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エルフさんの魔法料理店  作者: 夜塊織夢
第一部
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カレーライスの日



「いってらぁー!」

「メル…。ちゃんとおとなしく、留守番できるのか?」

「お腹がすいたら、クッキーとミルクを出して食べるんですよ」


「わぁーた。だいじょーぶ。はよ、いけ…!」


『酔いどれ亭』の入口に立ち、メルは二人を急かした。


「暗くなるまでには戻るからな…」

「ゴメンね。留守番なんかさせちゃって…」

「わらし。ちゃんとすゆ!シンパイ、すぅなー」

「いいか…。遠くに行くんじゃないぞ。オマエは、広場の外に出たらダメだ…。それと、厨房には入るなよ!」

「わぁーた。わぁーた。わらし。いい子すゆ!」


「じゃあ、よろしくね」

「行ってくるぞ」


フレッドとアビーが一緒に出かけた。

何でも大切な用事があるらしい。


二人に同行させて貰えないメルは、ひとりポッチで留守番だ。


遠ざかる養い親の背が見えなくなると、メルはスキップしながら『酔いどれ亭』に戻った。

気分はルンルンである。



一昨日の夜…。

『宿屋のオデットさんに、メルちゃんを預かってもらおうか…!』と、アビーが提案したので断った。

それはもう、全力を挙げて断った。


だって…。

フレッドとアビーが居ない。


だって、だって…。

『酔いどれ亭』にメルちゃんひとり。


(て、ことはだよぉー。て、ことはだ…。てへっ…。今日はカレーの日ぃ~♪)


禁止されていた厨房に、入り放題。

鍋もコンロも好きに使える。


こんなチャンスを逃す訳には行かなかった。



「むむっ…!」


厨房の出入口が、大きな木箱で封じられていた。

さっそくの小細工だ。


子供だましの小細工だ。


「ムダなことを…」


メルは女児だが、ただのちみっ子ではない。

カレーライスを食べると心に決めた、スーパー・エルフ女児なのだ。


〈妖精さん、よろー♪〉

〈キャハハ…。やるやるぅー♪〉


風の妖精がメルの周囲に集まり、ふわりとコンパクトボディーを宙に舞い上げる。

あっという間にメルの身体は、木箱の上。


(おやおや…。ホントに子供だましだ。支えのつっかえ棒もなし…。ただ単に、重たい木箱を置いただけだよ)


メルを邪魔しているのは、保存のきく根菜などがゴッソリと入っている木箱だ。

芋やニンジンにかぼちゃ…。


詰め込まれた根菜のせいで、木箱はメルよりずっと重たい。

だけど妖精パワーを手に入れたメルには、障害でも何でもなかった。


「どかぁーす!」


身のうちに宿った妖精の力を借りて、『うんこらせ!』と木箱を押しやる。

これで厨房への通路が確保された。


メルの目のまえに、憧れの厨房が広がった。


「……おっ!くろいの、おるやん」


まずは宿敵の駆除である。


毎日フレッドとアビーが掃除していても、黒いヤツは現れる。

人類の敵、食材の敵、美味しい料理の敵。

根絶すべき、メルの宿敵だ。


「おまぁー、ニクくさらすやつ。くぅー、ゆるさんヨ!」


肉好き女児のアイアンクローが炸裂した。

霊力全開。


たちどころに黒いモヤモヤは消え失せる。

浄化完了…。


(精霊樹の実で、メッチャ強化されたよね。妖精さんとも、意思を交わせるようになったし。妖精さんの部隊も、編制したし)


メルは洗浄(ピュリファイ)で水の妖精たちと遊んだ経験から、同じに見える妖精にも個性があるコトを学んでいた。


今では…。

その威力から用途別に、十三段階に分けられた洗浄。(ピュリファイ)


一がトイレの魔法だ。

三で皿の汚れを拭い去る。

八で鍋の焦げをこそぎ落とす。

威力が十になると、固い岩も砕け散る。


そこより上は、危ないので禁止だ。


つまり妖精たちには、血気盛んな子と穏やかな気質の子がいて、適材適所で使い分けてやらなければいけない。

使い分けないと、魔法コンロから火柱が立ち昇る。


『俺つぇぇー!』な妖精さんに、繊細さは期待できない。


そう言うことだ。



フレッドは妖精を見ることができないけれど、ちゃんと魔法コンロを使いこなしていた。


厨房には、火酒の注がれた小皿が置いてある。

火の妖精は、蒸留酒が好きなのだ。


フレッドの心遣いだった。



メジエール村では妖精との信頼関係によって、魔法の上達が約束される。

だから常日頃から、感謝の気持ちは欠かせなかった。


これが魔石を必要としない、メジエール村の秘密である。

メジエール村は太古の昔から続く、人と妖精の絆が大切に受け継がれた村なのだ。



メルは花丸ショップで買い入れたニンニクと生姜を細かく刻み、弱火で加熱したフライパンに投じる。

小さく刻まれた白いつぶつぶが、熱い油の中を泳いだ。


メルのおたまが、カチャカチャと油をかき混ぜる。


軽やかな音を立て…。

ゆっくりと香ばしい匂いが、厨房に漂いだした。


そこに細切れの玉葱をゴッソリと追加して、飴色になるまで炒め続ける。


(うわぁー。美味しそうだ。良い匂い)


