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エルフさんの魔法料理店  作者: 夜塊織夢
第二部
241/369

領都ルッカ



風竜(ゼピュロス)の移動速度は早い。

特に今回はラヴィニア姫とのデートでもないので、ゆっくりと景色を楽しむ必要がない。


そもそも夜の海上だ。

まっくらで、何も見えやしない。


新型スーツの機能は良好で、二人は気圧や気温の影響を殆ど受けなかった。


風竜(ゼピュロス)は想像していたより早く、目的地上空へと到着した。


「翼よ。アレがルッカの灯じゃ…。てか領都、明るすぎやしませんか…?」


メルは風竜(ゼピュロス)の背中に立ち、不愉快そうに顔を顰めた。


「本当だ。あそこが、ルデック湾だろ…?魔法ランプが、数え切れないほど燈されている。まるで、町が燃えているみたいだな」

「ねぇねぇ、メル。あれが、強制労働なの…?!」


「そうデス。わらしの妖精さんたちに、ただ働きさせおって…。いまに見とれ!」


ルデック湾の奥まった位置に鎮座する領都ルッカは、夜の暗闇に煌々と輝いていた。


「ヒドイ…。許せん!」

「あんなに町を明るく照らして…。それなのに感謝してもらえないなんて、妖精さんたちが可哀想だよ」

「グヌヌヌッ…。何とかして助けたいのですが、今回は手が回りません。なので、やつらの悪行を記録します」


メルは背嚢(デイパック)からヘッドライトのようなものを取り出して、頭部に装着した。


「何それ…?」

「ミケ王子…。ぼくですヨォー」


それは手足と言うかプロペラがあった駆動部分をもぎ取られて、無残な姿となったカメラマンの精霊だった。


「カメラマンども(子機)やブブ(孫機)は、瘴気が濃い場所で飛べん。それはオリジナルのこいつも変わらんので、使いやすいように改造したった」

「シクシク…。ぼくとしてはママのお役に立てれば、手足なんて要りませんけど…。本当に、元の姿へ戻してもらえるんでしょうね?」

「あっ…。うん。たぶん接着剤で、何とかなると思いマス…」


メルの視線が宙を泳いだ。


挙動不審である。

怪しい。


「ぐすん…。ちゃんと直してくださいね。絶対ですよ!」


カメラマンの精霊が、メソメソと泣く。


「やり過ぎだよ、メル。カメラマンの精霊が、泣いてるじゃん」

「メル姉。さすがに、この仕打ちはない。これこそ、弱い者いじめだろ!」


ミケ王子とダヴィ坊やが、ドン引きした。


「やかましい。アームを折り畳もうとしたら、メキョッと捥げたんじゃ。頑張ったけど、四本とも上手く行かんかった!」


「一本目で、止めてやれよ」


メルは前世でも、和樹(アニ)のプラモデルをよく壊した。

基本的に不器用なので、工作はビー玉コースターの作製が限界だった。


ドローンなんて触らせたら、壊すに決まっていた。


「今回は偵察任務じゃ。言うなれば、おまぁーが主役です。わらしたちは、お供よ」


メルが猫なで声で、カメラマンの精霊を(おだ)て上げる。


「ぼくが主役?」

「そうじゃ。撮影は、アータに任せました」


「畏まりました。妖精女王陛下、ぼく頑張ります!」


メルの言葉に、忽ち機嫌を直すカメラマンの精霊だった。


「さて、作戦開始じゃ」


メルはシュバッと左腕を突きだし、目のまえに手首を近づけた。


「20時13分…」


ウサギさんの腕時計は、20:13を示していた。


花丸ショップで購入した、狂いが生じない時計だ。

チクタクと正確に時を刻む音が、愛おしい。


樹生であったときには、動けずに寿命が浪費されていく音であり、孤独な死へのカウントダウンだった。

今では今日より楽しい明日が近づいてくる、時の足音だ。


チクタク、チクタク…。


「作戦開始時刻は、22時00分かぁー。只今、20時14分…」


二時間も待てない。


メルは時計のリューズを引き出し、クルクルと長針を回した。

時計を持っているのはメルだけなので、どれだけ針を動かしても問題なかった。


メルの時計は、いつだって正しい。


「はい…。22時00分になりました。降下作戦開始デス!」

「待ってましたぁー!」


