絶品エルフ娘、動画サイトで生配信!
ユグドラシル王国国防総省中央管制センターに、大勢の妖精たちが集まっていた。
その広さは非常識で、ちょっとした陸上競技場のグラウンドほどもあった。
ここで魂魄集積装置が操作されているのだ。
ビルの如く聳え立つ中央の太い柱には、四面の巨大モニターが設置されていて、刻一刻と移り変わる現状を表示して行く。
普段であれば静かな中央管制センターが、今日ばかりはワイワイガヤガヤと妖精たちの喧騒で溢れかえっていた。
「魂魄集積装置の始動手順を再確認せよ!」
「領都ルッカ周辺の環境値をシミュレーターに入力しました。瘴気濃度、上昇中です」
「一番から五番、マニュアル通り。問題なし。六番にわずかな遅滞が認められました。ですが、誤差の範疇に留まります」
「領都ルッカの瘴気濃度が、魂魄集積装置に影響していると思われる。本番が始まれば、まだまだ瘴気濃度は上がるぞ。油断は禁物だ。些少であろうと遅滞を無くすよう、数値を調整しておけ」
「了解です」
「輪廻転生装置の修正部位に、理論上の問題なし。フィルターが正常に作動するなら、多少の穢れ程度では止まらぬはずじゃ……」
妖精たちはそれぞれの部署に待機し、最終チェックに余念がなかった。
土の妖精は創世以来の記憶と照らし合わせて、リニューアルされた輪廻転生装置に不備がないことを確認する。
水の妖精と火の妖精は、魂魄集積装置の出力調整と起動準備に忙殺されていた。
風の妖精は不慮の事態に備え、幾度でもシミュレーションを繰り返す。
失敗は許されない。
「諸君、刻限である。妖精母艦メルと護衛艦ミケ、ダヴィ、マルグリット、及び屍呪之王が作戦エリアに転移した」
「トンキーと吉祥鼠の家族が六匹、随伴しています」
吉祥鼠はラック値の上限を+補正し、作戦を成功へと導いてくれるはずだった。
ユグドラシル王国より派遣されたエンジニア(妖精)たちによって徹底的に改良された屍呪之王だが、万全とは言い難かった。
「吉祥鼠たちが、屍呪之王の暴走を抑えてくれるでしょう」
「あれらは小さいが、運気だけは有り余っておるからのぉー」
「はい。精霊樹を住処と定めているのですから、その分は働いてもらうつもりです」
暗黒時代にエルフ族を震え上がらせた兵呪ではあるが、中身を問えば犬である。
その気分は移ろい易い。
気分屋を運任せで起用するなら、少なくとも運気の方をどうにかせねばなるまい。
ユグドラシル王国は幼児やネコの手を借りるだけでなく、犬や豚、果てはネズミにまで助けを求めるほど切羽詰まっていた。
これが暗黒時代に突入する前であれば、凶悪な竜種を何頭でも戦場に送り込めたものを。
「いや、過去の栄光に縋りつき、嘆くのはよそう。メルさまは、精一杯頑張っておられる」
「そうだぞ、風の長ヨ。ユグドラシル王国が存続し得たのは、メルさまが与えて下さった異界の概念に因るところ大じゃ!」
「フッ。その大半が食べるものですが」
「料理方法だろうと異界の食材だろうと、概念に相違ないわ」
「確かに……」
即位したばかりの妖精女王陛下では、この辺りが限界と言えよう。
メルはドラゴンやグリフォンも好きだけれど、それ以上に甘味が恋しいお年頃だった。
ストレス過多なTS幼女に、嗜好品を欠かすことはできない。
女の子は大変なのだ。
何はともあれ、刻は至った。
ここからは戦争の時間だ。
「諸君、静粛に……」
風の長が魔法の拡声器を使って呼びかけると、ユグドラシル王国国防総省中央管制センターに静寂が訪れた。
「…………………………」
一拍おいて風の長から、待ちに待った瞬間の訪れが告げられる。
「只今より、【オペレーション・カーニバル】を開始する!」
「うぉぉぉぉぉぉぉぉーっ!!!」
「やるぞぉぉぉーっ!!」
中央管制センターに、妖精たちの叫び声が轟いた。
◇◇◇◇
森川和樹は、万全の態勢でPCの前に陣取っていた。
自室には頑丈な内鍵をかけて、両親の侵入に備えてある。
領都ルッカと言えば、あのトラウマムービーが撮影された現場ではないか。
無残に打ち捨てられた死体が転がる道を友人(ダヴィ坊や)と助け合いながら駆け抜けて行ったメルの姿は、まだ記憶に新しい。
二本足で立って疾走する猫も付き従っていたけれど、あれは何だったのだろうか……。
化け猫……?????
