学習能力はニャイ
メジエール村では、妖精たちの間で動力ディスクが流行していた。
ブンブン回して楽しい動力ディスクは、順番待ちが大変だ。
なのでドワーフのドゥーゲルが機関車を作り始めると、妖精たちは浮かれまくった。
何と言っても機関車には、ものすごく大きな動力ディスクが数えきれないほど嵌め込まれているのだ。
機関車を起動させたドゥーゲルは、辺りを見回してピューッと口笛を鳴らした。
「すげぇな、おい。オーブが飛びまくりじゃねぇか!」
事ここに至り、ドゥーゲルも覚った。
開放系動力ディスクは、閉鎖系動力ディスクより遥かに優れていると…。
と言うか、閉鎖系は作ったらダメなヤツだった。
「ゴーレムんときは、ちっとも集まって来なかった。やっぱり目を血走らせた野郎には、妖精だって近づきたくねぇよな」
お手伝いが楽しければ、黙っていても妖精たちは集まって来る。
無理やり働かされるのは、お手伝いと違うのだ。
そんなことも分からないのなら、妖精たちと付き合う資格はない。
メジエール村で暮らすようになり、ようやくドゥーゲルはドワーフ族の間違いに気づいた。
「クリスタが怒り狂うのも、無理はねぇか」
レールと枕木が積まれた貨車を牽いて、ゆっくりと機関車が前進する。
土木建築の精霊が切り拓いてくれた森に、アダマンタイト運搬用の線路を敷くのだ。
魔道具の製作に使用される金属には、幾つかの種類があった。
恵みの森で採掘されるのは、主にアダマンタイトだ。
アダマンタイトは硬質で魔素を通さない。
妖精パワーを逃さない金属である。
同様の性質を持つミスリルと比べて、アダマンタイトは加工に難があるけれど性能はよい。
微量ながら魔鉱石に含有されていたオリハルコンは、逆に魔素を伝達する金属だ。
ドゥーゲルの動力ディスクは、恵みの森で製錬されたアダマンタイトとオリハルコンを使用している。
当初、深刻な環境汚染を危惧したドゥーゲルであるが、それは杞憂に終わった。
メルの浄化とラヴィニア姫が植林した大量の精霊樹によって、恵みの森は完璧に守られていた。
「ありがとヨォー。ちっちゃい妖精たち。えらい助かるぜ!」
ドゥーゲルは折に触れて妖精たちを労う。
笑顔で誉めそやし、どれだけ助かっているかを説明する。
返事がなくても気にしない。
宙を舞う妖精たちを眺めていると、感謝の気持ちが伝わっているのだと分かる。
〈えっほ、えっほ!〉
〈回せ回せェー〉
妖精たちが動力ディスクを猛スピードで回転させる。
〈これ、楽しい。目が回って、楽しい〉
〈順番だぞ。ちゃんと交代しないと、ダメなんだぞぉー〉
〈でも、交代したくない!〉
石炭や水を補給しなくても良いドゥーゲルの機関車は、部品が少なくて本体重量もかなり軽い。
そのうえ車輪には動力ディスクがたくさん装備されていて、妖精の仲間たちも大勢いる。
重たいレールを積んでいたって、どうってことはなかった。
楽ちんだ。
それにドワーフの爺ちゃんが、とても嬉しそうにしていた。
妖精たちは大はしゃぎで、動力ディスクを回した。
「んーっ。どっこいせ!」
「おもてぇぞっ、と」
貨車からレールを降ろし、ドゥーゲルとゲラルト親方は額の汗をぬぐった。
「そもそも動力ディスクは、おいらたちドワーフ族のご先祖さまが開発したのさ」
枕木を所定の場所に設置しながら、ドゥーゲルが言った。
「さすがは師匠のご先祖さまだぜ。ドワーフってのは、偉いもんだ」
「けっ、偉くなんかねぇよ。ご先祖さまはヨォー。妖精たちをトラップで捕らえて、動力ディスクの中に封じたんだ。言うなりゃ…。消滅するまで妖精に労働を強いる、監獄だ」
「なっ…。そりゃまた残酷な話だな…!」
ドゥーゲルに協力して機関車のレールを敷設するゲラルト親方は、生まれも育ちもメジエール村である。
