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エルフさんの魔法料理店  作者: 夜塊織夢
第二部
273/369

心の狭いエルフさん



(タイ)は魚の王さまだ。

だから新鮮な鯛が美味しいのは、当然である。


しかも獲れたてを浜で捌き、軽く塩水に漬けてから海風に曝して熟成させたのだ。

余分な水分を取り除くだけで、白身魚の旨味はギュッと濃縮される。


「タイの一夜干し…」


そんなもの、美味しいに決まっていた。


前世の記憶が蘇る。


樹生の祖母がカレイの干物を金槌で叩き、火鉢で炙って食べさせてくれた。

骨だらけのカレイだけれど、こうすると骨まで美味しく食べられた。


『白身魚は、干物に尽きるよ』


そのときに、祖母から聞かされた言葉だ。


「白身魚は、干物に尽きる」


ついで昆布じめ、酢じめとくる。

まあ味の好みは人それぞれなので、煩いことは言わない。

各人が自分なりの調理方法で、美味しいと思うものを拵えればよいだけの話だ。


メルは、そう考える。

頑固エルフは頑固だけれど、決して独善的ではなかった。


「ひの、ふの、みの、よの…、むっつ。うーん、余りが四枚。全部で十枚デス」


メルはグリルの傍で、ざるに並べた鯛のヒラキを数えた。

幼児ーズとボッチ人魚の分だ。


「数は丁度よい。ピッタリじゃ!」


ひとり一枚で、余った四枚はストレージに保存する。

家族へのお土産だ。


アビーやディートヘルムにも、新鮮な干物を食べさせて上げたい。

フレッドだって、きっと喜ぶに違いない。


そのときに、自分の分が無かったら悲しいじゃないか…。


「エヘヘ…。あたし頑張ったよ」


ジュディットが得意げである。


昨日、ジュディットはメルに頼まれて、残りの鯛(九匹)を獲ってきた。

魔法の収納ポーチと大きめのタモ網を与えたら、瞬く間にひと狩り済ませてしまった。


さすが人魚、自慢するだけのことはあった。

脚が生えたからと言って、(おか)に住まわせるのは才能の損失でしかない。


「デブ…。ジュディーが暮らせるよう、浜辺に漁師小屋を建てよう」

「うんうん、いいねぇー。小さな小屋くらいなら、オレたちでも建てられそうだ。腕が鳴るぜ!」


メルの提案に、ダヴィ坊やが意気込む。


「ちょっと待ちなさい。この期に及んで、まさか自分たちで建てるつもりじゃないでしょうね?」


タリサがメルの頭をポカリと叩いた。


「おっ、何ですかタリサ…?わらし、ぎょぉーさん練習したし…。つぎは恰好エエ小屋を建てます。文句は言わしませんぞ」

「無理ムリ、ぜぇーったいに無理。身の程を知りなさい。材料の無駄遣いよ」


また、ポカリと叩く。


「痛いわぁー。頭は平気やけど、心が痛い…。そうやってポカポカと、殴らんでくれんかのぉー」

「殴られる、あんたが悪い。少しは反省しなさい。お小遣いをつぎ込んで、たくさんあった貯金も空っぽ」

「ピカピカの銅貨は、大事に取ってあります」

「そんなもの誤差。帳簿の数字を見て、呆れかえったわ。あと何本、材木が買えるのかしら…?アンタに大工の才能がないのは、もう分かったと思うんだけど!?」

「ウッ!」


メルが気まずそうに、うな垂れた。


「そんなん言うてもなぁー。タリサはんは、努力って言葉を知ってますかぁー?わらしにも、まだ伸びしろはあると思うんやけど…。あるよねぇー、伸びしろ。夢みる子ぉーには、未来に無限の可能性が広がっとるはずや。そやから絶対に無理とか、ちょっと言いすぎ(ちゃ)いまっか…?」


