本番は舞踏会だ
お誕生日会は、単なるウォーミングアップだった。
「と言うわけで諸君。こっからが本番デス!」
「ラヴィニア姫のデビュタントですね」
「ダンスパーティーですか!?」
メルの言葉に、ユリアーネ女史とアーロンが意気込んだ。
場所はユグドラシル王国、女王陛下の間。
集まったメンバーは、アーロン、ユリアーネ女史、精霊議会議長のハトホル、小竜公ドラクル、儀典長クラウディア、ハチワレの六名である。
メルを足すと七名。
「さあ皆さま。お茶のオカワリをどうぞ」
「ああ、すまない」
「わたくしも、もらおうか」
「アリガトウ」
侍女のシャモニーが女王陛下のお客さまに、お茶を勧めてまわった。
なかなかの働き者である。
「敢えて言おう。フツーの舞踏会は、つまらん!」
「エェーッ。夜会ですよ。ダンスパーティーは楽しいでしょ?」
「恋のさや当て、あいつとこいつが、あっちっち………。そんなん、ラビーさんには早すぎます。てか、ラビーさんは、ずーっと子ろもでエエやん」
「まあ、そう言われてしまったら……。わたしも、メルさんの意見に賛成です!」
「………………」
ユリアーネ女史は、メルとアーロンを生温かい目で見た。
片やラヴィニア姫の兄を自称するアーロン。
もう一方は、恋人の座を狙うメル。
ラヴィニア姫のデビュタントに気が気ではなくなり、何としても恋愛展開を阻止するつもりらしい。
だけど舞踏会は、ユグドラシル王国の城で開かれるのだ。
ウスベルク帝国の貴族は招かれない。
そしてメジエール村の男たちは、社交ダンスを踊れなかった。
そうなればラヴィニア姫のお相手をするのは、精霊たちのみである。
どう転んでも、恋愛には発展すまい。
精霊たちは、妖精女王陛下の想い人を奪ったりしないだろう。
大きくなれる指輪を貰ったラヴィニア姫は、毎日ドレスを着て楽しんでいる。
封印の塔で暮らしていた頃に憧れたご令嬢になり、鏡の前に立って、ひとり踊るのだ。
その姿で、家の外に出たことはなかった。
ユリアーネ女史としては、眺めていて切ない。
せっかく着飾ったのだから、晴れの舞台に立って参加者たちから喝采を浴びて欲しい。
『あの方は、どこのご令嬢だい?』
『なんて美しいお嬢さんだ』
『失礼、レディー。わたしと一曲、踊ってくださいませんか?』
そんな風に、ちやほやされて頬を染めるラヴィニア姫が見たい。
しょうもない嫉妬で、ラヴィニア姫の幸せを邪魔をしないで欲しい。
ユリアーネ女史は、そう考えた。
「あのー。普通では、駄目なのでしょうか?」
「普通の夜会と言うたら、貴族の酔っぱらいがムヒヒですわ。わらし、知っとるで……」
「あっ……!?」
カクテルと食事を楽しみ、ほろ酔い気分で踊るダンスパーティー。
若いカップルが行き着く先は、誰も居ない個室。
「まあ、そんなんばかりでないとしてもですよ。本来なら社交が行われようモン、これといって話題もござません。精霊に、お友だちがおる訳でもない。それなら、ラビーさんは踊り続けるんかぁー?それって、ちょっとした苦行やで……」
「たしかに……」
ユグドラシル王国で精霊たちとの社交とか、何をすればよいのやら皆目見当がつかない。
リアルに想像すると、もとから普通の舞踏会ではなかった。
「間が持ちそうにありませんね」
「そう。普通をやろうとしたら、まず間違いなく飽きます。わらしはラビーさんに、退屈させとぉーありません。デビュタントで壁の花はアカン!」
「メルさんには、何か解決策があるのでしょうか?」
「ダンパも要は祭。そうではありませんか?」
「まつりですか……」
ユリアーネ女史が、『ムムムッ……』と考え込んだ。
「ユリアーネさんが考えるのは、ラビーさんの装いだけでエエよ。当日は、綺麗に飾って上げてくらはい」
「それはもう……」
ユリアーネ女史は力強く請け負った。
「そんでもって……。アーロンは、ラビーさんのエスコート役ね」
「良いんですか。メルさんがエスコートしなくて……?」
「譲ったる。断腸の思いで、今回は譲ったる」
メルは腕組みをして顔を伏せ、グヌヌヌヌッと唸った。
メルもアーロンの思いは知っていた。
どれだけラヴィニア姫の理不尽な不幸に憤慨していたか。
ここで意地悪をするほど、メルの性根は捻じ曲がっていなかった。
アーロンもユリアーネ女史も、ラヴィニア姫をハッピーにするイベントに関与したい。
この二人はラヴィニア姫が辛かった時代、ずっと付き添ってきたのだ。
決して、目を逸らそうとせずに……。
ラヴィニア姫のデビュタントで美味しい役を譲るくらい、我慢しろという話である。
「要するに、最初から最後まで楽しくて、よい思い出になる。そんなイベントでありたい。分るかね、ハチワレ?」
「勿論だニャ!」
「精霊たちへの根回しは、ハトホルに任せてエエかの……?」
「はい。万事、お任せください」
「パーティー会場のセッティングは、ドラクルじゃ!」
「承知しました」
「クラウディアは連絡係です」
「承りました」
それぞれに仕事を振り、メルは満足そうに頷いた。
「それで、メルさんは何をするんでしょうか?」
「そんなん秘密じゃ!!」
舞踏会のサプライズは、トップシークレットだった。