メジエール村は、言うなれば妖精たちが暮らす妖精郷なのだ。
当然ながらメジエール村の住民たちは、多少なりとも妖精の性質を知っている。
束縛を嫌い、好奇心に溢れ、楽しい遊びが大好きな子供だと説明すれば、凡そのイメージはつかめるだろう。
それを騙し討ちにして捕まえ、狭いところに閉じ込めて働かせるなんて、鬼畜の所業だった。
妖精たちに手伝わせておきながら、感謝を伝えようともしない奴はクズだ。
なのでゲラルト親方は、閉鎖系動力ディスクの仕組みを理解すると、嫌そうに顔を顰めた。
「健気な連中を閉じ込めて、無理やり働かせる装置だ。碌なもんじゃねぇーぞ。ドワーフ族のご先祖さまは、とんでもないものを発明しちまったわけだ」
「ドゥーゲル師匠も、その拷問道具みたいな代物を拵えていたんかね?」
「暗黒時代にはなぁー。思いやりとか感謝の気持ちなんて、爪の先ほどしかなくてヨォー。たくさん敵を倒せれば、それでよかったのさ」
「よかねぇだろ。そんな連中は尊敬できねぇ。最低だわ」
安心安全をモットーとするメジエール村の鍛冶屋は、顔を赤く染めて怒った。
「オマエさんの言う通りさ…。そんなことばかりしてたから、おいらたちの里には妖精が居なくなっちまった」
ドゥーゲルが、遠い目になった。
「そんでもって、今じゃ一族存亡の危機だ。なぁーにやってんだか」
「そいつは大変だなぁー」
「しかし、己のアホさ加減を嘆いている余裕はない。おいらたちドワーフ族とエルフ族、それに人族は、長いことドンパチやらかしてた訳だが、その間に接収された魔動兵器の技術流出が洒落にならん。正直言ってヤバイ」
「歴史の話は、良く分からねぇ。こちとら、ガキの頃からハンマーを振ってたんでな」
ゲラルト親方は枕木を埋めて、丁寧に砂利を被せた。
足で蹴とばし、揺らがないコトを確認する。
「難しい話じゃない。エルフ族も、動力ディスクを作れるようになった。それだけの話だ」
「ほぉーっ」
「千年ほど前…。エルフ族の一部が人族と結託して、ミッティア魔法王国の基礎を築いた」
「帝国に攻め入ろうとしている連中だな」
「そうだ…。そのミッティア魔法王国で、今もなお閉鎖系動力ディスクが製造されている…。クリスタの話だと、ミッティア魔法王国の文明水準は、妖精たちの奴隷化に依存しているらしい。あっちもこっちも、動力ディスクだらけだとよ!」
「なっ…。そいつは不味いだろ」
貨車から降ろしたレールを枕木に固定しながら、ゲラルト親方は焦りの表情を浮かべた。
「メル坊が魔導甲冑のジャンクを寄こして、ロボを作れってうるせぇ。仕方ないからバラしてみたら、閉鎖系動力ディスクがゴッソリと出てきやがった」
「あちゃぁー。どうすんだよ?」
「どうもこうもねぇよ。ヤメロと言って通じる相手じゃなかろう。何とかして、ぶっ潰すしかあるまい」
「やれやれ…。物作りがやらかすと、始末に負えねぇなぁー」
「まったくだぜ!」
ドゥーゲルは八つ当たり気味に、楔の頭をハンマーで叩いた。
「なあ師匠…。何とかして、妖精たちを助けようや!」
「オマエに言われるまでもなく、そのつもりだ。おいらが挫けそうになったら、容赦なくケツを蹴り上げてくれよ」
「なぁーに。こっちには、クリスタさまやメルだって居る。きっと何とかなるさ」
「そうだといいなぁー。本当に、そうなって欲しいぜ」
なんだかんだ言って物作り同士、師匠と弟子は心を通じ合わせる。
種族は違えど、ドゥーゲルとゲラルトは仲間だった。
◇◇◇◇
「おい、カメラマン。モルゲンシュテルン侯爵領の情報は、どうなっている?いつになったら、俺の手元に届くのだ…?」
「無理っす」
悪魔王子の質問に、カメラマンの精霊が答えた。
