BBQでウェーイ!
「メル姉。オレも乗りたい」
ダヴィ坊やは男の子だ。
メルが三輪バギーを運転していれば、自分も乗りたくなる。
我慢なんて出来ない。
「なによ、あんなの…」
「スカートでは乗れませんね。でも便利そう」
本当はタリサとティナも、乗ってみたかった。
だが、三輪バギーに跨ってスカートが捲れるのは、よろしくない。
10歳ともなれば、自然と少女たちは恥じらいを覚える。
メルはTS少女だから、平然としていられるのだ。
「メル…。アンタはカボチャパンツを丸出しにして、恥ずかしくないのですか…?!」
苛々とした様子で、タリサがメルを詰った。
「ちっとも…」
「いつも思っていたんだけど…。スカートも穿かないで、大きなカボチャパンツを見せて…。どう考えても、破廉恥だと思う」
「んなもの、偏見デス。コレは半ズボンとおなぁーし。ココ見てみぃ―」
「なによぉー?」
「ポッケついてますやん。カボチャパンツには、ポッケないっしょ」
メルが両サイドのポケットに、手を突っ込んで見せた。
プゥーッと風船ガムを膨らませる。
メルの横で、ディートヘルムも風船ガムを膨らませた。
「くぅーっ。なんか、腹が立つ」
「そんなに乗りたいのなら、タリサもメルちゃんと同じ王子パンツを穿けばいいでしょ」
ティナはタリサに王子パンツを勧めた。
「欲しいなら、すぐに用意してあげる」
「ぐぬぬっ…」
王子パンツは、メルから注文されてティナの母親が作った。
何点か作ったのだが、売れ行きは芳しくない。
と言うか、メジエール村で王子パンツを穿いているのは、メルだけである。
タリサが買ってくれるなら、ティナの母親も喜ぶ。
「友だち価格で、2割引きにしてあげるよ」
「2割引きかぁー」
「3枚セットなら、半額でいいかな」
だからティナは、親友のタリサに王子パンツを猛プッシュした。
自分で穿くつもりはない。
「うほほぉぉぉーぃ!」
ダヴィ坊やはメルに運転を習い、ライトニング・ベアを走らせていた。
傍で見ていると、実に楽しそうである。
「値段じゃないのよ。プライドの問題よ。恥ずかしいのよ。メルと同じ格好をしたら、乙女の立場が危ういわ!」
タリサは地団太を踏みながら、悔しそうに言い放った。
暑すぎる夏なら仕方ないが、三輪バギーに乗りたいからと言って王子パンツを穿く勇気はなかった。
「タリサは、分かっておらん。わらし、オサレです」
メルが腰に手を当て、反り返った。
「違うわ。メルちゃんのは、オシャレじゃありません!」
ティナが首を横に振り、強く否定した。
皆と同じ格好をして、ちょっとだけ違うのがオシャレだ。
それは少女たちにとって個性の演出と認識され、可愛らしければ持て囃される。
基本から皆と違う恰好をしたメルは、ただの奇抜な子だった。
中央広場に、ラヴィニア姫のベイビーリーフ号が停車した。
「なに、あれ?」
「ラビーさんのトラック」
「とらっく?」
「そそっ、ベイビーリーフ号デス」
今日はタリサとティナにとって、驚くことが多い日だった。
「メルちゃーん。待った?」
「ううん、今来たところぉー。そんなに待ってないヨォー」
「えぇーっ?ネェネは、ずっとここに居たでしょ」
ディートヘルムが、訝しげにメルを見た。
「デートの挨拶で、そう言うのが礼儀なのデス」
メルが、でたらめを口にした。
「ふぅーん」
ディートヘルムは、納得したように頷いた。
「あのね、ディー。アンタの姉さんは、呼吸するように嘘を吐くんだから…。騙されたらダメヨ」
タリサがディートヘルムのオデコを突き、小声で注意を促した。
「うん」
ディートヘルムは、再び納得したように頷いた。
「ネェネは、ウソつきだよ」
