表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エルフさんの魔法料理店  作者: 夜塊織夢
第二部
325/369

乙女心は難しい



ラヴィニア姫の邸宅に潜入して、十日目。

調査を切り上げたミケ王子が、メルのもとに帰還した。


「ただいまー」

「おお、ミーケさん。おかえりなさい。で、どうだった?」


ミケ王子の帰りを今か今かと待ちわびていたメルは、食い気味に訊ねた。


「それなんだけどさー。昼も夜もラヴィニア姫の近くにいて、引き籠りの原因を探ったんだけど……。何だかなぁー」

「あー、もう。そういうのはエエから、簡潔明瞭にオネシャス!」

「メルちゃんが羨ましい」

「えっ?」

「ラヴィニア姫が、そう言ってました」

「?????」


メルの頭に『?』が並んだ。


「大きくなって、綺麗なドレスを着ていたメルが、羨ましかったみたい」

「どぉーして……。どぉーして、そんなことで、家から出られなくなるんですか?」


メルが膝から(くずお)れた。


「そんなの、ボクに分かるはずないじゃん」


ミケ王子は肩を(すく)め、床に這いつくばるメルを冷たい目で見た。


「まあ。ミケさんは、所詮(しょせん)ネコやし……。ちゃんと推理でけへんでも、特別に許したるわ」

「メルだって、分からないんでしょ!」


メルとミケ王子が、バチバチと睨み合う。


「ほんなら。もう一回、行ってこんかい!」

「ムダムダ……。どんだけ調査しようと、ボクらにラヴィニア姫の気持ちなんて、永遠に理解できやしないよ」

「えぅー。それは、言うたらアカンやつ」


メルが呆然とした顔になった。


「それに気持ちが分からなくたって、もう解決方法は分かったでしょ?」

「はっ!?」


メルは床に手を突いて、すっくと立ち上がった。

そして自分の指から魔法のリングを外そうと、暴れだした。


「ぐっ、かぁ……。ふんぎゃぁー。はぁはぁ……。コイツ外れんわい!?」

「そんなの知ってたじゃん。これまでだって、外せなかったじゃん」

「だって……。ラビーさんに、この指輪を……」

「相変わらずメルって、考えなしだよね。こんな絶好の機会に、自分の指輪で間に合わせようとするとか、馬鹿でしょ」


ミケ王子がうんざりとした様子で、ため息を吐いた。


「何ですとぉー」

「ピンチはチャンスって、言うじゃん。さあ、想像してみよう。それは確実にラヴィニア姫を喜ばす、特別なプレゼント。ピンクのリボンを(ほど)き、可愛らしい包み紙を剥がし、小さな化粧箱を開けると、そこには……」

「…………ミケ。おまぁー天才!!」


メルはウサギのポシェットからケイタイを取り出し、ボタンを押した。


「あー。もしもし。わらしだけど……。そそっ。わらしデス。女王さまのメル……。んっ、女王さま専用回線だから、名乗る必要はないって……。いいじゃん、名乗っても」


ユグドラシル王国女王さま係へ、ノリノリで連絡を入れる。


「わらしがクラウディアに貰った、魔法の指輪ですけど……。それや、それ。至急、届けて欲しいねん……。だからー。もう一個ちょうだい。えーっ。ない?一個で構わんのよ。あははっ、百個とか言わんて。一個だけ……。はぁー!?一個もないの……?オーダーメイドって、何ですかぁー?使用者に合わせて、調整が必要やて……。ラビーさんが使うのデス……。誰って、ラビーさんは封印の巫女姫じゃ。四番目な。ワカッター?ちゃちゃっと、作って……。はぁー!?なんやと、時間が掛かる?どんだけじゃ……?こっちは急ぎや。緊急やで。うんうん、窓口では具体的に必要な時間が分からんよって、製造部門に問い合わせると……。おう、構へん、構へん。待っとるから、はよ調べてんか!」


数分が経ち。

女王さま係の担当が、震える声で報告してきた。


「…………なぬ?半年ですとー!?ふざけんなボケェー。エエかー。今すぐじゃ。職人どもに伝えておけ。ワカッタナ!!」


メルはフンスと鼻を鳴らして、通話を切った。


「うーん。大変だね。メルは半年も待たないと、ラヴィニア姫に会えないのか」

「ふぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーっ!!!!」


ミケ王子の心ない発言を耳にして、メルが絶叫した。




この日、この時より、メルはユグドラシル魔法具開発局に、せっせとメールを送るようになった。

書いては送り、また書いては送るの繰り返し。

長文から、短い罵倒まで含め、日に何通ものメールを送りまくった。


その甲斐あってか(わず)か十日で完成した魔法具が、クラウディアによって届けられた。


「やれば、出来るやん。『無理』とか言いよって、嘘つきどもガァーッ!」

「何を(おっしゃ)るのですか。陛下のわがままで、どれだけ大変だったことか」


ユグドラシル魔法具開発局の職員は、一人残らずヘロヘロだ。

妖精女王陛下のメール攻撃に心を病み、目を血走らせ、ゾンビのようになってしまった。


「いやー。半年が十日に縮んだんですよ」

「それはですね。職員を増やし、不眠不休で働いてもらったからです。多くの精霊たちが、完成した途端に力尽きて倒れました」


妖精女王陛下のムチャ振りで、ユグドラシル魔法具開発局に増員された錬金術師の人数は、五十名。

魔法術式をデザインする魔法使いが、三十名。

元からの職員を合わせ、計百四十名余り。

内、半数ほどが過労で倒れた。


各部署の調整に走った精霊会議のメンバーは、もうてんてこ舞いである。


「疲れて倒れたくらいなら、ゆっくり休んでもらえば回復するデショ!」

「ラヴィニアと言う娘ですが、国庫から数千万メルカを融通するような価値があるのでしょうか?陛下がご友人を大切になさるのは良いことですが、女王としてのお立場も考慮してくださいまし。贔屓(ひいき)はいけません」


