妖精猫族の王子さま
梅雨どきを迎えると、メルのレベルが八に上がった。
ジメジメとした季節のせいか、黒いヤツがわんさかと湧いてくる。
これを見かけるたびに退治していたら、いつの間にかレベルが上がっていたのだ。
だけどタブレットPCのモニターを見つめるメルの表情は、冴えなかった。
(何だか、新しい項目が増えてるけど…。ちょー、嬉しくないんですけど…!)
タブレットPCをつかんだメルの手に、ググッと力が籠った。
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【ステータス】
名前:メル
種族:ハイエルフ
年齢:四歳
職業:掃除屋さん、料理人見習い、駆けだしダンサー、あにまるドクター、妖精隊長。
レベル:8
体力:32
魔力:100
知力:60
素早さ:5
攻撃力:3
防御力:3
スキル:無病息災∞、女児力レベル∞、料理レベル8、精霊魔法レベル∞。
特殊スキル:ヨゴレ探し、ヨゴレ剥がし、ヨゴレ落とし、ヨゴレの浄化、領域浄化(小)、妖精との意思疎通(念話)。
加護:精霊樹の守り。
称号:かぼちゃ姫。
バッドステータス:幼児退行、すろー、甘ったれ、泣き虫、指しゃぶり。
【妖精パワー】
身体に取り込んだ妖精さんたちが、能力数値を上方修正してくれます。
地の妖精さん:防御力、頑強さを上昇させます。
水の妖精さん:回復力、治癒力を上昇させます。
火の妖精さん:運動能力、攻撃力を上昇させます。
風の妖精さん:判断力、敏捷性を上昇させます。
(注意事項)
能力の上昇に伴い、霊力の消費が激しくなります。
精霊樹の実を摂取して、霊力の補給に努めましょう。
【装備品】
頭:ゴブリンのナイトキャップ。(アゴまで引き下ろすと、ゴブリンマスクになります。後ろから忍び寄って、お友だちをビックリさせましょう!)
防具:幼児用パジャマ。(半袖バージョン。風通しが良くて、寝心地バツグン!)
足:お知らせサンダル・ひよこ。(歩くとカワイイひよこの鳴き声がして、お子さまの居場所を教えてくれます)
武器:ミスリルのスプーン。(絶対に、こぼれません。こぼしません!)
アクセサリー:妖精の角笛。(吹くだけで、小さな妖精さんたちが集合します)
花丸ポイント:650pt
【友だち】
クロ:バーゲスト。犬の妖精。魔女の使い魔。
ミケ:ケット・シー。猫の妖精。猫の王族。
タリサ:人間の女児。雑貨屋の末娘。
ティナ:人間の女児。仕立屋の娘。
ダヴィ坊や:人間の男児。宿屋の息子。
(友だちはナビゲーション画面から、パーティーメンバーに組み込むことが可能です)
【重要:メルの王子さま候補】
ティッキー:豚飼いの少年。幼馴染的なポジションから、メルを狙う。生真面目で堅実な、庶民派の王子さま。
ミケ:『精霊の子を探しだして、お妃に迎えろ!』と父王に命じられ、猫妖精の国から追いだされてしまった王子さま。精霊の子は見つけだしたが、尻尾のないメスとの恋愛に抵抗を感じている。心に葛藤を抱えた、イケメン猫の王子さま。
【イベント】
ミッション:厨房を穢れから守る、食料保存庫を穢れから守る、畑を穢れから守る。
スペシャルミッション:囚われの妖精さんを探しだし、封印を解除しよう。
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いつからティッキーが、メルの王子さま候補になったのか…?
それとミケ…。
ミケの正体については、近いうちにハッキリさせなければなるまい。
オス猫なのは分かっているけれど、妖精猫族の王子さまとか納得できない。
魚の干物をねだる、ノラ猫にしか見えないのに…。
宿なし猫の癖して、『王子さま』って何なのさ…?
メルはムギギ…ッ!と、奥歯を噛みしめた。
(恋愛フラグとか、マジで勘弁してくれよ!メルは四歳児だし、僕は男の子だよ。身体は、女児だけどさぁー。四歳で王子さまとか…。幾らなんでも、まだ早いでしょ…。それと地味に気になるんだけど…。『かぼちゃ姫』って、何ですか?称号が、おかしくないですか…!)
突っ込みどころがあり過ぎて、もうステータス数値どころではない。
断固として抗議したい。
だが、どこに抗議文書を送りつけたらよいのか…?
(そういえばさぁ。ステータス数値もアレだよね。最初は嬉しくて、はしゃいでたけどさ…。自分のステータスしか調べられないって、意味なくないか?)
メルは能力を示す数値について、片言でフレッドに訊ねたコトがあった。
『わはは…っ。個人の能力を数値で示すって、そんなバカげた話は聞いたこともないよ。比べるのが、ものすごく大変じゃないのか…?何処かの王さまが、武闘会でも催すのかな!』
思いきり笑われた。
腹の底から力強く笑われた。
恥ずかしくないのに、真面目な話なのに、何だか顔が赤くなった。
冷静になって考えてみれば、個々人の能力を数値化するために比べるのは、それはもう大変な作業になるだろう。
と言うか、絶対にムリだと思う。
要するに、この世界には能力値なんて存在しない。
だから他人の能力値も調べられない。
見れるのは自分のだけ。
(これじゃ、どっちが強いか分かんないじゃん!)