「そそっ」
「ボク知ってるよ。いっつもネェネは、ボクをだまして行っちゃうの…。それで夜おそくなっても、帰ってこない」
「そっ、そうなんだ」
とても気まずい話題だった。
他人の姉弟事情に、口を挟むべきではなかった。
タリサは反省した。
「本日は、河原にてバーベキュー大会を催します」
「「「ウェーイ」」」
「タリサとティナ。それにまぁまとディーは、ラビーさんが運転するトラックに乗ってください。わたしとデブは、ライトニング・ベアに乗って行きます」
ディートヘルムが助手席に乗り、残る三人は荷台に座った。
トンキーは荷物運びだ。
バーベキューセットと食材が、トンキーの背中に積まれている。
「二人乗りは、ちと窮屈だけど」
「むぅ。オレが運転したい」
「ええよ」
メルがライトニング・ベアに跨り、背もたれの方に身体を移動させた。
ダヴィ坊やも、狭くなったシートに跨る。
何とかタンデムは可能だけれど、二人の身体が圧着状態である。
メルの吐息が、ダヴィ坊やの耳朶を擽った。
「やばい。これ、ちょっと危ないかも」
「んっ。デブ、どうかしたん?」
「いいや、何でもない」
ダヴィ坊やはメルをぴったりと背中に貼り付けて、ムラムラボーイとなった。
「では、行ってきます!」
「メルちゃん、ダヴィをよろしくね」
「気を付けてなぁー」
ダヴィ坊やの母親オデットとビンス老人は、見送りだ。
中央広場で、いつまでも手を振るビンス老人の姿が、妙に哀れを誘った。
◇◇◇◇
河原に設置したバーベキューセットは2台。
肉用と海鮮用だ。
そもそもメルがバーベキューをしようと思いついたのは、タニシもどきを食べたからだ。
実を言うと、あのタニシもどきはディートヘルムに評判が悪かった。
珍味も珍味なので、仕方がないコトではある。
子供の口には合わない。
だがメルは、それで納得しなかった。
貝は美味い。
絶対に美味いのだ。
ディートヘルムに分からせねばならない。
貝は美味いと…。
そんな訳で、本日のメインは浜焼きだった。
またもや花丸ポイントで、どっさりと高級な食材を購入した。
ハマグリにサザエ、ホタテにカキ、大きなエビにタラバの足も用意した。
ヒラメの一夜干しやホッケ、クジラのベーコンまで揃えてある。
既に下拵えも済ませ、あとは金網に載せて焼くだけ。
「肉の方は、まぁまに任せます」
「了解だよ」
「そんじゃ、ジャンジャン焼きまっせ!」
「オレも手伝う」
「お手伝いは、軍手を着けてな…。貝が割れて跳ねよるから、気ぃーつけや!」
「ウェーイ!」
幼児ーズは新鮮な海産物を次々と金網に並べていく。
「ホタテ、フタが開いた。焼けたどぉー」
「うぉーっ、美味そう」
「うーん。何これ。貝って、見た目が不細工ね」
トングを手にしたタリサが、ブーブーと文句を言った。
「ほんなん、慣れですわ」
メルはホタテにバターを落とし、醤油を垂らす。
立ちのぼる匂いに、タリサも黙る。
「ほれ…。焼き過ぎないように、端から取って!あっちぃーからな。火傷に気をつけな、アカンで」
メルはホタテを皿に取り、ディートヘルムに見せた。
「美味しいよ」
「うん」
「おねいちゃんは、ウソ言わんよ」
「うん。知ってる!」
ディートヘルムは皿を受け取り、フォークで貝柱を突き刺した。
「あっつぅー。ほいしぃ(美味しい)」
ディートヘルムが、目を丸くして叫んだ。
「ウホッ。何これ。メッチャ美味しいんですけど!」
「コレは海で採れるものなんですね。メジエール村で、普通に食べられたらいいのに…。ハマグリと言うのも、味が濃くて美味しいです」
「汁がうめぇー。硬いけど、うめぇー。だけど、パンに挟んで食うのは無理だな」
