隠し事が下手すぎる
メルたちを送り出した翌日、調停者クリスタは領都ルッカへ潜入するメンバーをドラゴンズ・ヘブンに集めた。
闇商人ヤニックことヨーゼフ・ヘイム大尉が率いる、元ミッティア魔法王国の破壊工作員たち。
ジェナ・ハーヴェイ。マーティム。メルヴィル。
ヤニックを含めた四名の専門家は、意気込んだ様子もなく静かに佇んでいた。
海上移動と聞いていたので、荷物はバックパックひとつ。
メルから与えられた貴重品である。
言わずと知れた、異空間収納機能つきバックパックだ。
当初より予定されていたメンバーに加え、斎王ドルレアックが道案内としてマリーズ・レノア中尉とマーカス・スコット曹長を連れて来た。
「そいつら、ミッティアの特殊部隊だろ。異能強化した、改造人間だって聞いたけど。大丈夫なのかい…?」
クリスタが呆れ顔になった。
敵地潜入計画である。
作戦中に裏切られたら、大問題だ。
「ええ…。彼らはエルフの里で、すっかり心を入れ替えたようです。そうですよね、マリーズ?」
愛らしい笑みを浮かべ、斎王がマリーズを見つめた。
目が笑っていない。
「あっ。はい。皆さまのお役に立てるなら、何でも致します」
「マーカスは…?」
ついで斎王の視線が、マーカスに向けられる。
「はっ…。ユグドラシル王国のために、この身をささげる所存であります!」
「よろしい」
斎王はマーカスに頷いて見せた。
「ふーん。あたしが想像していたより、メルやアンタの手口はえげつないようだね」
クリスタは肩を落とし、ため息を吐いた。
「なにも荒事はしておりません。弱者は強者の前に、なす術もなく首を垂れるものです」
「ははん。ザスキアは、おっかないからね。この子たちじゃ、傍に寄られただけで腰を抜かしただろうさ」
「何もかも、お見通しで…」
「メルは…。妖精女王陛下の方は、片っ端から拷問しているようだね」
「拷問ですか…?」
「生埋めさ」
クリスタの台詞に、斎王が小首を傾げた。
「それの何が問題でしょうか?」
ザスキアと融合を果たした今、斎王は生き埋めくらいで動揺するような心を持たない。
むしろ、その程度のことで頭を悩ませるクリスタに、不自然さを感じた。
『滅国の魔女が、今更なにを言っているのか…?』と。
メルに可能な限り平凡な暮らしをさせたいと望んでいるクリスタの思いが、斎王には通じなかった。
斎王もまた、子供らしさとは無縁な、殺し合う子供時代を過ごしてしまったエルフだから。
「いや、なに…。帝都ウルリッヒの市場で、妖精女王陛下が鮮血の狂女マルグリットに襲われたのさ」
「ええっ。マルグリットって、あの同族殺しで有名な女戦士でしょう。なんと、そのような事件があったのですか!?」
斎王ドルレアックにすれば、妖精女王陛下が襲撃された事件は、生き埋めの是非を問うより遥かに大きな問題だった。
その知らせが、自分のもとに届いていない。
情報伝達システムの経路をいちから洗い直す必要があった。
「ちょっとまえの出来事さ。あたしを狙っていたマルグリットが、妖精女王陛下の逆鱗に触れて生き埋めにされた」
「はぁ…」
「まだタンブレア大通りの地下に、埋まっとる。生きて意識があるまま、真っ暗闇に身動きも取れず」
「…………っ。いったいメルさまとマルグリットの間に、何があったのでしょう?」
斎王は眉間にシワを寄せ、訊ねた。
「マルグリットが、ブタ耳のチビと妖精女王陛下を罵ったんじゃ」
「ふむふむ…。メルさまとマルグリットは市場で遭遇し、何となく口ゲンカになった」
「そして両者は一歩も引かずに啀み合い、魔法による戦いへともつれ込んだ。で、生き埋めじゃ。あたしには、やりすぎに思える。もしかして妖精女王陛下は、責任の重さに耐え切れず…。少しばかり、御心を病んでいるのではないか?」
「責任の重さですか…?そのような心配は無用です。おそらくメルさんは、生き埋めが好きなだけでしょう。私も幼い頃は、いけ好かない大人どもを捕まえて、魔犬の巣に放り込んだものです」
「そっ、そうなのかい?」
「ええっ。まったく問題ありません。それは強者の歩む道です。たまたまメルさまは、生き埋めを好んだ。処する手段は、それぞれでありましょう」
斎王が自信ありげに頷いた。