因みに、指輪の素材を揃えるためだけに、二千万メルカが()てられた。


「あの指輪。そんなにしたんかい!?」

「とても高価な魔法具でございます」

「まあでも、たかだか数千万」

「とんでもない無駄遣いです!」


メルにしてみれば、クラウディアとクリスタに(たばか)られて、うっかり()めてしまった呪いの指輪だ。

恥ずかしい思いをさせられただけで、楽しかったことなんて殆どない。

だから指輪の価値など、知りたくもなかった。


「クラウディアは最近になって生まれた精霊だから、色々と知らんことも多いと思う。なので今回は許したるが、ラビーさんを軽々しく扱わんでもらいたい」

「軽々しくなど……」

「ラビーさんは幼い頃から三百年もの間、孤独と絶望に苦しめられながら封印の巫女を務めました。現象界の衰退を食い止めるため、帝国貴族どもに生贄とされたのです。その運命から解放されてメジエール村に移り住んでからは、精霊樹の苗をたぁーくさん植えてくれました。再生ユグドラシル王国が現象界に版図を得られたのも、ラビーさんのお陰と申せましょう。これだけ説明しても、ラビーさんの価値を疑うようなら、クラウディアには百年ほど地面に埋まってもらいます」

「………………!?」

「それとですね。この指輪をプレゼントしたいと望んだのは、わらしです。ラビーさんは、一度も欲しいと言いませんでした。妖精女王のわらしが、これまでラビーさんのしてくれたことに感謝を示したいから、作らせたのデス」

「わたくしの不勉強でした。誠に申し訳ございません」


正式に妖精女王となったメルの命令は、絶対だ。

精霊たちは、勅命に逆らうことなどできない。


「改めて(うかが)います。ラビーさんの貢献(こうけん)に対して、数千万メルカは高すぎますか?」

「いいえ。むしろ足りません」


結局のところ、妖精女王陛下を(しつ)けようとした精霊たちが、巡り巡って手痛いしっぺ返しを喰らう形となった。


「それでしたら、クラウディア。感謝の心を込めて、可愛らしいラッピングをプリーズ」

「畏まりました」


打ちひしがれていたクラウディアは背筋をピンと伸ばし、ラッピングに使用する布地とリボンを買いに行った。




◇◇◇◇




メルはエルフさんの魔法料理店に届けられたベーコンの塊と格闘していた。

それはマルグリットがメジエール村の精霊祭でカボチャダンスを踊り、見事に獲得した特賞の景品だった。


薄く切ったベーコンを並べ、色々な食材を載せて巻く。

アスパラガスに細切りのポテト、くし切りにした玉ねぎや餅とチーズ。

巻いたら竹串で刺して、こんがりと焼く。


グリルに油が落ちて、食欲をそそる匂いが辺りに漂う。


「あたしのベーコン」

「そそっ。マルーのベーコン」

「みんなで食べます」


小さなマルグリットが胸を張り、瞳を輝かせている。

何なら、戦場で活躍したときより、得意そうだ。


「やあ、メルさん。お久しぶりです」

「ああっ、アーロン」


メルがグリルから顔を上げ、驚きの表情でアーロンを見た。


「はい。アーロンです」

「おまー、何しに来よった」

「失礼ですね。私の家は、メジエール村にあるんです」

「皇帝の相談役は……?」


すっぱい顔である。

メルはアーロンに対する不快感を隠そうともしない。


「そうやって邪険にするなら、大事なことを教えて上げませんよ」

「なんね。大事なことって……」

「もうすぐ、ラヴィニア姫のお誕生日です」

「…………はぁ!?」


ラヴィニア姫とは、もう何年も一緒に遊んでいるのに初耳だった。


「そんなん、知らんかったわ」

「ラヴィニア姫のお誕生日を覚えているのは、もう私くらいですからね」

「ユリアーネさんも、知らんの?」

「とっくに忘れてしまったのでしょう。そもそも、当のラヴィニア姫だって覚えていないと思います」

「寝たきりの三百年か……」


メルが切なそうに呟いた。


「メルさんがラヴィニア姫を救ってくださったときから、サプライズで誕生会をしたいと考えていました。それなのに、あの忌々しいバスティアン・モルゲンシュテルンが反逆など企てやがって……。奴のせいで、畜生め!」

「なるほどなぁー」

「今年こそは、今年こそは……、と切に願いながら。私はウィルヘルム皇帝陛下から、とうとう長期休暇を頂けなかったのです」


アーロンが感極まったかのように、秋空を見上げた。


「バスティアンが片付いたから、皇帝の相談役から解放されたんか?」

「その通り。それで誕生会の料理ですが」

「ウムッ。わらしに任せんかい!」

「お願いします」


ラヴィニア姫を間に挟んで、互いを邪魔者と見做して来たメルとアーロンが、ガッツリと握手を交わした。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

【エルフさんの魔法料理店】

3巻発売されます。


よろしくお願いします。


こちらは3巻のカバーイラストです。

カバーイラスト


こちらは2巻のカバーイラストです。

カバーイラスト


こちらは1巻のカバーイラストです。

カバーイラスト
カバーイラストをクリックすると
特設ページへ移動します。

ミケ王子

ミケ王子をクリックすると
なろうの書報へ跳びます!
― 新着の感想 ―
少年の心を持つ幼女とオッサンが手を組んで空振りしそうな予感しかない まあメルの方は指輪という必殺兵器があるけどそれでもなんか下手打ちそうな気が
ラヴィニアさんはお誕生会きてくれるかなー?(いいとも風)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