ダヴィ坊やが付いてきた
夜になりメジエール村の中央広場で、メルとミケ王子が合流した。
「待った、メルゥー?」
「ううん。今来たところぉー」
「オマエたちは、何をしてるのか…?」
ミケ王子とメルのデート・コントに、ダヴィ坊やがツッコミを入れた。
「なんで、ダヴィが居るのさ?」
「デブも来るんだって」
「それって不味くない?」
「オレを置いてったら、アビー小母さんにチクる。今からでも、呼んでくるからな!」
「グヌヌヌッ…。なんて卑劣な」
ミケ王子が呻いた。
「オレも行く。コレは絶対だ」
ヒミツの冒険だ。
男の子だったら参加したい。
仲間外れは御免だった。
「おかしいわぁー。どうしてバレたのか、ちぃーとも分からん」
「メル姉、そんなことはどうでも良かろう。さっさと、出かけようぜ!」
「デブさん…。遊びに行くんと、ちゃうデェー。そらもう、あっちは戦争じゃ。戦争は、大人のケンカじゃ。○○が、ゴロゴロと転がっとるかも知れん」
「オレは、一向に構わん。危険な場所へ行くなら、それこそメル姉だけでは心配だろ」
「ダヴィ…。ボクが居るよ」
ダヴィ坊やは、尻でミケ王子を突き飛ばした。
「こんなネコ。ちっとも役に立たん!」
「ヒドイ」
ミケ王子が尻尾を太くして怒った。
「そんなことより…。眠りの魔法をつこぉーたのに、なんで起きとるん…?」
「たぶん…。幼児ーズに、その手の魔法は効かん」
「はぁー。わらし、調子に乗りました。おまぁーらを強化しすぎたわ」
「そうだよ。強化するなら、ボクを先に強化しなきゃ!」
幼児ーズの強化は、必然だった。
メルと一緒に遊んでいれば、否が応でも強化される。
そのうえダヴィ坊やはメルとケンカをするので、邪妖精まで率いている。
ミッティア魔法王国の魔法使いが相手でも、びくともしないだろう。
カール爺さんの納屋が壊されたのは、仕方のないことである。
メルとダヴィ坊やは、小さな怪獣なのだ。
そこでミケ王子は…?と問えば、ちんけな猫だった。
二本足で歩き、人間の言葉を巧みに操り、ちょっとだけ風魔法が使えるネコ。
王子は単なる肩書に過ぎなかった。
メルとダヴィ坊やが、ミケ王子を見下ろす。
じっと見つめる。
「なっ、なに…。そんなふうに、ジロジロと見ないでよ」
「ステータス・オープンじゃ!」
何となく、ミケ王子の強さを鑑定。
「ヨワァー。ミケ、最弱ぅー。トンキーにも、鼻であしらわれるレベルじゃ!」
「ふんっ。王子のくせに、どうしようもなく雑魚いな」
「もぉーっ。二人とも馬鹿にしないで、ボクを強くして…!」
妖精猫族のミケ王子は、曲がりなりにも精霊だ。
妖精女王陛下のメルなら、ミケ王子の強化が可能なはずだった。
「悪魔王子とカメラマンの精霊は、祝福で強化できました。ミィーケも、祝福すればエエんちゃう?」
「だったらさぁー。そいつをしとけば…」
「そんなん、現地ですればエエよ。どぉーせ、向こうで妖精さんたちを祝福するんじゃ。二度手間は、かったるいわ」
「そっか…」
「えーっ。ボク、早く強くなりたいんだけど…」
ミケ王子の訴えは、メルとダヴィ坊やにより却下された。
「ではショクン。出発する」
「「オーッ!」」
二人と一匹は、『メルの魔法料理店』に設置されている異界ゲートで跳んだ。
◇◇◇◇
「うぉ、ここはどこだ?」
「何だか、波の音が聞こえるね」
「ここは地図にない火山島。モルゲンシュテルン侯爵領のルデック湾にほど近い、竜が棲む島デス!」
