仲間外れはダメ!
新型の全身スーツが完成した。
モモンガァーZから飛行能力を省き、快適さのみを追求したフォックス・スーツだ。
フォックス・スーツには、普段使いを考慮してトイレ対策などの変更が加えられている。
耐G機能つきモモンガァーZと違って、着衣の上に纏うことも可能だった。
そのうえ花丸ショップでの販売価格も安く、暑い夏にうってつけである。
だけど、ヘッドのデザインが少しばかり残念だった。
「うーむ。これは、チベットスナギツネ…」
キツネの顔は不必要なまでにリアルで、どこか思いつめたような遠い目をしていた。
「メルー、そんなもの脱ぎなさいよ。暑苦しそうだし、キツネの顔がムカつくわ」
「顔はムカつくか知らんけど、これは涼しいのよ。まぁまとディーのも、用意して上げましょか?」
「止めてよ。モコモコの毛皮を着て、涼しいわけがないでしょ。ちょっと、こっちへ寄らないで…。見ているだけで、汗が噴き出るから…!」
「ねぇね、あっちへ行け!」
アビーとディートヘルムの評価は、最低だった。
「がぁーん!」
しかし真夏の炎天下でモフモフは、確かに鬱陶しい。
「気にするなよ、メル姉」
「うむっ。これを着たら、もう脱ぐことなど出来ん!」
「全くだぜ。お日さまがカンカン照りでも、ちょー快適だ」
相変わらずメルとダヴィ坊やは、外見より機能重視である。
二匹のキツネは立派な尻尾を引きずりながら、釣り道具をライトニング・ベアに積み込んだ。
ライトニング・ベアとベイビーリーフ号が使えるようになった今、幼児ーズの行動範囲はグンと広がった。
トラックと三輪バギーがあれば、水量の多い渓流まで気楽に足を延ばすことが出来る。
今日はメルとダヴィ坊やが見つけた穴場で、楽しい焼き魚パーティーだ。
「まった、ラビー?」
「ううん…。今来たところ」
待ち合わせ場所のクスノキ広場で、メルとラヴィニア姫が再会のハグを交わす。
「アンタたち、女同士で恋人ごっことか悲しいわ」
メルとラヴィニア姫のデートコントに、呆れ顔のタリサがツッコミを入れた。
今更の話である。
「それは置いておくとして…。メルとダヴィーは、どっちがどっちだか見分けがつかないわね!」
「わらしが、メルです」
「おれがダヴィだ」
二匹のキツネが手を上げて、それぞれに主張した。
「不細工なキツネ…。ちっとも可愛くないです」
ティナの評価も厳しい。
「そう言うけどなぁー。コレ、涼しいんやで」
「「「…………」」」
幼児ーズのお洒落さんたちは、色合いの涼しげな夏っぽいワンピースを着ていた。
三人とも可愛らしい。
二匹のキツネは暑苦しい。
そこはかとなく埃っぽくて、汚らしい。
「おまーらも、着てみい。コレなしでは、おられんようなるぞ!」
「お断りします」
「ナニよ。その不満そうな面構えは…」
「顔のコト言うなや。こんなんが、ユグドラシル王国では流行りじゃ!」
悔しまぎれの出まかせだった。
チベットスナギツネなど、和樹(兄)から送られてきた動画で、ちらりと見た記憶しかない。
どうしてユグドラシル王国国防総省が全身スーツのデザインにチベットスナギツネを採用したのか、理解に苦しむ。
スナネズミとまで言わずとも、せめてキタキツネくらいの愛らしさがあれば、これほどまでの冷遇を受けずに済んだだろう。
「嘘くさい」
「嘘っぽいですわ」
タリサとティナは、メルの抗議に取り合わなかった。
「グヌヌヌ…。ラビーさん」
「ごめんね、メル」
ラヴィニア姫は縋るようにして自分を見つめるチベットスナギツネから、すすっと視線を逸らした。
「がぁーん!」
「メル姉、しっかりするんだ。傷は浅いぞ!」
抱き合う二匹のキツネは、見ているだけで暑苦しい。
「アンタたちねぇー。バカやってないで、さっさと案内しなさいよ」
「そうですよ。早く涼しい水辺に行きましょう」
「…………メルちゃん」
「けっ。わらしは、ここにおっても涼しいねん。このスーツは優れものぞ!」
幾ら吼えたところで意味などない。
年頃の娘たちは、可愛らしさで衣装を選ぶのだ。
俄か乙女のメルとは、その価値観からして違う。
「行くで、デブ!」
「おう!」
ダヴィ坊やがライトニング・ベアのハンドルを握り、メルを背中に貼りつかせる。
いつの間にか定番となっていた、二人の位置取りである。
このポジションでないと、ダヴィ坊やが落ち着かない。
メルの背中に張り付くのは、ヤバイのだ。
年頃の男児は、股間の制御が危うい。
「タリサさん、ティナさん…。わたしたちも行きましょう」
「「うぇーい!」」
ベイビーリーフ号も、ライトニング・ベアを追って走り出した。
ラヴィニア姫はタリサとティナを乗せているので、アクセルを踏み込まずに安全運転だ。
◇◇◇◇
目的地に到着した幼児ーズは、女子が着替えられるように簡易テントの設営場所を決めた。
「ここでエエやろ…」
「それなら、邪魔な石ころをどけよう」
「焚火の場所は、ここね」
「あっ。薪はベイビーリーフ号に載せてあるよ」
「それは後で、オレが取りに行く!」
ダヴィ坊やは、男らしく力仕事を引き受けた。
