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エルフさんの魔法料理店  作者: 夜塊織夢
第二部
321/369

天才料理ネコ



メルが宮殿に拉致されて、早くも十日。

食堂のテーブルに運ばれてきた料理を一瞥して、眉間に縦ジワを寄せる。

スカートの裾が広い豪奢なドレスを身に着けた淑女(レディー)が、不機嫌そうな面持ちでナイフとフォークをそっと手に取った。


そして……。


「メルさま。お行儀が悪いですよ」

「………………」


メルはナイフとフォークを持ち、タンタンタンとテーブルを叩き続けた。


「カトラリーを(もてあそ)ぶのは、おやめください」

「ずっと我慢して来ました」

「何をですか?」


クラウディアの質問に、メルが配膳された料理を示した。


「まったく、なっていません」

「わたくしには、何一つ落ち度のない素晴らしい料理に見えます。それとも、もっと贅沢なものをお望みでしょうか?」

「フゥー。お話になりませんね」


料理自体に問題はない。

問題は、料理を作る精霊たちに、妖精女王陛下を喜ばせる気がないことだ。

そもそも精霊たちには、日々の食事を楽しんだ経験がない。

そうなれば饗応を理解できないのも、当然である。


「これは料理以前の問題です」

「はぁ?」

「クラウディア。わたしが苛立っているのは、貴女が厨房への干渉を禁止したからです」

「女王陛下は、何を召し上がりたいのか仰るだけでよろしいのです。シェフには、わたくしども女官が伝えます」

「あーっ。もうヤダ。あーたら、メシ食わんデショ!そんな奴に、料理が分かるはずなかろぉー!!」

「…………!?」


精霊たちの多くは食事を必要としない。

だから食べる悦びを知らなかった。


「こんなつまらん仕事ばかりやらされたら、厨房のスタッフも心が枯れてしまうわ。今すぐに、休暇を差し上げてください」

「はぁ……!?そんなことをしたら、陛下のお食事が用意できなくなってしまいます」

「ハチワレを呼ぶで、問題ない」

「はちわれ……?」

「ケット・シーじゃ。猫まんまの屋台で、焼きそばからコツコツと叩き上げ。創作料理も自在にこなす、天才料理ネコがおる。そいつを宮殿の料理長に据えます」


焼きそばでさえ数多(あまた)のトッピングを用意して、メルを唸らせた(オトコ)なのだ。

遊び心も、充分に持ち合わせている。


「ケット・シーですか……?」

「おまー。妖精猫を舐めんなよ!」


人真似の専門家で、好奇心は人並み以上。

しかも食い意地が張っていて、美味しいものに目がない。

猫まんまのチームは、どこに出しても恥ずかしくない料理ネコの集団だった。


精霊料理を教えたなら、たちどころに己のものとするだろう。

まあ、度を越した摘まみ食いは、玉に瑕である。


メルは言いたいことを言い終えると、優雅な仕草で料理と向き合った。

何であれ、妖精女王陛下のために用意された晩餐である。

お残しはいけないのだ。


「…………陛下。とても美しいお作法です」


こうなるとクラウディアにも、文句のつけようがない。

メルのマナーは、小指の先まで完璧だった。


「フフフ……。そうして見張っていても、ボロは出しません。無意味ですわ」

「それは喜ばしいことです」

「音を立ててスープを啜りたくても、妖精さんたちが許してくれませんの」

「……っ」


メルが頑張ると決めたので、妖精母艦メルのスタッフは大幅に入れ替わり、お淑やかな妖精女王陛下モードへとシフトした。

これまでの粗暴な仕草は僅か十日間で完璧に修正され、妖精女王陛下として相応しいものになった。

言うなれば、動作をコントロールするプログラムの総書き換えだ。

そこに、メルの努力は一切ない。


うっかり(・・・・)は、絶対に起こり得なかった。

何か起きたとすれば、それこそメルが意図した行為であろう。

教育係として意気込んでいたクラウディアは、見事に肩透かしを食らった(てい)である。


だがメルにすれば、そんなことはどうでも良かった。

クラウディアをぎゃふんと言わせたところで、愉快なことなど一つもない。

妖精女王として、健気(けなげ)な民たちに何ができるのか?だけが問題なのだ。


「まずは美味しいを知ってもらわなければ、お話になりません」


妖精女王であり、美味しい教団の教祖なのだから、自分の民に食の悦びを知らせねばなるまい。

めくるめく味覚の極上体験をさせて上げたい。


妖精女王陛下のお披露目に当たり、メルがすべき仕事は決まった。

魔法料理の大々的な布教である。




「姐御。呼ばれたから来たニャ。猫まんまで修行する仲間たちも、全員参加ニャ!」


巨大な厨房に集められた猫たち(ケット・シー)を代表し、ハチワレが報告した。


「ご苦労です、ハチワレ」


メルは猫まんまで働くケット・シーたちを見渡し、ハチワレを(ねぎら)った。

師匠が大切に扱われたなら、弟子たちにも気合が入る。

それが職人たちの道理だ。


「それで、ご用事は何かニャ?」

「わたしは精霊たちに、食の楽しさを伝えたいと考えています」

「……ニャニャ?それは、ちょっとばかし難しいニャ。殆どの精霊はケット・シーと違って、食事をしないニャ。あたいらは人真似が高じて、いつの間にか食べるようになっただけニャ。多分おそらく、味の嗜好も人真似に過ぎないニャ。食べる楽しさを獲得できたのは、ケット・シーの特性によるものではないかニャ?」