玉葱がいい感じになったら、水を注ぎ入れる。


本日、カレーのルーは、種類がある中から厳選した『うまうまカレー』だ。

パッケージには花丸食品、うまうまカレー中辛と書かれていた。


(カレーのお姫さまは、なんか子供っぽいし。子供カレーの気分じゃないし。どうせなら本格的なのが食べたい。でも、口が女児になっちゃったから、辛いの怖いし。やっぱり、ここは中辛で決まりだ)


かなり悩んだ末の、うまうまカレー中辛だった。


カレーの具に用意したのは、仔牛の頬肉、ナス、パプリカ、マッシュルームである。


辛すぎたときのために、ラッシーも作る。

ヨーグルトにミルクと蜂蜜を混ぜ、冷凍のブルーベリーも加える。

ブルーベリーを砕き、トロリと口当たりよく撹拌してくれるのは、風の妖精さんだ。

ひんやりとさせるために、水の妖精さんも力を貸してくれる。


「どっこいせ…!」


メルは米と水が入った土鍋を火にかけた。


中火から強火の間で、お米から旨味を引きだすために必要な時間を掛け、ぐつぐつと沸騰させる。

ここは火加減を火の妖精さんに、お願いする。

ずっとフレッドにコンロを任されてきた火の妖精さんは、火加減のプロフェッショナルだ。


「いそがしぃー!」


仔牛の頬肉が煮えてきたら火を止めて、カレーのルーを溶かす。


隠し味に、精霊樹の実を使ったチャツネもどきも投入。


チャツネもどきは、ちょっと手間が掛かるけれど作り置きができる。

焼肉のタレにも応用できるので、メルが予め作って保存しておいたものだ。


カレーの日のために…。


「ふわぁー。カレーだぁ!」


懐かしい香辛料の匂い。

カレーの匂いが、寸胴鍋から溢れだした。


「ごきゅん!」


抑えようもなくヨダレが溢れてくる。


ナス、パプリカ、マッシュルームを鍋に入れたら、味の調整をして火を落とす。

ご飯が炊けたらカレーライスの完成だ。


「ひゃっはぁー♪」


メルは妖精さんたちとダンスを踊った。



「さぁてとォー」


テーブルの準備だ。


料理スキルと妖精の助けがあったけれど、初めての料理である。

思いのほか時間が掛かり、とうにお昼どきを過ぎていた。

お腹はペコペコだ。


メルはせっせとテーブルを拭いて、コップやスプーンを並べた。

もしかするとパンが欲しくなるかもしれないので、アビーが用意してくれたバターロールもパン皿に盛りつけた。


絶対に食べきれない量である。


実のところ、土鍋のご飯もやばかった。

初めてのクッキングは、作った量に問題があった。


料理屋の娘なので仕方がない。

たくさん作りすぎてしまうのは、宿命のようなモノだった。


「ごはん、むらした。おぉーっ。うまく、炊けたぁ!」


ご飯の粒々が立っていて、表面もツヤツヤだ。


〈アリガトォー。火の妖精さん〉

〈ひゃひゃひゃ…。ちょろいぜ…!〉


フレッドの妖精さんは、火加減の達人だ。

ヒトではないけれど…。



メルは幼児用のお皿にご飯を盛りつけ、寸胴鍋からカレーをよそった。

背が足りないので、足台に載っての高所作業だ。


「くぅーっ。ジュルル…!」


キラッキラのカレーライスだ。


パプリカの色合いも美しい。

芋と人参のカレーじゃないけれど、ナスが美味しいに決まっている。

仔牛の頬肉だって、プリップリに違いない。


空腹と美味しさの予感にクラクラしながら、メルはお皿をテーブルに置いた。


「あっ、そぉーだ」


温い季節にカレーを食べるのだ。

暑くなって汗をかくに決まっていた。

それに、カレーを溢す危険性があった。


ワンピースに染みが残ったら、フレッドやアビーにバレてしまうかも知れない。


「ぬぬっ、ここはやむなし」


メルは汚しそうな服を脱ぎ去り、かぼちゃパンツ姿で席に着いた。



そのとき店の扉が開いて、ひとりの男が顔を覗かせた。


行商人のハンスだった。






店主のいない『酔いどれ亭』に、お腹を空かせた常連客が…。

パンいちエルフ女児の運命や如何に…?


次回、【初めてのお客さま】をヨロシク。

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【エルフさんの魔法料理店】

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