貢物は罠!?
最近メルは、魔獣の創作料理に嵌っている。
切っ掛けとなったのは、このところメジエール村で悪さを繰り返していたホゲホゲ鳥だ。
ヤクザな鳥の噂を聞きつけた幼児ーズは、これこそ名を上げるチャンスとばかりに立ち上がった。
そしてホゲホゲ鳥を討伐したメルは、【魔法料理】という今さらなスキルを獲得したのだ。
手に入れたからには使ってみたい。
料理のレシピや特殊な素材は、すべてスキルが教えてくれる。
メルがすべきことは、あちらこちらで素材を集め、直感に従って調理するだけだ。
名もなき平原に自生する紫麦と暗き森に自生するピョンピョン豆を使って、味噌と醤油を醸造した。
だが、その味は微妙だった。
好奇心の赴くままに【魔法料理】を作り始めたメルであるが、成果の方は芳しくなかった。
「うーむ、癖がある。わらしはエエが、皆には受け入れてもらえんとちゃうか?」
悩んでいても仕方がないので、メルは醤油ベースの甘辛ダレを調合して、ホゲホゲ鳥の焼き鳥を拵えた。
「不安じゃ。今回ばかりは、自分の口が信じられん。誰かに食わして、きちんと感想をもらおう」
初試食の栄誉を与えられたのは、メルの妹分であるマルグリットだった。
「うえぇぇぇぇぇぇぇーっ!」
「そんなにアカンか?泣くほど不味いか?もうちっと、食べてみ」
「イヤです」
実験台にされたマルグリットは、一口食べると梅干しみたいな顔になり、魔獣料理の試食を嫌がった。
次は幼児ーズだ。
「メル姉。コレは食えねえぞ」
「うん、不味い。不味いよ」
「すみません。食べるのが苦痛です」
「わたしは微妙かな……。癖が強いけど、後を引く料理だと思う」
幼児ーズに振る舞ったところ、かろうじて認めてくれたのはラヴィニア姫だけであった。
「ディー?」
「ネエネ、ボクは要りません!!」
「そう……」
一部始終を見ていたディートヘルムは、ブンブンと首を横に振って、魔獣料理の試食を拒絶した。
「むーん。これでは店に出せん」
匂い、食感、味と、何もかもが微妙な魔獣料理。
しかし、ここにホゲホゲ鳥の焼き鳥を喜ぶものがいた。
「メルー。コレ、変わった料理だね。何だろう。ついつい食べちゃうんだけど……」
ミケ王子だった。
幼児ーズが残した焼き鳥をムシャムシャと平らげる。
「精霊さん、大喜びかぁー。ミーケさんも妖精猫族と呼ばれているけど、精霊じゃけん」
考えてみればメルとラヴィニア姫も、精霊樹から生まれたようなものだ。
「ワンワン」
「メルちゃん、ハンテンも喜んでるよ」
「ムムッ。ハンテンには受けたか」
邪精霊の屍呪之王もホゲホゲ鳥の焼き鳥が気に入ったようで、ペロリと完食した。
どうやら【魔法料理】は、精霊のためにある料理のようだ。
「大きなお友だちを呼んでみるか」
メルの親衛隊は精霊である。
親衛隊が【魔法料理】を喜ぶようであれば、もうほぼ間違いなく精霊をもてなすための料理だ。
「メルさん。ゲリラライブですか?」
親衛隊のハニーディップが、ギターをかき鳴らした。
「うんにゃ、ちゃうでー。今日はアータらに、新しい料理の試食をしてもらいたい」
「シショクですか?」
「忖度なしや。美味いか、不味いか。遠慮なく、わらしに教えて欲しいデス」
「ハッ。承知しました」
リーダーのハニーディップに倣い、親衛隊は幾つかのテーブルについた。
エルフさんの魔法料理店に設置されたオープンテラスのテーブルが、半分ほど埋まった。
「そう言えば、アータらがメシを食っているところ見たことないんじゃけど……。普段は何を食っとるんかね?」
「んーっ。霞ですかね」
シュガークラウンが焼き鳥に手を伸ばしながら、メルの質問に答えた。
その間も頻りと匂いを嗅ぎ、串に刺さったホゲホゲ鳥の肉を確認している。
興味津々と言った様子である。
嫌そうにしていた幼児ーズとは、この時点でもう反応が違う。
「フムフム。魔法王も、メシを食わんもんな。試食を頼んでおいてなんだが、食っても大丈夫?中毒とか、消化不良とか起こさん?」
「問題ありません。そもそも食べる必要がないし、何を食べても楽しくないんで、食べないだけです」
「アハハ……!オイシイと言う体験がどのようなものか、一度は味わってみたいものです」
シナモンロールとレーズンサンドが、笑顔で説明した。
「うん。これはいい」
恐るおそる焼き鳥を口にしたハニーディップが、顔をほころばせた。
「口の中に、幸せが広がるようですね」
「食事というものは、このように楽しいものであったか……」
シュガークラウンやキャンディバーにも、好評だ。
「これが美味しいか!」
「これなら幾らでも食べられるぞ」
親衛隊の面々は、お互いに料理の感想を言い合った。
その後はもう無言で、香ばしく焼けたホゲホゲ鳥を口に運ぶ。
大皿に盛られた山ほどの焼き鳥が、見る見るうちに消えていった。
「ねえねえ、見てよ。彼ら、すごく美味しそうに食べてる」
「メル姉。これで決まりだな」
