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エルフさんの魔法料理店  作者: 夜塊織夢
第二部
244/369

俺たち卒業しました



「こっ、これは…」

「見たところ、全滅ですね」


マリーズ・レノア中尉たちが11番倉庫に到着したとき、既に侵入者の姿はなかった。

倉庫内には視力を奪われてのたうつ兵士たちと、破壊された魔導甲冑の山が残されていた。


「さっきの光か?」

「まぁ、ねぇー。あれを直視させられたら、何も見えなくなりますって…」


マリーズは、床に置かれていた紙袋を手にした。


「バターの匂いがする」


マリーズの嗅覚は犬より優れている。

ミッティア魔法王国で受けた改造手術により、身につけた能力の一つだ。


「それは何でしょう…?」

「食べものなら、私より貴様の方が詳しかろう。ちょっと見てくれ」

「んっ、これは…。ぽっぷこーんとか言う、菓子ですね。最近、帝都ウルリッヒで流行りだとか…。何でもトウモロコシを熱して、パンパンと破裂させるらしいです」

「トウモロコシを熱しても、こうはならんだろ」

「粉にするものと、トウモロコシの品種が異なるようです。タルブ川を経由して、帝国の辺境地帯から運ばれてくると聞きました」


「奥地か…。確か…。ヨーゼフ・ヘイム大尉が姿を晦ませたのも、タルブ川の上流だったな…」


調停者クリスタの生存を伝えたヨーゼフ・ヘイム大尉は、タルブ川の上流にて消息を絶った。

当時ヨーゼフ・ヘイム大尉が率いるチームは、魔鉱石の採掘に関わっていたと言う。


マルティン商会の故エドヴィン・マルティン老人と絡んだ事件で、もはや詳細を調べようにも当事者が居ない。

現地に派遣された技術者や採掘現場の監督たちも、誰一人として戻ってこない。


魔鉱石の鉱床は、タルブ川の上流にあるらしい。

そして侵入者が持参したと思しき菓子も、原材料の産地はタルブ川の上流にあった。


「ああ、あーっ。俺たちの結界発生装置が、ズタボロです」

「これは酷い。動力ディスクだけで、10万ピクスの損失だ。完全に中身を抜かれてしまったら、修理のしようがない」


マリーズは破壊された結界発生装置を調べて、肩を落とした。


「逃走経路は、どうやら倉庫の屋根みたいです。取り敢えず、俺が登りましょう」

「私は後方支援だな。いつまでも屋根の上に隠れているとは思わんが、気配を感じたら援護しよう」

「ハハッ。敵が顔をだしたら、お願いします」


マーカスが測定器の表示を調べてから、倉庫の壁と向き合った。


マーカス・スコットの身体能力は、常人を遥かに超える。

一見して細身の優男にしか見えないのだが、軽く助走をつけて跳びあがり、見上げるほどの高さにへばりついた。


「くっ…。つかめそうな凹凸が、殆どありません。ちっ、いい壁だ」

「壁の品評は良いから…。さっさと登れ!」

「ハハッ」


マーカスの身体を支えているのは、微かな溝に引っかけた指先だけ。

そこから左右の腕を交互に動かして、あっという間に倉庫の壁を登り切った。


「中尉、屋根の上に不審者は居ません。ロープを投げます。身体をしっかりと固定してください」

「了解した」

「引っ張り上げますよ」

「よろしく頼む」


ロープで危なげなくマリーズを引き上げる膂力も、実に大したものだ。

ミッティア魔法王国の改造人間は、幼児ーズほどでないにしても妖精パワーを使えた。


マリーズ・レノア中尉は、改造人間で構成された実験的なチームを任されていた。

それは枢密院によって計画された、超人部隊のプロトタイプだった。


「屋根から屋根への移動なら、巡回の兵士に見つからない。連中は、随分と知恵が回りますね」

「私も、そう思う。だけど、匂いが途切れている」

「ここで…?」

「そう、ここで…」


そこは屋根の中央部分だった。


「ここから、飛んだんでしょうかね?」

「信じたくはないが、そうとしか思えない。やつらは空を飛べる。私たちより高く、遠くまで…。たぶん、鳥のように…」

「だったら、侵入も空からでしょう。そんな真似をされたら、俺たちだって守りようがない」

「うん。とっても厄介だ」


ウスベルク帝国には、超人を越える超人が存在するようだ。


「討ち取った首級をムカデのように連ねて夜空を舞う、災厄の魔女か…。こうなると調停者クリスタの伝説は、実話かも知れない」

「それじゃ中尉は、サラデウス爺さんの妄言を信じるのですか…?幼女が体当たりで、鋼の魔導甲冑を破壊したんですよ。さすがに、それはないでしょー」

「見たまんまの年齢とは、限るまい。それに、倉庫の魔導甲冑を見ただろう。あそこまで破壊できるのは、更に強力な魔導甲冑しかないと思っていた。だけど倉庫の床や壁は、殆ど破損していない。なにがしかの魔法で破壊したのだろう」