「ちっ。どういうことだ?」
「どういうことって、以前にも説明をしたでしょ。モルゲンシュテルン侯爵領はユグドラシル王国の支配度が低いから、子機も孫機も満足に活動できんのですヨ!」
「だったら…。どうすれば、その支配度ってヤツを上げられるか考えろ」
「妖精女王陛下によれば、あそこは穢れが酷すぎてダメらしいです」
「穢れなら、浄化すればよいではないか。妖精女王陛下は、暇さえあれば浄化して歩いている。どうして彼の地を浄化して下さらんのだ?」
「なんででしょうねぇー?」
もちろん、メルがモルゲンシュテルン侯爵領を浄化しないのは、わざとだった。
メルなりの深謀遠慮があってのことで、今後も浄化の予定はなかった。
「ママ(妖精女王陛下)は、教えてくれんのですよ。てか、調べなくても構わないそうです」
『そんなのは、見なくたって分かろうモン!』と、メルは言い張る。
カメラマンの精霊としては、自分の立場が危うくなりそうな話題に深入りしたくない。
見なくても分かると言われてしまったら、もう引っ込むしかないのだ。
カメラマンだから…。
「闘うにしても、敵の状況を知らなければ計画を立てられぬ。何とかして気づかれずに、モルゲンシュテルン侯爵領の様子を探りたい」
「だったら、支配度に影響されないスパイを送り込むと良いでしょ」
「そんな都合の良い奴が、どこにいる?」
「作れば?」
「はぁーっ。どうやって?」
「ベルゼブブ(孫機)は人に憑りつかせれば、支配度ゼロの場所でも活動できます。もっとも、活動と言ったって囁くだけですけどね」
洗脳さえ完了していれば、人を自由に操れるという話だった。
「孫機との念話は可能なのか?」
「可能なわけないデショ。ノイズ、ガーガーで、映像は砂嵐…。ボディーの大きさは、耐久力に比例します。羽虫は風が吹くだけで、飛ばされちまうんです。まあ無事に戻ってくるまでは、音信不通ですね」
「宿主が殺されたら、お終いじゃないか。モルゲンシュテルン侯爵領は、よそ者が無事でいられるような場所ではない。そんな策は使えん!」
悪魔王子が地下迷宮の壁を蹴とばしているところに、魔法学校から出前が届いた。
「毎度アリィー。ランチのお届けだニャ♪」
ミケ王子が魔法学校の給食を運んできたのだ。
「チャーハンと餃子、中華スープ付きだニャ」
おかもちから熱々の料理を取り出して、テーブルに並べた。
ミケ王子のおかもちは、おかもちの形をしていない。
猫でも運べる魔法収納ケースだから。
見た感じ、厚みがないピザのケースに似ていた。
それを円筒状に丸めて、抱えている。
「いつも済まないな」
「うんニャ。地下迷宮にも、ケット・シーのお店を出させて貰ってるニャ。出前くらい、どぉーってことニャイ」
「ミケ王子よ…。その鬱陶しい語尾は、どうにかならんものかね?」
「魔法学校の子供たちに親しんでもらおうと皆で決めて始めたんだけど、もしかして普通に喋る方がいい?」
「普通に喋れるなら、是非ともそうしてくれたまえ!」
「えぇーっ。どうしてイヤなの?可愛いデショ!」
ミケ王子が目を丸く見開いた。
「ニャーニャー、ニャーニャー。馬鹿にされているような気がするんだよ!」
悪魔王子はドカッと椅子に腰を下ろし、チャーハンの皿を手に取った。
「ボスは、ご機嫌斜め…?」
「そうなんですよ。スパイに適した人材が見つからなくて、ご立腹なんです」
カメラマンの精霊が、ミケ王子の疑問に答えた。
「へぇーっ。スパイなんて、ケット・シーに頼めば済むことじゃん。ボクを見てご覧よ。完璧に猫だし…。どこでも自由に入れるぞ…。見つかると、シッシッて追い出されるけどね!」
「「…………っ!」」
ミケ王子は、舌禍の多いケット・シーだった。