「うむ」
ミケ王子とダヴィ坊やの感想に、メルは頷いて見せた。
【魔法料理】は、正しく精霊をもてなすための料理であった。
「こうなれば、ジャンジャン魔獣を狩るしかあるまい」
【魔法料理】のスキルをカンストさせるべく、決意を新たにするメルであった。
◇◇◇◇
森の魔女は儀典長のクラウディアに知恵を借り、新しい魔法具を編み出した。
言いつけに背いて禁断の呪術を使い、あまつさえ微塵も反省の色を見せないメルに、罰を与えるための魔法具だ。
当初は、その筈だった。
「クラウディアさんや。恥ずかしながら、あたしにはこの魔法術式が読み解けん。ここの部分は、姿を変える術式かね?」
「妖精女王陛下をあるべきお姿に戻すための魔法術式です」
「あるべき姿?」
「美しく、毅然とした女王さまです」
暫し森の魔女は考えた。
「毅然とした女王……。あのおてんば娘を何も学ばせぬまま、淑女に変身させるのかえ?」
「いいえ、真実のお姿に戻すだけです」
「ふむ、真の姿ね。そうしたらメルが小さいのは……?」
「陛下の稚きお姿は、精霊樹のご希望に沿うよう、ユグドラシル王国の精霊会が用意した仮初のお姿です。本来、精霊に成長などございません」
罰なのでメルにとってきついのは、当然である。
しかし森の魔女は、幼児ーズの拒絶反応を心配した。
「反省するよう罰を与えたいとは思うが、あの子の人間関係を壊してはならんぞ」
「一時のことです。それに姿が変わって壊れるような関係なら、そもそも価値などございませんでしょ」
「これはまた手厳しい。どうやらユグドラシルの精霊たちは、人の心が理解できておらんようじゃ」
「ご指摘の点は、考慮に値します。我らは所詮、人真似をする存在に過ぎません。その折々で、中身が伴わぬところはございます」
「見た目が大事な点は、充分に理解しておるではないか?だから儀典長殿も、あの子に行儀作法を学ばせたいのだろ」
「………………」
クラウディアは無言で微笑んだ。
メルの教育係は二枚舌を厭わぬ、したたかな精霊のようだった。
クラウディアもフォーマルの精霊として、色々と妖精女王陛下のことは研究している。
妖精女王陛下に行儀作法を学ばせたいなら、まずはその必要性を分からせなければならない。
それが思案の末に辿り着いた、教育方法だった。
森の魔女と儀典長のクラウディアが用意した魔法具は、美しい指輪と扇のセット。
扇にはメルが好きそうな魔法の機能を付与してある。
指輪は扇の収納ボックスだ。
表向きは……。
それをメルに手渡すのは、クラウディアの役目である。
幼い女王陛下を騙して憎まれるのは、教育係の仕事と割り切るしかなかった。
「ほーん。これは良いものじゃのぉー」
「お気に召して頂けたでしょうか?」
「気の利いた貢物デス」
メルは貰った指輪を嵌めて、細工の凝った扇を弄んだ。
パッと開いただけで扇が冷気を発生させ、飾り紐に添えられた小さな鈴を鳴らす。
「婆さま。精霊さんから、エエもんもろたわ」
「そうかい」
森の魔女はメルにクラウディアを紹介すると、一歩下がって控えた。
この件に余り関わりたくないと言う消極的な姿勢が、その立ち位置に現れていた。
「わたくしはユグドラシル王国で、儀典長を任されております」
「ほお……。クラウディアさんは偉いんやね」
「もと荒れ地に、現象界のユグドラシル王国が造られましたので、是非とも陛下に足をお運び願いたいのです」
「あーっ。あっこに、ユグドラシル王国が出来たんか?」
「はい」
「うーむ、左様であるなら……。わらしが妖精女王として、顔を見せねばならんのぉー」
「精霊たちは皆、陛下のおいでを一日千秋の思いでお待ちしております」
「そうか……」
メルは扇の図案を眺め、ウンウンと頷いた。
ユグドラシル王国なりにデザインされた花鳥風月であり、精霊樹の梢で遊ぶ妖精たちが楽しげだ。
「ヨキニハカラエ」
開いた扇で口元を隠し、偉そうなセリフを口にしてみる。
タリサたちに威張って見せたら、どんな反応をするだろうか……?
それを想像すると、愉快でならないメルだった。
交替で貴族ごっこをしたら、嘸かしティナが喜ぶだろう。
また、ラヴィニア姫に頼んで、お茶会を用意してもらうのも良い。
もちろん帝都の貴族が催すような、お茶会だ。
ちゃんとした舞台があれば、ごっこ遊びも盛り上がると言うもの。
根は面倒臭がりのメルだけれど、お洒落なアイテムがあれば話は別だ。
王様ゲームならぬ、女王様ゲームである。
扇を手にした人が女王様になり、他の令嬢に命令するのだ。
きっと白熱するし、面白いに違いない。
その夜、メルは上機嫌でベッドに入った。
◇◇◇◇
「フッ、フッ……。フギャァァァァァァァァァァァァーッ!!!」
翌朝、中央広場にメルの悲鳴が木霊した。
指輪に仕組まれた強力な魔法が、作動したのだ。
メルはうら若き娘の姿となり、自室のベッドでジタバタしていた。