メルが風竜を使い、密かに精霊樹の苗を植えた島だ。
ドラゴンたちの居留地である。
因みに支配度は9だ。
「シマ…?シマって、何だ?」
「海面に突き出た、狭い土地デス。広大な海に、こうポツンとな…」
「ウミ…?ウミって、何だ?」
「はぁー。ダヴィは、なぁーんにも知らないんだね。フフッ…。まあ、田舎の子供だから仕方ないか…。いいですかぁー。海と言うのはですね。大きな大きな水たまりです。その水は川と違って、すんごく塩っ辛いから飲めません。んっ?むぐぐぐっ…!!」
ダヴィ坊やはミケ王子を睨み、口を押さえて黙らせた。
教えてもらいたい気持ちはあるのだけれど、偉そうにされるのは違った。
「この猫、喋るようになったら生意気だぞ」
「デブさん。その猫は喋らんときも、今と変わりませんでした。ずっと偉そうです」
「だけど、なんか腹立つわ!」
「慣れましょう。ミィーケは、わらしたちの仲間デス」
メルは鷹揚に頷きながら、ダヴィ坊やの手からミケ王子を救出した。
「いちいち…。小さなことで腹を立ててはなりません」
「いや。メル姉の言ってることは分かるけど、猫如きに、もの知らずを笑われたんだぞ。メッチャ悔しいんだから、怒ってもいいだろ?」
「いけません。アータは強いのですから、仲良しが大事です…。他人さまからみたら、デブはネコ虐めをする悪い子デス!」
「くっ…。そうなのかぁー?」
ダヴィ坊やが不満そうな顔で、近場にあった岩を蹴とばした。
岩がバックリと割れた。
妖精パワーに守られた靴は、壊れない。
「ミィーケも、悪気が無いんは分かるけど…。知識をひけらかすヤツは、えろぉー嫌われるで」
「ごめん。ボクって、ほら。王子さまだから…」
「知っとぉーよ。魔法王さまなんか、婆さまやアーロンまで採点しよった。魔法王さまは、魔法の教師役を止められんのだろ…。精霊って、融通が利かんからのぉー」
「おいおい。もしかしてミケは、王子さまだから偉そうにしか出来ないのか…?」
「その通りデス!」
ダヴィ坊やには、広く優しい心を持ってもらいたい。
自らも失言が多いメルは、防衛本能から心の広さをアピールしたのだ。
あからさまな自己顕示欲は、弱点となる。
何とかして克服すべき問題だった。
「わらしは、タリサたちを見習わんとな…」
出会った頃は、あれほどマウントばかり取っていたタリサが、手習い所へ通う間に『威張りん坊』と思わせない会話テクを身につけてそつない。
今では幼児ーズのまとめ役で、議長さまだ。
そして結果的に我を通す。
頭が良くて、とても辛抱強い。
『女の子ってスゴイ!』とメルは思う。
外見は美少女でありながら、どうしてもタリサやティナのように、そつなく振る舞えない。
頑張ってみても、どこかしらガサツなのだ。
ここぞという場面で、『オレがぁー!』となってしまうのは、男児の性である。
ガサツさでベン図を括ると、メル、ダヴィ坊や、ミケ王子は、同じサークルに収容される。
ダメな男の子グループだ。
これではいかんと思いながら、今日も通常運転である。
メルはピィーッ!と指笛を鳴らした。
「こっからは、ゼピュロスに乗っていく」
「ぜぴゅ…。それは、何だ?」
「ドラゴン…。風竜じゃ!」
「メメメ、メメッ、メッ…。めるぅー。本当にドラゴンが来たぁー!」
星空から舞い降りた風竜の勇姿を見て、ミケ王子が腰を抜かした。
「でかぁー」
