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エルフさんの魔法料理店  作者: 夜塊織夢
第二部
333/369

ミッティア魔法王国の現状



グウェンドリーヌ女王陛下は自国の貧しい農村を目にしながら、ノダック連峰の渓谷を抜けた。

ミッティア魔法王国から脱出する過程で、いく度か暴動を目撃している。

焼き討ちにあった貴族の邸宅も、その目で見た。


「滅びるときは早いのぉ……」

「全くです。陛下」

「マリーズよ、陛下は止めい。わたしを襲わせたいのか?そうなれば貴様たちも無事では済まぬぞ」

「これは申し訳ございません」


辺りに耳目(じもく)はなく、つい口を滑らせたマリーズ・レノアだった。


「さて、我が身は、隣国への亡命など許されるはずもなし……。ひとまずは七人委員会の追手から逃れたものの、どうすれば良いか……?」

「糧食が尽きています。早急に補給せねばなりません」


マーカス・スコットが喫緊の問題を口にした。


「農村を襲撃しますか?」

「バカを言うでない。もともとは、わたしの民である。今もなお、(いと)おしい。それを傷つけるなど、とんでもない話だ」

「でしたら、この地の領主から奪いますか?」


「たしかリーデル子爵は、枢密院に顔を覗かせていたな」

「女王よ。クリストファー・リーデル子爵なら、ウスベルクに派遣されていた大使じゃ。ゴリゴリのタカ派で知られておる。枢密院議会では、ウスベルク帝国との開戦を大声で主張しておったわい」