そして足元を見つめながら、小さな声でゴニョゴニョと言い返す。


「メルちゃんには受け入れがたいのかも知れませんが、ここはグッと我慢して聞いてください。いいですか…。あんなひどい小屋に住まわされたら、わたくしでも『虐待か?』と思います。そんなことをすれば、ヒロインにボロ着を与えて舞踏会に生かせる継母と、何も変わりません。世間から見たら、それは虐めです。自分の考えに執着してはなりません。才能がないのなら、きっぱりと諦めましょう」

「メルちゃん。ケチケチしないで、大工の精霊さんに頼もう」


タリサだけでなく、ティナとラヴィニア姫までがメルの提案に難色を示した。


「……ぐっ!」


メルは悔しくて涙目になった。


「あーっ。オマエら、メル姉を泣かした。あんな隙間だらけで傾いた、ガタガタの小屋だけどなぁー。メル姉は、自信満々だったんだぞ。きっと、皆が喜んでくれるに違いないって…」

「自信って…。それこそ意味わかんないよ!」

「自信ってのはなぁー。自分の考えや行動を信じて疑わない心だ。この場合は、オマエらに喜んでもらえると言う確信を指す」

「いやいや…。あたしが分かんないのは、そこじゃないし」


タリサがダヴィ坊やと向き合い、左右の手のひらを上に開いて、ヒョイと肩をすくめる。

理解できませんのポーズだ。


「自信…。あったんかい…」


メルを泣かせたい訳ではないので、タリサも困っていた。

それでもタリサの口をついて出る言葉は、メルの心を抉った。


「もう、エエよ。恥ずかしいから止めて!!」


メルが顔を赤くして、頭を左右に振った。

激しい頭の動きにつられて、銀色のおさげが跳ねまくる。


「ヨイ子、ヨイ子…。怒っちゃダメですよ」


ここぞとばかりにメルを抱き寄せたジュディットが、さわさわと頭を撫でた。

しかしジュディットの胸に顔を押し付けられたメルは、呼吸ができない。


「ムギュ!ジュ、ジュディー、苦ちぃ…」


ボッチ人魚に幼児の正しい扱い方など、望むべくもなかった。


「ぷはーっ。息の根が止まるわぁー!?おまぁーらなぁー。ちっさい子ぉーを皆して(なぶ)るんは、大概にせい!」


ジュディットに抱き上げられてジタバタしながら、メルが叫んだ。



星砂の浜辺に、寄せては返す波音が響く。


屋根も壁もない青空の下、ローテーブルを置いての野外昼食会だ。

脚の短い椅子も、人数分揃えてある。


「これで囲炉裏があれば、盛り上がるの間違いなしやけどぉー。今日は野外じゃ」

「イロリ?」


ダヴィ坊やが食いついた。

新しいことや面白そうなことに、目がないのだ。

そんな性格が災いして、メルとリゾートを造ることになり、とんでもない無駄な汗を流した。


リゾート計画は、完全に骨折り損のくたびれ儲けだった。

でもダヴィ坊やは懲りない。


「うむっ。部屋の中央で、焚火ができマス。大工の精霊さんに頼んで、漁師小屋につけてもらおう」

「それは面白そうだな…」

「煙くない?」


タリサが嫌そうに首を傾げた。


「囲炉裏で薪を燃やせば、煙たかろう。じぇけん炭を燃やすけぇー、問題なかよ」

「そっかぁー。妖精さんも居るしね」

「そう言うことぉ―」


火の妖精さんにお願いすれば、直火も遠赤外線も思うがままだ。

煙や一酸化炭素中毒の心配はない。


メルは干物をラヴィニア姫に託し、白髪ネギを刻んだ。

今日は鯛の他にも、花丸ショップで購入したとっておきのご馳走がある。


「クジラの赤身じゃ!」


ご奉仕品である。

もちろん、食べきれないほど大量に買った。


柵になったクジラの赤身を刺身包丁で薄くスライスし、白髪ネギを盛った皿に並べていく。


「それ、生ですよね?」

「ウハァー。真っ赤だ。血だよ、血ぃー。ねぇねぇ、焼こうよ。ちょっとでいいから、火で炙ろう」


ティナは不安そうな顔になり、タリサがやいのやいのと騒ぎ立てる。