皆がクリスタと斎王の会話に、耳を傾けていた。
例外なく真剣な表情である。
「うへぇー」
ヤニックは斎王の返答を聞いて、苦笑いだ。
「フーム。そうかい…。強者が歩む道かい。あの子は、そもそも殺生を嫌がるし…。生き埋めが残酷だと決めつけるのは、間違いかも知れないねぇー」
クリスタは心の憂いが晴れたのか、小さく呟いてから顔を上げた。
「エェーッ。斎王さまの経験談なんて、全然普通じゃないし…。ああーっ、クリスタさまが言い包められちゃった」
「ヤベェーな、暗黒時代メンタリティー。ビンビンに世代ギャップを感じるぜ」
「おいおい強者の道って、それは修羅の道だろ!」
ジェナ、マーティム、メルヴィルの三人が、各々に思うところを口にした。
調停者クリスタと斎王ドルレアックの感性は、普通じゃなかった。
その二人がメルを評価しても、まともな結論など出やしない。
「しかし…。チビって悪態は、始終バルガスが口にしてるぞ。悪魔チビって…」
ヤニックが呟いた。
「「「そっかぁー。ブタ耳を気にしてたんだぁー」」」
ジェナたちが、納得の表情で頷いた。
妖精女王陛下には、とっても可愛らしいところがあった。
「わかるぅー」
「メルさんは、あんなだけど…。怒るポイントは、普通の女子だなぁー」
「それだけの力を持っているんだもんなぁー。気にしている容姿を悪しざまに罵られたら、埋めても仕方ない」
これは知っておかなければ取り返しがつかない、回避不能な祟りと同じだ。
もっともヤニックたちにとって、大半は既知の情報だった。
新たに、耳が重要なポイントだと知れただけである。
「伝説の狂戦士、マルグリットさまが生埋め…!?」
「本当だったのか…。なんと恐ろしい」
一方、メルの本性を垣間見たことしかないマリーズとマーカスは、恐怖のあまり声を震わせた。
「ありぇー?生き埋めは反省させる程度の軽い罰だって、メルちゃんが言ってたよ。ダメなヤツはニキアスとドミトリに与えて、玩具にさせるってさぁー」
ハーフエルフのジェナ・ハーヴェイが、ニヨニヨと笑いながらマリーズの肩を抱いた。
こうした場面で機を逸することなく、露骨にメルとの親しさを愛称(ちゃん呼び)でアピールする。
一旦、相手の風上に立ったなら、そこから決して退こうとはしない。
ハーフとは言え、ジェナも立派なエルフである。
「ああ、あれなぁー。メジエール村に派遣された、元ギルマスだろ。でもギルベルト・ヴォルフは、無事に戻って来たじゃねぇか…。すぐにまた、姿を消したけどな」
「違うんだよ、マーティム。ジェナが話しているのは、ギルベルトと別件なんだ。帝都の娼館で、メルさんに毒を盛った悪党が居たらしい」
メルヴィルが、マーティムに欠けている情報を伝えた。
ジェナが仕入れてきた冒険者たちの噂話だから、真偽のほどは分からない。
「そうそう。メルちゃんは大好きなケーキに毒を仕込まれて、大激怒したそうです。『食べ物をムダにしゅゆなぁー!』って…。そんでもって犯人は、ニキアスとドミトリにお持ち帰りされました」
ジェナは得意げに噂話を繰り返した。
「リッチどもの玩具って、邪悪な魔法の実験材料だろ。メッチャ辛そうだぜ」
ヤニックが嫌そうに顔を顰めた。
「わっ、私は、決して裏切りません!」
「妖精女王陛下、バンザイ。妖精女王陛下、バンザイ!」
マリーズ・レノアとマーカス・スコットは、己に叛意がないことを必死になって訴えた。
斎王が満足そうな様子で微笑む。
「斎王さまには、改めまして謝意を…」
「我らが不遜でありました」
二人は図らずも、斎王ドルレアックの言葉を同時に反芻した。
『妖精女王陛下はキサマらをニキアスとドミトリに与えるおつもりだった』
あの時、ミジエールの甘味屋で危機一髪だった件を思い起こすと、今なお冷や汗が止まらない。
背筋を凍らせる恐怖は、未だ過ぎ去っていなかった。
妖精たちやベルゼブブによる監視は、昼夜を問わずに続けられている。
疑念を持たれただけで、何が起こるか分からないのだ。
「あなたたちを信じましょう」
斎王が優しげな声で告げた。
「ありがとうございます」
「誠心誠意、尽くさせて頂きます」
斎王ドルレアックには、ただひたすらに感謝しかなかった。
「この二人は、斎王の管理下でいいね?」
