乙女心は難しい
ラヴィニア姫の邸宅に潜入して、十日目。
調査を切り上げたミケ王子が、メルのもとに帰還した。
「ただいまー」
「おお、ミーケさん。おかえりなさい。で、どうだった?」
ミケ王子の帰りを今か今かと待ちわびていたメルは、食い気味に訊ねた。
「それなんだけどさー。昼も夜もラヴィニア姫の近くにいて、引き籠りの原因を探ったんだけど……。何だかなぁー」
「あー、もう。そういうのはエエから、簡潔明瞭にオネシャス!」
「メルちゃんが羨ましい」
「えっ?」
「ラヴィニア姫が、そう言ってました」
「?????」
メルの頭に『?』が並んだ。
「大きくなって、綺麗なドレスを着ていたメルが、羨ましかったみたい」
「どぉーして……。どぉーして、そんなことで、家から出られなくなるんですか?」
メルが膝から頽れた。
「そんなの、ボクに分かるはずないじゃん」
ミケ王子は肩を竦め、床に這いつくばるメルを冷たい目で見た。
「まあ。ミケさんは、所詮ネコやし……。ちゃんと推理でけへんでも、特別に許したるわ」
「メルだって、分からないんでしょ!」
メルとミケ王子が、バチバチと睨み合う。
「ほんなら。もう一回、行ってこんかい!」
「ムダムダ……。どんだけ調査しようと、ボクらにラヴィニア姫の気持ちなんて、永遠に理解できやしないよ」
「えぅー。それは、言うたらアカンやつ」
メルが呆然とした顔になった。
「それに気持ちが分からなくたって、もう解決方法は分かったでしょ?」
「はっ!?」
メルは床に手を突いて、すっくと立ち上がった。
そして自分の指から魔法のリングを外そうと、暴れだした。
「ぐっ、かぁ……。ふんぎゃぁー。はぁはぁ……。コイツ外れんわい!?」
「そんなの知ってたじゃん。これまでだって、外せなかったじゃん」
「だって……。ラビーさんに、この指輪を……」
「相変わらずメルって、考えなしだよね。こんな絶好の機会に、自分の指輪で間に合わせようとするとか、馬鹿でしょ」
ミケ王子がうんざりとした様子で、ため息を吐いた。
「何ですとぉー」
「ピンチはチャンスって、言うじゃん。さあ、想像してみよう。それは確実にラヴィニア姫を喜ばす、特別なプレゼント。ピンクのリボンを解き、可愛らしい包み紙を剥がし、小さな化粧箱を開けると、そこには……」
「…………ミケ。おまぁー天才!!」
メルはウサギのポシェットからケイタイを取り出し、ボタンを押した。
「あー。もしもし。わらしだけど……。そそっ。わらしデス。女王さまのメル……。んっ、女王さま専用回線だから、名乗る必要はないって……。いいじゃん、名乗っても」
ユグドラシル王国女王さま係へ、ノリノリで連絡を入れる。
「わらしがクラウディアに貰った、魔法の指輪ですけど……。それや、それ。至急、届けて欲しいねん……。だからー。もう一個ちょうだい。えーっ。ない?一個で構わんのよ。あははっ、百個とか言わんて。一個だけ……。はぁー!?一個もないの……?オーダーメイドって、何ですかぁー?使用者に合わせて、調整が必要やて……。ラビーさんが使うのデス……。誰って、ラビーさんは封印の巫女姫じゃ。四番目な。ワカッター?ちゃちゃっと、作って……。はぁー!?なんやと、時間が掛かる?どんだけじゃ……?こっちは急ぎや。緊急やで。うんうん、窓口では具体的に必要な時間が分からんよって、製造部門に問い合わせると……。おう、構へん、構へん。待っとるから、はよ調べてんか!」
数分が経ち。
女王さま係の担当が、震える声で報告してきた。
「…………なぬ?半年ですとー!?ふざけんなボケェー。エエかー。今すぐじゃ。職人どもに伝えておけ。ワカッタナ!!」
メルはフンスと鼻を鳴らして、通話を切った。
「うーん。大変だね。メルは半年も待たないと、ラヴィニア姫に会えないのか」
「ふぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーっ!!!!」
ミケ王子の心ない発言を耳にして、メルが絶叫した。
この日、この時より、メルはユグドラシル魔法具開発局に、せっせとメールを送るようになった。
書いては送り、また書いては送るの繰り返し。
長文から、短い罵倒まで含め、日に何通ものメールを送りまくった。
その甲斐あってか僅か十日で完成した魔法具が、クラウディアによって届けられた。
「やれば、出来るやん。『無理』とか言いよって、嘘つきどもガァーッ!」
「何を仰るのですか。陛下のわがままで、どれだけ大変だったことか」
ユグドラシル魔法具開発局の職員は、一人残らずヘロヘロだ。
妖精女王陛下のメール攻撃に心を病み、目を血走らせ、ゾンビのようになってしまった。
「いやー。半年が十日に縮んだんですよ」
「それはですね。職員を増やし、不眠不休で働いてもらったからです。多くの精霊たちが、完成した途端に力尽きて倒れました」
妖精女王陛下のムチャ振りで、ユグドラシル魔法具開発局に増員された錬金術師の人数は、五十名。
魔法術式をデザインする魔法使いが、三十名。