「うむっ。ドラゴンだから、『酔いどれ亭』の裏庭で飼う訳にいかん」
「カッケェーな」
「ギョェェェェェェェェェェーッ!」
ダヴィ坊やに褒められて、風竜は上機嫌だ。
「デブさん…。わらしとおまぁーは、モモンガーZに着替えデス。ほい、コレ…。おまぁーの、モモンガー・スーツね。新型じゃ」
背嚢から取り出したモモンガー・スーツをメルがダヴィ坊やに手渡した。
ついで自分のモモンガー・スーツも、ずるずると引きずり出す。
「おうっ、わかった…。って、おいコラ。そこで服を脱ぎ始めるな!」
「んっ?なんぞ、問題でも…」
「夜だって、バッチリ見えてんだぞ。男のまえで、ハダカになるなよ。恥ずかしいだろ」
「デブ…。おまぁーは、男じゃないデショ。まだまだ、子ろもよ」
メルは鼻で笑いながらスパーンと衣服を脱ぎ捨て、モモンガー・スーツに着替えた。
メルの身体も、まだまだ子供だった。
「尻尾から、頭の方へ登ります。翼の先辺りが、乗り心地よいデス」
「おう、サイコーだ。ドラゴンを見ただけで感動なのに、背中に乗せてもらえるんか…。ついてきて良かったぁー」
「イヤだ。ボク、こんなのに乗りたくない。ドラゴンから落ちたら、ペシャンコになって死んじゃうでしょ。メル怖いよ…。移動手段は、他にないの…?あるんでしょ!」
「ミィーケは、風魔法を使えるデショ。落ちたら、風の妖精さんが助けてくれます」
「そんな…。ボクの風魔法は、大したことないんです。高いところから落ちたら、死んじゃうよ」
「もう本当に、臆病なネコちゃんですねぇー。怖いのは、最初だけですよぉー」
メルが悪魔チビの顔で、ほくそ笑んだ。
「やめてェー!」
ミケ王子は激しく嫌がったけれど、メルにぶら下げられて逃げられない。
メルこそ、カワイイ猫を虐める悪い子だった。
風竜は二人と一匹を背中に乗せて、夜空へと舞い上がった。
「目的地は、モルゲンシュテルン侯爵領領都ルッカ。到着後ゼピュロスは、わらしが戻るまで上空にて待機セヨ」
「キュイ(了解)!」
メルにとって初の夜間飛行であるが、風竜に不安はない。
昼であろうと夜であろうと、風竜が方角を間違えるコトはなかった。
概念界に存在する黒鳥から、時々刻々と正確な位置データーが送られてくる。
風竜の頭脳は、黒鳥と繋がっていた。
風竜は上昇気流を捕らえて、一気に高度を上げた。
「うぉー。はえぇー。ドラゴン、すげぇー」
「………ヒィ」
はしゃぐダヴィ坊やに、ピクピクと震えるミケ王子。
なかなかに良いリアクションを得られて、メルは満足だった。
あとはモルゲンシュテルン侯爵の居城に降下して、魔導甲冑の倉庫を発見すればよい。
「虫だけが心配じゃ!」
世界樹であった時の記憶は消えず、未だに悪夢を見る。
少しずつ自分が喰われていく不快さは、どんなホラー映画より怖かった。
「メル姉…。目的地には、でっかい虫がいるんだろ?」
「はぁ?」
「ブツブツと、虫の話をしてたじゃん」
「わらし、そんなことをしていましたか?」
「心配いらないぜ。オレが、ぜぇーんぶやっつけてやる!」
ダヴィ坊やは、メジエール村の昆虫博士だった。
「おまぁー。それで、付いてくると喧しかったのか…」
「おうよ。虫なら、俺に任しとけ」
「アリガトウ…」
メルが呆けたような顔で、礼を言った。
(こっ、こいつ、昆虫採集のつもりだ!)
そう。
虫について悩むメルの独り言を耳にしたダヴィ坊やは、昆虫採集をしに来たのだ。