「バケモノですか?」


「分からん。実のところ八百歳を越える、妖女かも知れない。もしかすると、本国で噂のグレムリンかも知れない」


マリーズは、力なく首を横に振った。


ミッティア魔法王国では、魔道具を破壊する邪霊の存在が囁かれていた。

ある日突然、理由もなく魔道具が壊れるのだ。


『グレムリンの仕業に違いない!』


研究者たちは原因不明の故障を前にすると、グレムリンの名を口にする。

これらの不具合は調べるまでもなく、ピクスで居たくなくなった妖精たちにより、引き起こされたものだった。


だが、妖精の存在を否定しているミッティア魔法王国の研究者たちには、故障の原因が分からない。


「侵入者の正体は兎も角として、屋根の中央から飛び去ったことだけは確かだ」

「うへぇー。それを誰かに話せますか…?中尉が報告してくださいよ」


マーカスは測定器を革のケースに仕舞い、マリーズを見た。


「絶対にイヤだ。正気を疑われる」


倉庫の屋根に立ったマリーズ・レノア中尉とマーカス・スコット曹長は、月を見上げてため息を吐いた。


「困ったな」

「困りましたね」


これではオコンネル警邏隊隊長に、侵入者の逃走経路を報告できない。




◇◇◇◇




メルに助けられて任務を完了させたミケ王子は、意気揚々と帝都ウルリッヒの地下迷宮に赴き、悪魔王子(デーモンプリンス)にカメラマンの精霊を届けた。


「ボクは、有言実行のケット・シーです。敵地の様子は、カメラマンの精霊がバッチリと撮影したよ」

「……ッ」


無残な姿となった相棒を見て、悪魔王子(デーモンプリンス)が顔を引き攣らせた。


「彼の地では、激戦だったのか…?」

「あぁーっ。それなぁー」

「メルが()ぎりました」


何故(なにゆえ)に…?」


カメラマンの精霊は指令室の机に置かれたまま、ぐったりとして動こうともしない。

どうやら精魂尽き果てた様子である。


「撮影に連れて行かなアカンのに、コイツ忌み地を飛べんデショ。持ち運びに不便やから、要らない部分は取り外したわ」


メルは、しれっとした顔で答えた。


「要らないって、それはヒドイ…。満身創痍じゃありませんか?!」

「本体機能に影響ないから、プロペラなくてもエエんとちゃうかい?」

「いやいや…。これでは芋虫にも劣る。そもそも、移動できませんよね!」

「カメラマンは、情報管理が主な仕事デショ。子分が動ければ、ボスは動かんでもいいデショ!」


「そんなバカな!」


悪魔王子(デーモンプリンス)が叫んだ。


「バカですとぉー?これは、聞き捨てなりませんね。だれが…。だれが、バカですかぁー!」

「いや、スミマセン。バカは、俺の口癖です。何なら、バカは俺です。妖精女王陛下に不敬を働き、誠に申し訳ない…。ですが、このままでは可哀想でしょう」

「フゥーン。そんなら、何とか致しましょう」

「カメラマンの精霊を元に戻して頂けるのですか…?」


「元に戻す…?そんなん知らんわぁー。元に戻せとか、アータは何処の小学生ですか…?何年何月、何時、何分、何秒とか言いだす、おこちゃまですかぁー?」


元に戻すことなど出来ないメルは、逆切れした。


「いえいえ…。元通りでなくとも、一向に構いません。何とか、動けるようにして頂ければ…」

「よぉー、分かった。とっておきの手段で、直したるわ」


メルがいきり立ち、カメラマンの精霊に葉っぱがついた枝をぶっ刺した。

メルの樹から授かった、霊験あらたかな枝だ。


カメラマンの精霊が、ビクンビクンと痙攣した。


「くっ…。何やら、苦しんでいるようです」

「いちいち煩いわぁー。ビクンビクンしとるんは、生きとる証拠デショ!」

「断末魔に見えるのですが…」


「気のせいデショ!」


こうなると直すではなく、治すが正しいのか…?