いや、世界観からして、ケット・シーと呼ばれるクリーチャーだろう。
ゲームにもよく登場する、有名どころだ。
まず間違いなく、メルの結婚相手はアイツだ。
猫だし。
それは兎も角として、戦争である。
「間違っても、母さんには見せられない」
手厚い看病も虚しく他界した息子は、異世界でエルフ少女となり幸せに暮らしている。
そう信じ切っている由紀恵が異世界の真実を知れば、また心の病を発症させてしまうかも知れない。
「さあ、配信の時間になったぞ」
ライブの始まりだ。
動画サイトに予約設定はしてある。
ボチボチと閲覧者も集まって来ていた。
そうは言っても、登録者が千人程度の弱小チャンネルだ。
「これまでは不定期だったし、動画も短かった」
画素数も少なく、映像は荒れていた。
動画を視聴したネットユーザーの多くは、手の込んだCGだとコメント欄に書き残していた。
和樹も言い返したりしなかった。
リアルな異世界の動画だと主張したところで、何も得るところはないからだ。
解釈は視聴者の自由だし、妹となってしまった弟をカワイイと褒められるのは複雑な心境であるが、悪くなかった。
異世界文字でタイトルが表示された。
ついで日本語表記に置き換わる。
【エルフさんの魔法戦争!!】
妙にレタリングが凝っている。
「PCやインターネットもない世界で、よく頑張る。だれが、どうやって作っているんだ!?」
和樹の評価を聞けば、カメラマンの精霊が小躍りして喜んだことだろう。
動画の横に、冷やかしや励ましのログが流れて行く。
文字チャットを読む。
耳長族: 始まった。
転生希望者A: 異世界、キター。
はろたん: こんちゃ。エルフ兄。
ヒマ蔵: 見に来た。ここ、画像は最悪だけど面白い。
黄金のスケルトン: ライブとか告知してたけど、大丈夫ですかぁー?
リンリン: 作り置きした動画を流すのは、ライブじゃないです。
右のボタンを押せ: エルフ兄との対話があるんだから、ライブでおK。
「いやいや……。初っ端から手厳しい。でも、この動画はライブなのだ。そしてオレも、内容は知らされていない」
和樹は視聴者のチャットログを読みながら、ボイスチャットで応じた。
前回はヴラシア平原での戦いをダイジェスト版でアップした。
無駄に長い動画を和樹が編集したのだが、それでも画像が悪くて評判は今一つだった。
ラリパッパ: んっ。なんだか、画像がキレイになってないか?
そうこうする内にタイトル画面は切り替わり、どんよりとした曇り空の下、寒々と広がる雪原の風景が映し出された。
ぬるま湯: なってる。うp主は新しい機材を購入したのかぁー?
移動するカメラが、数え切れないほどの騎兵を舐めて行く。
兵隊たちの装備は細部が異なり、それぞれに体格や顔つきも違う。
これまでは、こうした違いを確認できなかったのだが、通信状況の改善により画像は驚くほど鮮明である。
分厚い雲に穴が穿たれ、光の柱が立った。
光が薄れると大きな門が現れ、二体の鬼人が扉を開く。
メルたち一行の登場だった。
明日の爺さん: うぉぉぉぉぉぉーっ。これまでAIだのCGだのと散々茶化して来たが、こうなると訳が分からん。本物か?異世界、あるんか!?