「やかぁーしぃわ!文句があるなら、食うな!!」


卸しショウガを皿の中央にこんもりと載せ、白ゴマをクジラの刺身に振りかける。

別途、小皿を用意して卸しニンニクも添える。


ラヴィニア姫が好物の匂いを嗅ぎつけて、鼻をスンスンと鳴らした。


「ふわぁー、いい匂いがする」

「ラビーさんは、よそ見せんと魚を焼く」

「はぁーい」


タレは二種類。

ゴマ油と塩に、醤油だ。


白髪ネギをクジラ肉で巻き、タレに浸して頂く。

卸しショウガと卸しニンニクは、お好みで。


パパッとクジラの刺身を拵えたら、岩ノリのお味噌汁を作る。

こちらは出汁に豆腐と岩ノリを入れて煮立て、火から鍋をさげたら味噌を溶くだけなので簡単。


小鉢に青菜漬けを盛りつけたら完成だ。


「ラビーさん、焼けた?」

「できたよぉー」


鯛のヒラキを皿に載せて、レタスと海藻のサラダを添える。

通常であれば塩だれを作るのだが、クジラの刺身に使うタレと被る。

仕方がないので、マスタードを利かせたオリーブオイルのドレッシングを用意した。


そして焼き上がった鯛のヒラキに、たっぷりとマヨネーズを搾る。

タルタルソースではなくて、マヨネーズだ。


薄塩の一夜干しに、まろやかなマヨネーズ。

絶対に美味い。


「オレ、大盛り」

「あたしも!」

「ちょい待ち。順番じゃ」


ゴハンをよそって箸を手に、頂きますだ。


「おっ。ちょいと待とうか」

「どうしたのメル?」

「ジュディーの皿を渡してください」


メルはジュディットの皿を取り上げ、キレイに鯛を解体した。


「タイのホネェー、ノドに刺さるとやばいデス。ジュディーはフォークとスプーンじゃけ、自分で身をほぐせん」

「やぁ、メル。人魚さんは、手づかみだよ」


タリサがジュディットを指さし、苦笑いした。


ジュディットには、フォークとスプーンを使う気がなさそうだった。

手と口の周りを血で赤く染め、一人でクジラの肉を貪っている。

まだ、イタダキマスもしていないのに…。


「マナーは、オイオイじゃのぉー。先ずは、美味しいを楽しんでもらうとしましょ!」

「「「「いただきまぁーす!」」」」

「あい。頂きます」

「んっ…。イタダキマス?」


ジュディットが小首を傾げた。


「お食事が始まる挨拶じゃ。よーいドンで、早い者勝ちってコト!」


メルとラヴィニア姫とダヴィ坊やが、クジラ肉の奪い合いを始めた。


「うまぁー。魚の焼いたの、メッチャ美味しい」

「川魚とは違いますね。コチラはコチラで、すごく美味しいです」

「ジュディー、お手柄だよ!よくやった!」

「ありがとぉー」


タリサとティナが、ジュディットを褒めまくる。

お世辞ではなく、鯛が美味し過ぎた。


「脂の載った白身魚は、マヨネーズとの相性、抜群じゃ!一晩干したから、もぉー絶品ですわ」

「この生肉、うめぇーな。クジラとか言うのか?こいつ魚なの、ケモノなの…?」

「コレ、生のニンニクだよね。匂いがニンニクだもん。コレをお肉に載せて、お醤油で食べるんだ。んーっ、生のニンニク最高…!」

「ラビーさん、ゴマ油と塩も試して」

「うんうん…」


クジラを食い、ゴハンを掻き込み、味噌汁を啜る。

鯛を食い、ゴハンを搔き込み、味噌汁を啜る。


そして青菜漬けを摘まみ、口の中をさっぱりさせる。


口の周りが油でギトギトになるけれど、箸は止まらない。

ジュディットに至っては、手も油塗れだ。


「メルー。オイシイって、すごく良いねぇー。お魚が食べれるなんて、あたし知らんかったヨォー。うーん、幸せ!」


ジュディットは油と食べかすで顔中ベタベタにしながら、喜びの声を上げた。


「こっちの赤いのも、柔らかくて美味しぃー!!」


砂浜に投げ出した足をバタバタさせている。


「うっ。ちょっと人魚さん。食事中に足をバタバタさせたら、駄目!」

「わらしのゴハンに、星砂がぁー。ペッペッ…。フリカケみたくなってしまいましたヨ。まったく、もぉー」