「こっちも、お肉が焼けるよぉー。野菜も食べてね」
タレに浸け込んだ肉は、ジューッ!と言う音を立て、周囲に美味しそうな匂いを漂わせる。
ピーマンに玉ねぎ、カボチャの薄切りも金網に載せられていた。
トウキビや椎茸もある。
トンキーが怒るので、豚肉はない。
「トーストが欲しいなら、あたしに任せて…」
「オレ、パン食べたい」
「わたしも、お願いします」
「こっちは、エビとサザエ行くで…」
イセエビを真っ二つに切り、殻を器にして焼く。
サザエは生きた状態で、身を取り出した。
油断しているところを見澄まして、蓋と殻の間にスプーンの背をこじ入れ、グリンと回して穿りだす。
「サザエの肝は、帰ってから料理に使います」
肝は大人の味なので、取り外してある。
ディートヘルム対策だ。
肝を食すなら、生でわさび醤油。
もしくは、ガーリックオイルでさっと炒める。
塩コショウして、お好みでレモン汁などを搾れば、立派な一品料理だ。
さて、取り出した身は食べやすいように刻み、同じように刻んだカマボコと和える。
切り揃えた三つ葉とエノキも混ぜて、殻へ戻して焼く。
ブクブクと泡立ってきたら、醤油を一垂らしして完成だ。
決して焼き過ぎてはならない。
身が硬くなるから。
この用意して来たサザエを金網の上に並べる。
贅沢だ。
滅茶クチャ贅沢だ。
「堪らん。わらし、ゴハンいきます」
メルは背嚢から、炊き立てゴハンを取り出した。
おかずはヒラメの一夜干しだ。
「メルちゃん。これ、すごく美味しい」
「それはホッケですね。干したお魚です」
「わたしもゴハン欲しい」
「あい。ラビーさんの分デス」
「ありがとぉー」
メルはラヴィニア姫に、大きなドンブリと箸を渡した。
「えーっ。大きい茶わん」
「ドンブリです。おかずを載せて、食べれます。野外だと、お皿を持って、茶わんも持ったら、お箸が持てませんから」
「確かに…」
折り畳み式のテーブルや椅子も設置してあるのだけれど、バーベキューセットに吸い寄せられてしまうので、器が大きいに越したことはなかった。
メルとラヴィニア姫は、ドンブリゴハンに焼けた干物を載せ、パクパクと食べた。
幸せである。
「エビ、うまぁー」
「お姫さまになったような気分です」
「ティナってば、お姫さまはこんなの食べないよ」
「そうなんでしょうか?」
「だってさぁー。お行儀が悪いじゃん」
「お姫さま、詰まらないですね」
タリサとティナは、バーベキューが気に入ったようだ。
因みに汁物は、ハマグリのお吸い物だ。
「プギィー。ブッブッブッ…」
トンキーも焼けた野菜をたくさん貰って、幸せそうだった。
アビーは缶ビールをゴクゴク飲みながら、肉を焼いていた。
ちっとも酔わないので、酒豪と言ってよい。
「野菜も食べたい」
「タレの味もゴハンに合う。わらし、サザエを食べてから焼肉にチャレンジします」
「メル姉、玉ねぎが美味いぞぉー」
「わらしは、ネギ焼き行きます」
幼児ーズは食べ盛り。
お腹がポンポンになっても、まだ食べるのだ。
だがおそらく、食材はドーンと余る。
どう考えても買いすぎだった。
「ちっ。しゃあないわぁー。次は中央広場で、やりましょ」
メルがポソッと呟いた。
それをアビーは聞き逃さなかった。
「メルちゃん、偉い。ビンスさんを気遣って上げるのね」
「ややっ、そんな訳ないデショ。ワラシは、非情な教主さまですから」
「ほっぺが、赤くなってるぞぉー」
アビーがメルを捕まえて、頭を撫でまわした。
「違う。違うってば…、まぁま。河原まで来るのが、面倒くさいだけデス!」
「まぁーた、また、また。メルちゃんの、嘘つき」
ツンデレTS少女は、非情になり切れない。