メジエール村の子供たちは、すっぽんぽんで水遊びを楽しむ。
なので恥じらいを覚える年頃になると、男女は別々に行動するのだ。
本来であれば、ダヴィ坊やだけが仲間外れにされるはずだった。
『ノケモノは、アカン!』
ひとりぼっちの辛さを知るメルは、強く主張すると共に水着を提供した。
スカートがついたワンピース・タイプの、色鮮やかな水着である。
『裸でないのなら…』と、女子からの同意を得た。
実のところ女子たちは、見たこともないキュートな水着を身につけて、かなり上機嫌だった。
露出が多くて恥ずかしいとか口にしながら、誰かに見せたくて仕方ないようだ。
ダヴィ坊やには、ブルーのサーフパンツを用意した。
メルはスポーツブラとパンツだ。
生地は黒で、サイドにオレンジのラインが入っている。
トイレ事情を考慮しての、セパレートタイプである。
女子のワンピースも、フレアスカートの下はホットパンツだ。
それを脱げば、簡単に用が足せる。
二匹のキツネは簡易テントとトイレの囲いを設置してから、釣り道具を持って大きな岩の上に陣取った。
女子はテントで着替えだ。
キャッキャウフフと、はしゃぐ声が聞こえてくる。
メルとダヴィ坊やは、フォックス・スーツの下が水着なので問題ない。
それに、水遊びより魚釣りがメインだ。
「メル姉、ありがとう」
ダヴィ坊やが、ポツリと呟いた。
「んっ…。何ですかぁー?」
「オレ、今年はもう諦めてた。皆と遊べなくなるって…」
「むぅーっ。去年でさえ、ギリギリな感じだったしのぉー。タリサとティナは、お胸がふっくらしてきおったし…。背ェも高くなって、ますます生意気じゃ!」
「メル姉とラビーは、チビでペッタンコのままだな」
「ほっておけ!」
メルは話を逸らせ、水面に釣り糸を垂れた。
ダヴィ坊やに真正面から礼を言われて、ちょっと照れくさい。
顔が赤く染まっても、チベットスナギツネを被っているので見られる心配はなかった。
「デブ、引いとるぞ!」
「うむっ。手ごたえありだ。んーっ。引きが強いから、こいつは大きいぞ…」
「でかいのは要らん。手ごろなサイズが、エエで…」
「ムチャ言うなよ」
「たしかに…」
河原で焼くのだから、串にさして地面に立てられるサイズが理想だ。
しかし、釣れる魚は選べない。
「魔法の釣り竿じゃ。大物をヒットしても、折れない。ばらけない。餌が無くても、よぉー釣れる」
「だけど、獲物は選べません!」
ダヴィ坊やは釣り竿を操りながら、慎重に獲物を引き寄せる。
釣り糸を余らせないように、カラカラとリールを回す。
「来た。大物だ」
釣り竿が、折れそうなほどしなる。
だが折れない。
メルはタモの用意だ。
「……でか!」
「むーっ。これはお土産用ですな」
ダヴィ坊やは、一抱えもありそうな鱒っぽい魚を釣り上げた。
釣り上げられた魚が、大岩の上でビチビチと跳ねる。
「往生せえや!」
脳天パンチで活け締めだ。
「気を取り直して、ジャンジャン釣りマショ!」
「今日のメインだもんな」
「そそっ。本日のメインディッシュは、お魚さんデス」
「前に喰ったとき、美味かったもんな。よし、形の良いヤツを釣るぞぉー!」
ダヴィ坊やが、気合を入れ直した。
「女子に御馳走して、デブの良さをアピールするのだ」
「分かってる。オレは紳士になる!」
詰まるところ、そういう話である。
頼りになるイケメン男子なら、タリサやティナもダヴィ坊やを遠ざけようとはしない。
皆と一緒に居たければ、ダヴィ坊やは悪ガキを卒業する必要があった。
ぼちぼちと魚を釣り上げるダヴィ坊やの横で、メルはヒットなし。
「釣れん…」
「メル姉は、何をしてるんだ?」
「はい。わらし、自分の魚を釣りマス」
メルは鮎っぽい魚を釣ろうとしていた。
「……?」
「コケを食べる魚が狙いヨ」
メルが使っている魔法の釣り竿には、ちょっとした細工が施されていた。
「コケ丸くんを針につけました」
「メル姉も釣ってくれよ!」
「イヤじゃ。虫を食った魚なんぞ、要らんわ!」
頑固エルフは、自分の魚しか釣る気がなかった。
頭の中は、香ばしい鮎の塩焼きで一杯だ。
着替えを終えた女子組は、川に入って冷たい水をかけあっていた。
暑い日差しの下で、水着の少女たちが歓声を上げる。
水しぶきがキラキラと輝いた。
まるで、色とりどりの花が咲いたようだ。
「眩しいな」
「そうやね…」
「メル姉は、水着にならないのか?」
「キツネが快適すぎて、水浴びをしたくならん」
「ふーん」
ダヴィ坊やは、ちょっと残念そうに鼻を鳴らした。
ダヴィ坊やが見たいのは、メルの水着姿である。
そもそもメルと一緒に居たいので、紳士たらんと頑張っているのだ。
「デブ、わらしの竿を見といて」
「どうしたの?」
「ちょっと、モヨオシマシタ。お花を摘んで参ります」
「あっ、そう…」
決して伝わることがない、ダヴィ坊やの恋心だった。
幼馴染としては、それが良い。
その中途半端な距離感が、ダヴィ坊やをホッコリとした気分にさせる。
幼児ーズは、未だ子供デアル。
夏らしい話をひとつ。
次回も楽しい河原篇です。