クリスタが最終確認を行った。
「もちろん…。私が全責任を負いましょう」
斎王も無条件で引き受けた。
「斎王…。理想は、夜明け前の上陸だよ」
「承知しております、クリスタさま」
「出発のタイミングは…?」
「既に海竜を呼び出してあります」
「では、出かけるとしようか!」
クリスタたちは斎王の後に続き、ドラゴンズ・ヘブンの海岸へと向かった。
◇◇◇◇
ラヴィニア姫は精霊樹の部屋へ遊びに行き、あいにく留守にしていたので、お土産の野菜を置いて帰ろうとした。
そのときテーブルに置いてあった紙束が目に入り、ついつい手に取ってしまった。
「フムフム…。ドラゴンズ・ヘブン、リゾート開発計画書とな…」
相変わらず読みづらい、メル文字だ。
書面に赤い太字でマル秘と書かれていたにせよ、中を見てしまったラヴィニア姫に罪はない。
キチンと仕舞っておかず、ほったらかしにしたメルが悪い。
メルとダヴィ坊やの秘密計画は、その日のうちにタリサとティナの知るところとなった。
「コソコソと…。あの二人だけで、何をしているのかと思えば」
タリサは御冠だ。
幼児ーズのリーダーを自任するタリサにとって、アホどもの秘密計画など許せるはずがなかった。
「タリサってば、そうやってプリプリと怒らないの…。メルちゃんやダヴィに、悪気なんてないわ。全てが完成してから、わたくしたちを招待する予定でしょ。内緒にしておいて、ビックリさせようと思っているのよ」
「ふーん。ティナは、そんなふうに言うけどさぁー。ちゃんと完成するのかしら…?」
タリサが当然の疑問を口にした。
「そう言われてみると、なんだか不安ですね」
メルの無鉄砲さを知るラヴィニア姫は、タリサの意見に同意した。
そもそもメルとダヴィ坊やのお小遣いでは、リゾート開発に必要な材木が買えない。
計画書を調べると、現状で資金ショートの状態だ。
この瞬間、ラヴィニア姫がタリサとティナに伝えようとした良い話は、厄介ごとの臭いを放ち始めた。
「完成するにしても、いつの話なの…。それだけじゃないわ。本当に、この設計図に即したものが、出来上がるのかしら…?」
タリサは当然の疑問を口にする。
「そうですねぇー。ここに自分たちの手で造るみたいなことが、書いてあるんですけど…」
ティナも不安そうに言った。
「バカげているわ!!」
「ええ…。メルちゃんとダヴィでは、犬小屋を作るのも難しいと思います」
「二人とも、酷い。でも、強く否定できない」
ラヴィニア姫は、メルの不器用さを熟知していた。
料理と投擲、タケウマやスカイダイビングは得意だけれど、他のことになると平均値に満たない。
工作や裁縫の才能などは、丸っきりだった。
自分でやらせると、悲しいくらいに不細工な三つ編みを結う。
贔屓目に見ても、破滅的である。
「ここに書いてある材料費だって…。もとを糺せば、あたしたちのお小遣いデショ!」
タリサが奇妙なことを言い出した。
「えーっ。それは関係ないと思うな。タリサがオヤツを買った時点で、それはメルちゃんのモノだよ」
こればかりはラヴィニア姫も、メルの擁護に回る。
「そんなことは、百も承知してるよ。メルが無駄遣いしようと、それは個人の勝手です。でもねぇー。あたしの払ったお金が、無駄にされるのは嫌なのよ。どうせなら、もっと有意義に使って欲しいわ」
「うっ…」
タリサはケチだけど、ケチなりの正論には強い説得力があった。
メルは身だしなみにお金を使わない。
三つ編みにしていても、リボンさえ買おうとしない。
魔法料理店で稼いだお金を無謀なリゾート開発につぎ込むくらいなら、もっと別の使い道があるだろうと、タリサは指摘していた。
ラヴィニア姫としても、花丸ショップで奇妙な王子パンツを購入するのは止めて欲しい。
ティナのお店で、普通の可愛らしいワンピースを買えばいいのだ。
そのお金が、ボロ屋となって消えてしまった。
「まあまあ…。ここで意見をぶつけ合っても、仕方ないでしょう。百聞は一見に如かずと申します。ですから…。わたくしたちで、こっそりとドラゴンズ・ヘブンを視察してはどうかしら?」
ティナが、真面目くさった顔で提案した。
それは悪魔の囁きだった。