◇◇◇◇
メジエール村の人々に、ユグドラシル王国から舞踏会の招待状が届いた。
勿論、エルフの里やドワーフの集落にも、招待状は届けられた。
既にミジエールの歓楽街からは、舞踏会の準備を手伝うメンバーが派遣されていた。
歌舞音曲など人を楽しませる芸事に関しては、もとより得意中の得意である。
セイレーンやサハギンたちは、斎王ドルレアックから舞踏会の話を聞かされると張り切った。
『楽園』で披露される演目に改変を加え、妓楼らしい艶っぽさを抑えた水芸や手品などが用意された。
一方メルは、ユグドラシル商品開発部から大量の遊具を買い入れた。
「ネオン、キラキラ。花火ドォーン。こう言うんは、ド派手に行かなアカンのです!」
世間が冬でも関係なかった。
メジエール村がドカ雪であろうと、ユグドラシル王国には影響しない。
見上げる空は青く、爽やかな風にメルの耳毛がそよぐ。
妖精郷の季節と天気は、メルの気分次第だった。
「いやぁー、本当に不思議ですね」
「アーロンは、そう言うけど……。クリスタの庵だって、同じようなものデショ」
只今、大工の精霊たちが、ローラーコースターやメリーゴーランド、観覧車まで取り揃えた移動式遊園地を設営中である。
目玉は山ほどの景品を並べた、射幸心を煽る輪投げや玉入れなどのゲームだ。
「会場の外にまで、遊具を設置するんですか……?」
アーロンは城の庭を歩きながら、メルに訊ねた。
「巨大迷路とかミラーハウスなんか、屋外に設置するしかあらへん。メリーゴーランドはまだしも、ローラーコースターを城の中に設置したらアカンやろ」
「いやいや、やりすぎでしょ。こんなの舞踏会の日だけでは、遊びきれませんよ」
「ハァー。これは簡単にばらして、移動できるけんね。そのうちメジエール村やタルブ川流域の開拓村だけでなく、帝都ウルリッヒの魔法学校にも持って行きます」
「なるほど……。だけど、こんなに広いお城です。メジエール村の子供たちが舞踏会の大広間から出たら、迷子になりますよ」
「アーロン。分かってないですね。ユグドラシル王国は精霊の国ヨ。むしろ迷子は大歓迎じゃ。会場まで連れ帰って『ありがとう』を貰えたら、精霊さんたちは大喜びです」
「ムムムッ……」
「ここは敢えて、迷子を大量生産したいと思います」
メルは腰に手を当て、ガハハハッと笑った。
会場となる大広間にも、壁を埋めるようにして屋台が並ぶ。
こちらはハチワレの指揮下、ケット・シーたちが忙しそうに働いていた。
まるで文化祭の準備をする学生のようにはしゃぎ、楽しそうだ。
「ラビーさんを壁の花にさせんため、壁面は屋台で埋め尽くします。屋台は食べ物屋とゲーム屋で、半々やね」
「屋台ですか。舞踏会なのに、お金を取るのでしょうか?」
「食事は無料デス。何を食べても、どれだけ食べてもお代は頂きません」
「じゃ、ゲームは……?」
「有料デス」
「舞踏会でお金を取るのは、どうなんでしょうか?」
アーロンは首を横に振った。
「わらしが用意したゲームは、お金を払って頂かんと、おもろないねん」
「はぁ……」
「アーロンだって、カードをするときに金品を賭けるデショ?」
「そうですね」
「なんで……?」
「何かを賭けると、勝負が盛り上がるんですよ」
メルの質問にアーロンが答えた。
「そう言うことぉー」
カードを捲って相手より大きな数字を出せば勝てるような運のみのゲームでも、何かを賭ければ興奮するものだ。
参加費を支払ってゲームに勝つと欲しい賞品をゲットできるなら、どんだけアホらしいゲームであろうと勝つための方法を夢中になって考えるだろう。
だから必勝法を求めて、数多のイカサマも考案される。
「何も稼ごうとか考えとらんヨ。一メルカで、百枚のチップを渡すもん」
「ほう」
「ゲームは、いっちゃん安いヤツでチップ五枚。景品の豪華さとゲームの難易度で、参加費を決めマス」
「分かりました。その価格であれば、認めましょう」
ハッキリ言って、只みたいなものである。
ただし、塵も積もれば山となる。
そういう話だ。
メルはアーロンから見えない角度で、ニンマリと笑った。
メジエール村に戻ったメルは、合図の指笛でハンテンを呼び出した。
降り積もった雪を蹴散らし、ピンク色の丸い塊が走ってくる。
相変わらず、太い眉毛が凛々しい。
「ハァハァハァ……」
「ハンテン。妖精女王はアータの長年に亙る貢献を認め、カッケー蝶ネクタイを贈ることにしました。これじゃ、これ……。何とか間に合ったわ。嬉しかろぉー」
「わん!ハァハァハァ……」
「分かっとると思うが、これは魔法具です。当日まで、内緒にしとかなアカンで」
「はふぅ。ワンワン」
「待ち遠しいんは、わらしも同じデス。でも、今は我慢。舞踏会の日に、ラビーさんを驚かせて上げましょう」
「わぉおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーん!わおん。わおん。わぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーん!」
メルは待ちきれない様子で遠吠えするハンテンの頭をペチペチと叩いた。