「その辺りの事情は、ミケ王子から聞いています。なので精霊のために、特別な料理を用意しました」

「精霊のための料理ニャ?」


ハチワレが好奇心で目を輝かせた。


「食材も調味料も、こちらで用意しました。料理長の判断で、自由に使ってください。これが基本のレシピになります」


メルは食料保管庫に限界まで詰め込んだ魔獣の肉や、魔の森に自生する怪しい植物などをハチワレに見せた。

そしてミケ王子に書き直させたレシピ集を手渡す。


「フォー。姐御のレシピ!!ありがたいニャ」

「レシピは数が少ないので、ハチワレの創意工夫に期待します」

「大役を(おお)せつかって嬉しいニャ。任せて欲しいニャ!」


ハチワレはトンと胸を叩き、請け負った。


「おどれらぁー!姐御の話を聞いたニャ!?」

「「「「にゃぁー!!!!」」」」


厨房にギュウギュウ詰めの猫たち(ケット・シー)が、ハチワレに呼応した。


「胸を張れ、尻尾を立てろ。今こそ、猫まんまの実力を見せるときニャ!」

「「「「にゃぁー!!!!」」」」


料理ネコたちの熱気が半端ない。


「新しい作品が完成したら、わたしのもとへ。いつでも試食します」

「承知したニャ」


こうしてメルは、そそくさと暑苦しい厨房から脱出した。


「はぁー。なるほどぉー」


大きく広がったドレスの裾を眺め、メルが盛大にため息を吐いた。


妖精女王陛下の豪奢な装いは、厨房に適していなかった。

足元さえ見えないスカートで調理台の間を歩き回れば、注意していても事故を起こすだろう。

先程も食糧貯蔵庫の扉を閉めるさいに、スカートを挟みそうになったくらいだ。

何よりも、働いている料理人たちの邪魔になる。


ドレスを纏ったメルは、大輪の花だ。

お花なのだ。

やたらと動き回らず、定められた花瓶に収まっているのが無難だった。


「ああっ、なんて鬱陶しい」


だがしかし、その苛立ちを隠して、そつなく優雅に振舞って見せるのが、立派な淑女(レディー)というものである。

引き攣った口元を隠す扇は、当分の間手放せそうになかった。




◇◇◇◇




その日、メジエール村から客人が訪れた。

言うまでもなく、メルの家族と幼児ーズである。


マルグリットとミケ王子は、家族のカテゴリーだ。

マルグリットはメルの妹分だし、ミケ王子はペット枠である。


「皆さん。よくいらっしゃいました」


美しく着飾ったメルが、侍女に案内された一同を宮殿の中庭で出迎えた。


「お茶会の体裁を取りましたけれど、マナーなどは気になさらず。先ずは、お寛ぎください。この席は身内の無礼講ですから、直答を許します」


メルが扇で口元を隠し、皆に席を勧めた。


「オマエだれだ?」

「メルは何処?」

「わたしたち、メルちゃんに会いに来たんです」


ダヴィ坊や、タリサ、ティナが、周囲をキョロキョロと見回した。

何とも、わざとらしい。


「メル姉さま、お綺麗ですわ」

「うわぁー。ねぇねが、お花みたいになってる」


マルグリットとディートヘルムは、メルを褒め称えた。


「まあまあ、メルちゃんたら立派になって……。その姿をフレッドに見せて上げたかったわ」

「アビーさん。その言い方だと、フレッドさんが死んだみたいです」


アビーとラヴィニア姫も、メルの変わりように驚きを隠せない。

そのせいか、少しばかり発言がおかしい。