「それがいいね。ラビーは、異界ゲートの操作ができるんでしょ?」
「うん。でもさぁー。メルちゃんとダヴィくんは、秘密にしてるのに…」
「わたくしは、是非とも見るべきだと思います。問題がないなら、見たことは黙っていればいいし。問題があるようなら、早めに確認しておかないと後悔しますよ」
「はぁー。ですよねぇー」
ラヴィニア姫は、タリサとティナに押し切られた。
そして三人は、ドラゴンズ・ヘブンへと跳んだ。
まず、異界ゲートの出入り口となる祠が、ボロボロだった。
「あっ。扉が外れちゃった」
「ラビー。気にしちゃダメだよ。それは外れるように作ってあったのよ。放っておきなさい」
「ささくれていて、手に棘が刺さりそうだから…。さっさと捨てた方がいいですよ」
「うん」
ラヴィニア姫は、祠の扉を草むらに投げ捨てた。
取り敢えず、出だしからして最低だ。
嫌な予感しかしない。
そして、空き地に建てられた粗末な小屋ときたら…。
「これは酷い」
「森の炭焼き小屋だって、もっとキレイですね」
「うん。帝都の貧民窟にも、こんなボロ屋は建ってないよ」
三人で計画書の設計図を確認したけれど、目のまえの小屋が何か分からない。
「あの小屋は設計図の、どこの部分なのかしら…?」
ティナが首を傾げた。
「そんなこと、あたしに訊かないでよ。あーっ。頭痛がしてきた。メルとダヴィは、こんなものに幾らつぎ込んだのよ!?」
「えっとですね。この表によりますと…。材料費だけで、百万メルカ(ペグ)は使ってます」
「ムキィー。バカなの…。あいつら、頭がおかしいんじゃない!?」
タリサが絶叫した。
「はぁー。分かりました。これ以上の無駄をさせないために、全てを終わらせましょう。大工の精霊さんを召喚します」
ラヴィニア姫が苦渋の決断を下す。
「それがいいと思う。メルたちに文句を言われたら、あたしが言い負かしてあげる」
「あら。あの二人なら、文句なんて言わないと思いますわ。ちょっとは、悲しそうな顔をするかもしれませんけれど…」
ティナは、メルとダヴィ坊やの不明を鼻であしらった。
メジエール村の女子はリアリストで、とっても意思が強いのだ。
白馬に跨った王子さまはお花畑の住人であり、現実と混同されることがない。
「ラビー。やっておしまい!」
「うん。大工の精霊さん、お願いしまぁーす」
大工の親方が、ボン!という破裂音と共に姿を現した。
「てやんでぇー、お嬢ちゃん。オイラに用事かい!?」
ラヴィニア姫は精霊樹の苗をたくさん育てていたので、莫大な花丸ポイントを所持していた。
精霊たちを召喚してリゾートを造るくらい、わけもなかった。
何より、メルとダヴィ坊やに任せていたら、いつまで経ってもリゾートは完成しないだろう。
ここはメルのためにも、幼児ーズのメンバーが存命の内にリゾートを造り上げなければいけない。
さもなくば、きっとメルが泣く。
「これを早急に、お願いしたいのですが…。よろしいでしょうか?」
『メルに恨まれても良い!』と覚悟を決めて、ラヴィニア姫は大工の精霊にリゾート開発の計画書を託した。
「ほぉー。温泉施設を含めた、旅館の建築かい。だったら、土建の精霊も呼んでくれ」
「土建の精霊さんですね。いますぐ、お呼びします」
「そしたら、こんなもんチョチョイのちょいだぜ!!」
「施工期間は、どの程度になりますか?」
「土建のもオイラのとこも、若い連中がゾロゾロと増えたんで…。そうさなぁー、二日もあれば充分だ」
「…………!」
「合点だ!」「合点だ!」「合点だ!」「合点だ!」「合点承知だ!」「てやんでぇー!!」
既に大工の精霊たちは、メルとダヴィ坊やが建てた小屋をぶっ壊していた。
「何だこりゃ!?」「とんでもねぇー、ガラクタだ」「もしかして、小屋のつもりかぁー?」「ヘタッピーにも程がある」「アホのオークだって、これより増しな住処をおったてるぞ!」
「ガハハハッ!ちげぇーねぇや。上手いこと言うなぁー、おめぇー」
幼児ーズの三人は解体現場から聞こえてくる酷評に心を痛め、メルやダヴィ坊やが笑顔で働く姿を想像して遠い目つきになった。
仲間への慈悲はある。
溢れんばかりの愛情も。
だが、現実の要求は厳しかった。
女子組三名は、一刻でも早くリゾートで遊びたかったのだ。