グウェンドリーヌに付き従うエルフの占い師イルザは倒木に腰を下ろし、熱い茶を飲みながら小さく頷いた。

山道での雪中行軍は魔法による身体強化があっても、骨身に応える。

イルザのような老婆であればことさらだ。


「イルザ。女王は止めよ!」

「…………いまさら」


イルザは鼻を鳴らして笑った。


「今更か……。貧すれば鈍するだな。よいアイデアもなし、いっそのこと逆賊にでもなるか……」

「あぁー。それを言うなら、女王軍です。自分から逆賊を名乗っては、味方がついて来ません」

「マリーズの言う通りじゃな。折角だから女王軍を立ち上げて、ウスベルク帝国に攻め入った罪や妖精迫害の罪をぜぇーんぶサラデウスに押し付けてしまえばよい」

「なるほど……。それでクリスタや妖精女王陛下の怒りは鎮まるか……?」

「やらんより百倍マシじゃ。慧眼(えげん)の能力も、そう言っておろう?」


グウェンドリーヌは眼を閉じ、未来に意識を向けた。


「うむっ。イルザの占いと、わたしの能力は、同じ未来を感じ取ったようだな」

「じゃろ……。わしらに選択肢など残されていない。四の五の言わずに、力の限り進むしかないわ」

「モニカ、お茶のおかわりをくれんか?寒くて(かな)わん」

「はい。どうぞ」


毛皮で着ぶくれした女王陛下の侍女が、イルザのカップに茶を注いだ。


たった五人の寄せ集めだが、潜入破壊活動や人心掌握となれば、うってつけのメンバー構成だった。

しかもマリーズとマーカスしか知らないけれど、リニューアルされたカメラマンの精霊が途中から参加していた。


〈クリストファー・リーデル子爵は、こちらの手ゴマです。城塞に攻め込む必要はありません。拠点として利用することをお勧めします〉


より瘴気の影響を受けず、低コストで活動可能な敵地専用型マイクロ・ドローンのベルゼブブが、マリーズとマーカスに助言した。


〈どういうことか……?〉

〈すでにリーデル子爵の洗脳は、神の声プロジェクトにより完了しています。グウェンドリーヌ女王の命令に従うよう、明日までに調整しておきます〉

〈フムッ〉

〈この地でグウェンドリーヌ女王が挙兵するなら、元特殊部隊のフレンセンたちを合流させましょう〉

〈元特殊部隊……?〉

〈そちらも洗脳済みです。チームに指示を出して、魔法軍の魔装化部隊から最新式の装備を持ち出させましょう〉

〈よろしく頼む〉


マリーズは携帯食料を齧りながら樹の幹に寄りかかった。

枝に降り積もった雪が、足元に落下した。


「まいった」

「ああっ、妖精女王陛下は手回しの良いこと」


マリーズとマーカスは全身から脱力して、ため息を吐いた。


クリストファー・リーデル子爵の件は偶然に違いないが、それにしてもである。


「運を味方に着けていますね」

「勢いに乗った妖精女王陛下は手に負えん」

「全くですな」


マリーズが思い起こすのは、妖精女王陛下との出会い。

ミジエール街で味わった、最悪の敗北だった。

幼女を相手に、なす術なし。


はてさて七人委員会の長老サラデウスが、どのような顔を見せてくれるやら。

それを想像するだけで、笑ってしまいそうになるマリーズだった。




◇◇◇◇




ミッティア魔法王国は、峻厳な山脈に囲まれた肥沃な平野を国土としていた。

暗黒時代は農業国であり、魔法文明の発達に従って現在の魔法産業国へと姿を変えていった。


あちらこちらに出没する悪鬼や邪霊と戦うには、強力な兵呪が必要なので仕方がなかった。

その時代、魔法技術の発展と国民の強化は、避けて通れない重要課題だったのだ。


だが無理な開発には、リスクが伴う。


数多(あまた)の鉱脈が発掘されたことで、河川は汚染された。

耕作地は産業地帯となり、農民は労働者として工場に雇われ、農産物の収穫は激減した。


農産物を輸入に頼り、高度な魔法具を輸出する。

食糧自給率の低い魔法産業国が、ミッティア魔法王国である。

生存に必要な食料を他国に依存するミッティア魔法王国は、必然的に覇権国家となった。

周辺諸国を恫喝によって支配下に置く、軍事大国だ。


そして諸外国との貿易に必須なのが、ヴェルマン海峡だった。

国土を山脈に囲まれたミッティア魔法王国の貿易は、おもに海路を用いて行われた。


それなのに、その大切な海が海洋モンスターに占拠されてしまった。


「サラデウスさま。ラスコ共和国に向かった輸送船団が戻りません」

「護衛艦を三隻もつけただろう!」


報告を聞いたサラデウスは、顔を赤く染めて吠えた。


「先の海戦で生き残った水兵が申しますには、海竜だけでなく、サハギンの集団も襲って来るので、護衛艦の砲では対処できないようです」

「艦の真下から攻められると、反撃は不可能になりますから」

「今回は海路を変え、運を天に任せた出航でしたが、見つかってしまったようですね。モンスターどもは、かなり広域に分布していると、考えた方が良いでしょう」

「グヌヌヌヌッ……!?」


まだ、食糧の貯えは充分にあった。

それでも海外からの輸入が途絶えてしまえば、食い潰していく一方だ。


「新型の水雷艇は……?」

「水雷の威力を上げるのに、手間取っています。水雷の投下手段についても、技術者たちが模索中です」

「今のままでは、海竜の討伐作戦に参加させられません」


ウスベルク帝国への侵攻に失敗してから、ピクスの捕獲量が減ってしまったのも悩ましい。

新造艦を揃えたくても、造船に必要な動力が不足していた。


「技術者の住居が、暴徒に襲われて焼かれました。護衛部隊の派遣を要請されています」

「物価高が原因ですね。生活必需品を手に入れられない低所得者が、徒党を組んで暴れているようです」

「これまでと同じ量の品物を市場に出している。どうして物価が上がる?」

「商品が消えているからです。誰かが……。というか資産家が、買いまくっているのでしょう」


こんな時にも貴族や商人は私腹を肥やし、消費物を買い占める。

とくに保存可能な食料品を……。


物価は上がり続け、食糧危機によって各地で暴動が起きるようになった。


「枢密院の馬鹿どもが……。祖国を失えば、欲張って溜め込んだ財産に意味などあるまい」

「取り敢えず現状でも可能なのは、食料品の売買禁止です」

「配給制の導入か……」


枢密院議会の貴族たちは、食料品の配給制度に猛反対するだろう。

だが、断行するしかあるまい。


危急存亡の折に際しては、独断専横もやむなし。

周囲にバカ貴族と愚民しか居ないのなら、それも仕方あるまいと考える長老サラデウスだった。


そんなサラデウスに東部からもたらされた速報が、追い打ちをかけた。


「クリストファー・リーデル子爵、自領にて挙兵。女王軍を名乗っています」

「何だとぉー!?」

「情報を持ち帰った兵の中に、グウェンドリーヌさまのお姿を目撃した者がおります。これは、もと女王を旗頭とした謀反です。周辺の貴族たちも七人委員会と枢密院の失策を糾弾すべきだと、リーデル子爵の軍に合流した様子」

「あのクソ女が……。この大変なときに、何を考えている。いま国を割れば、ミッティアが亡ぶぞ!」


サラデウスは激しくコブシを震わせ、口の端から泡を吹いた。




◇◇◇◇




黒曜宮の寝室にて、黒太母ベアトリーチェは静かに微睡(まどろ)んでいた。

微笑みを浮かべた顔は、まるで無垢な幼子(おさなご)のようだ。

楽しい夢でも見ているのだろう。


「ははうえ……」


忌まわしい虚無の蟲たちを統べる女王の口から、寝言が(こぼ)れ落ちた。

あまりにも似つかわしくない寝言だった。


世界を滅ぼさんとするベアトリーチェが夢に見る、愛おしい母の姿。


「ははう、え……」


ベアトリーチェの表情は苦しげに歪み、目じりに涙が滲んだ。

そして、その姿も、大きく、体節のある蟲へと、軋みながら変貌した。


「ゆるさん、許さない。卑劣な嘘つきどもが……。わらわを迎えに来ると約しておいて……」


むくりと顔を上げたベアトリーチェは、黒太母の姿を取り戻していた。

ぎちぎちと大顎を噛み鳴らしながら、寝床から這いだす。


「嘘つきどもは言葉だけでなく、仕草まで(ろう)して、お互いに騙し合う。じつに醜い。私欲に囚われ醜悪だ」


黒太母は頭を振り、六本の足で黒曜石の床に立ち上がった。

大鏡に映る己の姿は、蟲の頭部に人の上半身が生えた怪物である。


「フム、髪が乱れている。キチンとせねばな」


そう言いながら、古くなった飾り櫛(コーム)で寝癖を直した。


そのアクセサリーは、エルフ女王クリスタからの贈りものである。

決して櫛の歯が欠けることのない、美しい魔法具だった。

髪を整える癖も、クリスタに躾けられた習慣だ。


母の手で、髪を結ってもらった幸せな日々。

あの笑顔や温もりは、すっかり色褪せてしまった。


「世界は美しく有らねばならぬ。わらわが、あの腐り切った世界を完璧に整えよう」


黒太母は髪を束ねて飾り櫛(コーム)で留めると、ミッティア魔法王国に意識を飛ばした。

潜伏中の蟲たちが、黒太母にミッティア魔法王国の窮状を伝えてくる。


「フフッ……。そろそろ刈り入れの準備をするか……」


魔法の飾り櫛(コーム)はベアトリーチェに残された、たった一つの大切な所有物だった。

だけどもう、ベアトリーチェはその由来を忘れていた。






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