「やあメル。ボクも来ちゃったよ」


ミケ王子は、いつも通りのミケ王子だった。

誰よりも早く席に着き、お茶とお菓子を楽しみ始めた。


「デブ、タリサ、ティナ……。おまーら不敬罪デス。今夜は、地下牢に泊って貰います」


優雅な仕草で椅子に腰を下ろしたメルは、三人を扇で示し、有罪判決を言い渡した。


「「「エェーッ!?メル、そこに居るじゃん!!!」」」


三人はメルを指さし、声を揃えて叫んだ。

以前から計画していたのだろう。

失礼にも程がある。


「てか、おまーら薄情だわ。わらし、ずっと待ってたのよ。ボッチで」

「そんなこと言ったって、ここはオレん()からスゲェー遠いしな。アビー小母さんやディートヘルムも、一緒が良いだろ。ラヴィニア姫のベイビーリーフ号が戻って来るまで、待つしかなかったんだ」

「むっ……」


ベイビーリーフ号は収穫期のため、村はずれの農家に貸しだされていた。

なかなかに出来のよい言い訳だった。


「そもそも宮殿なんて、敷居が高いのよ」

「そうよそうよ。わたしたち、着て来る衣装に、どれほど頭を悩ませたことでしょう」


こちらも村娘の気持ちになれば、充分に理解できる。


「まあ、そいう事情であれば、わらしも文句を言うのは止めましょう」


メルは半ば広げた扇で口元を隠し、鷹揚に頷いて見せた。

実に偉そうだ。


「……くっ」

「あの扇」


タリサとティナは、メルの扇が気になって仕方なかった。


「あたし、あれ欲しい」

「おや、タリサもですか?」


気の合う二人は、メルから扇を借りられないか、コソコソと相談を始めた。






ノートPCの不調ですが、トラブルを繰り返す度に原因が搾られてきました。

どうやらセキュリティソフトとディフェンダーの相性が悪いらしく、セキュリティソフトをアンインストールしてみました。

現在はディフェンダーのみです。

色々と知恵を貸して下さった皆さま、ありがとうございます。

また何か変化があったら、報告させて頂きます。

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【エルフさんの魔法料理店】

3巻発売されます。


よろしくお願いします。


こちらは3巻のカバーイラストです。

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こちらは2巻のカバーイラストです。

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こちらは1巻のカバーイラストです。

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ミケ王子

ミケ王子をクリックすると
なろうの書報へ跳びます!
― 新着の感想 ―
[一言] そ、そんなマナーの身に着け方ありなんですか…!?
[良い点] もうちょっと猫被ってくれメルw [一言] もう少しメルの外見を描写してほしいです
[一言] セキュリティソフトは怪しいホームページ見たり、怪しいメールが届く予定が無いならWindowsの標準で良いかも。 情報が漏れ、怪しいメッセージやフィッシングメールが届くようになったら電話番号変…
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