メルとダヴィ坊やは、風竜(ゼピュロス)の背から転げ落ちるようにして飛んだ。


二人の右手には、背嚢(デイパック)がリードで繋いであった。

風の抵抗を考慮に入れて、危なげなく空中姿勢を保つ。


皮肉なことに囚われたピクスたちが、目標地点を照らしていた。

目指すは、城下町に聳えるマチアス聖智教会の尖塔だ。


二匹の巨大モモンガが、町の上空を飛ぶ。


「みゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーっ!」


メルの懐に押し込まれたミケ王子は、初のダイビングに大絶叫だ。


「うるしゃーわ。ミィーケが騒ぐと、夜警にばれます」

「だって、だって…。怖いんだもん」

「怖いなら、モモンガースーツに潜っていなさい」


「だって、だって…。メルってば、スーツの下ハダカじゃん」


注文の多いネコだった。


だけど紳士デアル。




◇◇◇◇




メルは領都ルッカの上空をゆっくりと旋回し、カメラマンの精霊に地上の様子を記録させた。

様々な施設や警備体制、領都に張り巡らされた道などを可能な限り撮影していく。


港湾施設を越えると闘技場のような広場があり、その先には大きな縦穴(ピット)が幾つも見つかった。

遺体を投げ込む穴で、一応は石灰を撒いているのだろうが野ざらしだ。

邪霊が疫鬼となって誕生しても不思議はない。


虫どもの温床である。


モルゲンシュテルン侯爵家の居城は、巨大で堅牢な城壁に囲われた領都ルッカの最奥に位置する。

その背後は、切り立った崖だ。


崖下にはタルブ川から枝分かれした、ルコント川が流れている。


マチアス聖智教会の尖塔に取り付いたメルとダヴィ坊やは、そこから鍵縄と妖精パワーを使って、人気のない暗い路地に降り立った。


「むむっ、くっさぁー。こっ、コレは…。干物を作り損ねて、腐らせてしまった臭いじゃ。腐臭が酷すぎて、魂にダメージを負いそうデス。トラウマになるわ」

「うえっぷ…。この町と比べたら、オレのウ〇コの方が千倍マシだ。くぁーっ、鼻がひん曲がる。よく、こんな場所で暮らせるな」

「…………っ」


ダヴィ坊やのウンコ発言に、メルが嫌そうな顔をした。


何かと言えばウンコの話をしたがるのは、おこちゃまの証拠である。

そんな子と仲良しなのは、少し恥ずかしい。


「人は欲に駆られると、狂っちゃうんだ。頭が正常なら、こんな所には近づかないよ…。ハッ、ハァッ、ハクシュン…!」


ミケ王子が瘴気に()てられて、くしゃみをした。


「早く任務を終わらせて、帰りましょうよ。なんだか、お化けが出そうです」


カメラマンの精霊も、なんだか具合が悪そうだ。


いくら邪妖精と言えど、ニキアスやドミトリのレベルに達しないと生の瘴気はキツイ。

穢れに影響されて、何もかもが重たくなってしまう。


『まるで動作不良を起こしかけた、PCみたいだ』と、メルは思う。

瘴気は妖精や精霊に粘りついて、正常な動作を阻害する。


人であれば被害妄想に取り付かれたり、暴力衝動に駆られて暴れだしたりする。

実際、夜の町では、あちらこちらから悲鳴や物が壊れる音が聞こえてくる。


穏やかではない。

ちびっ子たちの胸が、ざわつく。


どうやら領都ルッカは、未だ暗黒時代から抜け切れていないようだ。


「フーム。ここまで穢れとるなら、心霊写真くらい撮れるかも知れん。気バレや、カメラマン」

「そんなもの、撮影したくありませんよ。ぼくのデーターバンクが穢れる」

「地下迷宮の管理者しとぉーくせに、小心者じゃのぉー」

「味方でもない邪霊は、やばいんです」


「わらし、へっちゃらよ。死霊だろうが悪霊だろうが、ドンと来いデス!」


ゾンビは除く。

ゾンビには虫が(たか)っていそうなので、ノーグッドだった。


「で、目的地は…?」


ダヴィ坊やがメルを促す。


「あっちじゃ!」


メルが港の方を指さした。


最初は城かと思ったが、反対方向だった。

ルデック湾に向かって戻る必要があったけれど、着陸するまで分からなかったのだから仕方ない。


港湾施設の大きな倉庫が、魔導甲冑の格納庫に使用されているようだ。


「どうして分かる?」

「わらし、妖精女王陛下よ。妖精さんがたくさん居れば、何となく分かるのデス」