何にせよ、メカと有機体の融合である。


「まぁー、元に戻らんでも…。これ刺しとけば、何とかなるデショウ…!」


実にアバウトである。


精霊樹の枝を刺してどうなるのかは、メルにも分からないので仕方がなかった。

ただ効果のほどは、ラヴィニア姫やハンテンで実証済みだ。


「たぶん、新型に生まれ変われる。新型ボディーは、ピカピカじゃ!」

「はぁ、そうですか…。それは良かった」


ここは頷くしかない。


悪魔王子(デーモンプリンス)は、妖精女王陛下の家来なのだ。

家来とは、そう言うものである。




◇◇◇◇




ゴブリン部隊を率いるケクス隊長が、地下迷宮で訓練中の冒険者たちを広場に集めた。


バルガスを筆頭に、ならず者の冒険者たちは、ウスベルク帝国の近衛兵より精悍な顔つきをしていた。

それはヤニックことヨーゼフ・ヘイム大尉のチームも、同じだった。


死線を越えて鍛え上げられた、ユグドラシル王国の精鋭部隊である。

目つきや物腰はもとより、どっしりと落ち着いた雰囲気からして強そうだ。


訓練生たちは過酷な訓練を通して、不屈の戦士に成長したのだ。


「オマエら、立派になったギャ!」


ケクス隊長は居並ぶ生徒たちを見回して、静かに頷く。


冷静に死の恐怖と向き合い、あらゆるチャンスを見逃さず、がっちりと勝利をつかみ取る。

共に闘った仲間との信頼も築き上げ、真の冒険者へと成長を遂げた。


見上げたものである。


「若干名、どうかと思う者もいるが、そんなもんは誤差だギャ」


ケクス隊長が、ハーフエルフのジェナ・ハーヴェイをチラ見した。


「ジェナ、オマエのことだギャ。(ふか)ぁーく反省しろ!」


ヤニックの横で、ジェナが首をすくめた。


ジェナも充分に成長していたが、最後までエルフゆえの悪癖を正せなかった。


空気を読まず、如何なるときも自分勝手で、絶対に反省をしない。

まず反省の意味からして、少しも理解できていない。


それはエルフの種族特性なので、誰にも直しようがなかった。


「まあ、いいでしょう。ジェナの件は、周りがフォローすれば済む。この期に及んで、グチャグチャ言うのも未練がましいギャ…。オラたちでは力が足りず、ジェナに分からせられなかったのが心残りだギャ!」


訓練生たちはケクス隊長の言葉に、神妙な顔で頷いた。


「ちっ。貧乏くじかよ」


ヤニックは渋面だ。


感情的になったジェナを止めるのは、常にヤニックの役目だった。

それはもう、ジェナがヤニックに依存しているのだから、仕方がないコトであった。


命の危険に直面してビビると、何故か突進していくジェナ。

ヤニックには全く理解できない、闘争心旺盛なエルフ娘だった。


「最終試験も無事に終えて、オマエらは何とか合格点を収めた。よって本日をもち、地下迷宮訓練所を卒業とするギャ!」


ケクス隊長は演壇の上で、全員の卒業を告げた。


長い沈黙の後、パラパラと喜びの声が上がり、やがて地下広場に轟く大歓声となった。


その中には、チェイス、リノ、そしてサリムことフランツの姿もあった。

メルを襲ったチンピラたちも、すっかり剣呑な雰囲気が抜け落ちて、芯の強そうな好男子へと変わっていた。


セップは居ない。

セップはニキアスとドミトリに、お持ち帰りされた。


いずれ、薔薇の館を管理していたロペスと同じように、愛らしい骨人形になって戻って来ることだろう。




久しぶりに地下迷宮から解放されたバルガスは、地上へ出るなり日差しの眩しさに目を覆った。


「おい。暑いぞ。どうなってるんだ?」


外気は蒸し暑く、空を見上げれば巨大な積乱雲が見えた。


「畜生め。季節が夏になってやがる!」

「たしか…。アシたちが、悪魔チビに唆されて地下迷宮入りしたのは、秋の終わりころでしたよね」

「よく死なずに生き残った。俺っちは、俺っちを褒めてやりたい」

「なぁなぁ…。冒険者ギルドの制服を支給されたけどよぉー。これってギルドが、おいらたちを雇ってくれるのか…?」

「バカ野郎。俺たちは、冒険者ギルドの幹部候補だぞ。給料はウスベルク帝国から支払われるって、アーロンの野郎が言ってただろ!」


「アニキー。おいら地下迷宮で(しご)かれすぎて、色々と覚えてないんだ。ゴブリンどもに何度も頭をカチ割られたから、そのせいかも知らん」


ダンジョン呆けだ。

ずっとダンジョン攻略に集中していたせいで、頭がボーッとしている。


「でもさぁー。アシは、帝国貴族が好きになれん。なんかウスベルク帝国に雇われるのは、気に喰わんです」

「けっ。もうウスベルク帝国は、悪魔チビの軍門に下ったんだよ。俺たちはユグドラシル王国に仕え、ウスベルク帝国から給料を受け取る。そういう仕組みだ」

「そうなんかぁー。ゴチャゴチャして、良く分からん。兄貴は、賢いなぁー」

「当然だろう!」


文句を言いながらも、ちょっと嬉しそうなバルガスだった。






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【エルフさんの魔法料理店】

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[一言] 強化人間といえば精神不安定なのがガ〇ダムからの伝統ですがミッティアの強化人間は安定してますね
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