どうやら己の優位を確信してから闘うことは、許されていないようだった。
ガッカリである。
メルはタブレットPCをシャットダウンして、背嚢にしまった。
長く降り続いた雨があがり。
雲間からは、久しぶりにお日さまが顔を覗かせていた。
メルは泥濘を避けて、『酔いどれ亭』の店先にマジカル七輪を置いた。
今日のオヤツはメザシだ。
「ミケ、来るかの?」
雨の間…。
ミケは何処へ避難したのか、メルの前に姿を見せなかった。
たぶん、お腹を空かせている筈だった。
暫くすると、メザシの焼ける匂いが辺りに漂いだした。
食欲を刺激する良い匂いだ。
(あっ…。姿を現したな!)
マジカル七輪でメザシを炙っているメルの横に、そろりとミケがすり寄ってきた。
「おう、ミケ…」
「ミャァー」
現れるなりの催促である。
右前脚で、メルの右腕をムイッと圧す。
すべすべの肉球が、ひんやりとして気持ち良かった。
(うふふっ…。ノラ猫の振りをしたってダメさ。キミの正体は、もうバレているんだからね。今日こそ、化けの皮をひん剥いてやるぞ…!)
メルはミケのために、焼き上がったメザシを冷ましながらほくそ笑んだ。
妖精猫族の王子は、お腹を減らしていた。
正直に白状すればペコペコである。
いやいや…。
今にもパタンとひっくり返ってしまいそうなほど、お腹が減っていた。
眩暈がして、行き斃れそうだった。
(雨の日が、狩りに向いていないと初めて知ったよ!)
そもそも妖精猫族の王子は王族なので、大嫌いな雨の日に外へ出かけたりしない。
ゴハンは召使たちが用意してくれた。
何と言ったって偉いのだ。
妖精猫族の王子は『精霊の子』を探す旅に出て、やっと家来たちの苦労に気づいたくらい、箱入りの王子さまだった。
(生のネズミなんて、オェーだよ。あんなの、食べられたもんじゃないね!)
王族なので口も肥えていた。
プライドも高い。
だから長雨が続いただけで、直ぐに飢えてしまった。
ノラ猫の方が、ずっとマシである。
(メルのくれるゴハンは美味しいなぁー!生き返るよ…)
王子はメザシをムシャムシャと食べた。
美味しすぎて涙がでそうだった。
(メル…。もっと、ミケにちょうだい!)
精霊の子は、周囲の人族から『メル』と呼ばれていた。
真名ではない。
王子もメルに『ミケ』と呼ばれていたが、真名ではない。
真名は隠しておくべきモノだ。
妄りに真名を口にしたり、他者に教えたりしてはならない。
だから王子は自分がミケと呼ばれることに、少しも抵抗を感じていなかった。
(メルがくれた名は、ボクの体色を表すらしい。ちょっと誇らしい気分になれる。ミケって、覚えやすいし、嬉しい名だよね…)
ただ精霊の子が人族に酷似した外見を持つ点については、些かなりの抵抗を感じていた。
(メルは可愛いよ。でも、妖精猫族の妃には出来ない。だって…。身体中、ツルツルにハゲてるじゃん!)
そう…。
妖精猫族からすれば、メルは皮膚病を患ったメス猫より問題があった。
(第一、シッポがないよ。妖精猫族の娘は、ユラリユラリと蠱惑的にシッポを揺らしてなきゃ…)
妖精猫族にとって、尻尾は大切な道具である。
異性に魅力を振りまいたり、さまざまな感情を表現したり、バランスを取ったり…。
とにかく大事なのだ。
ところがメルには尻尾がない。
人族としては愛らしいが、妖精猫族と外見が異なるのだ。
(ハゲなだけなら、ボクも我慢するさ。でもシッポが無いんじゃ、お嫁さんにはできないよ)
王は王子が妃を連れてこれないなら、王国に戻るなと命じた。
だからミケは妖精猫族の国へ帰れないで、メジエール村に居座っていた。
(父上は、ときどきムチャをご命じになるからなぁー。中でも今回のは、滅茶クチャが過ぎるよ。どうせ精霊の子が、どんな姿をしているかも知らなかったに決まってる。所詮はネコだからなぁー)
ミケは自分も猫なのに、妖精猫族の王をネコだと馬鹿にした。
(ボクも妖精猫族だから知ってるけど、ネコって夢中になるとバカなんだよね)
高いところに登って、降りられなくなる。
隙間に挟まって、抜けなくなる。
肥溜めに嵌る。
そんな経験は、ミケも散々してきたのだ。
そしてミケは、いま夢中になってメザシを食べていた。
〈ミケさん。ミケさん。応答してください…!〉
〈ダレ、煩いよ。今ねぇー。ボクは四日ぶりに、ゴハンを食べてるんだ。何処のどなたか存じ上げませんけれど、邪魔しないでくれませんか?〉
〈メザシ…。美味しいですかぁー?〉
〈んっ。この魚のことかい…?すごく美味しいよ。でも、分けてあげないよ。これはボクんだからね〉
〈そう…。それじゃ、ゆっくり食べてくださいね…〉
ミケはハッとして顔を上げた。
〈これって念話…?〉
〈はい…。念話ですよ、ネコの王子さま!〉
〈メルなの…?〉
〈はい。メルです〉
メルがニヤニヤしながら見ていた。
ガッツリと目が合っている。
〈ニャァー!〉
〈手遅れじゃないですかぁ?〉
〈にゃ…〉
ミケは正体を見破られてしまった。