ジュディットの世話係として両隣の席に座ったメルとラヴィニア姫は、甚大な被害を受けていた。

それでも嬉しそうにはしゃぐジュディットを見ると、本気では叱れない。

注意はすれど、生温かい目で見守るのみ。


〈妖精さん、お願いします〉


メルは事態の収拾を風の妖精たちに頼んだ。


〈あいあい…。合点だぁー♪〉

〈妖精女王陛下、バンザーイ!〉


ローテーブルに散った星砂は、風の妖精たちが一粒残さず運び去った。


〈あっ。また飛んできた〉

〈えーい。空中で殴っちゃえ!〉


次第に慣れてくると、ジュディットが蹴った星砂をダイレクトで弾き返す。

ブロックにスマッシュ、何やらジュディットの周囲は球技大会のような様相を呈した。


「何だかなぁー。風の妖精さんたち、星砂と戯れておりマス」

「よいよい…。今日のところは、妖精(シルフ)さんたちにジュディーをお任せしましょう。わたしはゴハンに集中したいのです」


ラヴィニア姫はクジラ肉にたっぷりと卸しニンニクを載せ、小皿のお醤油につけた。

そしてパックリ。



「ねぇ、ティナ。生肉、美味しいよ」


昼食会も終盤に差し掛かり、漸くタリサが気づいた。


「えーっ。ホントですか?」


ティナはクジラの大皿に視線をやり、眉を顰めた。

山ほど盛られていたクジラ肉は、殆ど消え失せていた。


ティナにしては珍しい手抜かりであったが、ジュディットのテーブルマナーに衝撃を受けて集中力が低下していたのだ。

血塗れの手で生肉を頬張る人魚の姿は恐ろしくもあり、ついうっかりクジラの味見を先送りにしてしまった。


「わたくしとしたことが、しくじりました」


鯛を食べるのに夢中だったことも、クジラ争奪戦に出遅れた要因に含まれるだろう。

食べ慣れていない者にとって、魚の骨を取り除く作業は厄介だった。

お上品さを追求するティナともなれば、尚更だ。


「もう残っていませんね…。美味しいなら、ちゃんと食べておけばよかった」


残念無念である。


「くそぉー。メルの料理だもん、そりゃ美味しいよね。生々しい見た目に、すっかり騙されちゃったよ!」

「フッ。大皿が早い者勝ちなのは、お食事会の掟だからな。ビビッて試さなかったタリサとティナは、負け組さ」


ダヴィ坊やが残りわずかとなったクジラ肉を素早くさらって、御飯茶碗に載せた。

これ見よがしな嫌がらせ行為である。


「えーっ。ダヴィってば…。なんで全部持っていくのですか…!?」

「ゲップ…。そんなもん、美味いからに決まってるじゃん」


実のところダヴィ坊やも、少しだけ自分たちが建てた小屋に誇らしさを感じていた。

クジラ肉の独占は、愛着があった小屋を完全否定されたことに対する、ダヴィ坊やなりの意趣返しだった。


「コイツ、ムカつく!」

「フッ…」


ダヴィ坊やは、悔しそうに歯噛みするタリサを鼻で笑った。


「メルちゃん。お肉が、無くなっちゃった。ダヴィに取られちゃった」


ティナが悲しそうな顔で、それとなくオカワリを要求した。


「あきらめい!」


メルは爪楊枝で歯をせせりながら、無常にも言い放った。


お腹パンパン、大満足。

ご馳走さまである。


今日のメルに寛容さを求めるのは、かなり難しかった。






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【エルフさんの魔法料理店】

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― 新着の感想 ―
[一言] 安定して面白い。 個人的には多分なろうで一番面白い。
[一言] 自信作を不出来だといわれたらそりゃ、つれえでしょ…
[良い点] お食事会最高デス(灬º‿º灬)♡
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