだよ…。わしは嬉しい。メルのように小さな子が、村のためを思ってガジガジ虫の群と闘ってくれるとは…。こんな誇りに思えることは、滅多にないぞ!」


メルは二人の盛り上がりに、置いて行かれた。


何と言っても、メルがテロリスト殲滅に乗りだしたのは、大好物のキャラメルナッツを盗まれたからだ。

メジエール村の被害なんて、これっぱかしも考えていなかった。

だから村の英雄みたいに持ち上げられても、困るのだ。


「今年の精霊祭では、メルちゃんが最優秀女児賞に決まりだなぁー」

「うむっ。エミリオからも推薦状が届いとる。病気のブタを治療してくれたとな!」

「なんら…?セイレーサイ?ショォー?」

「秋口に催される、メジエール村の祭りだよ。精霊さまに、感謝を捧げる祭りでな…。そのとき、村のために頑張った者たちを表彰するんだ」


「ほぅ…?」


面倒くさそうな話なので、メルは視線を逸らせた。


「まあ、メルちゃんは『精霊の子』だからな。精霊祭では、主役みたいなもんだ」

「本当に、ありがたい事だ。これまで空座だった妖精女王の席に、『精霊の子』を座らせることができる。村長として、まっこと鼻が高い…」


二人はメルの頭を撫で繰りまわし、大声で笑いながら帰っていった。


(精霊祭だと…?主役ってナンダヨ…。僕は、晒しものにされちゃうの…?うわぁー。話を聞かされただけで、緊張してきた。手足がプルってる…)


メルは高い段の上に登って、ひとの注目を浴びた経験がなかった。

前世の卒業式だって、まともに出席したことがないのだ。


〈ミケェー。イヤな汗が滲んできたよ…〉

〈メルは図々しい癖して、小心者なんだよね〉

〈ストレスだよ。自慢のさらさらヘアーが、抜けちゃうよ!〉

〈ボクから見たら、既に全身ハゲだけどね〉

〈…………ミケって、相談役に向いてないかも〉


〈フンッ。悪うございました。ボクはノミだらけの、ノラ猫ですからね。精霊の子を御守りするなんて、土台ムリなんだよ…。野良ですから…!〉


お風呂でガシガシと洗われたミケは、大層キゲンが悪かった。






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【エルフさんの魔法料理店】

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