右のボタンを押せ: これはぁー。個人で作れるレベルと違うぞ。
ラリパッパ: おいおい。ゲームのデモよりリアルじゃないか。余りリアルだと、安心して見れないジャマイカ。
ヒマ蔵: どうしたのかね、エルフ兄?カクカクと動く、モワレした動画は何処へ?
「アハハハ……。その質問には答えられません。妹の方で、配信の方法を変えたみたい」
もとよりCGではないから、どうしたのかと訊ねられると非常に困る。
視聴者の皆さんには、是非とも質問ではなく銭を投げてもらいたい。
その方が戦費の足しになるので、妹も喜ぶ。
勿論、売れない絵師であるエルフ兄も大喜びだ。
ホクホク: これがもしCGで、長時間のライブ配信だとしたら、製作者が死んでいるに違いない。
茶色いアレ: 草生える……。動画制作者は確実に過労死だな。てか、給料をもらっても無理じゃね!?
黄金のスケルトン: そんなの、見る側には関係ないっしょ。画像が鮮明になって、メルちゃんの可愛さも爆上げだ。なんの文句がある?
リンリン: 文句はないけど、疑問が山盛りです。どうなっているのだ?
転生希望者A: どうもこうも、エルフ兄は最初から本物だって言ってるだろ。
視聴者たちがチャットログで口論する間に、メルは騎兵隊の偉そうな人と会話を終えてカメラの正面に立つ。
『へろぉー。みなさん、お元気ですかぁー?日本は夜ですか、昼ですかぁー?そちらで今日が何曜日か知りませんが、ボクはこれから戦争です』
日本語だ。
樹生の口調と同じだった。
あの生意気で厭味ったらしい弟と同じ喋りなのに、何故か愛おしく思える。
「メルー。こっちは土曜の夜だよ」
『それは嬉しい偶然です。明日はお休みだから、ボクの活躍を終わりまで見て行ってね!』
プラチナブロンドのおさげを揺らし、鳶色のクリッとした目でカメラを覗き込む。
偶然であろうはずがなかった。
和樹はメルから、何度もしつこく曜日を訊かれたのだ。
どれだけ円が欲しいのか……!?
「ムムッ!?」
モニターの左端に表示された、チャンネル登録者数が増えて行く。
オレチン: ここに異世界があると聞いて来ました。
ホクホク: いらっしゃいまほ。異世界はコチラでございます。
ぬるま湯: キミも騙されて逝け。被写体のエルフ娘は、バチクソ可愛いです。
ラリパッパ: まさに天使。
「なんだこれは……?」
チャンネル登録者数の上昇が半端ない。
視聴者たちの口コミだろうか……?
耳長族: ボクっ娘エルフ、最高。
ヒマ蔵: 画像が良くなったら、めっちゃくちゃカワイイ。
転生希望者A: 300円。フォォォォォォォ-ッ。俺の嫁。
黄金のスケルトン: 600円。オマエのではないし……。それを繰り返すなら、通報します。
耳長族: 1000円。幼女趣味の変態には負けない。エルフ娘、バンザイ!!悪党に負けるな、ガンバレ。
明日の爺さん: 5000円。年寄りの財力を舐めるなよ。
茶色いアレ: 100円。少しでスマン。
「皆、ありがとう。メルが涙を流して喜ぶよ」
メルのオネダリポーズを切っ掛けに、お金まで動きだした。
チャンネル登録者数も、すごい勢いで増えて行く。
そして、未だ一発の矢も放たれていなかった。
どこまで行くのか無軌道ライブ配信。
わくわくエルフチャンネル。
感想をくださる読者さま、ありがとうございます。
きちんと返信ができず、申し訳ありません。
すべて読ませて頂いております。
読者さまの反応があっての【エルフさん】です。w
今後もメルの応援をよろしくお願いします。