メルはスライムのスラ坊を呼び出して、カメラマンの精霊を託した。


「わらしと一緒におったら、脳天をカチ割られたときに危険デス。スラ坊と一緒なら安心」


バルガスにフランツと、襲撃者がメルの頭を攻撃目標に定める頻度は、異常なほど高かった。

作戦行動中、メルの頭部は最も危険な場所となる。


何故か粗暴な男たちは、そろいも揃って妖精女王陛下の頭を叩きたがる。


「スラ坊さん。よろしくお願い致します」


カメラマンの精霊が、珍しく低姿勢である。


「キュイ、キュイ」


スラ坊はカメラマンの精霊を頭に載せて、しっかりと固定した。


「なあ…。どうしてメル姉のスライムは、瘴気の中で平気なんだ?」

「鍛え方が違います」

「嘘だ。絶対にインチキしてる。移動速度も、滅茶クチャ速いし…。ズルい」


この穢れた地で、ダヴィ坊やのミニグリフォンは召喚することさえ出来なかった。

それなのにメルのスラ坊は、濃度が高い瘴気に曝されても平然としている。


「デブの召喚獣も、強化するか…?けどなぁー、強化すると精霊バトルで撥ねられます。エントリー不可になりよるで」

「うっ。せっかく育てたのに、それはイヤだ。だけどタリサに勝てなくなったら、強化して欲しいかも…」


メルの樹にも、精霊バトルの筐体が設置されている。

メジエール村の子供たちは、そこで魔法学校の生徒と通信対戦ができる。

幼児ーズのメンバーは魔法学校の生徒たちとフレンド登録をして、時間の都合がつけば対戦を行っていた。


流行の発信源でありながら、誰と対戦しても勝てないメルは、ついついスラ坊を魔改造してしまった。


しかし、スラ坊のパラメーターを無敵に書き換えたところ、メルのアカウントがBANされた。

精霊バトルとは、子供たちがワイワイと楽しむ健全なゲームである。

だから、チーターは出禁なのだ。


たとえ妖精女王陛下であろうと、例外は認められない。


「負けても構わんから、皆と遊びたかった…」


後悔、役に立たず。


インチキした人は、仲間に入れてもらえない。

それがルールなのだ。



メルたちは人目を避けて、港の方へ向かった。


先頭はミケ王子だ。

ミケ王子がトットコと先に進み、通りの安全を確認する。


「大丈夫…。だれも居ないよ」


メルたちは、可能な限り暗くて細い裏道を進んだ。


どうしても住民を避けられないときには、建物の屋根に上って移動する。

モモンガースーツを着ているので、屋根から屋根へと音もたてずに飛び移れる。


メルとダヴィ坊やは子供だから、怪しげなモモンガースーツを着ていなくても見つかれば問題になる。

おそらく揉め事になるし、色々な不都合が生じるに違いなかった。


「新しいスーツに組み込まれた認識阻害の術式は、いい仕事をしよる」

「ちっとも消えていないけど、見つからないのか?」

「そう説明したデショ。視界に映っても、目撃者の意識から除外されるんですわ。まあ忍び足で、こそっと動けば気づかれん」

「なぁ、メル姉…。スイカ食べ放題。これ着て、メジエール村で…」


「新型スーツは、潜入捜査専用じゃボケェー!作戦が終了したら、ソッコーで取り上げるわ…」


最新魔法技術を悪事に使ってはならない。

スイカ泥棒とかは厳禁である。






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【エルフさんの魔法料理店】

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よろしくお願いします。


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ミケ王子

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― 新着の感想 ―
[一言] たとえ妖精女王といえどもチートは許されませんぞメルちゃん!
[一言] チートでBANの永久出禁…こんなん草生える。
[良い点] BGMはミッションインポッシブル、古くは007かナポレオン・ソロ。
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