元からの職員を合わせ、計百四十名余り。
内、半数ほどが過労で倒れた。
各部署の調整に走った精霊会議のメンバーは、もうてんてこ舞いである。
「疲れて倒れたくらいなら、ゆっくり休んでもらえば回復するデショ!」
「ラヴィニアと言う娘ですが、国庫から数千万メルカを融通するような価値があるのでしょうか?陛下がご友人を大切になさるのは良いことですが、女王としてのお立場も考慮してくださいまし。贔屓はいけません」
因みに、指輪の素材を揃えるためだけに、二千万メルカが充てられた。
「あの指輪。そんなにしたんかい!?」
「とても高価な魔法具でございます」
「まあでも、たかだか数千万」
「とんでもない無駄遣いです!」
メルにしてみれば、クラウディアとクリスタに謀られて、うっかり嵌めてしまった呪いの指輪だ。
恥ずかしい思いをさせられただけで、楽しかったことなんて殆どない。
だから指輪の価値など、知りたくもなかった。
「クラウディアは最近になって生まれた精霊だから、色々と知らんことも多いと思う。なので今回は許したるが、ラビーさんを軽々しく扱わんでもらいたい」
「軽々しくなど……」
「ラビーさんは幼い頃から三百年もの間、孤独と絶望に苦しめられながら封印の巫女を務めました。現象界の衰退を食い止めるため、帝国貴族どもに生贄とされたのです。その運命から解放されてメジエール村に移り住んでからは、精霊樹の苗をたぁーくさん植えてくれました。再生ユグドラシル王国が現象界に版図を得られたのも、ラビーさんのお陰と申せましょう。これだけ説明しても、ラビーさんの価値を疑うようなら、クラウディアには百年ほど地面に埋まってもらいます」
「………………!?」
「それとですね。この指輪をプレゼントしたいと望んだのは、わらしです。ラビーさんは、一度も欲しいと言いませんでした。妖精女王のわらしが、これまでラビーさんのしてくれたことに感謝を示したいから、作らせたのデス」
「わたくしの不勉強でした。誠に申し訳ございません」
正式に妖精女王となったメルの命令は、絶対だ。
精霊たちは、勅命に逆らうことなどできない。
「改めて伺います。ラビーさんの貢献に対して、数千万メルカは高すぎますか?」
「いいえ。むしろ足りません」
結局のところ、妖精女王陛下を躾けようとした精霊たちが、巡り巡って手痛いしっぺ返しを喰らう形となった。
「それでしたら、クラウディア。感謝の心を込めて、可愛らしいラッピングをプリーズ」
「畏まりました」
打ちひしがれていたクラウディアは背筋をピンと伸ばし、ラッピングに使用する布地とリボンを買いに行った。
◇◇◇◇
メルはエルフさんの魔法料理店に届けられたベーコンの塊と格闘していた。
それはマルグリットがメジエール村の精霊祭でカボチャダンスを踊り、見事に獲得した特賞の景品だった。
薄く切ったベーコンを並べ、色々な食材を載せて巻く。
アスパラガスに細切りのポテト、くし切りにした玉ねぎや餅とチーズ。
巻いたら竹串で刺して、こんがりと焼く。
グリルに油が落ちて、食欲をそそる匂いが辺りに漂う。
「あたしのベーコン」
「そそっ。マルーのベーコン」
「みんなで食べます」
小さなマルグリットが胸を張り、瞳を輝かせている。
何なら、戦場で活躍したときより、得意そうだ。
「やあ、メルさん。お久しぶりです」
「ああっ、アーロン」
メルがグリルから顔を上げ、驚きの表情でアーロンを見た。
「はい。アーロンです」
「おまー、何しに来よった」
「失礼ですね。私の家は、メジエール村にあるんです」
「皇帝の相談役は……?」
すっぱい顔である。
メルはアーロンに対する不快感を隠そうともしない。
「そうやって邪険にするなら、大事なことを教えて上げませんよ」
「なんね。大事なことって……」
「もうすぐ、ラヴィニア姫のお誕生日です」
「…………はぁ!?」
ラヴィニア姫とは、もう何年も一緒に遊んでいるのに初耳だった。
「そんなん、知らんかったわ」
「ラヴィニア姫のお誕生日を覚えているのは、もう私くらいですからね」
「ユリアーネさんも、知らんの?」
「とっくに忘れてしまったのでしょう。そもそも、当のラヴィニア姫だって覚えていないと思います」
「寝たきりの三百年か……」
メルが切なそうに呟いた。
「メルさんがラヴィニア姫を救ってくださったときから、サプライズで誕生会をしたいと考えていました。それなのに、あの忌々しいバスティアン・モルゲンシュテルンが反逆など企てやがって……。奴のせいで、畜生め!」
「なるほどなぁー」
「今年こそは、今年こそは……、と切に願いながら。私はウィルヘルム皇帝陛下から、とうとう長期休暇を頂けなかったのです」
アーロンが感極まったかのように、秋空を見上げた。
「バスティアンが片付いたから、皇帝の相談役から解放されたんか?」
「その通り。それで誕生会の料理ですが」
「ウムッ。わらしに任せんかい!」
「お願いします」
ラヴィニア姫を間に挟んで、互いを邪魔者と見做して来たメルとアーロンが、ガッツリと握手を交わした。








